お兄ちゃんクライシス
初めて林檎の家に向かった京助と奏音。
だがそんな時に限って事件は起こった。
突如現れて林檎へ抱き着く謎の男、果たしてこの人物の正体は⁉
展望台での戦いの後、マグナアウルから礼として受け取ったUSBメモリの中を見た白波博士とその部下たちはは思わず腕組みして溜息を吐いた。
「これほどまでに……」
「未発見の基地があるとはね」
データのうち一つは、京助が地脈へ潜って書き起こした地図である。
「この情報で今後のジャガックへの攻撃計画が立てやすくなった、まあこちらについての話はこの辺で……問題はこっちだ」
白波博士が表示したのはサイコエネルギーを利用したフォースフィールドの研究に関する資料だった。
「まだ試作段階とのことだが、いつこれが完成に移行するか分からん。今の所は地球で研究をしているようだが、本拠地に持ち返って研究されるとこちらとしては手も足も出ない」
「ではどうすれば……」
「決まっている」
白波博士は立ち上がり、皆に宣言した。
「これより我々のチームは一丸となり……プロジェクト・アウルハンドに本腰を入れる」
驚く者は居なかったが、皆どこか表情が暗い。
「本当にやるのですか?」
「有事だ。やるしかあるまい」
「ですが倫理的に!」
「分かっている、敵は倫理の矩を超え、だからこそ我々はそれを踏み越えてはならないと。だが日に日に強くなっていく敵と、あまりにも強い同志を見ていると……もう四の五の言っていられる段階にはないと私は肌身で感じたんだ」
白波博士は口調こそ穏やかだったが、その目には揺るぎない決意が滲んでいた。
「分かってくれとは言わない、降りたい者は降りてくれて構わないし、後が悪いようには絶対にしない」
長年クインテットを共に裏から支えてきた部下たちの顔を一人一人見て、白波博士は毅然とした口調で聞いた。
「それでも……私について来てくれるだろうか?」
伏し目がちだった部下たちの目の色が変わり、部屋の空気も変わってくる。
「やりましょう」
「ついて行きますよ!」
「ここまで来て投げ出せるわけがないでしょう」
全員から肯定の返事を受け取った博士はここで初めて小さく笑った。
「ありがとう諸君……ではこれより」
机上のボタンを押して研究開発室への扉を開き、白波博士とその部下たちは一斉にそこへ向かって歩き出した。
「プロジェクト・アウルハンド及び、新スーツの開発を本格的に開始する!」
夏休みも終盤となり、ここに来てようやく京助と奏音が夢咲家に遊びに行くことが叶った。
「ここかぁ……」
「そうみたいね」
周囲の家屋を見回し、奏音は大きく深呼吸した。
「広い家だね」
「そうかな?」
「大豪邸に住んでるから分からないとは思うけど、この家も十分広いですから」
「別に小さいなんて言ってねぇだろ」
「はーいはい、ウチの家の前で犬のエサにもならない事しないで」
「うわびっくりした!」
いつの間にやら林檎が二人の真ん中に立っていた。
「毎回思うけどいつ現れるんだ?」
「毎回思うけどなんで京助は驚かないの!」
「いちいち驚いてたらホラゲーなんてやってられないよ」
「センキョーのハートはキング・オブ・モジャモジャ・ライオンハートって事ね。ささ、入って入って」
林檎に手を引かれて玄関に入る前に京助が林檎の手を離す。
「ん~?」
「どうしたの?」
「やっておかねば……んっんん!」
咳払いして二歩下がるとそこそこの声で京助は言った。
「り~んごちゃ~ん! あ~そ~ぼ~!」
この行動には思わず二人もずっこける。
「あ~すっきり、心清らか」
「小学生かあんたは!」
「やらないと気が済まないんだよな、ほらアレだよ、ルーティーンルーティーン」
「毎回それやってるの?」
「ああ、幹人とか弘ちゃんとか圭斗んとこ行くときは絶対やってるし、あいつらも俺んち来るときはやってる」
「私の家来るときはやってないでしょ!」
「あいつらは友達、お前は彼女」
「そ……そうなの?」
「おう、特別」
二人の間だけピンク色のオーラが発生し、そこをハートマークが飛び交うのを見て林檎は溜息をついて頭を抱えて項垂れる。
「ほら、ご近所さんの目もあるからね……入って」
「お邪魔しまーす……おお、綺麗だな」
「最近リフォームしたんだ」
靴をそろえて玄関を出ると、リビングで林檎の母である美椰がワイドショーを見ていた。
「あら? お友達?」
「ああどうも、千道京助です」
「直江奏音です~、どうも~」
「先に言ってよもぉ~」
申し訳なさそうな顔をして何度も頭を下げつつ美椰はキッチンへ向かうと、冷えた緑茶を三杯コップに注いで持ってきた。
「急だったのでこんなのしかありませんけどどうぞぉ」
「あぁいえいえ、お構いなく」
「ありがとうございます~」
緑茶を飲む京助と奏音を見て、美椰はどこか感慨深く言った。
「しかし珍しいわねぇ、あんたが友達連れてくるなんて」
むっとした様子で林檎は母を横目で見て言い返す。
「まるでウチが友達少ない奴みたいに言うのやめてくれない?」
「いや事実だろ」
「うんうん」
「なんでそっち側に着くのさ!」
「皐月も明穂も麗奈も同じこと言うぜ」
林檎は後ろを向いて泣く振りをする。
「ひどい……みんなウチのこと友達ゼロのボッチでチビの陰キャ女だと思ってるんだ……」
「ひどーい、私たちが居るじゃん」
「別に陰キャとは思ってないな、変な奴っては思ってるけど」
