白波父娘の休日
働き詰めの白波博士は部下から勧められて休みを取る事に。
博士としてではなく、一人の父親として娘の麗奈と休日を過ごすべく、行きたい場所に行って思う存分遊ぶことに。
だがそんな中でも容赦なくジャガックは襲来する。
麗奈が立てた作戦は、果たして成功するのか?
プロジェクト・アウルハンドが本格始動して以降、白波博士はずっと働き詰めであった。
新しいスーツを一から作り直すだけではなく、これを機に前々から検討されていた追加武装を導入することを決めたのだ。
「妥協なし、全てを超える規格外」
「これによってマグナアウルに並び立つ」
そんな二つを目標を掲げて始まったこのプロジェクトは、彼らの業務を倍以上に膨れ上がらせたが、別部門との連携によって順調な滑り出しを見せていた。
「シミュレーションの結果、現在のC-SUITと比較してエネルギー効率は五百パーセント上昇しています」
「でかした! だがここまで行くと余剰エネルギーの使い道を考えなくてはならないな」
「追加武装に送り込む方式は……」
「良い案だとは思うが、一時凌ぎにしかならないだろうね」
議論と試行錯誤が新しい道を切り開いていき、ついに新しいスーツベースが完成した。
「長いようで短かったですね」
「ああ、でもここからが本番よ。スーツベースは完成したが、肝心のスーツが無くては意味がないからね」
「まあいいじゃないか、今ぐらいはスーツベースの完成の余韻に浸っても」
メンテナンス用のハッチを開け、白波博士は様々な機械に繋がれた特殊素材の透明なケースの中に入ったマグナアウルの腕を眺める。
「勝手に使って済まない……だがどうか分かってくれ。我々は絶対に勝たなくてはならないんだ」
ハッチを閉めると、白波博士は一息ついて振り返った。
「さてと、宮下君の言う通り、スーツベースが完成したこれからが本番だ。家で例えるのならスーツベースは骨組みだ、これからしっかりと壁や床を作っていかなくてはな……ん? どうした君達」
部下達が何か言いにくそうな顔をしている。
「なにか……問題でも?」
「その事じゃないんですけどね博士……」
「差し出がましいようですけど、これを機に少し休まれたらいかがですか?」
あまりに予想外な言葉に、白波博士は思わず固まって沈黙してしまった。
「いやぁ……そんな、これからって時に」
これから作るべきものが多すぎる、まさしくこれからが本番なのだ。
「これから、だからこそですよ博士」
「最近帰るのも夜遅いでしょ」
「仕方ないだろう、これは一大プロジェクトなんだし……」
「つまり休めるのはひと段落付いた今という事ですよ」
白波博士は頬を掻いて少し唸ってから絞り出すように口を開く。
「でも私……この前休んだばっかりじゃないか」
「クインテットの子達を連れてリゾート言った時の事ですよね?」
「あれ社員旅行の扱いなので業務認定されて休みと見做されてませんよ」
「えぇ……そうだったのか、知らなかったな」
確かに大人数の子供たちの相手をしたり、送り迎えやレクリエーション等で大変だったのは事実である。
「しかも聞きましたよ、リゾート付近でジャガックと戦ったんですよね?」
「それじゃ結局の所休めてないじゃないですか!」
白波博士が何か反論しようとしたところを、部下の女性研究員が手で制して続けた。
「とにかく一区切りした今が、いいですか博士? 今が、今が休み時なんです」
出かけた「しかし」という言葉もまた手で制され、否が応にも飲み込まざるを得なかった。
「短期間の休みなら、私達だけで大丈夫ですから」
「別に君達だけでは不安という訳ではなくてだな……」
「娘さん」
割って入った男性研究員がぴしゃりと遮った。
「今ご自宅に一人でしょう?」
これは痛い所を突かれた、別に娘のことを放置している訳ではないが、ここ最近忙しくてまとまった時間を作れていないのも事実。
「あれ、奥さんは?」
「奥さんも財団の人間だよ。今は八ヶ月の海外単身赴任中だったはず」
「今はどこに行ってるんだっけ?」
「たしか今は……スイス支部に居るんじゃなかったかな?」
「まあそれは置いておいて、せっかくの夏休み期間中に友達と遊び行ったりとかはあるでしょうけど、両親共々居ないのは寂しいと思いますよ」
「それに学校にクインテットにと、頑張ってると思いますよ?」
「こんなこと言ったらアレですけど、博士の為じゃなくて、娘さんの為なんですよ」
さすがに娘の事を出されては何も言えない。
白波博士は頭を掻いて大きく息を吐き、意を決して弱々しく言った。
「わかったよ、今から有休申請してくる……」
「良かった!」
「ちゃんとどっか好きな所に連れて行ってあげたり一緒に過ごしてあげてくださいよ?」
「それと有給当日まではちゃんと定時で帰ってあげてくださいね」
ごり押しに辟易しつつ、良い部下を持ったものだと白波博士は不覚にも目頭が熱くなるのだった。
夕方であるにも関わらず容赦なく熱を放つ太陽に辟易しつつ駐車場に車を入れ、エントランスに入って涼風に身を任せた。
「八月も終わりだというのにまだまだ暑いな……麗奈が居ると良いが」
博士としての仮面をすっかり脱いだ圭司は、エレベーターに乗って最上階である三十五階に向かい、最奥の部屋のドアにタッチ式の鍵を翳して入った。
「ただいま~、帰ったぞ」
奥からギターの旋律と微かな歌声が聞こえる。
「おお、練習中か」
恥ずかしがってなかなか聞かせてくれないため、麗奈の演奏を聞けるのは中々稀なのだ。少し聞かないうちに随分と上手くなったと感心してしまった。
圭司は抜き足差し足で麗奈の部屋に向かい、そっと戸を開けて中を覗いた。
「夢を追いかけて、全てが変わる……君だけに出来る、何かが探し出せるさ……」
回転椅子の上に胡坐をかいてヘッドフォンで音楽を聴き、それに合わせて目を瞑って体を揺らしながらギターを爪弾いて小さな声で歌を歌っている。
「すごいな、これ譜面も見ずにやってるのか、大したものだな」
全く音楽に明るくない上、親バカフィルターが掛かっているせいでプロ級の腕前に聞こえてしまう。
しばらく我が子の演奏に聞き入っていると、急に演奏が止まった。
「ん?」
目を開いて顔を上げると、真顔の娘がこちらをじっと見ていた。
「……あっ」
