憎しみの果て
真鳥市に伝わる怨霊伝説に登場する『采姫』が、ジャガックにより復活してしまった!
采姫は圧倒的な力でジャガックの艦隊を退けるも、その悪しき恨みの力により周囲に悪影響が振り撒かれてしまう。
京助は采姫を解放する為に千道家の先祖が遺した歴史書を基に封印の地へ向かう。
だがそんな京助の前に謎の男が現れる!
果たして采姫との戦いの行方はどこへ向かうのか⁉
逢魔が時の薄暗い森の中、道なき道を馬の蹄が叩き、風を切り裂いて木々の間を駆け抜けてより遠くへと向かっている。
「はっ……はっ……」
疾走する馬の上に乗るのは、打掛を纏った濡羽色の艶のある美しい長髪が目を引く美少女であった。
「凪丸、止まって!」
軽く手綱を引かれた馬こと凪丸はその場でスピードを落とし、三歩ほど歩いて動きを止めた。
「よしよし……ありがとう凪丸」
美少女は馬の顔と首筋を撫でると馬から降り、手綱を握ったまま遠くの景色を眺めた。
「父上、昌彦様……無事でございましょうか? 憎き水端の軍勢はもう到着していてもおかしくはない」
凪丸が顔を近付けて小さく鳴き、美少女に先へ進むように警告する。
「分かっているわ凪丸。でも妾とて時田の一族の一人……いずれ立ち向かわなくては……」
それを遮るように凪丸が鳴き、彼女は優しく鼻筋を撫でて宥める。
「お前は賢くて優しい子ね、父上のお考えも理解しているつもりじゃ。でもこの場を逆転するには妾の力は必須……我が身可愛さにこの采姫が逃げたと知られれば、この真鳥の地の笑い者になってしまう。妾とて時田の力になりたい!」
凪丸は彼女を制止するように嘶いたが、それでも采姫の意思は固いようで、毅然とした目で凪丸を見つめ返した。
「本丸へ戻る。大丈夫、妾の力があればきっと……」
凪丸は渋ったが、敬愛する主の娘の言う事とあれば逆らえない。
采姫は凪丸に再び跨ると元来た道を引き返し始め、徐々に道を塗り潰す黒い闇の中を駆け抜けていく。
「もうすぐ森を抜ける! そしたら……きっと!」
だが、やっとの思いで森を抜けて山へ向かう途中の采姫と凪丸を待っていたのは、あまりにも残酷な景色だった。
「へっ……」
遠方でごうごうと燃え盛る巨大な火柱と、その中で見るも無残に朽ちようとしている建物。
「はっ……ふっ……ふひっ……ひっ……」
何度も見た、目を瞑ってでも見える景色が、炎に包まれている。
「父上ェェェェエエエッ! 昌彦様ァァァァァァアアアアアッ!」
美しい顔が絶望と慟哭と憤怒に歪み、同時に髪の毛が逆立って地面に転がった木の葉や石が舞い上がる。
「許さん……許さぬ! よくも……よくも妾の全てを! 奪いおったなぁぁぁああああっ!」
髪を逆立て眉根に深い皺をたたえて血の涙を流す采姫の言葉は、戦場には届かず夜闇に吸い込まれて消え去っていった。
「……凪丸、妾を森の中へ連れて行け」
凪丸は先程とは打って変わってとぼとぼとした足取りで森の中を進み、その間采姫はずっと血の涙を流しながら自分の家族と思い出を燃やし尽くした怨敵を恨みに恨み抜き、凪丸に停まるに言った頃にはその思いは本丸を燃やした炎以上に煮え滾っていた。
「もはや妾には何も残されておらぬ……父上は怒るだろうが知った事か、是が非でも全ての怨敵を滅ぼしてくれるぞ」
もとは仏閣か何かだったあばら屋に身を寄せると、采姫は南蛮由来の秘術書と神仏に背を向けた邪悪な法術が記された書物の記憶を頼りに蠟燭を配置し、懐に忍ばせていた短刀で自分の手首を切って血で方陣を描く。
「我が魂をこの肉体の軛から解放し……この身に秘められし力をより増し! 妾から全てを奪った者共を皆殺しにしてくれる!」
呪文を唱えると蝋燭の火の揺れが大きくなり、一際大きく揺れると炎の色が赤くなり、それを見ると采姫は纏っていた上の服をはだけ、その美しい肌を不気味に揺れる赤い光に晒す。
「この身を仇討ち成就が為……捧げんッ!」
采姫は短刀を自分に向けると形の美しい乳房の間に躊躇なく突き刺し、皮膚を破った短刀の先は心臓を貫いた。
「ぐううううっ! うぐぅ……ううっ!」
白い胸を容赦なく真紅が塗りつぶし、嚙みすぎた唇から血が滲み全身の穴という穴から脂汗が噴出する。
「痛みじゃ……もっと……痛みを! おおおおおっ!」
半ば咆哮しながら短刀をぐりぐりと動かしてより深く大きく心臓を傷つけ、その痛みでより怨念を増していく。
「父上……昌彦様……妾は……采は……御傍には参れませぬ……愛するこの地にこの身を縛り……二人と家臣らを殺した怨敵を全て憑り殺す! 極楽浄土にて……見ていてくだされ!」
血と怨み言を撒き散らしながらしばらくの間采姫は苦しみながら生きていたが、やがて大量出血により事切れてしまった。
「……あぁ」
全身が真紅で彩られて胸から短刀を生やした采姫だったものはしばらくの間は蝋燭の赤い光に照らされていたが、やがて不思議な事に血で描かれた方陣が不気味に輝き始め、蝋燭の赤い炎から不気味な赤黒い靄が発生して采姫の死体を包んだかと思うとそこから人型の靄がその身を起こし、徐々に采姫の姿に変わっていく。
「……くふふふ、成功じゃ」
自分の死体の周りに蟠る不気味な靄を纏い、そこから刀を生成すると、采姫は恐ろしい笑みを浮かべた。
「待っておれ水端の者共よ。今宵が貴様らの破滅の刻じゃ」
怨霊となった采姫は靄から出来た鬼の面をつけるとあばら屋の屋根を破壊して空中高く飛び上がり、後には凪丸の驚愕による嘶きが響き渡る。
これが真鳥の地を震撼させ、数百年以上語り継がれることになる怨霊伝説である『采姫伝説』の始まりの物語である。
幾星霜が流れ、多くの人々が生きては死に、約五百年後のある日の事。
「ここで間違いないな?」
「ああ、調査によるとここの地下一帯から莫大なサイコエネルギーが発生している」
かつてここにあったあばら屋はもはや跡形もなく、鬱蒼と茂る木々がなんとも不気味な雰囲気を醸し出している。