「くふふっ……」
「ちょっとそれどういう意味⁉ てか母さんもなんで笑ったの!」
「ゆっくり仲良くしてってねぇ~」
「待って、じいちゃんは?」
「和室に居るよ」
「わかった」
林檎は二人を連れて和室に向かうと、品の良さそうなグレイヘアーの壮年の男が卓袱台で本を読んでいた。
「林檎か……おお! お前が言ってた友達か?」
「うん、これがセンキョーで、こっちがその彼女のカノちゃん」
これ呼ばわりに思う事があったが、ここは聞き流すことにした。
「初めましてセン道キョー助です」
「直江奏音です」
「千道さん家の……その節は何と言って良いやら」
「いえいえ、気にしないでください。父を知ってるんですか?」
「お父さんは若いころ一時期民俗学をやっててな、俺の所に何回か質問に来た事があるんだ」
「そうなんですか! へぇ~大学教授の方なんですか?」
「ハハッ、もう辞めた。歳には勝てん」
意外なところで人は繋がっているものだ。
人の縁は何とも奇妙なものだと三人は腕組みして頷く。
「まあなんだ、ゆっくりしてけ。物置の鍵はやるから自由に入って良いぞ」
「ありがと、じゃね」
「その物置の鍵って何に使うんだ?」
「入らなくなった本を入れんの」
「いっぱいあるんだな」
「見たいなぁ」
「まあまずは本部屋から見てってよ、多分センキョーに負けないぐらい色々持ってるからさ」
その言葉は大言壮語でも何でもなく、既にこの部屋だけでかなりの蔵書が確認できる。
「こりゃマジで負けてねぇかも」
「じいちゃんが大学教授やってる時から今までコツコツ集めてきた数々の蔵書だよ」
「へぇすげぇな……これ絶版になってなかった?」
「そー、すごいっしょ?」
「なんかすごくて……難しそうな本がいっぱい」
適当に選んだ『魔女の歴史』という本を開いてパラパラとページを捲り、その文字の多さに奏音は思わず面食らってしまう。
「漫画とかはないのか?」
「ヴィンテージものはここと物置に、お気に入りはウチの部屋にあるよ」
せっかくなので林檎の部屋に向かい、お気に入りの漫画を見せてもらう事になった。
「モニターでか」
「誕プレね、寝転びながら色々見れるよ」
「俺も新しいの買おうかな、自室用のやつ」
「出た出た」
「なんだよぉ?」
「金持ち自慢はほっといてさ、どれが気になる?」
奏音は机の上の端の方に置いてあった本棚から林檎のホラー漫画を取り出し、そのおどろおどろしい表紙に思わず体を震わせる。
「こわ……こんな表紙だったの?」
「あ、それ俺も持ってる」
「全部持ってるの?」
「モチ、全巻五週はしたし、なんならこの先生の過去作も網羅したぞ」
「マジか、調べとこ。てかさ、三巻のアレはヤバいよね」
「あ~踏み込んでるよな。恐怖表現とストーリー性の両立がすげぇ」
「基本一話完結なのに五話引っ張ったうえでの怒涛のアレだったもんね」
なんだか仲間外れにされた気がして、奏音は目を瞑ってページを開き、遠目かつ片目で一ページ目を見てから恐る恐る読み始めた。
「……おお」
絵のタッチが青年漫画的な分、怪異の表現がより際立つ。
そして何よりストーリーがよく出来ている、怖いものがあまり得意ではない奏音でもページを捲る手が止まらない。
「……」
夢中で読み進めてもう終盤、クライマックスのページを捲ろうとしたその瞬間。
「ダァッ!」
そんな声と共に奇妙な笛の音が響き、奏音は絹を裂くような悲鳴を発して漫画を放り投げながらその場で飛び上がってしまった。
「ちょっ! はっ……なにすんのよ‼」
「大成功」
「イェー」
京助と林檎が持っていたガーガーチキンを投げ捨ててグータッチした後で、さながらアルプス一万尺のように縦ハイタッチや腕タッチを続けざまにやり、ドッキリが大成功したことを喜び合った。
「本当に意味わかんない! 信じられないんだけど!」
「加須多穂のホラーナイトでも思ったけど人がビックリする顔って本当に面白いよな」
「分かるわー、寿命縮むって言われてるけどその分驚かした側が吸い取ってるのかもね」
「いやいや笑い事じゃないって! 二人のせいで! その……ちょっと漏らしちゃったんだけど‼」
「ああ、じゃあパンツくれ」
「いやそれはキモイって」
「二人してバカにして! そんなに意地悪するなら口利いてあげないから!」
最後の「あげないから!」が京助の脳裡で何重にもリフレインし、耳の奥でガラスが割れて砕けるような音が響いた。
「おわ! センキョーが物理的に砕けた!」
その後、以前教室でやった時のように部屋の隅で膝を抱えて小さくなり、ジメジメとした暗いオーラを放って二人を大いに困らせ、林檎の取り成しで納得行ってないながらも奏音が謝って事無きを得るのだった。
ひと悶着あったが無事マンガを読み終え、せっかくなので物置の方へ向かう事にした。
「物置つっても……これ蔵だぜ」
「見た目は古いけど中はちゃんとしてるから安心して」
「なんか開けてはいけない壺とか入ってそう……」
「それはないね、着けたら死ぬ仮面ならあるけど」
「うえっ⁉ 本当⁉」
「ウソだよ」
奏音は上を向いて歯を食いしばって地団駄を踏み、京助はそんな奏音の肩を揉んで落ち着かせた。
「本物の呪具とか旧日本軍の銃とかは無いから大丈夫よ。さーてとオープンセサミ~」
林檎が鍵を取り出したあたりで、京助の耳は遠くから走ってくる足音が聞こえてきた。
(ん? なんだこれ?)