徐々に娘の顔が真っ赤に染まり、口元が歪んでいく。
「あぁ……はは……麗奈、ただいま~帰ったぞぉ~」
「おかえりお父さん。そして……張り倒す!」
麗奈がギターを投げ出し、小学生の頃やっていた薙刀術の竹で出来た薙刀を持ってこちらへ向かってきたため、圭司は無我夢中で逃げ出した。
「娘の部屋を! 勝手に! 覗くなんて!」
竹製の薙刀が容赦なく空気を引き裂く。
「仕方ないだろ! うわっく! つい聴き入ってしまったんだ!」
「全然上手くないから聴かないでっていつも言ってるのに!」
背後で薙刀が振るわれて洒落にならない音がして、空気が裂かれる感覚が分かった。
「落ち着け麗奈! お前のギターは上手いよ! 何言ってるんだ!」
「ハァ……ハァ……本当に?」
「ああ、礼愛が聞いても同じことを言う筈だよ」
「お母さんも上手いって言う?」
「間違いないよ」
薙刀を持っている麗奈を圭司が手で制して宥め、落ち着いた麗奈は薙刀を下ろして深呼吸した。
「ごめん、ちょっと恥ずかしすぎて……」
「父さんも勝手に覗いて悪かった。あんないい演奏を聞けたんでついつい……」
「もうやめてよぉ……それにしても早かったね」
「ああ、その事なんだが、ちょっと座ってくれるか?」
近くにあったソファーに腰かけ、一呼吸置いて圭司が口を開いた。
「明後日から四日間、有休を取った」
「そうなの? じゃあ日曜日重なるから軽い夏休みだね」
「そうなんだよ、そこで提案なんだが、行きたい場所とかあるか? 連れて行ってやろう」
普段は大人びている麗奈の顔が子供のように花開き、父の肩に手を回して抱き着いた。
「ありがとう!」
「おぉ……ほほほ、こんなに喜んでくれるとは……まあ普段あまり一緒に居てやれないからな」
「でも今言われても、ちょっと思いつかないなぁ……」
「明後日だからすぐ言わなくても大丈夫さ、時間はあるからじっくり考えるといい」
「うん! あ、そうだ。せっかく早く帰って来たんだから、お母さんと話そうよ」
「おお、そうだな! 礼愛の声を聴くのは久しぶりだ!」
今夜のビデオ通話で母の礼愛に何を言おうか考えつつ、麗奈は心を躍らせるのであった。
地球の衛星軌道上、ジャガックの基地艦にて。
「……これにて完全消滅だ。よく頑張ったな」
ザザルは背後にいる施術台の上で大粒の汗を流しているクドゥリにそう声をかけ、背中のアームでタオルを渡す。
「フスゥーッ……やっと終わったか」
「ああ、君の体内に残存するサイコエネルギーは完全に消滅した。よくやったものだ、その根気には敬意を表したい」
額と手に装着された吸盤型接続装置を取ってから汗をタオルで拭いながら、クドゥリは柄にもない事を言うザザルを見て口角を上げて笑った。
「そんなに珍しい事だったか?」
「ああ、除去装置に自分を繋いでから深く入り込んだサイコエネルギーを除去するなんて体力の消耗が激しすぎる、その上何日も続けるのはもはや自傷行為とほぼ変わらない。栄養剤をやるから今日はシャワーでも浴びた後で何か食べて休め」
ザザルに断って処置室にあるシャワーを使い、点滴を打ってから自室へと向かった。
「クドゥリ」
廊下の途中で呼び止められ、振り返ると一枚の扉が目に入った。
「お前か」
その扉の奥に居るある男の事を考え、クドゥリは小さく溜息をつく。
「なかなか大変そうじゃないか」
「色々とな」
「地球の戦士に手酷くやられたらしいな」
「お前よりはましだよ」
扉越しに自嘲的な押し殺した笑い声がした。
「全くその通りだ、体の七割近くを奪われた。自分でも生きてるのが奇跡だと思ってる」
「お前の体を奪った子供とやらは今どうしてるだろうな?」
「さあな、あれだけの力だ。自壊してもおかしくない」
「希望的観測が過ぎるんじゃないか? 案外手ぐすね引いて復讐の機会を伺ってるかもしれないぞ」
扉の奥からまたあの押し殺したかのような笑い声が響いた。
「お前がそうして引き籠ってる間に色々な事が起こった」
「知っているさ、動けずとも報告は上がってくる」
「まだ慣れないのか?」
「そうだな、だが完全に慣れれば前以上の動きが出来る。ザザルはいい仕事をしたよ」
「そうか、だったら猶更今のジャガックにはお前が必要だ」
「お前にそう言われるとはな」
「私達は五年も待ってるんだ、早く戻ってこい」
「なぁに、すぐに戻れる、期待して待っていろ」
メンテナンスの音らしき機械の駆動音が響き、クドゥリは扉から離れるのだった。
「仕事が終わっていると良いんだが」
午前零時を回った頃、麗奈と圭司はタブレットで礼愛にビデオ通話を掛けた。
スイスと日本では時差が七時間あり、今はだいたい午後五時ぐらいだろうか。
「お、かかった」
少しのラグの後、画面に目鼻立ちがくっきりとした白人女性が映る。
彼女こそ白波礼愛。圭司の妻であり、麗奈の母である。
「お母さん、今大丈夫?」
『ええ、こんばんは麗奈。私は大丈夫よ~、今帰った所だからね』
その容姿と名前で察する通り、礼愛は純日本人ではなくスウェーデンとイギリスと日本のミックス、つまり麗奈にはヨーロッパ人の血が流れている。
「今日はね、スペシャルゲストが来てるんだ」
『スペシャルゲスト? もうそっちは遅いよね、一体誰が……』
「じゃーん」
「やあ!」
圭司が画面に映った途端、礼愛の顔がぱっと明るくなった。
『スウィーティー!』
「マイハニー!」
躊躇なくカメラにキスしに行った両親を見て麗奈は思わず眉を顰めて口を歪ませる。
カメラ越しにアツアツの視線を交わし合っている両親を見て、いずれ京助と奏音もこうなるのだろうかと考えて末恐ろしくなった。
(私が見てる横で奏音さんが京助君とカメラ越しにキスするのか……想像できるけどなんだかなぁ……)
「いやぁ~愛しのハニー、今日は早く帰れたよ」
『いつも頑張ってて本当に偉いよスウィーティー』
「礼愛だって頑張ってるじゃないか、私達と離れて一人でスイスに行ってな」
『私一人? みんな居ないの?』
「そうなんだ、君は大切な家族なのに……」
『三人で一つなのに……麗奈も頑張ってるのに……』
「そばに居ないんだ……」
『うっ……うぇぇ……えへぇぇえええん』
「すん……ぐす……うわあああ」
今度は泣き出した両親を見て、麗奈の眉根の皺はより深く、口の歪みは更に増した。
