壊された日常
夏休み最後の日、ついに日常が音を立てて崩壊した。
ついに現れたジャガックの首領、彼女の登場で全てが動き始める。
ダブルサイドの崩壊は、どこまで向かうのか?
誰かが言ったか「人は失って初めてそれの大切さに気付く」と。
「うおあっ! でやっ!」
後悔先に立たずと言うが、人とはそういう生き物なのだ。
「うおおおおおっ! 黒翼! 乱舞ゥウウウッ!」
そしてたった今、多くの真鳥市民がそれを味わっているであろう。
日常とはかくも儚くて尊く、そして理不尽に奪われる事もあるのだと。
「ハァ……ハァ……」
跳躍したマグナアウルは空中に浮く広大な闘技場のような場に足をつけ、息を整えて上から自分を見下ろす者達を見据えた。
「さっさと降りて来い、マグナアウル様が謁見してやる」
そのうちの一人であるクドゥリが不敵に笑い、ルゲンを挟んで隣にいるパテウの方を向く。
「どうする?」
「ダァーッハッハッハッハッハ! 面白い! たった一人でここに乗り込んできた勇気を買ってやろうじゃないか!」
ルゲンは溜息をつくと後ろを向き、パワードアームの駆動音を響かせて去って行った。
「マグナアウルの事は任せる、戦うなり殺すなり好きなようにするがいい」
マグナアウルはワープゲートで去ったルゲンを追おうとするも、それを阻むようにクドゥリとパテウがフィールド内に降り立つ。
「久しぶりだなマグナアウル」
「ああ、その眼帯似合ってるぞ」
クドゥリは舌打ちしてベナーグを引き抜き、パテウは体の各部を変形させて、訪問になった右腕をマグナアウルに突き付けながら言った。
「俺もクドゥリもこの日の為に今一度鍛錬を積み直した! 今日こそ雪辱を果たす!」
「フン、お前の屈辱が雪げるのは俺を倒した瞬間じゃないんじゃないか?」
マグナアウルの背後を見ると、地上で快晴に似合わない真っ赤な竜巻が発生していた。
「当然ジェノサイドカプリースも倒す! だがまずお前が先だ!」
クドゥリが持つベナーグの刀身が光り輝くと同時に刃が分割されて鞭剣状態になる。
「今日がお前の最期だ、愛した故郷の者達に見守られ死ぬがいい」
「何寝惚けた事を言ってるんだ、今日は本格侵攻に乗り出したものの、あっけなく撃退された宇宙ギャングの幹部が無様な敗北を晒す日だよ。記念日として休日になるかもな」
「減らず口を言いおって!」
「私もパテウも以前とは一味違う」
「そっちこそ俺を甘く見るなよ」
マグナアウルは刀身が青白く輝く二振りの剣を取り出して構え、クドゥリはベナーグを振るい、パテウは各種砲塔にエネルギーをチャージする。
「では始めようか!」
「ああ、お前らの夜は……ここで終わりだ!」
一日前の夕方の事。
「ハッ! でやっ!」
ジャガックの地下基地で、クインテットとマグナアウルが大暴れしていた。
「みんな伏せて!」
デメテルの掛け声に皆従うと、ビームキャリアから黄金の奔流が迸らせながらその場で三回転し、四方八方から襲い来る兵士たちが吹き飛ばされていく。
「今度からそれ最初にやれ……って言うのがお約束?」
上から自分の背後に迫っていたジャガック兵を拳銃で撃ち抜きながらミューズがデメテルの方を見る。
「一回きりしか使えないんだ……って言うのもお約束?」
ナックルアームを握ったり閉じたりして調子を確かめていると、真横の壁が轟音を立てながら崩れ、そこからパワードアーマーが飛んで来て反対側の壁に叩きつけられた。
「新手⁉」
「じゃなさそう」
崩れた壁からマグナアウルが現れ、チェーンに強化装甲を取り付けて振り回している。
「みんな! アレに攻撃!」
ミューズの一声でルナが跳躍し、フルチャージを発動しながらスライディングして足を切断し、すかさずアフロダイが穂先でミサイルポッドになっている腕を斬り落とした。
「吹っ飛ばしてやる」
イドゥンが銃口を向けたその時、パワードアームの頭部のレドームがまるで花弁のように展開して謎のエネルギーフィールドを放出し始める。
「!」
「うっ⁉ 何コレ⁉」
突然クインテット全員の動きが鈍くなり、それと同時にエナジーストリームラインが点滅して武器が消滅して元のグリップに戻ってしまう。
「どうした? ……そうか、あのアンテナのせいだな。ハッ!」
マグナアウルは振り回していたチェーンハンマーをより長く持って振り回し、それと同時に左手を翳して冷気を放出し、パワードアーマーのレドーム部分を氷漬けにしてしまった。
「お前の力、参考にさせてもらうぞサイ!」
そして凍り付いたレドームに向けてチェーンハンマーを思い切りぶつけてエネルギーフィールドの放出を止め、クインテットのエナジーストリームラインも点灯して再び動けるようになる。
「このっ! よくもやったな!」
ミューズが二つに分かれたグリップを一つに戻して戦斧を生成すると、スパイクから拘束弾を放って相手を戒め、その隙にオーバーチャージを発動し、それを見ていたイドゥンもさっきの分のお返しとばかりに同じくオーバーチャージを発動するとミューズに向けて光弾流を放つ。
「ミューズ! 受け取って!」
「OK!」
ミューズが跳躍して緑とマゼンタに輝く斧刃を振り下ろそうとする直前、マグナアウルは剣と戦斧を生成するとマントを広げてその身を包み、ドリル状になって高速回転しながら跳躍する。
「飛燕斬・穿‼」
「うおおおおおおっ! セイッ‼」
ドリル状になって突っ込んできたマグナアウルにコックピットを貫かれ、間髪入れずにミューズがその体を縦に両断し、そのまま体を翻して十字の斬り痕をつけ、爆炎を背に勝利を飾るのだった。
「ふう……終わりかな」
「……あ、ちょっと見てくださいよここ」
アフロダイがヘルメットの一部を指差し、皆が各自の指した場所に当たる部分を確認する。
「ああん? エラーモード?」
「直ちにスーツを脱装してください……さっきのやつのせいだ!」