音からして背の高い男だろう。
走っている者の方を見る前に京助と奏音の目の前を影が通り、その影は林檎に衝突する。
「はえ⁉ へ? あ⁉」
「林檎」
影の正体は背が高く、眼鏡をかけた端正な顔立ちをした大学生ぐらいの男であった。
「わああああっ! お前なんで!」
「会いたかったぞぉ~ん!」
男は頬擦りしながら長い腕で林檎の頭と背中を撫でまわし、林檎は悲鳴を上げて腕で頭を押さえつける。
「は~な~れ~ろ! 可及的速やかには~な~れ~ろ!」
「リンゴニウムが足りないんだよぉ~補充させてくれ~」
「サイアクサイアクサイアク! ちょっと助けて! 見てないで助けて!」
あまりの光景に二人とも言葉を失っており、京助はちらりと奏音の方を見た。
「京助、天罰ってあるんだね」
「ああ、間違いなく天罰だなこれは」
奏音を怖がらせて揶揄った天罰が下って見捨てられ、林檎は劇画調のショック顔になる。
「見捨てないでよ! ああああ! やめろォーッ!」
「お帰りのチューがまだだよ。ちゅー」
「ギャアアアアアアッ! 死んでやる! 舌噛んで死んでやる!」
絶叫と必死の抵抗の末やっと男は林檎から離れ、庭に大の字になって大きく空気を吸うと上半身だけを起こした。
「えーっと、あ?」
辺りを見回して京助の存在に気付くと猛スピードで駆け寄った。
「オマエ、何者だ。さては林檎の彼氏だな?」
「え、俺⁉ 違……」
「林檎は渡さん! 覚悟!」
殴りかかって来た男の腕を払って掴み、京助はそのまま襟首も掴んで背負い投げの要領でぶん投げて地面に倒してしまった。
「ぐほっ!」
「わあ、綺麗な軌跡」
「くっ……どことも知らん馬の骨に負けるか! ぐえっ!」
今度は蹴りを見舞ってきたので、足を掴んでひっくり返して投げ飛ばす。
「なかなかやるじゃないか……だが格闘技のオンラインサロンで習ったこの技で必ずや貴様をせいば……ぐはっ! ごはっ! ぐえっ!」
本場のルチャドール顔負けの見事なルチャリブレの空中殺法を披露し、そのまま関節を極める。
「……え、待って!? 今の何⁉」
「ルチャリブレの空中殺法。オラッ! 神妙にしろ!」
「いででででで! ギブギブギブギブ!」
「ハァ……そのまま折っちゃって!」
関節を極めている京助の横ですっかり蚊帳の外になっていた奏音が困惑しながら林檎に聞いた。
「その前に聞きたいんだけど、この不審人物は誰?」
「人類史上最悪のボンクラ野郎だよ」
「ワンワンオー案件?」
「うん! 通報して!」
そんなやり取りをしていると騒ぎを聞きつけた稔がやって来た。
「何だ随分と騒がしい……お? おお! 帰って来とったんか!」
「え? 帰って来た?」
やっと関節技が解かれ、男は腕を擦りながら起き上がった。
「おう、ただいまじいちゃん。会いたかったぜ」
「前もって連絡せえ」
「驚かせたくって」
立ち上がって歯を見せて笑いながら稔へウィンクする男の横で、困惑していた京助と奏音が口を開く。
「じいちゃん……じいちゃん……」
「祖父、孫……って事は⁉」
奏音と京助の視線が林檎に集まり、林檎は観念したように溜息をついて白状した。
「このバカの名前は夢咲桃弥……ウチの兄貴だよ」
それを聞いた途端京助と奏音の意識は太陽に向かって吹き飛び、プロミネンスを吹き飛ばしてまた帰って来た。
「居たの⁉」
「そんな話一言も聞いてないんだが!」
稔の方を向いていた桃弥が綺麗な回れ右を披露して眼鏡と歯を光らせて挨拶をした。
「どうも憎っき彼氏君とその隣の女の子、愛しの宇宙一カワイイカワイイ妹から紹介された通り僕の名前は夢咲桃弥、都内で大学生兼クリエイターやってます」
「ちょっと待ってくださいよ! 俺の彼女はこっちです!」