「幹部だけではない、ゾゴーリ様直々の命だ。早く掘り当てて持ち帰るぞ」
ジャガックの兵たちは様々な機械を使って勝手に木を伐採したり周辺の地面を掘っていたが、そのうち一人が何か固いものを掘り当てた。
「ん? なんだこれ?」
その困惑を察知した周囲のジャガック兵たちが集まって来て彼を取り囲む。
「見つけたか?」
「さあ?」
「なんだこれ、変な形の石だな」
「見てると憂鬱な気分になるわね」
ジャガック兵たちが取り囲んでいたのは、人が二人がかりでやっと抱えることが出来そうな異様な雰囲気を発している何か文字が彫られた岩であった。
岩の表面には掘削機によって出来た細かいヒビが入っており、地球に何の愛着も持たず、文化的な背景を何も知らないジャガック兵ですらなんだかマズい事をした気分にさせられる。
「これじゃないか?」
「なあ、計測器は?」
「簡易版ならここに」
「バカ、ちゃんとしたの持ってこい」
そう言われた兵の一人が渋々乗って来た宇宙船に戻ると大型の機械を背負って戻って来た。
「……おお、これだ! 間違いねぇ! ここに莫大なエネルギーが眠ってる!」
そうと分かればあとは回収しかない。
ヒビが入っているためこれ以上破損しないよう慎重に包むべくキャプチャーガンを向けたその時、突然岩から微かな音がした。
「ん?」
「お、おい! ヒビが大きくなってるぞ! 誰か何かしたのか⁉」
「いやしてねぇよ!」
言い争っているうちにヒビは徐々に大きくなり、計測器の数値はどんどん上昇していく。
「なんだ⁉ 数値が上がっていく!」
「なぁこれ……手出ししちゃまずいモノじゃないのか?」
「何ビビってんだ! ガルビオンみたいな場所が地球にある訳ねぇだろ!」
やがて卵のように岩が割れると、中から赤黒い三叉のオーラが発生し、それは空中で像を結んで戦国時代の装いをした人間の美しい少女の姿を取った。
「何だアレ⁉」
「こっ……こいつだ! こいつに反応してる!」
自分の足元で何事か喚き散らす異形の者共を一瞥すると、彼女はぼそりと呟いた。
「眠りを妨げられたと思うたら煩い者共じゃ……今度はこやつらが我が怨敵か。まあ良い、何百年経とうが妾のすることは変わらぬ」
五百年の眠りから目覚めた大怨霊は身に纏う靄状のオーラから鬼の面と刀を生成するとその身の纏い、こちらに向かって放たれるビームを意に介さず縦横無尽に宙を翔け、次々とジャガック兵を斬り倒して斬られた者はミイラのようになり次々と朽ち果てていった。
「邪餓苦……それが貴様らの名か。良かろう、妾が貴様らを打ち滅ぼしてくれようぞ」
真鳥の地を震撼させた大怨霊は、現代に再び蘇ったのであった。
久々の中規模の侵攻が行われ、マグナアウルとクインテットは財団部隊と共に事に当たっていた。
「今回は久しぶりにハードケースね!」
「三週間前のあの時程じゃないでしょ!」
ミューズがハルバードを振るってウォーカーの脚を斬り落とし、そこへすかさずルナがナックルブレイガンで凍結弾を撃ち込みながらコックピットを一刀両断する。
「オラオラ! 全員纏めてぶっ飛ばしてやる!」
両手に持ったミサイルマシンガンと、新たに開発された肩に装着するレイキャノンを存分に使い、イドゥンがジャガック兵の波を切り開き、そこへデメテルとアフロダイが突っ込んで敵を確実に削っていく。
そしてマグナアウルは。
「フッ!」
飛行形態となって宙を疾走し、時にミサイルで、時に体当たりで上空の戦闘機を次々と撃ち落としていた。
「あれだな!」
空中で飛行形態から戦闘形態に戻り、転がりながら宇宙空母の甲板に着地する。
「こんなことする奴はお前しか居ない! さっさと出て来いクドゥリ!」
甲板の上に戦闘服を纏い、ベナーグを佩いたクドゥリがテレポートで出現し、マグナアウルと相見える。
「相変らず抵抗を続けているようだなマグナアウル」
「ああ、しばらく見ないから尻尾巻いて逃げ出したのかと」
「誰が貴様など恐れるか」
「そうか、夏の大侵攻で俺との勝負を放棄したのは内心勝てないとビビったからだと思ってたが違ったか」
「いちいち癇に障る奴だ、まあ良い。今回は誰にも邪魔されず一対一だ」
耳元に触れると兜が形成され、ベナーグを引き抜いて構えて見せる。
「さあ来い、今日こそ決着をつけてやる!」
マグナアウルは口元と肩の装甲を変化させると、腰を落とした徒手空拳の構えを取ってクドゥリを迎撃せんとする。
「夜は終わりだ! そして……ん?」
「……なんだ?」
にわかに空が曇り始め、丁度空母の真上で集まった黒雲が渦を巻いている。
「これもお前らの仕業……じゃなさそうだな」
「お前でもないなら何だこれは」
マグナアウルとクドゥリの脳裡に一瞬サイの事が過ったが、サイならばこんな陰鬱な演出を好まない。
では一体これを起こしているのは何者なのかという疑問は、渦の中心から迸った赤い雷撃により解消された。
「うっ……なに?」
赤い雷撃と共に現れたのは、打掛を纏った戦国時代の装いの美少女であり、ゾッとするような冷たい視線でクドゥリを見ていた。
「お前は……一体何者だ!」
場違いな美少女は少しづつクドゥリに近付きながら、鈴の鳴るような冷たい声で告げる。
「妾が何者か等どうでも良い事じゃ。一つ聞きたいのじゃが、真鳥の地を荒らした者がどうなったか知っておるか?」
「脅しのつもりか? 貴様に何が出来るというのだ」
クドゥリの反論を聞いたその美少女は不気味な笑みを浮かべて続ける。
「下衆共に慈悲など不要だったようじゃ。ではこの地への歓迎の印に妾が死を贈ってやろう」
マグナアウルが止める前にベナーグが翻って美少女を切り裂くも、まるで煙を切ったかのように手応えがない。
「!」
「まずは下の者から」
空母をすり抜けて消えていった美少女を追うべくマグナウルは空母から飛び降りた。
「……嫌な予感がする」