ルナが四分割されたパワードスーツの欠片に思い切り太刀を突き刺して八つ当たりをした。
「不具合か?」
マントを収納したマグナアウルが、壁を蹴り飛ばしながら声をかける。
「さっきスーツがおかしくなったせいで不具合が起こったみたい」
「超能力の兵器化転用……不可能な話ではないな。まあなんだ、アップグレードなりなんなりするといい」
「じゃあそれまで使えねーじゃん」
「まあここでジャガックの潜伏基地全部潰しちゃったし、当分は目立った活動をしなくなるんじゃないかな?」
「あ、そっかぁ、じゃあ大丈夫かね」
「まあこれで少しは休めるだろ」
マグナアウルが背を向けた所に、ミューズが肩を掴んで制止した。
「なんだ?」
「ねぇ、例によってさ」
マグナアウルは少々うんざりしたように上を仰いで頭を抱える。
「あのな、俺はタクシーじゃない」
「まーまーそんなお固い事言わずにぃ」
デメテルがナックルアームでマグナアウルの肩を揉み、イドゥンが肘で小突いてくる。
「あんたは優しいからなぁ、ここはひとつ図体に見合う心の広さをね、ウチらに見せてもらいたいなーなんて」
「バカにしてるだろ確実に」
「ね、お願いフクロウちゃん」
「こいつだけ置いて行こうか」
「減るものじゃないみたいですから……どうかお願いします」
「私達今、不具合のせいでどうなるかわからないから。ね、お願い!」
溜息をつきつつ、マグナアウルはクインテットこと地上にワープした。
「これで満足か?」
「ほんっとに助かる! ありがとね!」
「さっさと帰って白波博士に直してもらえ。修理期間中は俺一人で全部解決してやるから」
「は⁉ え、ちょっ! 聞き捨てならない! 待て!」
飛び去ったマグナアウルはもはや遥か彼方、クインテットの制止も届かず、もう既に星夜の闇間に溶けてしまっていた。
「見させてもらったよ。まあその……当分は使い物にならんだろうな」
曰く、かねてより損傷が今回の戦いでのエネルギー遮断を食らった事が引き金になり、ついに限界を迎えてしまったとの事。
奏音たちは一気に落胆の雰囲気を醸し出しながら言葉にならない声で悲しみを表現し、博士は落ち着かせて続けた。
「大丈夫だ! 大丈夫だから!」
「何が大丈夫なんですかぁ……」
「その……今はまだ内緒だがもっといい事がある。近々発表できそうだから待っててくれ」
とりあえず何かいい事が待っているらしい。五人は若干機嫌を直しつつ大浴場へ向かう。
「スーツのことは残念だけど、なんだかんだジャガックの基地全部潰せたのは大成功だよね」
「そうね~、夏休み終る前に全部潰せてよかった」
「あ~、何で言うの~考えないようにしてたのに」
明穂の体が徐々に沈み、湯船から湯が溢れ出す。
「あはは、ゴメンゴメン。まあこの夏は色々楽しかったよね」
「そうだねぇ~、なんと言っても加須多穂リゾート」
「また行きたいわ~、あのマッサージサービスまた受けたい」
「今度来た時釣りやってみたいな」
「来年も行きたい!」
「来年は受験だから、お疲れ様会になりそうじゃない?」
「ああ、じゃああそこ夏っぽい感じするから、また行くとしたら再来年かな?」
「じゃあ来年行くとしたらどこかな?」
「冬場のリゾートかぁ……」
「後でお父さんに聞いてみます。多分どこかしらあるでしょう」
「またあのメンツ集めて行こ」
「林檎ちゃん今度は桃弥さん連れてきてよ」
「ヤダ、絶対ヤダ」
「ホントは一緒に行きたいくせに~」
「ヤダヤダ」
林檎は頭まで湯に浸かったが、明穂が肩まで浸かった時ほど湯は溢れなかった。
「ゴポゴポ……てかお疲れ様会やるとしてセンキョー連れてくる?」
「うん、そのつもりだよ」
「来年来てくれるかな」
「京助のここ次第じゃない?」
皐月がこめかみのあたりを指でトントンと叩き、麗奈が濡れた亜麻色の髪をかき上げながら奏音の方を向く。
「京助君、勉強できるんですか?」
「うん、そこそこ」
「だいたい学年十番ぐらいを漂ってる感じ?」
「そこそこどころか結構出来る方じゃない?」
「ウチの学校大きいからね、慰める会にはならなそう」
「もしかしたら私の慰める会になりそう……」
「カノちゃんがもしダメでもいい所あるじゃん」
「え? どこ?」
「センキョーの所、永久就職すんの」
ニヤつく林檎に奏音は顔を赤らめて何か言おうと思ったが、すぐに口元を抑えて絞り出すように答えた。
「たしかに……悪くないかも」
何か反論してくると思っていた林檎は呆気に取られ、皐月は小さく笑って林檎の肩を叩いた。
「これは負けたね、林檎」
「なんだろう、この微笑ましさと沸き立つ悔しさは」
その後風呂から上がった五人は、白波博士からのプレゼントであるケーキが冷蔵庫に入っているのを見つけ、五人で喜びながらそれを食べるのであった。
一方その頃京助は地下にある部屋のボードに貼り出された地図にバツ印をつけ、クラッカーを鳴らして自分で自分を祝福した。
「ジャガック基地全部全部ぶっ潰しました~!」
『イエー、ドンドン、パフパフ』
「ヤッフー!」
火薬の匂いを満喫しながら、散らばったビニールテープを念力で操作して京助は周囲を舞い踊る。
「ジャガックさん壊滅秒読みおめでとう! いや~夏休みが終わる前に事が済んで良かった」
『いよいよ明日が夏休み最後の日ですからね。その点本当に良かったです』
「これでちったぁ大人しくなるだろうな」
『当分は仕掛けてこないでしょう』
「まあ仕掛けたってボコボコにして返してやるだけだがな」
氷水入りの結露したバケツに入れておいた瓶のアップルジュースの蓋を念力で開け、グラスに注いで飲み干した。
「美味い! フゥ~!」
ソファーに転がり込み、大きく一息ついて左腕のバングルを眺める。
「明日でいよいよ休みも終わりか」
『今年の夏はいかがでしたか?』
「結構充実してたよなぁ、一人じゃない旅行って中三の卒業記念ぶりじゃないか?」