「私は一体何を間近で見せられているのだろう」
二人ともフォーマルな場ではまさに紳士淑女の見本のような存在になるというのに、今は思春期の娘の目を憚らずみっともなく大泣きしている。
さすがに娘の前では気まずくなったのか、少し照れながら咳払いして笑顔を作った。
『まあその~、麗奈。かけてきてくれてありがとうね! 久々の家族三人の時間が出来たわ』
しばらくの間は最近あった事やクインテットでの事、今日ギターの一件で追いかけ回された事など、他愛のない話をして盛り上がった。
『麗奈の薙刀の腕前は落ちてなかったのね~』
「ヒヤヒヤしたよ、背中からとんでもない音がするもんだから」
「まあ薙刀じゃないけど、槍ならたまに扱ってるからね」
『じゃあ弓の方はどうかな?』
「弓はもちろん今も……今も……あ!」
麗奈が何かに気付いたように手で太腿を打った。
『どうしたの?』
「行きたい場所、一つ決まった!」
その同時期、ある森の中の一本の木が、何かが飛んで来て折られてしまった。
「うっ!」
その木を折った張本人であるマグナアウルは倒れかけの木の上で体勢を整えると、折れた方へ向かって走って跳躍し、あらかじめ投げておいた青く輝く二振りの剣を掴み、真下に居たカプリースに斬りかかる。
「刀身の半物質化か……フフフッ、考えたね! こうも早く紅蛇と切り結べるようになるとは!」
「昔っから負けず嫌いなもんでな!」
眩暈がするほど赤くて巨大な刃を弾き飛ばし、マグナアウルはすかさずカプリースを蹴って距離を取る。
「ピーコック、レイヴン、ブラックスワン、ウッドペッカー」
銃を合体させて生成した三枚の盾をカプリースに向かって投げつけ、カプリースは造作なく盾をバラバラに切り刻んだ。
「タイミングも場所もずらしたけど、その程度じゃボクに……」
「黒翼大乱舞!」
青白い無数の光弾がカプリースの周囲に漂うバラバラにされた盾に命中し、乱反射される光のように光弾が四方八方から降り注ぎ、カプリースは回避すら敵わず爆発した。
「……」
崩れ去る合体銃と爆発を見てもなお、マグナアウルは手応えが感じられずにいた。
「ハハハハハ! 面白いねぇ、やるじゃないか! まさしく発想の勝利だよ!」
風と氷のバリアを蹴破ってカプリースが現れ、顔に手を当てる仕草をしてサイの姿に戻る。
「さすがに強いな……」
「なに、すぐ追いつく。この前の戦いを見てボクは確信した」
紅蛇の深く紅い刃が鞘の中へ消えていき、サイはそれを肩にかけて折れた木に寄りかかって一息ついた。
「さあ、約束通りいい加減教えてもらおうか」
「ああ、アレについて? イヤだよ」
「はぁ?」
ものすごくナチュラルな「はぁ?」であった。至極当然の反応だろう。
「お前な、そういう約束で戦っただろうが」
「ヤダヤダ、あんな口にするのも悍ましいモン……話したくもないね」
これも気紛れなのだろうか、だとしたら本当に付き合っていられない。
「悍ましいって、どういう風に悍ましいんだ?」
「想像してみな、ありとあらゆるものが苦痛の果てに行きつく場所を」
サイは紅蛇を立てかけ、腕を後頭部で組んで目を瞑っている。誰がどう見てもはぐらかしている。
「あのな、なぞなぞをしに来たわけじゃないんだぞ」
いつもの笑顔にいつもの調子、それにいまいち要領を得ない答えに、マグナアウルは苛立ちを隠せないでいる。
「お前がそんな調子だったら俺にも考えがある。今後この力を使わせてもらうぞ」
「それは……止めはしない」
予想外の言葉に驚いたが、こころなしかサイの口角が少し下がっているように見える。
「能力の使い方なんて人それぞれなんだしね……ボクに止める権利はない。ただそれを使うと君に待つのはろくでもない未来だって事を知っておいてくれ、個人的にボクは君がそうなるのを望まない」
「だったら説明しろ、これが何なのか」
「頑固だねぇ」
「頑固じゃなきゃ今までやってられなかったさ」
サイは再び目を瞑って溜息をつきながら自分の赤い髪をぐしゃぐしゃと掻き回し始めた。
(よっぽど話したくないらしいな)
おそらく核心に触れずなおかつ納得するような、そんな塩梅の言葉を探しているのだろう。
「いわば……それはいわば……宇宙で最も根源的で強大な力の一つなんだよ」
「それで?」
「……ああ~! 嫌だ、もう嫌だ! これ以上は言いたくない。五千年前それと同質のモノのせいでボクと友人達がろくでもない目に遭った」
今日はこれ以上情報を引き出すのは無理そうだと考え、マグナアウルは手法を変えてみる事にした。
「俺には身に余る力だって訳か?」
「ボクにも身に余る力さ」
アプローチを変えて引き出そうとしたがこれ以上は話してくれそうもない、マグナアウルはその場に座り込んで大きく溜息をつく。
「まあまあ拗ねるなって、代わりにいい事を教えてあげるよ。あんな力の正体を知るよりよっぽど役に立つことだよ」
「本当か?」
「ああ、強くなるコツってやつをね」
それなら確かに興味がある、猫背気味だったのがしゃっきりと伸びた。
「今の君は例えるなら大きくてよく切れる剣を持っているのに、それを鞘に入れたまま相手を殴ってる感じなんだよ」
「つまりお前が言いたいのは、剣を正しく使えるようになる方法って訳だな」
「理解が早くて助かる。ただボクが出来るのは超基本的な扱い方だけ、どう剣を振るうかは君次第だ」
「その方法ってのは?」
「至ってシンプル。上から見る事」
「上から?」
あの深い笑みを浮かべた状態で、サイは夜空に向けた指をぐるぐると回しながら星々を見る。
「超能力の本質は高層次元から低層次元への干渉って事は知ってるよね」
「常識だな」
「だったら〝上〟からの意識を持っておけば、より高みに行けるよ。まあこれは手足の動かし方や呼吸の仕方のように感覚で覚えるものだから、慣れるまで頑張れとしか言えない」
「結局行きつくのはそこか」
「君は鞘に入れたままの剣を振り回しただけで強かったんだから磨けば必ず光るよ。この気紛れなる虐殺の化身が保証する」
「どうだかな、今度の戦いのとき意識してやってみるよ」
サイはより笑みを深くして背を向け、今日の個人レッスンはここで終了となった。
その翌々日の有給休暇一日目。
白波父娘の姿は真鳥市内のアーチェリー射場にあった。