あの美少女を斬った時、言い表せない不快感が胸の裡を駆け抜けた。それはマグナアウルとの初戦で黒い炎を腕に喰らった際に一瞬だけ駆け抜けた感覚にそっくりである。
クドゥリは腕のコンソールを開いて部下に指示を送る。
「本機は帰還する。それ以外は作戦を継続、随時報告しろ!」
コンソールを操作してショートワープしてすぐ、宇宙空母は飛び去って地球を出てしまった。
「ああクソ取り逃がした! おい! おま……はぁ?」
市街地を埋め尽くすほど居たジャガック兵は全員倒れており、近寄ってみると全員装備の中で朽ち果てている。
「何が起こってる? 全部彼女がやったのか?」
『計測した所、彼女は莫大なサイコエネルギーの塊のようです』
「サイコエネルギーの塊が意志を持つことがあるのか?」
『可能ですが、途方もない力を要します。或いは……』
「或いは?」
『彼女は強大な力を持つ幽霊かもしれません』
「……なんだって?」
破いた戦闘服の隙間から零れ落ちる朽ち果てたジャガック兵の遺灰を手で掬うと、マグナアウルは立ち上がって美少女が向かったであろう場所へ急いだ。
「お前達、大丈夫か?」
角を曲がった先にクインテットの五人の姿を認めたマグナアウルは声をかけたが、当の五人は困惑しているばかりである。
「こっちは大丈夫ですが……あれ何ですか?」
「わからん、急に出てきたとしか言いようがない」
六人の視線の先には悍ましい鬼面をつけたあの美少女が、空中を飛び回りながら赤い雷を纏った鈍く光る刀を使って次々とジャガック兵を斬っており、斬られた者から先程のジャガック兵のように朽ち果てていった。
「何者なの? ていうか……そもそも人なの?」
最後に残っていたウォーカーに向かって手を翳して黒く禍々しいオーラを放つと装甲が一瞬で錆びて崩壊し、美少女はこちらへ向いて近寄って来た。
「来る!」
「……いやそもそも攻撃通るの?」
「たしかに、滅茶苦茶撃たれてたのに攻撃通らなかったし……」
警戒する六人を前にやってくると、悍ましい面を取ってにこりと笑いかけ、ますます訳が分からなくなった六人は思わず顔を見合わせる。
「大儀であったぞ黒き鎧の忍共と梟の武士よ。妾が目覚める前にこの真鳥の地を邪餓苦から守っておったのじゃな」
てっきり攻撃されるかと思っていたが、どうやらそんな気はないらしい。
「だがもう良い。これからは妾がこの地を守る、もう休まれよ」
「ちょっと勝手な……うっ!」
「うおっ!」
再び赤い稲光が渦を巻く黒雲から発生し、あの美少女は跡形もなく消え失せていた。
「何だったのあの子?」
「妾とか忍とか武士とか……戦国時代の姫かっての」
「何なのアレ、超能力者?」
「……おい待て、今なんて言った?」
急に詰め寄って来たマグナアウルに五人は思わず身を震わせる?
「え……えっと、超能力者……」
「そうじゃない。緑の……イドゥンとか言ったか、お前が言った事だ」
「ウチ? 戦国時代の姫って……それがどうした?」
マグナアウルの精神の宮殿の引き出しに仕舞われた記憶が一気に噴出し、点と点が重なっていく。
「采姫……」
「は? 采姫?」
「間違いない、彼女は……采姫だ」
「それ本気で言ってる?」
「嘘でしょ……」
「えぇ……続いては、突如現れたこの人物のニュースです」
「宇宙人に続いて幽霊……真鳥市は一体どうなってしまうのでしょうか? 今日は急遽真鳥市の歴史を研究している歴史学者の植野実篤先生に来ていただきました。植野先生、出現した幽霊は真鳥市で広く親しまれている『采姫伝説』に登場する采姫であると言われていますが」
「はい、歴史書にね、采姫は黒い渦巻く雲と赤い雷を纏って現れたという記述があるんですね。映像を見てもらえると分かる通りそうやって現れている……そして采姫が移動した通り道に沿って体調不良を訴える者が多く出た。これも書かれているんですよ、やっぱり僕はねあれは何らかの要因で再びこの地に現れた采姫だと思います」
「はい、ありがとうございます……松下さん、ジャガックと戦ってくれるのはありがたいんですけど、強すぎる力というものも考えものですね」
「そうですね、その影響か体調不良者が多く出ていますからね。近々采姫神社でお祓いも行われるそうです」
「えー指定の地域にお住いの方で体調が優れないという方は、未曾有災害保険が適用される可能性が……」
垂れ流しになっている昼のローカルワイドショーをBGMにしながら、京助は自宅の書物を漁っていた。
「今日ほど自分の家系に感謝した日は無いな」
千道家は代々学者の家系である。三代前に居た千道秭華という女性は歴史学者であり、生前真鳥市の歴史を纏めて編纂し、京助はそれを小学校の夏休みの宿題で大いに活用させてもらった事がある。
『何を探しているんですか?』
「確かあったんだよ。采姫について纏めた本がな」
『采姫について調べ上げてどうするつもりですか?』
「倒す」
『やはり見逃せませんか』
「そうだな、やっぱり一般人は巻き込んじゃいけねぇよ」
何冊かページを捲っては本を念力で戻すのを繰り返していると、とうとう目的のものが見つかった。
「なんだ、時代ごとに纏めておいてくれたのか。こりゃありがたい」
軽くおさらいも兼ねて、京助は戦国時代の采姫伝説について先祖が纏めた本を読み始めた。
采姫は戦国時代の人物で、現代の真鳥市の武将時田錦之助の娘である。艶のある黒髪が似合う大層な美女であり、それはそれは引く手数多だったそうだが、采姫は意中の人物が居ると全て断っていたらしい。
美人である上に文武両道で、刀の扱いは同い年の男子と戦って負け知らず、南蛮伝来の書物を通訳と一言二言交わしただけで内容を完全に理解したという。
また後年の脚色である可能性が高いが不思議な力を持っていたとも伝わっており、その伝説によると触れずに物を動かしたり、他者の頭に触れることで記憶を覗くことが出来たとされる。
「なぁ、采姫ってもしかして……」