二年前に受験と卒業式を終えた後、奏音の家族に誘われて田舎の温泉地に行った時の事を思い出し、京助は小さく微笑んだ。
「加須多穂のベイサイドリゾート、また行きたいよな」
『楽しそうでしたもんね』
「あのメンバーでまた行きたい。今度は銛突き漁とかやってみてえな、俺と白波さんで獲った魚を明穂に料理してもらうんだ」
『すっかり魚料理の虜ですね』
「俺も腕を磨いて、みんなに食べ比べしてもらってさ……フゥ! 考えてたら楽しそうだな」
『来年は受験ですので、夏に行くとなると再来年でしょうか?』
「ああ、そうか……じゃあ来年行くとなると、お受験お疲れ様会かな」
『京助はどこの大学に行くとか、考えていますか?』
「うーん、俺の知能ならどこにでも行けるとは思うんだ。その上でどうしようってなる訳でして……」
その力をフルに発揮すれば海外の大学にだって余裕で入って様々な賞を総ナメに出来るだろうが、別に京助としてはそういう事をしたい訳では無い。
「父さんは結局……何の学者になったんだっけ?」
奇才と呼ばれた万路は数多の分野で活躍しており、結局「学者をしている」のは確かだが、具体的に何の専門かと問われると息子の京助も首を捻らざるを得ない。
「まあいいや、そこらへんは後で考えるか」
『後とは?』
「奏音と一緒に大学がいい、それが一番先決!」
『……まあそれもありでしょう』
てっきりやりたいことをしっかり考えろと言われるかと思ったが、トトが意外にも自分の考えを受け入れてくれた事に京助は驚いた。
「なんか『あなたの人生ですので、もう少し自分事として捉えた方が良いかと』的な事言われると思ってた」
『切っ掛けがなんであれ、日常の事を考えられているだけで大変良い事だと思いますよ』
「そんなに俺って傍から見て向こう見ずだったか?」
『奏音さんと付き合う前のあなたなら、大学には行かないと言いかねませんでしたから』
「そっか……じゃあ奏音に感謝だな」
振り返ると、意識的無意識的に関わらず、自分が奏音から受けた影響はかなり大きいのかもしれない。
「明日、奏音に会いに行くか」
『少し遅いですが、奏音さんに連絡を取ってみては?』
「そうだな」
フィンガースナップで電気を消すと、京助はエレベーターに乗って自室へと向かった。
家に帰った奏音はスマホをスクロールしてダラダラしていると、京助から着信が来て弛緩した顔が光り輝き、反射的にベッドの上に背筋を伸ばして座っていた。
「はーい! どうしたの⁉」
『お誘いの電話だよ』
「何のお誘い?」
『いやさ、明日で夏休み終るじゃん、一緒どっか行きたいって話なんだけど』
「んあぁ~……ちょっと待ってねぇ」
『え? どうした?』
即座にグループチャットを開いて皆に確認のメッセージを送った。
『明日の事なんだけどさ』
『うん』
『え、急用入っちゃった?』
『京助一緒でいい?』
『おうおう何人でも連れて来い』
『いいよ』
麗奈から可愛らしいデフォルメされた動物のキャラクターが指で丸を作っているスタンプが送られた後、皐月から某格闘マンガの中華拳法使いのキャラクターの有名なセリフのスタンプが送られてきて皆から許可が出たため、再びスマホを耳に当てる。
「二人きりじゃなくていい?」
『え、小生めがご一緒して良い相手なの?』
「そんな遜らなくていいって、あの時のメンバー家族抜きだからさ」
『ああそう? でもなんか女子会に野郎一人がお邪魔してるみたいで……』
遠慮する京助に奏音はグループチャットのスクリーンショットを送り付ける。
『待ってなんだ何人でもって、しかも烈さんいるし……まあ歓迎されてるご様子なので、お言葉に甘えてお邪魔させてもらおうかな。何して遊ぶ予定なんだ?』
「うーん、みんなでご飯食べて色々見て回って、最後はカラオケかな」
『カラオケ好きだねホントに』
「楽しいじゃん」
『そうだな、言えてる』
「それじゃあ明日の十時半に真鳥駅前に集合ね」
『了解、みんなによろしく言っといてくれ』
その後ビデオ通話に切り替えて他愛のない会話を一時間ほどして、明日のこともある為解散となった。
真鳥市の深い山森の中、人知れず停泊している軽インターセプターの中で、サイは一人ベッドに横になって寛いでいた。
「暇だね全く」
インターセプターの制御AIがホログラムで空中にザルク語を表示し、サイはそれに目を通して上がった口角をさらに上げる。
「どうやってここに呼ぶんだ」
再び表示された文字列とホロネットのリンクを見て、サイは思わず「へぇ」と声を漏らした。
「ここにもあるんだ。まあ僻地で勤務する要人向けの高級娼婦なんて昔からよく居るだろうし、ここにもそんな感じの商売やってる店があるのか」
短く表示された一文を読み、サイは笑いながら手を振って否定する。
「今はそんな気分じゃない。男も女も……どんな種族とでもする気はないよ」
次に表示された文字列を読み、サイは七千年前のことを思い出して大笑いした。
「あの時はあんまり仕事なかったけど、金だけは腐るほどあったからな。お前と一緒にいろんな星を巡って湯水のごとく金を使って宇宙に存在するだろう無数の快楽を味わったっけ、あの時は本当にどうかしてた」
短く毒付いた制御AIに笑いながらサイは反論する。
「今の方がどうかしてるって? そんなの分かってるよ。ボクはどうせ戦いの中で生き、そこでしか本当に満たされないんだから……だから退屈なのはあまり好きじゃない」
そのときメールの通知音が鳴り、差出人を確認したサイは一気に不愉快になって口角を上げたまま顔を歪めた。
「退屈なのは嫌いだが、不愉快極まりないのはもっと嫌いだね」
これも仕事かと腹を括り、手を翳してホログラムを自分の前に持って来て仕事用のメールフォルダを開く。
「催促かよクソババア、いい年して若作りして下品な服着やがって」