「ああそうだったんだ、いきなり飛び掛かってごめんねぇ。これ以上続けてたら俺の殺人拳が君に炸裂するところだったよアハハのハ」
明らかにボロ負けだったのにも関わらずどこからそんな自信が湧き出てくるか分からない。
「てことは君達二人は……林檎の友達だ! うわー嬉しい! 林檎に友達が出来たんだ! この子ったら友達いないからさぁ!」
「主にあんたのせいでねッ!」
スキップで近寄って来て頭を撫でる桃弥の足を踏みつけようとした林檎だが、足を引っ込められて回避されてしまった。
「ボーイ、名前は?」
「ああ、千道京助です」
「ラガッツァ、名前は?」
「……私の事?」
「イタリア語で女の子って意味だから多分そう」
「ああ、奏音です、直江奏音」
桃弥は眼鏡と歯を光らせて笑うと、林檎の方を感慨深げ見て、林檎は下からキッと桃弥を睨みつける。
「良かったなぁ、友達が出来てさ」
「……うるさい、兄貴には関係ない」
「家に呼んで、ここに入れるほど良いやつなんだろ?」
「ほっとけ! さっさと母さんに顔見せて来い!」
林檎の蹴りが空を切り、桃弥は気が付けば玄関の方に立っていた。
「じゃあ後は若い者同士で。森羅万象で一番カワイイ妹を頼むよ!」
あの眼鏡と歯を光らせる満面の笑みを浮かべると、桃弥は家に入るのだった。
「強烈だったな」
「うん、でも林檎ちゃんそっくり」
それを聞いた林檎は目を見開いて腕を広げる。
「どこが! 同じ両親から生まれたってこと以外アレとウチは共通点無いんだけど!」
「いやでも、なんかユメリンゴをアクティブにしたらあんな感じになるのかなって」
「じゃあもうウチ一生アクティブにならなくていいわ」
「でも今思えば結構似てる所あったよ」
「やめてやめて本当にやめて」
「嫌いなの?」
「……別に?」
奏音が京助をちらりと見て、堪え切れず京助は大笑いしてしまった。
「プッハッハッハハハハハ! ヘヘヘ! あーウケる」
「笑ったな! 何が可笑しいんだよコラァ!」
「属性増えすぎなんだよお前」
奏音が宙を向きながら指折り数え始める。
「ギャルっぽい、ダウナー、不思議系、本好き、頭良い、オカルトマニア、ツンデレ、ブラコン。確かに属性過多だね」
「ちょっ! おい! ブラコンじゃない!」
「いやそれは無理があるよお前」
「もう無理よ。否定できないよ」
「萌えキャラ属性検定資格ちゃんと取れよ~、就職に便利だから」
「そんなのあるの? 私も取ろうかな」
「じゃあ分かった! あいつがどんなヤツかウチがつまびらかにしてやる!」
林檎は物置にて京助と奏音に兄の桃弥がいかに変人で周囲から奇異の目で見られ、それの火の粉が飛んで来て自分の小学校時代がかなり辛かった事を尾鰭を付けて芝居たっぷりに熱弁して見せた。
だが少し京助が誘導するとそこ以外ではいい兄であり、買ってもらったプレゼントやお菓子の話、宿題を手伝ってくれた話、いじめっ子を撃退してくれた話や絵を描いてプレゼントした事など様々なエピソードを引き出す事が出来た。
「やっぱブラコンじゃん」
「違う!」
「もう無理です、お縄につきなさいブラコンゴ」
「待てや誰だブラコンゴって! もう原形無いじゃん!」
「なんかゲームのモンスターみたい。ブラコンゴ」
「まあブラコンなのは明白として、ちょっと気になる事あるんだよなぁ」
「明白じゃないっての! んで気になる事ってナニ!」
「あの声どっかで聞いた事あるんだよなぁ……なんだっけ? どこで聞いたんだっけ?」
「!」
これは非常にまずい、桃弥は『ももたろー。』という名前でYou Tuberをやっており、京助はそのメンバーシップに入るほどの筋金入りのファンなのだ。
(バレたらヤバい!)