『超能力者であった可能性が高いですね』
怨霊となった発端は敵対していた水端氏との戦いで、時田氏が一時劣勢となった事から始まった。
そこで錦之助は采姫を先に逃がし後々合流する作戦を立てていたが、采姫は心配のあまり戻ってきてしまい、その時に燃え盛る本丸を目撃し、失意のまま自刃してしまう。
「そりゃ負けたって思うよな」
実際には部下を失い手負いになりながらも錦之助は生き延びており、一時撤退して態勢を立て直そうとしていた。
「追い打ちを掛けられた時に、初めて怨霊として采姫が現れた……」
父の危機に駆けつけた怨霊采姫は水端の軍勢を壊滅状態にし、それどころか水端氏が所有する土地に疫病を流行らせた上に土地を枯れさせ、水端の一族を一人一人憑り殺し、当主の枕元に毎夜毎夜現れては最期に発狂死させてしまった。
「なんだか……俺みたいだな」
家族の死をきっかけに強大な力を得て、復讐のために戦い続けたのはどうしてもシンパシーを感じてしまう。
「采姫は復讐を完遂出来たんだな」
『近いものは感じてしまいますか』
「そうだな、でもそれとこれとは話は別……結局どうやって鎮めたんだ?」
今持っている書物にはその点に関しては何も書かれていない。
『マトリの謎の記事をもう一度見てみては?』
「できれば書籍で情報を得たい。先祖と学者の力を信じたいんだ俺は」
リビングから書庫室に向かって無数の書籍を漁っていると、一際古びた紙綴じの本が落ちてきた。
「なんだこれ……采姫断章って書いてあるぞ」
最初のページの書置きに秭華のメモが挟まっており、曰くこれは怨霊となった采姫に関する真偽不明の伝説の数々をまとめたものらしい。
『まさしくあなたが求めていたもの』
「ベリーグッド、読もう」
読み始めると一つの事実が分かった。
采姫の意中の人物とは錦之助の家臣である昌彦という人物であり、彼は復讐完遂後も猛威を振るった采姫を鎮める為に僧侶に転身し、壮絶な修行の末に錦之助や彼の師と共に采姫を封印したらしい。
「なるほど、それが今の采姫神社か」
『采姫を封印した場所とされる地図がありますね』
「読み取って同期するか、江戸中期の地図だから色々勝手が違うだろうしな」
地図に手を翳して記憶するとスマホの地図アプリを開き、場所を同期した。
「ん? なんだこれ」
『おや、変ですね』
どういう訳か采姫神社と封印された場所の位置が少し離れている。
「なんで離れてるんだ? いやそれより……こっちが封印された場所だと采姫神社でお祓いとかしても意味ないんじゃねぇかな?」
『行ってみますか?』
「ああ、確かめるしかねぇな」
一時間後、遠巻きに大規模なお祓いが行われている采姫神社の様子を見た後で、京助は采姫が封印されていた地とされる森の入り口へと向かった。
「うわ……嫌な雰囲気がすっごいな」
場所を知らなくてもこれではすぐに分かる。
「霊能者ってのはこれを感知出来んのかね?」
『これは微細なサイコエネルギーですので、感知できる領分が違うのかもしれませんね』
「そこん所どうなんだろう。早い所俺以外の超能力者と会ってみたいぜ」
『サイ』
「地球人限定!」
そう言いながら手を翳してエネルギーの流れを追って森の中を進んでいると、やけに開けた場所に出た。
「あれは……」
そこの中心に割れた岩があり、感知せずとも〝これ〟からエネルギーが出ているという事は容易に想像できる。
『その岩の周辺から悪性のサイコエネルギーが発生しています。一般人なら即座に気分を害するでしょう』
『……じゃあなんであいつは平然としていられるんだ?』
京助が目を向けた先はただの木だったが、そこから物音がすると同時にオリーブグリーンのインバネスコートを纏った胡散臭い三十手前ぐらいの男が現れた。
「いやはや、こうも簡単にバレるとは」
木に寄りかかって不安になるぐらい整った顔を破顔させながら片手に持っていた煙管を吸い、微かに煙を吐き出して男は京助に近づいて来る。
『これは警戒した方が良いか?』
『むしろしない方が異常です』
決して目線を逸らさず、右手が影になるように隠していつでも武器を生成できるようにして身構えていたが、その緊張感は一つの女声に破られた。
「もう光太郎さん! 勝手に行かないでください!」
声のした方を向くと、グレーのコートを着てハンチングと丸眼鏡といった装いの京助と同い年か少し年上ぐらいの少女がこちらに向かって走って来る。
「仕方ないだろ、彼が来たもんだから」
むしろこっちが警戒されていた側だったらしい。
「彼は怪しくないですよ! ……多分」
「いやいや待ってください」
たまらず京助は口をはさんだ。
「俺からしたらお二人の方が怪しいっすよ」
「あ……あはは、そうですよね。私達こういう者です」
男が煙を吐き出す横で、少女は名刺を差し出した。
「頂戴します……超常現象探偵?」
その縦書きの名刺に記された『超常現象探偵・綴翠花 助手・神光太郎』の文字と少女と男を見て、京助の脳に益々疑問符が量産されていく。
『胡散臭ェ~!』
『敵ではなさそうですね』
「胡散臭い……ですよね?」
どうやら顔に出ていたらしく、京助は反射的に頬を掴んで揉みながら翠花に聞いた。
「えっと、采姫絡みのお仕事で来たんですか?」
「はい、お仕事の依頼を受けて采姫神社に行こうとしたら光太郎さんが、行くべきはこっちだって言って聞かなくて……」
翠花の方は大したこと無さそうだが、この助手の光太郎という男は自身の感覚だけでここに辿り着いているあたり、強大な力を持っているのは間違いないだろう。
「まあ翠花が言った通りさ。君も采姫関連の仕事で来たのかい?」
「いや俺はその……」
まさか人に出くわすとは思っておらず、上手い言い訳が思いつかない。なんと言おうか考えていると、光太郎がニヤリと笑って煙管を振りながら言う。
「まあ事情は人それぞれだね。いずれにせよ君はここに辿り着いた時点で何かを持ってる人間なのは確定しているみたいなものだし、どうかな? ここはひとつ共同で手掛かりを探してみるのは」