いい加減嫌気がさしたサイは、ある事を思いついて一種のコンピューターウィルスを作り始めた。
「イーヒッヒッヒ、これで退屈が紛れるし完全にとはいかないがアホと縁が切れる」
ニヤつきながらホログラムのキーボードを叩き、ウィルスを完成させるとメールの返信にそれを添えて送りつけた。
「ボクに舐めた態度を取り続けた報いだ。命取られなかっただけ有り難く思えゾゴーリ・ジャガック」
メールを送った後、再び空中にザルク語が表示される。
「いいんだ、料金分の仕事はした、料金分のね」
コンピューターウィルスがどう暴れるかを想像しながら、サイは一人ベッドの上で微笑むのだった。
地球の衛星軌道上、ジャガックの基地艦の一室でクドゥリは一人ベナーグを振るっている。
「フッ! ハァッ!」
素材が変わったせいか二代目ベナーグは若干重くなっている。母星を出て以降五千年、ずっと振るってきた剣だった故に手に慣らすのには一苦労であった。
だが以前と異なり高エネルギーに晒し続ける事によるベナーグの自壊を気にしなくて良くなった事でストレスが無くなり、却って戦いやすくなるという利点が生まれた。
「的を用意しろ!」
クドゥリの一声と共に床下から巨大な金属の柱が出現し、それが完全に出現する前に剣を振るって三つに切り裂いてしまった。
「クアッ!」
その一番上にあった金属塊が地面へ落下する前に蹴り上げ、クドゥリはライフルモードに変化させたベナーグで撃ち抜いてその半分を焼失させて、残った半分の赤熱した部分に手を翳して完全に溶解させる。
「正直な話……前よりも扱い易くなっている、ありがとうザザル」
そう言いながらライフルモードのままベナーグを振るうと瞬時に鞭剣モードへ変形し、複雑な軌跡を描きながら切り裂かれた金属塊を鋒で突き刺して空中へ打ち上げ、そのまま無数の分かれた刃で細切れにしてしまった。
「最後だ!」
跳躍しながら宙を舞う鞭剣の刃を全て回収して繋げると、最後に残った金属塊に思い切りベナーグを突き刺して完全に溶解させてしまった。
「フッ……良い剣だ」
剣を振るうと刀身表面を覆う薄紫色のエネルギーが消滅し、手で刀身を覆って熱を逃がしてから腰にベナーグを下げた。
「これで格闘に持ち込まれても剣戟で押し通せるな」
部屋を去ろうとする直前、大きな振動が聞こえてきてクドゥリは小さく笑った。
「パテウのやつ、私以上に張り切っているな」
隣の部屋ではパテウが新たに体内に取り込んで増やした五十個の新型銃器の実験を行っているようだ。
「ダァーッハッハッハッハッハ! いいじゃないかいいじゃないか! 以前取り込んだものとも干渉しない!」
防音設備がなされている密閉された部屋の中でも、パテウの声はよく聞こえる。
「いずれ共に戦うことになるだろうな。お前がどんなものか楽しみにしているよ」
汗を流して自分の執務室に戻り、しばらく作業を続けていると、最上級の緊急事態を示すサイレンが周囲に響き渡った。
「……まさか!」
これが流れる時は二つしかない。一つはこの艦が墜ちそうな時であるが、その場合段階的にサイレンが鳴るようになっている。
という事はもう一方の事態である可能性が高い。
慌てて礼服に着替えてからベナーグを腰に佩いて艦上部に着けられたカメラの映像をホロモニターに繋いだ。
「やはりか……」
この艦の二倍近い大きさの巨大で豪華絢爛な装飾のなされた円盤が迫って来ており、ドッキングジョイントをこちらに伸ばしてきている。
「……フゥ」
いずれそんな時が来るだろうと半ば覚悟していたが、突然来ると凄まじい焦燥感が胸の裡から沸き立ってくる。
「いかんいかん」
鏡の前で頬を叩き、眼帯の位置を調整して服装を整えると、出迎えの為にドッキングベイへ走っていると、途中でザザルと出会った。
「珍しい、お前も出るのか?」
「ああ、こればかりは流石に出なくてはなるまい」
「だろうな、あいつは?」
「出ないそうだ、万全ではない姿を晒したくないとさ」
「そうか、まああいつは最古参だから許されるんだろうな」
ドッキングベイに着くと、無数の正装をしたジャガック兵と共に先にルゲンが着いており、心なしかいつもより背筋が真っ直ぐになっている。
「パテウはどこだ」
「さあ、もうすぐ来るんじゃないか?」
「何をしているんだあのデカブツは……遅れるぞ!」
「落ち着けルゲン。まだ艦同士はドッキングしてない」
ルゲンが気を揉んでいると、エレベーターからパテウが出てきて、背中のジェットでこちらへ向かってきた。
「まだ来てないよな!」
「ドッキングすら……」
微かに巨大なもの同士がぶつかり合う音が響き、ザザルの本体がちらりと上を向く。
「今ドッキングしたようだな」
「全体気を付け!」
ジャガック兵の隊長格の一声で全てのジャガック兵が靴を鳴らして姿勢を正し、音楽隊が前に出て楽器を構えた。
「歓迎準備用意!」
音楽隊が豪華で壮大な音楽を奏で、専用エレベーターの使用表示が出る。やがて煙と共にエレベーターの扉が開き、中から六人の従者を連れた一人の女が現れた。
女は豪華絢爛すぎてかえって下品に映るドレスを纏っており、外見は目つきの鋭い三つの目と、二組の腕を持つ年端も行かない少女のようであった。
「ゾゴーリ・ジャガック様の御成り!」
クドゥリ、ルゲン、ザザル、パテウが同時に跪き、前面を守っていた従者が道を開け、ゾゴーリは四人の前に出る。
「ゾゴーリ様……我々一同お待ちしておりました」
そう、彼女こそがジャガックの頂点の玉座に座る首領、百六十二代目「ジャガック」継承者ゾゴーリ・ジャガックである。
「かったるい挨拶は結構だ、作戦室に行くぞ。全員着いて来い」
心底不快そうな声色で先を行くゾゴーリに一抹の不満を覚えたパテウはクドゥリの方を向き、それに気付いたクドゥリは肩を竦めて見せた。
作戦会議室に着くなりゾゴーリは相変らず不機嫌で下の両腕を組んだまま、上右手を振って従者にホログラムを表示させた。