「どこでも連れて行くとは言ったが、本当にここで良かったのか?」
「うん、ここって結構アクセス悪いしさ」
麗奈はトランクに積んであった半月型の鞄を持ち、圭司を置いて小走りに受付へ向かう。
「あの~、予約してた白波です」
「白波様ですね、お待ちしておりました。二名様でお間違いないでしょうか?」
「二名?」
困惑する追いついた圭司を見て、麗奈は小さく笑って言った。
「せっかく来たんだからさ、お父さんも撃って行きなよ」
「え、私道具も何も持ってないんだが……」
「レンタル出来ますよね?」
「ええ、可能ですよ」
「だって、せっかくだからやってみようよ」
確かにせっかく来たのに娘の後ろからずっと見ているのはなんだか時間を浪費するだけな気がして勿体ないように思う。
「わかった、お前がやり方を教えてくれよ」
「うん、じゃあ~……レンタル用の弓一式お願いします」
「かしこまりました」
初心者という事もあり一般的なリカーブボウを渡され、白波博士は緊張した面持ちで弓を取った。
「使い方と狙い方はあっちで教えるから」
渡された矢を持って屋外の射場に向かい、麗奈は自分の亜麻色の髪を後ろで一つにまとめて束ね、キャップを被ってから持っていた半月型の鞄を開けた。
「久しぶり、今日はよろしくね」
中に入っていたのは滑車を使った弓であるコンパウンドボウ、麗奈は小学生から中学生までの間アーチェリーをやっており、全国大会で優勝経験もある程の腕前の持ち主である。
このアーチェリーの経験と、小学生の時にやっていた薙刀術の経験があったからこそ、麗奈はクインテットとして戦う際は槍と弓の変型武器という特異な得物を扱えるのだ。
「いよっと……」
スタビライザーと照準器を慣れた手際で取り付け、置かれていた弓用の台の上に弓を置き、隣のレーンで呆然としていた父の方へ向かう。
「何ボーッとしてるの?」
「いやぁ、すごい速さで組み立てるなぁって思って……それにしても弓にも色々あるんだな、滑車で引きやすくなってるのか」
「流石科学者だね、私が使ってるようなコンパウンドボウはちょっとコツが居るからあんまり初心者には向かないんだ」
「なるほどね、さてと矢を……」
「ちょちょちょ、ストップ! スタビライザーと照準器!」
「ほぉ、弓にもそんなのがあるのか、なんだか銃みたいだ」
麗奈の手ほどきでパーツを取り付け、矢を番えて引こうとする。
「あ、お父さん、弓は握ったらダメ」
「えぇ⁉ じゃあどうやって……」
「このスリングが必要なんだ」
スリングを指にかけ、麗奈の教えるとおりに弓を持った。
「なるほどこっちの手は支えるだけなんだな。ははぁ、十年来の謎が解けた! だからアーチェリーの選手は弓が回るんだな」
「そうそう、さあ撃ってみてよ」
圭司は改めて矢を番えると肺胞全てに酸素を行き渡らせるほど息を吸って弓を引き絞り、吐き出すと同時に手を離す。
弦が空を裂く鋭い音とほぼ同時に矢が七十メートル先の的に鋭く突き刺さる。
「おお、これは……」
双眼鏡で見ると、圭司が放った矢は八点の部位に突き刺さっていた。
「お父さん、なかなか筋がいいよ」
「これ緊張するけど、結構楽しいな!」
「頭がどんどんクリアになっていく感覚、中々良いでしょ? 研究とかで働き詰めだったから頭の整理とストレス発散にちょうどいいかなって」
「ああ、最高だよ麗奈! ありがとう! なんだろうな、もう定期的に通いたくなったぞ」
「気に入ってもらって何より。じゃあ私は私のレーンで撃ってるから、何か気になる事があればいつでも声かけて」
麗奈は左手にストリングを巻き、右手にリリーサーを持って自分のコンパウンドボウを取り、矢を番えてから弦を引く。
「ふふっ……」
久々の重みが変わる感覚に懐かしさを覚えた麗奈は思わず笑みが零れた。
そのままリリーサーのトリガーを押すと滑車が動いて六十ポンドの力で矢が押し出され、的の真ん中ぴったりに矢が突き刺さった。
「おお! おおお! すごいじゃないか!」
麗奈は父の方を見ながらにこりと笑うと、そのまま矢を番えて放ち、今度は最初に放った矢の一ミリ右下に突き刺さる。
「ノールックでこの精度……」
「体が覚えてるのかな、まあでも今は戦いながら使ってるからむしろ現役時代より上手くなってるかも」
「いやぁ私も負けてられんな、よぉし……ヤァッ!」
少し力んでしまったせいか、文字通り的外れな場所に飛んで行ってしまった。
「ありゃあ?」
「ふふふっ、見栄張らずに無心になってやりなよ」
その後、圭司はただひたすら矢を放って命中精度を上げていき、その度に頭の中がクリアになっていく感覚に不思議なものを感じていた。
(まるで曇り空に日が射してきたかのような……素晴らしい感覚だ)
矢の一本一本が的に刺さる度に、圭司の脳内にかかった雲に少しづつ光がさしていく。忙しなく働き詰めだった日々によって蓄積した澱が、放たれる矢によって蹴散らされていくのを圭司は確かに感じていた。
(麗奈がやっている所は大会でしか見たことが無かったが……こんなに効果的とは思わなんだ)
ある程度頭がすっきりした所でふと気になって隣を見ると、丁度麗奈が弓を引き絞っている所だった。
(凛々しいなぁ……立派に育ってくれたよ)
贔屓目もあるだろうが、こうして見ると娘はかなり美女に見える。
「フッ……」
リリーサーのトリガーが押され、コンパウンドボウから矢が押し出されて空気を裂いて的へ向かう。
「あぁ、完全に遊んでるな」
麗奈のレーンの的には矢でバツ印が描かれており、今は七点のエリアに円が描かれようとしていた。
楽しそうな娘を見ていると更に燃えてきた圭司は矢を番え、丁度ど真ん中に命中出来るように全神経を右手に集中させた。
その緊張感がピークに達した時、指が自然と矢から離れ、支えを失った矢は弦によって押し出されて飛んでいく。だが何故だろうか、その一射だけは妙にゆっくりに感じられた。
「!」
的に矢が命中したその時、圭司の脳内の雲が一気に晴れると同時に、プロジェクト・アウルハンドに関連するある妙案が浮かんだ。
「おお……おおお!」
「わっ!」
いきなり父が出した大声により手元が狂い、変な所に刺さってしまった。
「ちょっとお父さん!」
麗奈の抗議の声も気にせず、圭司は弓を置いて麗奈の元へ走って手を取った。