何がヤバいのかは分からないが、とにかくバレたらヤバい気がしてならない。
「あんなんありふれた声だし」
「そうかな? 結構特徴的な感じだったと思うけど?」
「だよなぁ、喋り方結構特徴的というか……う~ん、なんだろう?」
「あいつのことはいいからさ!」
「いや気になる、まるで歯の奥に何かが詰まってる時みたいな」
「気になる~」
「耳に入って出て行かない水」
「ゴロゴロいうの嫌~」
「ダウンロード中九十九まで行って中々終わらないアレ」
「イライラする~!」
「車のシートに落ちたスマホ」
「あぁ~嫌~!」
「どこからでも切ることが出来ます……」
「やだっ! やだぁっ!」
「もうその話は止めろって言ってんだろーが!」
林檎が近くにあった父の海外出張の土産である奇妙な仮面を京助に被せて押し倒し、京助は腕を振り回してしばらく抵抗していたが、そのうちぐったりとして動かなくなった。
「……あれ? どした?」
「ねぇそれってさっき言ってた……」
「死の仮面⁉ なわけないじゃん!」
否定したものの、仮面の不気味な顔を見ているとなんだか本当に着けたら死ぬ仮面なのではないかという疑問が浮かび上がってくる。
「なわけ……ないよ……ね? ふざけてるだけだよね?」
そう言いながら奏音が仮面の口元に耳を近づける。
「……息してない!」
「は⁉」
林檎が京助の腕を取り、脈を見るべく指を当てようとしたその時、腕が動いて肩を強い力で掴まれた。
「ひゃっ⁉」
「WRYYYYYYYYYYYY‼」
どこかで聞いたような雄叫びと、物置が揺れる程の林檎の悲鳴が窓ガラスをがたがたと震わせ、その最中で大爆笑しながら京助が仮面を取った。
「あ~! ウケる! 最高だぜ」
「大成功~!」
「イェーイ!」
奏音と京助は震える林檎をよそに両手でグータッチして勝利を分かち合った。
「いや~ナイスアドリブ! ホントに助かった! 天才的だよ」
「私女優になれるかな?」
「なれるなれる、日本史に残る女優だぜ。それにしても「ひゃっ⁉」ってさ「ひゃっ⁉」だぜ。随分可愛らしい声出しまちたねぇユメリンゴちゃ~ん?」
「ほんっとに許さない……」
股を押さえて涙目で歯を食いしばっている林檎が顔を上げた。
「だいたいお前なぁ、いつもだったらこの程度の罠ぐらい見破るだろうに」
「待ってその体勢まさか」
「漏れた……」
「ああ、ご愁傷様……」
とはいえ奏音も先程林檎にしてやられた為、ニヤケが止まらない様子である。
「これも全部……全部兄貴のせいだ……」
恥辱に塗れながら、林檎は桃弥への理不尽な怒りを滾らせるのであった。
夕方になって京助と奏音と別れた後、何故か和室でノートパソコンを使って作業している桃弥を見て林檎は迷ったが声をかけた。
「なにしてんの?」
「編集~」
「自分の部屋行かんの?」
「新鮮な環境でやりたくてさ、和室ってなかなかないじゃん」
「へぇ……てかさ、ウチあんたのせいで友達の前で漏らしたんだけど。どうしてくれんの?」
「ああ、物置の方でギャアアアアアアッ! って声したから何かと思えばビビッてチビってあら大変だったのね」
「ぐっ! あんたのせいだから! あんたのせいでウチの調子狂ってあんな初歩的な罠に……」
「おう、そんなに林檎の中で俺の存在がデカいのか。うれしーな、アハハのハ」
「なんでもかんでも都合のいいように取りやがってこの……」
「怒った顔すんなよ~、怒った顔もリンドだけど、笑った時のが一番ベッルス!」
「いちいちヨーロッパの国の言葉交えて話さないと気が済まんのか!」
「でもやっぱり怒った時もミールィ!」
そのまま長い手足を駆使してするりと抱き着いてきた桃弥から逃げ出しつつ、林檎は自室へと避難した。
「クソッ! クソクソクソッ!」
そのままベッドにダイブして天井を仰ぎ、大きく息を吐いて自己嫌悪に浸る。
「おかえりって……言えなかった」
決して林檎は兄の事は嫌いではない、どうしようもない奴で変態で変人だと思ってはいるが、むしろ大好きである。
「ハァ……ウチはいつからこうなった?」
部屋に置いてあるものに兄の思い出ゆかりのものがいくつもあり、それらを見る度に思い出が蘇ってくる。
「兄ちゃん……」
思春期特有のちっぽけで頑固なプライドが邪魔して素直になれない。帰ってきたら一緒にやりたかった事や行きたい場所があったのに。
「こんな事誰にも言えねーわ……」
ベッドの上で溜息をつき、どうにかならないかとメランコリックな気分が支配する頭で考えるのだった。
「えぇ、いいのぉ? いきなり帰って来た当人が言うのもなんだけど迷惑じゃない?」
「いいから! せっかく来たのにどこか食べに行くのはかえって変だろ?」
帰って来た父の萄吾に肩を掴まれ、桃弥はリビングに押し戻された。
「母さんは良いの?」
「当たり前じゃない! ちゃんと買ってきてありますから、久々に帰ってきた息子を蔑ろに出来るわけないじゃない。あんな感じだけどね、林檎もあんたが帰って来て喜んでると思うわ」
「はぁ!?」
「そうだぞ桃弥! 林檎はな、それとなくいつ帰ってくるか聞いてきたりしたんだぞ」
「えぇ? マジでぇ?」
「父さん! ウチそんなこと……」
「してただろ? ホラ、前みたいに兄ちゃん兄ちゃんって……」