「今日我々の口座からごっそり金が引き抜かれた」
「何ですと⁉ 何者の仕業ですか⁉」
「ジェノサイドカプリースだ」
パテウは思わず立ち上がって半ば怒鳴りつけるように口を開く。
「やはりあいつは信用ならなかったんだ! 敵に肩入れした時点で切っておくべきだったんだ!」
「まあそれは良い、あれを御せなかったのは仕方ない。引く抜かれた金は勉強代と割り切るとして……問題は地球の基地の方だ」
ルゲンの顔色が明らかに悪くなる。
「侵略初期に建てた地下の基地が全て……全てだぞ! 全て潰された! この状況を今までどうして放置した⁉」
ゾゴーリは四つの拳で机を何度も叩いて怒りを表し、幹部一同は押し黙るほかない。
「こんな星の都市一つに何を手間取っている! 貴様らはただの木偶の棒か! 情けない限りだぞ!」
「お言葉ですがねゾゴーリ様、この星には民衆が持つ技術水準に似合わない高度な技術を使用した部隊や、最低でも中層次元に到達した超能力者が居るのですよ。想定外にも奴らは強力であり、クドゥリに重傷を負わせ、パテウも一時撤退を選ばざるを得ない状況に追い込むような連中です。決して我々は怠惰で動かなかった訳ではないのですよ」
この圧倒的な重圧に接してもなおいつもの調子を崩さないザザルに、ゾゴーリ含めて周囲は内心感嘆した。
「ザザルバン、そういうお前にも奴らを超えるようなロボットやサイボーグ兵を作り出せなかった責任があるのではないか?」
「ええ、たしかにそういう意見を持つのも尤もでしょうな、ただ超能力者――奴はマグナアウルと名乗っているようですが――マグナアウルは非常に対策が立てづらい敵でしてね」
「なんだと? それはどういう意味だ?」
「奴は隠れるのが非常に上手い、その上カメラには映りません。これを見ていただければわかるでしょう」
ザザルが投影した写真に、ゾゴーリは三つの眼を細めて訝しむ。
「何だこれは、壊れているんじゃないか?」
その写真は画面の半分以上が黒く塗り潰されており、辛うじてジャガック兵が何かから逃げている様子が分かった。
「ええ、壊れていますとも。厳密には壊れる寸前です」
「何が言いたい?」
「これはマグナアウルを捉えた映像の切抜きです、奴は半径五メートル圏内のカメラに不可逆的な破壊を齎すのですよ」
「映像が残らないと?」
「ええ、それに奴は生存者も基本出しません。これまで戦った者はほぼ確実に死んでいます。数少ない生存者はこの二人と、私が作ったクドゥリのクローンのみです」
これにはゾゴーリも納得したようだが、まだまだ怒りは収まらないらしく貧乏ゆすりをしながら眉根に皴が寄っている。
「決めた」
そのたった三文字の短い一言で、まるで床に思い切りぶちまけられた水のように冷たい感触が広がった。
「敵が強いのならこれしかない。全てをぶつける、文句はないな?」
それから数時間後のあるマンションの一室、ガディ、ザリス、ジェサムの三姉妹は三人で一緒に鍛錬をしていた。
「フッ! やっ!」
「ガディ姉さん……」
「どうしたのザリス?」
「もうすぐ……九時ですけど……買い出しに……行かなくては……」
空中で電気の塊と炎の塊を手を翳しながら同時に制御していたガディは、拳を握ってそれらを消失させて行った。
「そうねぇ、備蓄もそろそろ尽きてくる頃よね」
長く細い金属の棒を持ち、それを地面に立てて自分の全体重を支えているトレーニングをしていたザリスが開脚していた足を閉じてからゆっくりとフローリングに降り立った。
「ふぅ……この辺で切り上げて買い物に行きましょう」
素振りをしていたジェサムもそれを切り上げ、三人でシャワーを浴びてから移動しようとしたその時、姉であるクドゥリからの通信が来た。
「お姉様からですわ!」
喜んでホロ通信を開くと、なにやら穏やかではない様子のクドゥリの顔が大写しになる。
『お前達、息災だったか?』
「は……はい」
「我々は大丈夫です」
「どうかされましたの?」
『ああ、実は大変な事になった』
三人は顔を見合わせたが、クドゥリは落ち着くように諭す。
『すぐに基地艦へ来てくれ、詳しい事はそこで話そう』
三人は即座に正装して自分たちの武器を持ち、ワープゲートを通過し、姉の元へ馳せ参じるのだった。
それから一時間三十分後、集合した京助達はバスに乗って田舎の方へ向かっていた。
少し時計の針を戻そう。
「新規開拓がしたい?」
「ああ、せっかくこうして六人集まったんだから美味い所行きたいじゃん」
「私はそれ自体には賛成ですけど、どこに行くとか決めてるんですか?」
「勿論だとも、ここだ」
京助のスマホにはマップアプリが表示されており、他五人がそれを覗き込む。
「知らん店だわ」
「『ジョプリン・アメリカン・バーガー・アンド・ダイナー』……チェーン店じゃなくて個人経営なのかな?」
「どう? 美味そうだろ?」
確かに投稿された写真を見ていると、かぶりつきたくなるようなハンバーガーが映っている。
「たしかに、なんか見てるとこう……なんてーのかな、こうガツッと行きたくなるよね」
皐月が拳を振って見せ、明穂が顎を撫でてどう食べるかを心の中で思案した。
「てことで決まりでいいか?」
全員がサムズアップを返したため、今六人はバスに乗ってへ『ジョプリン・アメリカン・バーガー・アンド・ダイナー』と向かっているのだ。
勝手知ったる都会の中心街から徐々に建物よりも木々が増えていく様子に夏らしさを感じ、六人はスマホを眺めながら小声で他愛もない話をしていた。
「お、次っぽいな」
降車ボタンを押して降りたが、どうやら早とちりだったらしく一個前で降りてしまった。
「ねぇ~何やってんの~」
「ナハハ……わりぃわりぃ」
「こんな熱い中女の子五人歩かせる気~?」
「いやぁ、これも町ブラだと思えば……無理か」