勝手に話を進めるなと言わんばかりの抗議の視線を翠花が光太郎に浴びせるのをよそに、京助は首筋を撫でながら考えた。
いかに京助が強かろうと今回の相手は幽霊であり、全く未知の敵なのだ。よって五里霧中で奮戦した所で結果は分かり切っている。
だったら超常現象専門の探偵を謳う二人から何かしら有効手段を引き出すことが出来れば、今後の戦いはきっと有利に進むだろう。
「そうですね。何かするなら大勢の方がいいでしょうし、協力しますよ」
光太郎は勝ち誇った顔で翠花の方を見て、翠花は腕を組んで頬を膨らましたが、その様子を京助に見られていると悟って頬を染めて咳払いをした。
「ご協力感謝します……ここら辺の……あの岩しかなさそうですが、何か手掛かりを探してみましょう」
三人は岩に近寄って観察したが、表面に書かれた文字は潰れていたため手掛かりにはなりそうにない。
「もー、ここにはそれっぽい岩があるだけでそれ以外なんともないじゃないですか!」
「はぁ?」
これほど嫌な雰囲気が漂っているのになんともないとはもはや図太いを通り越している。
「いやこの雰囲……」
言いかけた京助を光太郎が口に指を当てて制止し、立ち上がりながら続けた。
「そう思うなら何か探しに行くかい? 君の勘が役に立つかもしれない」
翠花も小さく息を吐いて立ち上がると、あんまり動かないでくださいねと釘を刺してから少し離れた所に向かって歩き出した。
「はは、すまないね、鈍感なのは彼女が持つ希少な力のせいなんだ。さてと、君は采姫を倒すべく来たんだろう?」
京助はこの神光太郎という人物が出す底知れない異様な雰囲気を感じ取っていた。
「何故そう思うんです」
「何故って……」
京助が反応するよりも前に光太郎は京助の耳元に口を寄せ、小さいがはっきりとした声で確かに言った。
「マグナアウルっていうのは君だろう?」
大きく目を見開いて京助は光太郎を見て、当の光太郎は片眉を上げてニヤリと笑う。
「安心しろ、絶対に誰にも言わない」
「どうして……」
「私には見えるのさ、アバターを扱うほど強大な力。君の中に息づく二つの力が……おっと、この辺にしておこう」
ここから十数メートル先の木の根元を払っている翠花を一瞥すると、光太郎は真顔に戻って言った。
「公安X課という組織は大まかに対地球外セクションと対心霊セクションと対人セクションに分かれていて、それぞれ違うノウハウで活動している。これの意味が分かるかい?」
一瞬何のことか分からなかったが、よくよく整理して考えると答えは至極単純である。
「それぞれで対処すべき方法が違うから?」
「満点の回答だ、つまり采姫のような幽霊と、宇宙人と対処が少し変わってくるという訳だね」
「じゃあどうやって戦えばいいんですか?」
「難しく考える必要はない、彼女は自身の中に眠っていた力に呪術的儀式で自分の意思を移し、この次元に縫い留めたんだ。その時キーとなるのは」
「……強い思い!」
「そうだ、彼女の場合は敵への憎悪。五百年前彦正――あ、采姫が慕っていた昌彦の法名ね。彼の力では采姫の憎悪を抑えることが出来ず、やむを得ずこの要石に封印するしかなかった」
「その要石をジャガックが壊したから、封印が解けた……と」
もしかしたら彼女は本当の意味で解放されたがっているのかもしれない、天国や地獄というものが本当にあるのか分からないが、五百年間も死後の世界に行くことが出来ずに縛り付けられているのはいささか気の毒に思えてくる。
「憎悪を増幅させているのはあの鬼の面だ。あれは儀式によって生まれ、彼女をこの世界に縛り付けている」
「俺ならそれを壊して、彼女を解放することが出来る……そう言いたいんですか」
「やってくれるか? ただ消滅させるのはあまりにも忍びない」
やれるかは分からない。だが一人の真鳥市民として、ある種アイコン的存在になっている彼女をただ消滅させるより、どうにかして解放させてやりたい。
「やります。俺に出来る全てで、彼女を縛る鎖を断ち切りましょう」
「頼んだ、もう一つアドバイスをやろう」
煙管を吸ってから大きく煙を吐き出して立ち上る紫煙を眺めながら光太郎は言った。
「炎は全てを焼き尽くし、水は全てを流し清める。頭に入れておくと良い、きっと役に立つぞ」
「……うん、ありがとうございました。もう行きます」
「ああ、翠花にはうまく話しておくから。健闘を祈ってる」
京助を見送りながら光太郎は足元の岩を一瞥した。
「これで良かったかい? まあ大丈夫さ……彼ならやってくれる」
光太郎が吸った煙を周囲に撒き散らすように吐き出すと、心なしかその周囲の空気の淀みが嘘のように消え去るのだった。
京助が作戦を立てる一方、クインテット側でも采姫の対策をするべく公安X課と協力し、C-SUITに儀式を行い、采姫の攻撃への耐性とこちらの攻撃が通るように準備を整えて待機していた。
「まさか幽霊と戦う日が来るとは」
「それもあの采姫様っていう……」
「ここにスカウトされた時はもうなにも驚かないって思ってたけど、幽霊と戦うって本当にびっくりだよ」
真鳥市民ならば幼い頃に一度は采姫の昔話を聞かされる、そんな御伽噺の主人公を相手取って戦わなくてはならない。
「あの、水を差すみたいなんですけど」
「うん? どしたのレナミちゃん」
「本当に采姫様を倒して良いのでしょうか?」
その思いは皆も持っていたらしく、口を噤んで下を向いてしまった。
「本音を言えば……私もそこは疑問かな」
「初めてだよ、こんなに倒しづらい敵」
今まで自分たちが戦ってきたジャガックは同情の余地のない人類の敵だった。だが采姫は確かに病を振りまく人類の敵なのだが、こうなってしまった過程を知っているが故にどうしても情が移ってしまう。
「君達、X課によると召喚の儀がもうすぐで完了するようだ。もう行けるな?」