「麗奈! ありがとう! 本当にありがとう! ハハハハハ!」
コンパウンドボウを持ったままの麗奈を抱きしめ、突飛な父の行動に麗奈は困惑して頬を赤らめる。
「お父さん……あ、危ないから……人見てるから……」
それから十秒しっかり抱き締められた後、圭司は満面の笑みで言った。
「今夜は何が食べたい? どんな所でも連れて行ってやろう!」
「どうしたの急に?」
「いやぁ~、アーチェリーって良いものだな! ウチにも実験場借りて出来るように掛け合ってみるか!」
「何なの急に……」
大層ご機嫌な様子で再び弓を取って矢を放ち、また十点の部分に当てて更に機嫌を良くする圭司であった。
その日の夕方、二人は一旦家に戻り、電車で高級焼き肉店に向かった。
「前来た時はお母さんも一緒だったから六か月前か」
「そんなに前だったか、たしか単身赴任前の記念で来たよな?」
「そうそう、お父さんすっごい泣いてたよね」
麗奈の脳裡に六か月前に大泣きする圭司を支え、夫の泣きっぷりのせいで泣くに泣けず苦笑いする礼愛の絵が浮かんだ。
「そ、そんなわけないだろう⁉ 玉ねぎのせいだ!」
「どうだか」
テーブルに着いてまずはドリンクを注文した後で、麗奈はタッチパネルを、圭司はラミネートされた少しべたつく紙製のメニューを見て何を食べるか悩み始める。
「しかしアーチェリーは楽しかったが、結構筋肉使うな……」
しきりに右の上腕と下腕を揉む圭司に麗奈は苦笑いして自分の腕を見る。
「今度はコンパウンドを試したら? リカーブだと保持するのに結構力要るからさ」
「それがいいかもな……というか趣味の範囲で始めてみるのも悪くないかもしれん」
「じゃあさ、いつもの所に近くに射撃場作ってよ」
「いつもの所? ああ、待機所か」
いつも五人が一旦集合する待機所の横に大きい射撃場が出来るのを想像し、そこで弓を射る娘の姿や、銃を撃つ林檎や奏音の姿がぼんやりと浮かんで来た。
「うーん、一体いくらになるのやら……」
「そうだ、そういえばアーチェリー場でさ、急に抱き着いてきたじゃん? どうしたのアレ」
「ああ、その事か」
圭司は人差し指をくいくいと動かし、麗奈は身を乗り出して耳を向ける。
「実は新しいプロジェクトが進んでいてな。その事について妙案が浮かんだんだ」
「新しいプロジェクトって……まさか!」
圭司はニヤリと笑って人差し指を鼻の前に置いた。
「これは内緒だ。然るべき時が来ればいずれすべてを教えるよ……」
「ホントに? じゃあ妙案が浮かんだ記念にいっぱい頼んじゃお」
「あえ? おわ! ちょちょ……あぁ……」
「上ホルモン~、丸腸~!」
「ハハ、相変わらずのホルモン好きだな」
妻譲りの健啖家ぶりを発揮する娘を微笑ましく思いつつも嵩む会計に苦笑いするのだった。
休日二日目、明日は真鳥市最大のテーマパークである『マトリスカイワールド』に行く事にした為、家か近場にて二人でゆっくり過ごすことにした。
だがそんな日が終わりかけた時に限って事件は起こるというもの。
「ああ麗奈、仕事の電話だ……私だが、何か引き継ぎ等で問題が……なにぃ⁉ ジャガック!」
ゲームをしていた麗奈の顔が一気に強張って圭司の方を向く。
「迎えが来るんだな。わかった、私も向かうよ」
「……連中には休みもナシか」
「行くぞ麗奈、私も着換えてくる」
すっかり白波博士の顔になった圭司に向かい、麗奈は力強く頷いて準備を始めた。
「うん、行こう」
二人は財団の迎えの中で具体的に何があったのかの説明を受けた。
曰く、月の裏側に存在する入星管理局が不審な貨物船を感知し、秘かに調査した所ジャガックのものであると判明、逮捕を試みたが寸での所で逃げられたらしい。
「それが真鳥市に向かっている訳だな」
麗奈は目を瞑って思考を巡らせ、亜麻色の髪をかき上げながらタブレット端末に聞いた。
「その貨物船、現在地とどこに向かっているか分かりますか?」
「現在地は把握済みですが、目的地は現在計算中です。分かり次第連絡します」
「ふむ……何か作戦があるのか?」
「ええ、そのためには目的地と現在地が必要なの。私から皆に作戦を説明するわ」
二十分後に無事集まった全員の前で、麗奈は自分で考えた作戦の説明を始める。
「入星管理局によれば、この貨物船は補給船らしいんです。だとすればマグナアウルがくれた隠し基地へ向かう可能性が非常に高い」
「じゃあ私達や彼がまだ潰していない隠し基地は……」
「残り二つ、このうちどちらかですが、貨物船の現在地はここです」
皆が見ているホログラムの地図が縮小して立体映像になり、空中に小さく赤い点が浮かんだ。
「なるほど、進路的にどう見てもこっちね」
皐月が画面の上の基地を示すバツ印をトントンと叩き、麗奈は頷いて続ける。
「はい、じゃあ貨物船の目的地が分かった所で、ここから私の作戦の説明に移ります」
再び立体映像が地図に戻り、少し離れた地点に二つの点が置かれた。
「今回は三手に分かれます。奏音さん、皐月さん、明穂さんでまずワンチーム。そして林檎さんと私はそれぞれで別行動です」
夕日が沈みかけた頃、ビルの上にヘリで降り立つアフロダイの姿があった。
「こちらアフロダイ、そちらは? もう狙撃ポイントへ着きましたか?」
『はいはいこっちも降りましたよ~、ほんじゃ準備開始と行きましょっかね~』
あらかじめ受け取っていた新型エネルギー拡張パックを背中に、特殊スコープをヘルメットに取り付けて、デメテルのロケットパンチをエナジーアンプリファイヤを変形させて傍に置き、各々の武器を生成して一応の準備を整えた。
「こっちは万全です。榴弾お願いします」
ヘリの中に積んであった地面に設置するタイプの大型の自動擲弾銃をを渡され、イドゥンとアフロダイはそれを地面にしっかりと固定し、電源を入れた後でスーツに同期して照準を動かせるかどうかを確認した。
「できました! 弾お願いします!」
ケースに入った複数の特殊炸裂弾を受け取って一発装填し、イドゥンに確認の通信をする。
『ウチの方もオールコレクトよ、慧習の校庭の像だって狙える』
「よし、こっちは万全……こちらアフロダイ。そっちはどうですか?」
アフロダイから離れた十数キロの山林の中、ミューズが耳に手を当てて答える。
「こちら現地待機組、全員配置についたよ」