「いつの話をしとるかバカ親父!」
「ハァーッ⁉ ばっ……ばばっ……ばかおやじ⁉」
娘にそんなことを言われたのは初めてである。あまりにショックだったせいか萄吾の手が震え出し、それと同時に耳の奥でガラスが砕けたような音が響く。
「おお⁉ 親父! 親父ィ!」
「やだ! お父さん! 萄吾君が物理的に砕けた!」
「ごめん父さん……てか男って誰でもショック受けると砕けるものなん?」
その後、萄吾はキッチンの隅で膝を抱えて「林檎に嫌われた」「洗濯物別にしろってそのうち言われるんだ」といった譫言を垂れ流し、桃弥は必死に慰めるのだった。
待ちに待った久しぶり家族五人揃っての夕食、メニューは美椰の得意料理であるドライカレー、すっかり機嫌をよくした萄吾は夢中で食べ始めている。
「いや~これが食べたかったんだこれが!」
お袋の味に感動しつつしばらく食べていた桃弥だが、しばらくして稔が手を止めて桃弥の方をじっと見た。
「じいちゃん? 何?」
「桃弥、お前なんで帰って来た?」
その質問の意図が分からず皆困惑していたが、桃弥だけ小さく笑って大きく息を吐いて言った。
「じいちゃんは誤魔化せないな、さすがだよ」
「え?」
「実はさ……一個悩んでる事があるんだよ」
あの兄に悩みがあるのかと林檎は驚いてスプーンを止める。
「悩みか」
「うん。俺さチャンネル登録者が今九十八万人居るんだよね」
「はぁ、もうすぐ金の盾か」
「そう、それでありがたい事に書籍化のお話も来てさぁ」
「そうなの⁉」
「これ秘密でよろしくね。それでなんだけど……大学どうしようかなって思って」
桃弥は都内の有名大学を現在休学中である。恐らく活動に専念するか迷っているのだろう。
「それとなく相談しようと思ってたんだけど、あっさり見抜かれちゃったよ」
「確かに大事な相談だね……」
「今は林檎が世界の為に戦って大変なのに、俺の個人的な我儘に付き合わせて良いのかなってさ」
これは本当に意外だった、祖父の教えを誰よりも忠実に実行して、なんだかんだで人生を面白おかしく上手くやっているあの兄が、こんな悩みを抱えているとは。
「桃弥」
「ああ、分かってるんだよじいちゃん。でもこんなにすっぱりと諦めて良いのかなって思ってさ」
「頑張って受験して受かった所だもんな」
「……まぁ、俺から言える事ァ一つだな。悩め!」
「……うん、しばらく居るつもりだからその間悩ましてもらうわ!」
何か掛けれる言葉は無いだろうか、一瞬そう考えた自分がなんだか恥ずかしく、思わずスプーンが早くなる。
「おうおう林檎、食べるの早いなぁ」
「ほっふぉいふぇ!」
自分にとって重大な決断を下そうとしている最中でも自分や家族のことを慮る兄は、一体どんな決断を下してどんな道を歩むのだろうか。
翌日、居間のソファーで寛いでいると、余所行きの格好をした兄が二階から降りてきた。
「あら? 桃弥、どこ行くの?」
「撮影してくる。あ、メンシプ用のVlog撮るつもりだからメシは要らないよ」
「そう、頑張ってらっしゃい」
「おう! 行ってくる……あ、忘れてた。林檎!」
「ナニ」
「お兄ちゃんに行ってきますのチューして」
「行ってきますのハイキックね、ほらケツ出せ」
「ハイキック? それローキックの間違いじゃ……」
ソファーの背もたれを飛び越えてこちらに走って来た林檎から逃げ出し、急いで玄関の扉を閉めて事なきを得た。
「鍵変えてやる!」
「行ってきまーす」
一瞬だけ扉から顔を出して言うと、桃弥はどこら辺からカメラを回すかを考えながら歩き慣れた懐かしの道を行くのだった。
「いや~相変わらず美味かったな」
Vlog撮影を終えて、撮影協力してくれたうどん屋の店主に感謝しつつ、桃弥は近くの公園のベンチに座っていた。
「さてと、行動開始しますよと」
実は桃弥が真鳥市に帰って来た理由は家族へ直接悩みを相談しようとしていたからだけではない。
彼の帰省のもう一つの目的は、マグナアウルである。
「鳥人間。本人は……本人? 本鳥? どっちだ? まあいいや、彼はマグナアウルと名乗ってるらしいけど、俺は君をこのカメラに収めたい」
危険な行為というのは分かっているが、ホラー・オカルト系You Tuberとして確かめないでおくわけにはいかない。
「行くか!」
コンビニで買ったアイスのゴミをゴミ箱に投げて入れると、鞄から撮影時の自分を模したパペットになっているももたろー。君人形を取り出してカメラを回した。
「はいドンブラコ~、ももたろー。です! さてと、ここがどこか分かりますか皆さん」
パペットに向けたカメラをぐるりと回し、桃弥は更に続ける。
「そうです、我が地元真鳥市に来ております。まあ真鳥市って言えば……もう分るんじゃないかな? そう! 今回の外撮影はぁ~!」
自分でドラムロールの音を出してパペットの腕を器用に動かして見せる。
「都市伝説の検証でございます!」
編集しやすいように適当にパペットを動かしてから続けた。
「配信でも何回か言ったけどさ、真鳥市って結構変な噂があるんだよね。以前から紹介させてもらってる『マトリの謎』に詳しい事は載ってるからどんな噂かっていうのは各々で確認してほしんだけど。いくつか僕がピックアップしたので、それを検証していきたいと思います!」