気が重いが、やるしかない。真鳥市の人々を守らなくてはならない。
全員が立ち上がって輸送ジェットに乗り込んで市街地から離れた場所へ移動していると、途中でマグナアウルがジェットの横を通り過ぎるのが見えた。
「そろそろ着替えよ」
「うん」
転送鍵を掲げ、全員同時に音声認証を起動する。
「Vモードオン! GO! クインテット!」
五人の体を黒い鎧が包み、エナジーストリームラインが各人のパーソナルカラーに輝いて着装が完了した。
「降下地点到着しました、健闘を祈ります」
展開したスロープから五人は次々と飛び降り、先に着いていたマグナアウルの方へ駆け寄る。
「ねえ、聞いていい?」
「なんだ」
「采姫様をどうするつもり?」
「やっぱり倒すの?」
マグナアウルは自分の手を一瞥して首を振りながら言った。
「倒したくはない……対策は立てたが、俺の力が通用するかどうか」
「倒さなくていい方法があるの?」
「ある」
「だったら!」
「私達に何かできる事はありますか?」
「采姫の攻撃を捌いて隙を作ってくれ。いくら大怨霊とはいえ六人がかりで同時に挑めば必ず隙が出来る筈だ」
真鳥市を見守って来た存在を倒さなくてはならないと暗澹たる思いを抱いていた五人の心に一筋の光明が差した。
「わかった、その代わり絶対に彼女を救って」
「俺は決して万能なわけではないんだがな……まあいい、やれることはすべてやるよ」
今日はやけに頼まれごとをされる。
それだけマグナアウルが強力な存在であると認識されている証なのだろうと、マグナアウルは気を引き締めた。
『召喚儀式完了します』
「もうすぐで来るよ」
皆が身構えているとにわかに空が曇り始め、その一点が渦を巻いて赤い稲光を吐き出し、地面に落ちると同時に打掛姿の美少女が姿を現した。
「妾を呼び出すとは思い切った事をするな」
儀式で呼び出されたことに、采姫は平静でいるよう努めていたが、やはり驚きは隠せないでいるようだ。
「呼び出したからには何か直訴があるのじゃろうて。聞こう、申してみよ」
マグナアウルが五人を振り返って頷くと、前に出てから訴え出た。
「采姫様、お聞きしたい。貴女はこの世界にその身を縛られている、それは貴女自身の意思か?」
「ほほほほ! 愚問よの梟の武士、妾は妾の意思でここに居る。全ての敵を打ち滅ぼすまでな」
これで誰かに強制されている可能性は消えてしまった、だが別の切り口ならばあるいは。
「貴女の強大な力があれば、きっとこの戦いは大きな進歩を遂げるでしょう。だがしかし采姫様、貴女の力は強すぎる」
「先日の戦いの余波で……多くの病人が出ました」
「なんじゃと?」
「貴女が戦えば戦うほど、貴方が愛したこの地の人々が苦しむんです」
「どうかご理解願います。戦いは我々に任せて……貴女はもう休まれてください」
采姫はこれを目を瞑って聞いていたが、再び目を開けた時には瞳は赤く染まっていた。
「今更……妾に……休めと? 戯けた事を……全てを失った妾から……戦いすら取り上げるのか!」
纏っていた禍々しいオーラが強まり、あの森で感じた嫌な感覚が周囲に広がる。
「邪魔立てするならうぬらも敵じゃ! 邪餓苦より先に滅ぼしてくれる!」
黒いオーラが顔と腕に集まり面と刀を形成し、采姫から赤い電撃が迸った。
「説得は失敗か! 気を付けろ、来るぞ!」
全員が回避すると同時に采姫は一直線に突進し、振り返りざまに刀から赤い電撃を放ってきた。
「危ないッ!」
デメテルがシールドユニットを装備しながら電磁シールドを展開し、赤い電撃を防ぐもあまりの威力に思わずよろめいてしまう。
「血迷ってんなよ采姫様! アンタの敵はウチらじゃない!」
デメテルを支えたイドゥンが電磁シールドの後ろからライフルを連射するも、黒いオーラが寄せ集まって盾となって全て弾き、その盾が無数の弾丸と化してデメテルの電磁シールドを破ってクインテットやマグナアウルに被弾してしまう。
「いい加減に……して!」
ミューズがハルバードを取ってから跳躍して采姫に肉薄すると、刃を回転させながら渾身の力で斬りかかった。
「いつまで続けるつもりなの⁉ そんな理由誰かを敵として暴れ続けるのなら、貴女はいつか全ての命を殺し尽くさないと収まらない事になる!」
「何も知らぬ小娘が! 妾がどんな思いをしたかお主には分かるまい!」
采姫はミューズのハルバードを自分の刀で防いでいたが、加勢してきたルナの一太刀を回避するべく跳躍するも、そこにすかさずマグナアウルが炎を纏った剣を振りかぶって向かってきた。
「うッ! 火が!」
即座に地上へ逃げるも逃げた先でアフロダイによるナギナタの連撃に押されてしまう。
「いくら貴女がこの街を見守ってきたとはいえ、そうやって被害を拡大させるなら見逃すわけにはいきません!」
「どいつもこいつも知ったような口を利きおって……そんな綺麗事はとっくに聞き飽きたわ!」
「くあっ!」
「ううううっ!」
「うわあっ!」
全身から赤い雷を放出して、目の前のアフロダイと加勢に来たミューズとルナを吹き飛ばすと、より黒いオーラの勢いがより増す。
「よくも皆を! ドリルロケットパンチ!」
デメテルのフルチャージした渾身の一撃が采姫に迫るも、黒いオーラを層のように厚くして防ぎ、逆にオーラに当てられてナックルアームは朽ち果ててしまった。
「ハァッ!」
間髪入れず炎を纏った剣を片手にマグナアウルが突撃し、采姫はオーラで防ごうとするもオーラは紙のように容易く切断されてしまった。
「ぐうう……火……火が!」
炎は全てを焼き尽くすという光太郎のアドバイス通り、恨みの念も焼き尽くしてしまうのだろうか。
「妾をも火で……焼き尽くすつもりか!」
「くっ! ピーコック!」
采姫の左手から出た赤い電撃を生成した盾で防ぐも、あまりの威力に押し返されてしまう。
(これは雷なんかじゃない……もっと別の何かだ!)