『了解です。何かあればすぐに連絡を』
隠れているルナとデメテルに合図を送り、二人とも了承の合図を返す。
『上手く行くと良いね』
スーツの通信機能によってデメテルの声がする。
「そうだね、万が一の時は私達も私達で動かないとだから、用心しててよ」
『数十キロ先の目標目掛けてのロングレンジ射撃か……緊張感半端ないだろうな』
「チャンスは一度きりだからね。でもあの二人ならきっと成功させるよ」
貨物船が狙撃目標地点に到達するまでまだまだ時間がある為、五人は緊張感と退屈さが混じり合った独特な雰囲気の中でじっと息を潜めていた。
そしてまず動きがあったのは現地待機組の方であった。
『チッチキチー、クインテットホークアイのお時間でーす。ラジオパーソナリティーはイドゥンちゃんでお送りしております』
「はいはい、どうしたの? 何かあった?」
『暇だからスコープ覗いてそっちらへん見て回ってたらさ、あんた達三人の方にさ……』
『え、何々⁉』
『面白いモンが飛んで来てる』
『……何が?』
『速くて強くてデカい奴』
そんなモノはもはや一人しかいない。三人の背筋が伸びて、雰囲気の中に交じっていた退屈さがかき消える。
『彼ね』
『アフロダイどうする? フクロウちゃんがあっちに行ったっぽいんだけど』
『……そうね、私達の作戦を説明して単身基地へ踏み込まないように何とか説得してみてください。彼を現地待機組としてカウントします』
とりあえず方針は決まった、後は到着するのを待つだけだ。
しばらく待っていると一切の音を立てず黒い影が飛来し、地面に降り立ってマントを靡かせながら収納してマフラーに変えて歩き出した。
(GO!)
ミューズが出した合図でデメテルがマグナアウルに飛び掛かったが、ナックルアームは空を切り、後頭部に硬いものが押し付けられた。
「ん? ……なんだお前か、来てたのか」
デメテルを敵と勘違いしたマグナアウルは咄嗟に彼女の背後にテレポートして一瞬のうちに拳銃を生成して後頭部に押し付けたのである。
「紛らわしい事するな、危うく引き金を引く所だった」
マグナアウルの指が引き金から離れる微かな音と、銃を投げ捨てる音を背中越しに確認したが、デメテルは全身の嫌な汗と震えが止まらず、その場から一歩も動けなかった。
(そっちこそ……怖い事しないでよっ!)
こうなるのも無理はない、デメテルは背後から一瞬とはいえあの殺意と敵意と憎悪を怒りで煮込んだかのような殺気を直に浴びたのだ。
声を上げる事すら出来ない、そんな圧倒的な殺気により背筋と顔が文字通り凍り付き、足が震えて動けなくなる。
「ちょっと! ……こっち!」
「ああ、そこにも……」
「シーッ! いいからその子も連れてこっちに来て!」
急いで来るように仕草で促されたマグナアウルは未だ固まったままのデメテルを抱えてミューズの方へやって来た。
「ちょっと待ってろ」
デメテルの額を指で軽く突くと、動けなくなっていたデメテルがすぐに動けるようになった。
「今回はどんなトリック?」
いつの間にやら後ろに来ていたルナに聞かれ、マグナアウルは指を擦りながら答える。
「俺はマインドコントロールの応用で周囲に居る敵と判断した者に対して殺意をぶつけているんだが、これはマインドコントロールの応用だから同じ手筈で解除が出来る」
「ホントだ……もう全然怖くない!」
あれだけ体を苛んでいた悪寒にも似た震えが止まっており、こころなしか気分がいい。
「超能力ってすごいや」
「それは良かった。それで? 何で隠れてるんだ? そしてあと二人はどうした? 三重奏に改名したのか?」
「違うから、まあ聞いてよ」
ミューズとルナとデメテルの三人で、マグナアウルに今回の作戦を説明し、マグナアウルは腕を組みながら頷いて聞いている。
「それであの二人が貨物船を堕とし損ねた時と、万一基地から何かが出てきた時の為に、私達はここにいるって事」
「なるほど、ちょうどここに補給にし来る貨物船を撃ち落として基地ごとお陀仏にする算段か」
「てことでどうかな? できればあの二人の作戦の通りに事を進めたいんだけど……」
「まあ……断る理由もない。結果的に貨物船と基地のどっちも潰せれば俺としても満足だ」
何とか説得できたことに安心し、三人は顔を見合わせて安堵した。
「一応聞いておくが、あの二人が撃った後に俺が撃つのは作戦的にどうなんだ?」
「ダメダメ」
「あんたが撃つと上手く基地の所に落ちないからさ」
「なるほど。じゃあ大人しく待っておいてやるか」
とりあえずマグナアウルはミューズの方で待機する事になり、ルナとデメテルは元の場所に向かって待機した。
「もしもし、まだ目標は来てないの?」
『……もうすぐですね。衝撃に備えておいてください』
アフロダイはスコープを倒して目の部位に合わせ、ツマミを回してモードを変えて遥か上方のターゲットを確認する。
(透明化してますね、でも無駄です。なぜなら必ず……)
「私とイドゥンで撃ち落とす」
透明化した貨物船のエンジン部分をターゲティングし、貨物船の動きをマークしているバックアップ班の連絡を待つ。
「……」
ここには自分一人しか居ないからか、ヒリつくような緊張感が自分を包んでいく。
スーツの機能で擲弾砲の照準を微調整しターゲットを定めてその時を待つ。
「スゥー……フゥー……」
深呼吸の音すらうるさいと感じる程に、アフロダイの周囲は静まり返っていた。
『有効射程圏内、突入まで十秒前!』
「来た!」
「よぅし、派手な花火上げちゃいますか」
擲弾砲の傍に膝をつき、バックアップ班の通信に耳を傾ける。
「五、四、三……」
擲弾砲の照準が少し傾き、これで完全に準備が整った。
『二、一……貨物船! 有効射程距離突入ッ!』
「発射ッ!」
「撃えッ!」
遠く離れた場所から二つの特殊炸裂弾が上空遥か彼方に向かって飛び、同じ場所に命中して大爆発を起こす。
『貨物船フォースフィールドエネルギー四十パーセント低下! 次弾を発射後、射撃に備えてください!』
「了解!」
「はいッ!」
素早く次弾を装填し、再び特殊炸裂弾が貨物船に命中して大爆発を起こす。
『フォースフィールド完全に剥がれました! 射撃準備開始!』
スコープを確認するとエンジンのうち一基を損傷して煙を吹いているのが見え、同時に複数の狙撃ポイントがマークされた。