カメラを切るとパペットを鞄に仕舞い、桃弥は駅に向かった。
マグナアウルこと鳥人間は神出鬼没で捉える事はほぼ不可能である、だが桃弥にはある秘策があった。
ある情報筋から仕入れたデータを基に、年別に目撃情報と出没場所をマッピングしてみると、なんといわゆる『マトリの謎』にて野良都市伝説として報告されたものと、マグナアウルが出現した場所が一致する事がかなり多い事が分かったのだ。
そこから近日のデータを見直し、ついに次にマグナアウルが出没するであろう場所を割り出すことが出来たのだ。
「はい、え~時刻は午後三時です、電車が来るまでの間ちょっと時間があるのでね、話題のスイーツを頂きたいと思います!」
ほうじ茶団子を食べる様子をギリギリ顔を映さずに撮影した後で電車に乗り、パペットと車窓を映して移動している様子をカメラに収めた。
「ある情報筋から仕入れた情報を基に、僕のIQ一億の天才的頭脳で、ある都市伝説的存在の出現を……予測しました!」
一時間半して到着した人も疎らな駅で降りて目的地の山へ向かって行く度に、どんどん人気が少なくなっていく。
「今回カメラに収めたいと思うのは、言わずと知れた真鳥市を代表する都市伝説……鳥人間!」
木にぶつからないように注意しながらパペットをつけた手元を映し続ける。
「このオカルト解説・検証系You Tuberのこの僕が! 世界で初めて鳥人間をカメラに収めたいと思います!」
一旦カメラを切ってパペットを仕舞い、このカットの後で挿入する鳥人間に関する考察パートの文章を考えながら、再びカメラを回して森の中を歩んでいく。
「結構深い所まで来ました……よく鳥人間はフクロウじゃないかって言われてるんですけど、フクロウは森の賢者って言われてるので、やっぱり森深い所を好んでいるのではないでしょうか?」
木々を抜けて歩みを進めるごとに緊張感がより増してくる。
「鳥人間を……ん?」
トークをしながらカメラを回していると、ふと違和感を覚えて足を止める。
久々に感じた言いようもない妙な感覚、桃弥は幼少期からこのような感覚に襲われることが多々あり、凶事の前兆であることをよく知っている。
「……どうしよう」
以前心霊スポット探索系You Tuberとコラボした際、この感覚を覚えた場所に向かって一瞬ではあるが「本物」を収めることに成功した事を思い出し、引き留める理性を押し殺してそこへ向かう事にしてみた。
「行くか」
短く一気に息を吐いて決心すると、感覚を頼りにずかずかと山の奥へ迷いなく進んでいく。
「……」
カメラを構えながらスマホを取り出し、考えられる最大の有事に備えて歩を進めていく。
「!」
見つけた、見てしまった。
人型に歪んだ複数の影が、巨大な大木の中を行ったり来たりしているのを。
(これって……まさか……)
ジャガック、林檎が敵対しているらしい謎の集団の名前が浮かび、すぐにカメラで目の前の景色の動画を撮影した後、メッセージアプリで林檎に送りつけた。
(とりあえずはよし、もっと近付けないかな?)
木の陰に隠れつつ近付いていると、突然肩を叩かれた。
「!」
この状況で肩を叩かれるのはまずあり得ない、急いで逃げ出そうとする前に、頬を硬いもので思い切り殴られる。
「がぶはっ! くっ……くそ……」
落ちかけた瞼の隙間から最後に見えたのは、大枚はたいて買ったカメラが無残にも踏みつけられる所だった。
そして痛みによって意識を手放した桃弥の周囲をジャガック兵が取り囲み、木の陰へ連れ込まれるのであった。
「ん? メッセ来てる……んだよ兄貴か」
一本の動画といくつかメッセージが送られており、それを見た林檎は目を見開く。
「は? あいつなに……はぁ⁉」
森の中で動く歪んだ人影が収められた映像を見た後、メッセージに素早く目を通す。
「『林檎へ』『これはお前の敵だと思う』『三分経って追加のメッセージが無かったら然るべき場所へ連絡してくれ』……もう五分経ってる!」
思わず何件かメッセージやスタンプを送るが、全く既読がつかない。
「……ウソでしょ、兄ちゃんが!」
頭が真っ白になり自分の頬に手を当て、そこに爪を立てて呆然としながらこれからやるべき事を整理する。
「……フッ、行くしかないね」
即座に白波博士に連絡を入れ、服を着替えてレザーの勝負服を纏う。
「おお? どうしたそんな服着て」
玄関の扉に手をかけ、林檎は稔の方を振り返って力強く宣言した。
「兄ちゃんを助けてくる」
四十分後、桃弥が失踪した所にクインテットが到着した。
「フン!」
いつも後方支援を担当しているイドゥンではあるが、今日は先陣切って現場に向かっている。
「イドゥン、分かってると思うけど……」
「うん、冷静にやるよ。努力はする」
スコープを倒しツマミを回して、モードを切り替えて周囲に不自然なものが無いか探知する。
「あっちに何かある、みんなついて来て」
見ると踏んづけられて壊れたカメラが放置されていた。
「……兄貴のカメラだ」
「間違いないですか?」
「うん、間違いない、これ持ってたよ」
スコープのモードを切り替え、隠れた入り口を暴き出す。
「皆行くよ」
ロングライフルを構えて入り口を吹き飛ばし、五人はエレベーターに乗り込んだ。