もはや防御はこちらの首を絞める結果になると考えたマグナアウルは盾を蹴って采姫を怯ませ、炎を纏った剣で猛攻を仕掛ける。
「妾に剣で勝負を挑むか!」
数回斬り結んだ時点ですぐに分かった、采姫は相当な手練れである。
三万年の熟練の技のあるサイ程じゃないにしても、もしかしたらクドゥリに匹敵する程の手練れであるかもしれない。
(部下が手加減していた訳じゃなかったようだな……)
逆手持ちで剣を取って切り結んでいると、ミューズが横からスパイク弾を撃ちながら戦斧とハルバードの二本持ちで斬りかかって来た。
「ううっ! 小娘が! 邪魔を……するなッ!」
采姫は力を一層込めてマグナアウルを刀で弾き飛ばし、目障りなミューズを始末するべく向けて黒いオーラを放つ。
「危ない! 逃げろ!」
「Bモードオン! バーストGOッ!」
ミューズの音声認証でスーツの各部が変形してコアエナジーストリームラインが露出し、同時にオーバーチャージを発動してエネルギーを全身に纏う事でなんと采姫のオーラを防いでしまった。
「上手く……行った!」
ミューズはハルバードと戦斧を交差させて盾代わりにすると、黒いオーラに押されながらも一歩一歩進んで近付こうとする。
「力技だ……こんなの持たない! 無茶するな!」
「私達が無茶してでもやらなきゃ……誰がやるの!」
そんなミューズの抵抗を見ていた采姫は険しい表情から一転、何かに気付いて鬼面の裏でニヤリと笑みを浮かべた。
「くふふふ……そなたのその力、その体……いい事を思いついた」
采姫は自分が放つオーラに乗ってミューズへ近付くと、そのオーラでミューズの全身を包んでしまった。
「ミューズ!」
「何するつもり⁉」
采姫の哄笑とミューズの苦しそうな声が重なり、他四人もマグナアウルもどう手出しすればよいか考えあぐねている。
「見ればわかるじゃろうて、この者に憑依するのじゃ。さすれば妾は更に強大な力を得られる!」
今でこそスーツのエネルギーで持ってはいるが、そのうち突き破られてあのオーラをもろに浴びる事になる。そうなってしまえば絶対に体は無事では済まず、精神の方も良くてトラウマ発症、最悪の場合崩壊も有り得る。
「……采姫ェッ」
マグナアウルは立ち上がって全身に炎を纏い、さらに力を込めて勢いを増し、炎の色を赤から青に変えると同時に走り出した。
「やめろぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!」
イドゥンが咄嗟に手を伸ばすも、もうマグナアウルはミューズの間近に迫っており、青い炎はより熱く燃え盛る。
「うおおおおっ!」
采姫が防御するより早く、マグナアウルの掌が鬼面へ伸びており、雄叫びと共に青い炎が手へ集中して鬼面を完全に焼き払った。
「邪魔立て……するなぁっ!」
なおも掴みかかって来た采姫をマグナアウルは真正面から受け止める。
「俺も貴女と同じだ! 大切な人を奪われたからこうして戦っている! だが貴女はもう手段が目的になっている! いい加減に目を覚ませ!」
「う……煩いっ! 煩い煩い煩い煩い!」
鬼面を焼いたのにも拘らず、マグナアウルとミューズの頭の中に采姫が入り込んで来た。
「うっ!」
「ああっ……くうっ!」
どうやら彼女が生前から持っていた記憶を読む力が発動したのだろう。
「あっ……ああっ……何という事じゃ……」
どういう訳か采姫が狼狽え始めた。
「こんな……こんな事が……許されて……許されて良いのか!」
鬼面を焼き尽くしたのが効いたのか、はたまたどちらかの記憶で〝何か〟を見たのが効いたのか、怨念のオーラが薄らいで采姫はミューズから離れた。
「こんな悲劇……妾なぞより遥かに悲惨じゃ!」
頭を掴んで地面へ倒れ伏す采姫を見て、ミューズは肩を大きく上下させながらバーストモードを切り、頭を抑えているマグナアウルの方へ近づく。
「お願い、彼女を救って……」
マグナアウルは静かに頷くと取り落した剣を引き寄せて地面に突き立て、そこから水を発生させた。
「もういいんだ、恨みを受け流し……お眠りなさい」
水は全てを清めて流す、その言葉通り采姫の周囲を覆っていた黒いオーラは水によって洗い流され、彼女の涙はもはや血のように赤く染まっておらず澄んだ色をしている。
「五百年の苦しみは、ここで断つ」
気が付けば黒いオーラどころか空にあった渦巻く黒雲も全て消え失せて晴れ渡り、心なしか周囲の空気も澄み切っていた。
「梟の武士よ……聞いておくれ」
「なんでしょう?」
「そなたと妾は似ている。だが境遇の上はそなたの方がよっぽど辛い」
「いえ、そんな事は……」
「だがそなたはそれでも力なき者を慈しむ心を忘れなかった。この地を守る者は……妾などよりそなた達の方が相応しい」
寂しそうな、だがどこか晴れ晴れとした笑顔を浮かべながら采姫はマグナアウルとクインテットの方を見た。
「そなた達は縛られし妾を解き放とうとしてくれたのだろう。感謝するぞ……だが妾はまだ逝けぬ」
言葉なく驚く一同を見ていたずらっぽく笑ってから穏やかに続けた。
「そなたたちの戦いの行方をこの地で見届ける、それが妾の新たなる使命じゃ」
その言葉を聞いて一安心した六人は胸を撫で下ろし、采姫に更に近付いた。
「任せてください、真鳥市は必ず守ります」
「ウチらは絶対に諦めません」
「場所だけじゃない。大切な人も絶対に守り抜きます」
「自分の恐怖にも、必ず打ち勝ちます」
「安心してください。貴女から託されたこの街を、奴らに絶対に渡しません」
「力なき者を慈しむ心……必ず忘れません」
それぞれの言葉を受けて采姫は優しく微笑むとそのまま目を瞑り、まるで空気に溶けるかのように姿が薄くなり、後にはあの黒いオーラとは対照的な清い金色の光の粒子が残るのだった。