「よし!」
エナジーアンプリファイヤを空中に放り投げるとひとりでに浮遊し、イドゥンとアフロダイは同時に自身の武器を構える。
「行きますよっ!」
「任せな!」
同時に三度腰のスイッチを押し込んでオーバーチャージを発動し、緑と紫のエナジーストリームラインが眩い光を発した。
「はぁぁぁ……」
静かな気合と共にエネルギーで形成された弦が引かれ、鮮やかな本紫色の光が鏃部分に収束し、膨大なエネルギーがその先端へ込められていく。
「この街を、この星を、そこに住まう者を! 穢す輩は……絶対に許さない‼ うおおおおおおっ!」
アフロダイの指が弦から離れたのと、イドゥンの指が引き金を引いたのはほぼ同時だった。
紫色の光の矢と緑色の光弾がエナジーアンプリファイヤを通過し、更にその威力と大きさを増して鮮やかな軌跡を描きながら貨物船へ向かって行く。
「行けええええぇぇぇっ!」
貨物船に着弾する寸前、紫の光矢が複数に枝分かれして装甲をぶち抜き、間髪入れずに緑の光弾がエンジンを削り取って爆発し、貨物船は完全にコントロールを失って本格的に墜落し始めた。
「やった!」
「よっしゃぁ! フゥ!」
「後は上手く落ちてくれることを祈りましょう」
現地待機組は暗くなり始めた上空を見ながら今か今かと待っていると、何もない場所が何度か爆発した数秒後に緑と紫の光が炸裂して、何もないはずの空間が少しづつ歪み始め、徐々に貨物船が姿を現しながらこちらに向かって落下してきた。
「おいおいこれ、こっちにまで被害来ないか?」
「大丈夫なはずだよ……多分」
「不安極まりないな」
マグナアウルが指を鳴らすとサイコエネルギーのシールドが四人を包み込む。
「ありがと」
「俺がいなかったらどうしてたんだよ」
「私にはこれがあるし」
ミューズはグリップを取って戦斧を生成し、先端のスパイクにエネルギーを迸らせて見せた。
「なるほど、そこらへん何も考えてなかったわけではなさそうだ」
「失礼な奴!」
そうこうしていると完全に制御を失って透明化も剥がれた貨物船が間近に迫って来た。
「一応伏せていろ」
巨大な金属の塊が猛スピードで空気をかき分ける音と、炎が燃え盛るごうごうという音が徐々に近づき、ついに地面にめり込んで地下にあるジャガックの研究施設ごと大爆発を起こした。
「おおおぉっ!」
「ああっ! くぅっ!」
「うぐぅっ!」
「うううううっ!」
墜落した貨物船が爆発した影響を地下の研究施設はもろに受け、凄まじい爆発と衝撃波が大地を駆け抜け、封鎖された山林を容赦なく揺らす。
「とんでもない事考えやがる、一体この作戦は誰が考えたんだ?」
「アフロダイ」
「ああ、紫のか、物腰は丁寧だが大胆なこと考えるな……ハッ!」
マグナアウルはシールドを解除すると同時に巻き上がった粉塵を念力で吹き飛ばし、四人は地面にめり込んだ燃え盛る貨物船へ近づいた。
「確認するわ」
ルナがヘルメットの機能で生命反応を確認し、一切の兆候が無い事をクインテットメンバーに共有する。
「大丈夫、上手く行ったわ。地下に居る奴が生きてたとしても確実に大怪我してるから長くないし、幸運にも五体満足で生きててもそのうち餓死か窒息死すると思う」
「結局俺は出番なしか」
「それを言うなら私達もだけどね」
「まあそういう日もあるよね~」
皆が背を向けたその時、後ろで大きな音がしてマグナアウルが咄嗟に振り返った。
「なんだ?」
「……瓦礫が崩れた音じゃない?」
「違う、何か変だ!」
マグナアウルの両手に無数のフェザーダーツが出現し、あまりの警戒ぶりにクインテットの三人も武器を構える。
やはりマグナアウルの言う通り、墜落した貨物船から妙な音がする。
「……」
ミューズは戦斧のスパイク部分を貨物船へ向け、ルナは反りを肩に乗せて八双に構え、デメテルはデトロイトスタイルに構えて拳を握る。
「来たぞ!」
マグナアウルが手中のフェザーダーツを全て投擲したのと、燃え盛る貨物船の装甲を破ってから何か大きな影が跳躍したのは同時だった。
「爆ぜろぉッ!」
刺さったフェザーダーツが全て爆発し、大きな影は空中で制御を失って地面を転がり、倒れた大木にぶつかって動きを止める。
「これって!」
「間違いないね……」
あの聞き覚えのある〝咆哮〟を上げると、それはゆっくりと立ち上がって四人の前に全貌を現した。
「自律殲滅オートマタ!」
ルナの生命反応に引っかからなかったのも無理はない、自律稼働するロボットは生命ではないのだから。
「なに、いい事もある」
「この状況で?」
「少なくとも、出番はあったって事だ!」
マグナアウルが走り出してチェーンを射出したが、オートマタは跳躍して回避し、そのままクインテットの方へ突進してきた。
「だああああっ!」
デメテルがオートマタを真正面から迎撃し、顔に当たる部分に強烈なアッパーカットを食らわせる。
「ロケット! パァァァァアアンチッ!」
アッパーカットで浮上ったボディがロケットパンチによって三百六十度回転しながら空中へ浮遊し、その隙にミューズが拘束弾を撃ち込んだ。
「えやあああっ!」
ルナが跳躍しながらフルチャージを発動し、拘束弾で包まれたオートマタを一刀両断して切り捨てる。
「……まだ来てるよ!」
瓦礫から別機体のオートマタがわらわらと出てきて、ミューズが前に出ながらスパイクを向ける。
「任せて!」
拘束弾が撃ち込まれて四体のオートマタがその場に縫い留められ、シールドを破ろうと拳をぶつけたり、顔面下部のレーザー砲を放つ。
「よくやった! おおおおおおああああっ!」
上空からした声に上を向くと、マグナアウルが折れた大木を持って跳躍していた。
「うらぁっ‼」
マグナアウルの膂力によって大木が叩きつけられ、拘束弾によるシールドどころか、閉じ込められていたオートマタも粉々に破壊されてしまった。
「ホントに滅茶苦茶……まあいつもの事だけど」
普通ならここで多くの敵は逃げ出すだろうが、相手は感情を持たないオートマタ、まだまだ貨物船の装甲を破ってわらわらと出てくる。
「これじゃキリがない……」
「……下がってろ」
サイによるアドバイス「上から見る事」を思い出し、自身のアバターから魂を抜き出して鳥瞰で自分を見るようなイメージを浮かべた。
(ん? なんだ?)