八月末というのに空からは強烈な殺人光線が降り注いでいる。これは肌に悪いどころではない、もはや命に悪い。
「余計に金掛かるし、もう一回バスに乗る訳にはいかないだろ、まあちょっと歩くだけだし付き合ってくれ」
「京助君ってめちゃくちゃ金持ちなのに、なんか所帯じみてるよねぇ」
「いや、ウチとアイツそこそこ一緒にいるけど、偶にズレてるところが顔を出すよ」
「そうなの?」
「細かい金は節約するけど、デカい金はポンって使っちゃうんだよね」
「そうなんだ」
「金は使うやつに返ってくるってさ。ウチらショミンにはよく分からない感覚だね」
そんなこんなで目的の『ジョプリン・アメリカン・バーガー・アンド・ダイナー』に辿り着いた。
「うわ、濃縮還元原液百パーセントの六十年代アメリカの雰囲気」
「本物のジュークボックスもありますね」
「アレみたいだね、なんだっけ。京助が面白いよーって言って見せてくれた映画の……こうやって踊ってた所」
奏音が腕をぶらぶらさせながらツイストダンスを踊り、京助はピースサインを目の横に持って来てずらしながら答える。
「パルプ・フィクションのジャックラビットスリムね。トラボルタとユマ・サーマンが踊ったんだ」
「そう! なんだかそこみたいだね」
「確かに、車のテーブルがあれば完璧だったんだがね」
幸い空いていたため六人は両側がソファーの席に座ることが出来、二冊しかないメニューを三人ずつで共有して確認する。
「ホントに美味そうだな」
「厨房からいい匂いもしますしね」
「ジャム付きハッシュドポテトあんじゃん! しかもミートボール付き……理解ってる店だよ」
六人は注文を終え、料理が来るまで夏休みの間何をしたのか等の雑談をしたり、十月に行われる実力考査にうっかり明穂が触れてしまい、奏音と皐月と麗奈が憂鬱な気分になったり等していると、皿に山盛りの皮付きポテトが取り皿と共にやって来た。
「お~来た来た!」
「ウチはね、始めて行く店にポテトが売ってあったら必ず頼むんよね、何故ならそのポテトの美味さでその店の料理のレベルが……」
「んん! 美味いぞこれ!」
「人が今話してるでしょーが!」
京助は備え付けのオリジナルソースとマヨネーズを取り皿に出すと、トングを使って皆に取り分ける。
「マジで美味い、期待以上だわ」
「ホントに? ホントだ……これミシュランの三ツ星行けるレベルかも」
皆の反応と明穂のこの言葉でかなり心動かされた麗奈だったが、寸でで手を引っ込めた。
「食べたい……けど我慢です、メインディッシュが食べられなくなっちゃう」
「まあまあそう言わずにさ、冷めちゃうから一本だけ食えよ麗奈」
「い、いやぁ……そのぉ……」
「美味しいよ、全部食べちゃうよ」
「うぅ……」
妙に色っぽい声を上げながら麗奈は自分の食欲と戦っていたが、幸いな事にメインのハンバーガー達がやってきた。
「良かったです……」
「な~んだ、つまんね~の」
「レナミちゃん、バーガーに救われたね」
「ていうかここの店員さんの服はなんかそれっぽいのにさ、ローラースケートで持ってこないんだね」
「まあ慣れないと危ないしな。ていうかローラースケートで料理運ぶのって実際どうなんだろうな?」
そんなことを話しつつも運ばれてきたハンバーガーやチキンを見ると、これまた大変ボリューミーである。
「肉の暴力だねこれ、口の中で汁とソースが大暴れだよ」
皐月がよく分からない例えをしつつ、配慮として抜いてあった薄切りの大根ピクルスをバーガーに入れ、オリジナルソースを追い掛けした。
「では……どうやって食べるのこれ」
あまりのボリュームにどこから齧りつけばよいか分からない様子である。
「まあ見とけって、こうだ!」
京助が口を大きく開けて齧りついたが、器用な事に野菜や肉片はおろか、ソースの一滴も零れていない。
「……ここ選んで正解だったかも、マジで美味ぇ」
「ホントに? じゃあ私も食べよっ!」
そうして新規開拓が無事成功し、バーガーやチキンそしてステーキなどを各々堪能し、デザートでジャンボパフェやカスタードシェーキを頼んで自撮りなどをしていると、天井に取り着けられてつけっぱなしにしていたテレビから流れていたバラエティが急にニュース速報に切り替わった。
「あれ、速報だって」
「何か事件でもあったのかな?」
「これローカル局ですよ」
「ヤダね~ここで物騒な事でもあったんかな?」
努めて無表情で居るものの少々困惑気味の女性ニュースキャスターが原稿を渡され、カメラの方を見ながら口を開く。
『え~今日の午前十一時四十八分ごろ、真鳥市久留間町上空に、正体不明の巨大円盤型飛行物体が現れました』
クリームが乗ったシェイクをストローで啜っていた京助の動きが止まり、ゆっくりと顔を上げてテレビ画面を凝視した。
『円盤型飛行物体についての詳細は現在不明です。目撃者によると何もない場所から急に出現したという情報もあり、現在政府は緊急対策会議を開き、周辺住民へ避難勧告を……』
ここにいる全員が、その円盤が何かを理解していた。そしてこれから起こりうる最悪な未来を瞬時に思い描いた京助は、立ち上がって厨房の奥の店員へ話しかけた。
「すみません会計を」
「え!? 京助⁉」
「全員分俺が持ちます。これでお願いします」
クレジットカードで会計を済ませた京助は、ドアのパイプチャイムをけたたましく鳴らしながら外へ出ると、久留間町の方角を向く。
その巨大な円盤はゆっくりと久留間町から中心街の方へ移動しており、円盤によって作り出された影が不気味に動いているのがこちらからでも分かる。
「冗談じゃない……」
「京助っ!」
いきなり店を飛び出した京助を追って奏音がやって来たが、京助の方はそれに気付かず、ただただ円盤をじっと見ていた。
「!」
京助の表情と、目の奥に宿る光に異様な迫力を感じた奏音は思わず息を飲んで後退した。もしや京助はあの日の記憶を取り戻しつつあるのではないか?