「あぁ……良かったぁ!」
無事に采姫を消失させることなく、理想の形で戦いを終わらせることが出来た。
「今回もありがとう、ところでどうやって対策したの?」
「ああ……」
あの森での出来事と光太郎と翠花の事をどう説明したものかと考えたが、上手い言い訳が思いつかない。
「予習したんだ」
「予習でなんとかなるモンなのこういうのって」
「私達も予習すれば何とかなったのかな」
「まあいいじゃないですか、結局マグナアウルのおかげで何とかなったんですし」
「ねえあのさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「どうした?」
「もうこれ殆ど共闘してるよね? この際だから正式に共闘戦線結ぼうよ」
「んん!」
デメテルの指摘にドキリとする。
侵攻が大規模になった事で人命救助のために協力する事はあったが、マグナアウルの自身の中では正式な共闘はまだ早い。
「しっ……失礼する!」
デメテルがあっと言うより早く、マグナアウルはマントを広げて飛び去って行った。
「んあぁ……行っちゃった」
「イガイとシャイなのかねフクロウちゃん」
「まあ事情は人それぞれって事だよ。まあいずれ共同戦線を正式に結ばせてくれるかも」
少しの残念と達成感を胸に、クインテットの五人は帰路に就くのだった。
全てが終わって京助は改めて采姫神社に向かおうとすると、鳥居の前で翠花と光太郎が待ち構えていた。
「来ると思ってたよ」
「あなたが……解決されたんですね。先を越されちゃいました」
そう言って翠花は持っていたジュラルミンケースを渡す。
「え、これって」
「どうぞ、あなたのものです」
もう中を見るまでもない、きっとこの中身は莫大な資産を持つ京助ですら目を回すほどの大金が入っているに違いない。
「ななな……何ですかこれは……」
「私達の依頼主からの報酬です。あなたが解決されたので、私達よりあなたが受け取るのが相応しいでしょう?」
言ってる事は理解できる。だがどんな相手から依頼を受ければこんな大金が出てくるのか京助には見当もつかない。
「いやいいですよ……俺は別に……」
「そんな事言わないでください、何もしなかった私達が受け取る訳には行きませんし、これで美味いものでも欲しいものでも買ってください」
「じゃあこの人からアドバイス受けたんで……一割だけ貰います」
「いいえ、全額!」
「二割……」
「全額!」
「ああもう! 三割! これでいいでしょ! もう折れない! 俺は折れない!」
図らずもダジャレになったことに気付いた光太郎が押し殺した笑い声をあげた。
「半額だなんて……」
「まあ良いんじゃないか? これ以上断っても悪いだろ」
光太郎は片膝を上げて器用にケースを開けると、中から三割分の札束を取り出して懐から取り出した封筒に入れて渡した。
「でも……」
「だから良いですって、じゃあ俺……」
行こうとしたら翠花に腕を掴まれた。
「あの、良ければウチに来ませんか?」
「ウチって……」
「ライト探偵事務所です! 扱うのは変な事件ばっかりだけど……今所員が二人しかいないので給料は良いですよ!」
自分の姓である綴とwriteをかけているのだろうか、などと考えつつ、京助は腕を丁寧に解いて言った。
「まああと五年ぐらいして大学卒業後の進路としてなら考えときます。それまで良いポスト用意しててくださいね」
それじゃ。と言って京助は笑みを残して去り、翠花はぽかんと口を開けて「こっ……高校生⁉」という声を京助の背に浴びせるのだった。
思わぬ収入を得たことに困惑しつつ、京助は神社の近くのあの森へと向かった。
「空気が澄んでるな」
『サイコエネルギーは……良性のものに変わっていますね。一種のパワースポットと化しています』
きっと采姫は思い人である昌彦が自分の為に残した要石の近くに留まる事にしたのだろう。
戦う前に来た時と比べて心なしか木漏れ日が差すようになり、木々も青々と茂っているように思える。
「お、直ってる?」
割れた要石は修復されていた、きっと采姫が直したのだろう。
「良かった、さてと」
京助は要石の前にしゃがむと手を翳して汚れを取り払い、手を合わせた。
何故だかそうしなくてはいけないような気がしたのだ。
「貴女の愛したこの地は、必ず俺が守ります」
手を合わせながらふと思う。
采姫の言うように自分と彼女は境遇が似ている。それはつまり、京助も彼女のように憎悪に囚われ暴走する危険性を帯びているという事。
何かのきっかけで彼女のように敵を見失い、ただ戦う為だけに暴走するマグナアウルはもしかすると采姫以上に危険な存在かもしれない。
力なき者を慈しむ心を持っていると言われたが、それは大侵攻の日から自分の在り方を少し変えたからだ。
「ただ絶望と恐怖の化身から、この街の希望の象徴へとなるべきだった」
デメテルが言っていたように、正式な共闘関係を結ぶことも視野に入れるべきなのかもしれない。
「まだ早い……かな」
そろそろ本格的に自分と向き合う時が来ている。
ぼんやりと見えてきた新しい可能性に少しの不安を覚えながら、京助はその場を去るのであった。
To Be Continued.
変な話だと思ったでしょ?
私も書いててそう思いました。
でも着地はいい感じに出来たと思います。
綴翠花と神光太郎のお話は本作とは別に考え付いていた話です。ボツにした訳ではないのでいつか別の機会に書くかもしれません、その時はよろしくお願いします。
感想コメント、Twitter(現X)、友達へのオススメをぜひお願いします。
ではまた来週!