脳の、頭の頂点が光り輝くような、そんな温かい感触と共に形容しがたいイメージが頭の中に押し寄せ、ほぼ無意識に右手の人差し指を向かってくるオートマタの大群に向けた。
「消えろ」
きゅば。
音を文字に起こすとしたらこうなるだろう。同時に周囲に膨大な風と光が起こり、ミューズとルナとデメテルは思わず腕で目を覆う。
「うぅっ! なに……これっ!」
無理に目を開けると、そこには一面の青い闇とその中をいたずらに舞う鮮やかな無数の光の束が広がっており、それを前にしてマグナアウルが一人立ち尽くしているのが見えた。
(これ……小さな宇宙⁉)
やがて小宇宙は徐々に収縮して完全に消え失せ、後には何もかも、オートマタはおろか墜落した貨物船も全て文字通り消失していた。
「……俺は……何をした?」
まるで譫言のように、マグナアウルは呟く。
「確かに俺は……消えろと言った、だが何をして消した?」
夢遊病のように三歩ほど歩いて膝をつき、オートマタがあった場所の土を掬ってただただ眺める。
『トト、何が起こったか教えてくれないか?』
『いわば……次元分解。自律殲滅オートマタ、貨物船、基地の全てをあなたは三次元空間上から分解し、零次元、即ち点の状態まで分解したのです』
自分がやった事だが全く実感が湧かない上に、かえって恐ろしく思えてくる。
『俺が、それをやったのか? 俺の力は……一体……』
『しっかりなさい、あなたの力は無限大。何があっても使いこなすのです』
掬った土を青い炎で燃やして固め、思い切り握り潰すと立って振り返った。
「恐ろしい思いをさせたな」
「へ? いやいや! そんな事……」
「いいんだ、俺がまだ未熟だっただけの事。また会おう」
マントを広げ、マグナアウルは空へ飛び立って行くのだった。
「行っちゃった、それにしてもさっきのすごかったねぇ……」
「不気味なのはあれだけの衝撃と光が起こったのに……周囲に全く被害が無い事、ジャガックに関するものだけ綺麗さっぱり消えてる」
「超能力……」
あの小宇宙が、恐ろしくも美しい星屑のいたずらな煌めきが、ミューズの目から焼き付いて離れない。
やがて迎えが来て待機所に戻った一行は、全員で大浴場に浸かって疲れを癒した。
体を洗った後で五人同時に湯船に浸かり、今日会ったことを話すのはもはや恒例行事だ。
「あぁ~成功して良かったです! これで明日気兼ねなくお父さんとスカイワールドに行けます!」
「良かったねぇ~、スナイパーやらせてもらってるけど今回はそこそこ緊張したもんね。一発で仕留めて正確な場所に落とさなきゃいけないの」
「でもやってみると結構撃つ瞬間って緊張しないですよね」
「そ~、長距離射撃限定だけどあの瞬間マジで無になる。悟り開けるんじゃねってレベルよ。てか待機組の三人どしたの?」
林檎がタオルを頭に乗せながら、作戦が成功したのに浮かない顔をしている三人に聞く。
「マグナアウルだよ」
「という事は、私達が撃ち落とした後にひと悶着あったって事ですか?」
「そうそう、中に自律殲滅オートマタが大量に積んであったみたいでさ、撃ち落とした後にめちゃくちゃ出てきたんだよ」
「え、ヤバくね? 何体出てきたの?」
「結局何体だったっけ?」
「私が斬ったので一体、マグナアウルが木で潰したのが四体、そのあとわらわら出てきてたから最低でも二十体は居たと思う」
二十体の自律殲滅オートマタと聞き、クインテットになってから半年程経った時に遭遇した重武装型オートマタを相手にした時の記憶が蘇り、林檎と麗奈は舌を出して首を振った。
「あんなんが二十体とか悪夢よ」
「でも結局倒したんですよね? どうやったんですか?」
「う~ん、そのぉ……」
「消しちゃったんだよね、マグナアウルが」
「消したぁ?」
倒したではなく消したという言い方が引っかかり、林檎は湯を掬って自分の顔にかけて言葉を反芻する。
「光と風が……なんていうか……」
「ブワァーッてね」
「そう! ブワァーッてしか言えないよねアレは」
何やらとんでもない事をしたらしいと、林檎と麗奈の脳裡に「すごい事をブワァーッとするマグナアウル」の図が浮かぶ。
「あのさぁ」
これまでずっと天井を見てボーっとしていた奏音がようやく口を開いた。
「超能力ってどんな力なんだろうね」
「ん? どういう事?」
「私さ、あのブワァーッてなってる光の中を見たんだ」
「え? ホントに?」
「ワケ分かんないだろうけど……あの中に宇宙が広がってた」
「宇宙? どういう事?」
奏音は唸りながら顎が湯につくかつかないかまでの所まで湯船に身を沈めて続ける。
「自分の目で見たけどよく分からない。一つ言えるのは、なんだか怖かった……」
奏音の言う通り、皐月と明穂もあの圧倒的な「力」を前にして恐怖心を抱いたのは事実。
「でもさぁ、不思議なのは本人が一番怖がってたみたいなんだよね」
「ああ確かに」
「なんかビックリしてたよね」
「みんなはなりたいって思う? 超能力者にさ」
今までは皆一度は能力が使えたらと思ったことはある。だがこの話を聞くと多少躊躇してしまう気がする。
「んー、でもウチ的には欲しいかな。やっぱ憧れちゃうわ」
林檎が腕を伸ばして銃の形にして、遠くを狙い撃つ仕草をする。
「私も欲しいかな」
「あら以外」
「強くなれるなら欲しいね。それに日常生活も便利そうだし」
「あー、確かに。もし火を起こせたら料理に使えそう」
「電気を起こせたら電気代節約になりますもんね」
皆の話を聞きながら、奏音は一人目に焼き付いた小宇宙と、それを前に佇むマグナアウルの光景を思い返すのであった。
To Be Continued.
麗奈の家族にフォーカスです。
幼少期のお話や未登場だったお母さんも出ましたね。
今後お母さんも登場するかもしれません、クインテットの追加戦士として(100%ありません)。
さて、マグナアウルは新しい力に目覚めたようですね、果たしてこの力はどんな未来を齎すのか、今後とも目が離せません。
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それではまた来週!