そう考えた奏音は反射的に腕を取って何度も京助へ呼びかけた。
「ねえ京助! こっちを見て!」
やっと奏音に気付いた京助は大きく息を吐いてじっと奏音の方を見てると、静かで、それでいて重厚に京助は奏音に告げた。
「すぐにここから帰れるか?」
「え?」
「今すぐ家に帰って……これからの事は残念だけど、事が終わるまで家でじっとしてるんだ」
「事が済むって……」
「あれが何なのか、それは俺には分からないけど一つ言えることがある。絶対に家に帰った方がい。俺も奏音も、そしてみんなも」
そのまま店に戻り、京助は四人に告げる。
「この中で誰かお父さんかお母さんが迎えに来てくれる奴いるか?」
「今お父さんに連絡したら、全員乗せれる車で来てくれるそうです」
「わかった、ここで待ってよう」
「ねえあんた……ご飯代」
京助はテーブルに肘をつき、顔を覆って一切喋らなくなった。
「ねえ、センキョー?」
心配そうに京助を覗き込む林檎の肩に奏音が手を置き、静かに首を振って制止する。
それから二十分後、白波博士の乗るバンがやって来て、京助達はそこへ乗り込んだ。
「京助君、君を先に送り届けるよ」
「はい、よろしくお願いします」
バンに揺られるしばらくの間京助はずっと黙って外の景色を見ており、その様子を見て心配になった奏音が京助の手を握ると、京助は様々な感情が入り混じった複雑な笑みを向け、奏音の心にちくりと鋭い痛みが走る。
「着いたぞ、京助君」
気が付けば千道邸に着いていた。
京助は奏音の手を握り返して手の甲へキスをすると、ドアを開けて車外へ出て振り返って小さくも力強く告げた。
「みんなをお願いします。ありがとうございました」
奏音の心に走った痛みがより大きくなり、思わず胸に手を当てる。
「分かっているとも、外へ出てはいかんぞ」
白波博士へ一礼するとドアを閉め、小さくなっていくバンの窓からこちらを見る奏音を見送り、京助は急いで自宅に入った。
「甘かった……このタイミングで来るなんて考えもしなかった!」
『落ち着きなさい、確実にあれは連中ですが、今の所様子を見るしかありません』
ソファーに腰を下ろしてテレビをつけて地上波に合わせていくつか放送局を回ると、どれも真鳥市のローカル局が中心街へ辿り着いた円盤について緊急速報で報じていた。
「奴らは一種族でも国家でも軍隊でもない……犯罪者の集まりなんだ、だからこんな突飛な真似が出来る。俺は……俺達は奴らを追い詰めすぎたのかもしれない」
『連中が大胆に動いているからこそ、あなたは慎重に動かなくてはなりません。幸い中継映像がありますので、円盤と連中の動きを注視しておきましょう』
京助は体を前のめりにして、ジャガックの円盤の動きをじっと見るのであった。
京助を下ろしてからすぐに白波博士はウィルマース財団の施設へ向かい、五人は待機所で降ろされた。
「いままで……いままで奴らから皆を守ろうとしてきた……その結果がこれ?」
「奏音、落ち着いて」
「京助は明らかに思い出しかけてた! それに私が守る側なのに、何か言ってあげないといけない側なのに! 私は何も言えなかった!」
自責と怒りと悲しみが混じった声色で奏音は皆の前で叫び、皐月と林檎は思わず奏音から目を逸らす。
「私は……私は結局!」
その先を言おうとした奏音を明穂が抑えてソファーに座らせた。
「自分を責めたって意味が無いでしょ奏音ちゃん」
「でも!」
「分かるよなんて私は言えない。奏音ちゃんが守りたい人に何も言えないのは……私達には想像できない程歯痒くて辛いんだろうね。でも今取り乱したらダメ、こんな時こそ冷静にならなきゃ」
親友であり、何度も共に戦場を駆け抜けてきた戦友の言葉に、ようやく奏音は冷静さを取り戻した。
「ごめん……みんな……でも……」
この中で奏音だけが、本当に守りたい者に全てを打ち明けることが許されないのだ。
その悔しさが胸の痛みとなり、せりあがってくる涙に変換される。
「ごめん……ちょっと……これダメだ……」
とめどなく流れる涙を抑えきれないでいる奏音を、皆は遣る瀬無い気持ちで見つめるのだった。
そしてサイは森の中に停泊したインターセプターの中で、一人頭を抱えていた。
「信じられない、ここまで馬鹿だとは思わなかった」
いつもの笑顔が消え失せる程度には、サイは不愉快でいるらしい。
「こんなのもう後がありませんって自ら喧伝してるようなもんじゃないか。何でそれが分からない!」
徐々にインターセプターの居住エリアの室温が徐々に下がり始め、それを危惧したのか補助制御AIがホログラムでザルク語を表示した。
「そうだな、八つ当たりしても仕方ない。多分これは間接的にボクが招いた事だからな」
再びホログラムが投影表示され、サイは浮遊している椅子の上に胡坐をかき、聞いた話であると前置きして説明を始める。
「まずアウリィは連中が秘かに建てた施設を地脈を通して見つけた、それからアウリィとクインテットの標的はやってくるジャガックの連中からそっちに移ったんだ。おそらく多数の施設を潰された上にボクが半ば嫌がらせで〝正規料金〟をブン取ったせいで後がなくなった連中はなりふり構わずこの街に攻め込んできたって訳」
制御AIはしばらく黙っていたが侮蔑の類の短い言葉を表示し、サイは大きく頷いて見せた。
「そう! バカなんだ! トップがヒステリックなクソガキのままデカくなったババアだからな……それにしてもそんなに利権が欲しいのか、取ったって神々相手じゃ叩き潰されるだろうに」
遠い目をして再び笑ったサイに対して、制御AIが問いを投げかける。
「まだ分からない」
念力で紅蛇を引き寄せ、腕を頭の後ろに回して寝転がりながら言った。
「とりあえず様子見だが……これは行きつく所地球人の問題だからさ、お節介にならない範囲でやるさ」
真夏の太陽を遮って不気味な黒々とした影を街に落としながら謎の円盤はゆっくりと中心街へ移動していたが、唐突にある場所で静止してそのまま一切の動きを止めて沈黙した。
当然と言うかなんと言うか、円盤の真下に居る人々は真上にスマホやテレビカメラを向けて動画や写真を撮影している。テレビクルーは円盤と女性リポーターを交互に写し、一般人は撮った写真をSNSに投稿したり『マトリの謎』へこれを送ったりなど、軽いお祭り騒ぎの様相を呈していた。
状況が変わったのは十三時十三分になった頃、突如真鳥市全土のモニターを持つ電子機器がまるで乗っ取られたかのように黒い画面に謎の文様を映し出し、恐ろしげな老婆のようにも怒りをにじませる少女のようにも聞こえる声が流れ始めた。
『我々はジャガック、遠く離れた惑星バルヴィーからやって来た者達だ! 今日を以てこの街は我々のもの! 地球人共の抵抗勢力に告ぐ! 無駄な抵抗は一切するな! マグナアウルにクインテット! 貴様らの事だ!』
先程まで笑いながら騒いでいた者達もだんだん洒落にならない事態であることを把握し始め、お祭り騒ぎは一転して通夜のような雰囲気へ変わってしまった。
『一時間やる。それまでにどうするか決めるがいい』
写真を撮っていた一般人達も、先程までマイクを握ってカメラの前で喋っていたリポーターも、今自分たちの真上で影を作り出している円盤にやっと不気味さを覚えたのか、全員蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのであった。
「クッハハハハハハハ! 地球人共! 思い知ったか!」
心底愉快そうに四本の腕を広げてドレスの装飾を揺らすゾゴーリを前にして、クドゥリの後ろに控えていた三姉妹はお互いに顔を見合わせた。
『あれがゾゴーリ・ジャガックなのですね』
『お姉様の主にして』
『私達の主……』
偏光ガラス越しの地球の前で大笑いしているゾゴーリの容姿は少女のように可憐であったが、彼女が笑う度に口や目の奥から醜悪で老獪な何かがせり出してきており、それが彼女の顔をより悍ましく見せている。
『あれほどの畏圧があったからこそ……』
『この組織の頂点に君臨出来たのでしょうか』
三人はそんな事をテレパシーで会話をしていると、ゾゴーリが振り返ってクドゥリの方へ向かってきた。
「色々聞いたぞクドゥリ……その目、マグナアウルとかいうのにやられたらしいじゃないか」
「不覚でした。これもすべては私の力量不足故の失態」
「かわいそうに……私の可愛いクドゥリになんてことを」
ゾゴーリの頬が上気し、蕩け切った三つの眼光がクドゥリを捉え、対してクドゥリは表情を崩さないでいる。
「お前の体は奴のサイコエネルギーに蝕まれていたんだよな? 全く反吐が出る限りだよ、クドゥリの体やその全ては……全部全部私の物」
ゾゴーリは下右手でクドゥリの腹をまさぐり、下左手で右手を取り、上の両手で彼女の顔を包んだ。
敬愛する姉の体を蕩け切った様子で弄るゾゴーリを前に、ガディは首を振って目を逸らし、ザリスは何か言おうと口を開いたが再び口を噤み、ジェサムは顔を真っ赤にしてその様子をじっと見ている。
「お前のことだ、奴との再戦を楽しみにしていたのだろう?」
「はい」
ここで初めてクドゥリの顔が綻んだ。
「クフフフフ……素直だな。奴が現れたらどうする?」
「一人で……と行きたいところですが、今回は複数で事に当たります」
「珍しいなぁ、なぜだ? マグナアウルが怖いのか?」
「ええ、正直なところ、マグナアウルが今後我々に齎すであろう被害がとても恐ろしいです。よってここは一度武を極めんとする者としての矜持を捨て、全力を挙げての排除が望ましいと考えました」
ゾゴーリは心の底から感心した声を上げ、三つの目を細めて言った。
「クドゥリよ、これ以上私を感心させないでおくれ……そこまで私の事を、ジャガックの事を考えていてくれたのか!」
「ええ、ですが奴の力は未知数。慎重に事を進めなくてはなりません、よって二本目の矢をここに」
クドゥリが後ろに控えている三人の妹達を見ると、ゾゴーリは無邪気な少女が新しい人形を貰った時のような笑みを浮かべて近付いてくる。
「お前達がクドゥリの妹か……かわいい子達だ」
四本の腕を駆使して三人同時に頭を撫でて顔を包み、これまたうっとりとした視線を向ける。
「クフフフフ……一時間後が楽しみになって来たな」
三人から離れたゾゴーリはごてごてと盛りに盛られたドレスの装飾の数々を揺らしながら、偏光ガラスの近くへと向かう。
「待っていろ地球人共、必ずこの街を輪が手中に収めてやる」
再び哄笑を上げたゾゴーリの後ろで、静かに凄絶に笑うクドゥリを見ながら、三人はお互いを見あってテレパシーで呟いた。
『明穂……颯司君……夏穂ちゃん……』
『一体あの子たちはどうなってしまうの?』
『二度と……永遠に会えなくなってしまうのかしら』
夏休み最後の日の真昼間に、日常と戦いの崩壊が始まった。
果たして京助は、奏音達は、そしてジャガックはどうなるのか。
ダブルサイドの崩壊は、一体どこへ向かって行く?
To Be Continued.
ついにジャガックが本格侵攻に乗り出しました。
掛け替えのない日常は今や崩壊を始め、京助や奏音、そして真鳥市民にとっての悪夢がその中から魔の手を伸ばし始めます。
ダブルサイドの境目が消え始めた時、京助や奏音はどのような選択をするのでしょうか?
次回、夏休み編最終回です。
感想コメント、Twitter(現X)のフォロー、友達へのオススメをよろしくお願いします。
来週、絶対に見てください。