「ここ比較的小さいみたいね」
展望台の地下にあった研究施設と比べると、比較的小さいようである。
「丁度五階層分……」
「分かった、何かあったらちゃんと連絡してよ」
「ありがとみんな、気を付けてね」
早い者勝ちで好きな階を選び、各々その回で降りていく。
「気を付けてください」
「冷静に動いてね」
「何かあったらすぐ言って、私達もお兄さんを探すから」
「分かってる、そっちも気を付けて」
自分より下層へ向かうミューズ、デメテル、アフロダイを見送り、イドゥンは地下二階で降りて先へ進むと研究室のような場所に出て、イドゥンはそこにはめ込まれたガラスを銃底で思い切り殴り、注目を集めるのも構わずライフルを構えた。
「六秒待てば怒りは収まるっつーけど……この怒りは無限に続くだろうなッ!」
躊躇なく引き金を引き、周囲の研究成果ごと撃ち抜いて破壊し尽くす。
「覚悟する間も与えないッ! 無辜の人間を! なにより兄ちゃんを攫ったここのあんた達は! 訳も分からせず意味もなく! 紙屑のようにぶっ殺す! 死ィねェェエエエッ‼」
周囲のヒューマノイドに光弾が命中する度に爆散し、騒ぎを聞きつけてやってくる戦闘員も同様に、自ら前へ前へと突っ込みながら蹴散らしてしまう。
「おいあんた、ここに人間が運ばれてこなかった?」
足を撃ったのでまだ息がある兵が指した方角に向かい、別のエリアに移動すると広い部屋に出て、反対側の扉から出ようとすると、壁一面にシャッターが下りて閉じ込められてしまった。
「チッ……ハメやがったな」
周囲から強化装甲を纏ったジャガック兵が次々ワープし、最終的に二十対一の構図となった。
「……えーっと、みんなに緊急連絡。囲まれた、応援があると助かる」
メッセージを吹き込んだ後でロングライフルを仕舞い、もう一方のグリップを取り出して二丁のカービンライフルを生成する。
「有象無象が何匹居ようと無駄。今のウチは宇宙一キレてる、あんたらなんかすぐ飲み込むほどの怒り……味わってみる?」
武器を取り出して襲い来る刺客を、イドゥンは真正面から迎撃しにかかるのだった。
その頃、独房エリアの中で。
「クインテットの襲撃だって⁉ クソッ、ここもまずいか……ん? おお!」
見張っていた人間が独房から消えている、思わず看守のジャガック兵は中に入って確かめた。
「おい! どこに居やがる! 出て来ねぇと……がッ⁉」
ドアの真横に隠れていた桃弥からドロップキックを喰らい、思い切り顔を踏みつけられて気絶してしまった。
「この神が与えたもうた端正な顔を殴りやがってクソ宇宙人が。それに訳分からねぇ音をギャンギャン喚いてうるせぇったらありゃしねぇ」
腰元から手錠の鍵と銃と高周波鉈を取り、胸部装甲を外して自身に取り付けて逃走を開始する。
「俺の荷物どこだ?」
手当たり次第に部屋を開けて回っていると、無造作に置かれた鞄を見つけた。
「あった! 中身は……全部無事だ! よし、顔出しはマズいから……しゃきーん」
いつも撮影や生配信時使っている桃を模したマスクを被ると、銃を構えながらどこにあるかも分からない出口へ向けて歩みを進める。
「居るな」
隠れながら進んでいると、独房エリアの出口で二人の看守兵が居るのが見えた。
「効くと良いんだけど」
独房の一室に入り、思い切り何度も壁を叩く。
「なんだ?」
「クソッ、クインテットが襲来して忙しいって時に……ぎゃっ!」
物陰に潜んでいた桃弥に撃たれて看守の一人が倒れ、残った一人は半ばパニックになって腰を落として慌てて周囲を見回す。
「どこだ! まさかもうここに連中が来たのか? それとも……あの鳥野郎じゃないだろうな?」
しばらく周囲を警戒していた看守兵が後ろを向いた隙に、音を出すついでに切り取っておいたドアを持って体当たりをかまし、何が起こったか理解させる前に壁に圧し付けて射殺してしまった。
「ライフルがある。こっちにしよう」
看守兵が持っていたライフルに持ち替え、桃弥は独房エリアを出て先へ進んでいく。
「なんか滅茶苦茶騒いでるな……まさか林檎が助けに来てくれたのかな?」
格闘技のオンラインサロンで鍛えた身ではあるとはいえ、相手は未知の技術を持つ宇宙人、絶対に直接相手にしたくない。
「すげぇな林檎は……こんな思いして毎回戦ってんのかな?」
助けに来てくれただろう愛する妹へ思いを馳せながら、桃弥は銃を頼りにどことも分からない出口へ進んでいく。
「おっとっと! 居やがる」
よほど大暴れしているのか、沢山のジャガック兵が忙しなく廊下を走っている。
「……兵があんまり足りてないのか?」
「おい、お前! そこで何をしている!」
「ヤバッ!」
隠れながら進んでいたが、ジャガック兵の集団に気付かれてしまった。反射的にライフルで相手を二人撃ち抜いたが、その中の一人が光子鞭のような武器でライフルを切断してしまった。
「!」
今の桃弥は丸腰であるだけでなく、蛇に睨まれた蛙に等しい。
(ヤバいなんてもんじゃない……死ぬ、殺される!)
にじり寄ってくるジャガック兵達を前に、否が応でも首筋に鳥肌が立つ。
「大人しくしな」
「いい子にしてたら楽に殺し……」
その先を言う前に、天井が崩落して黒い影がジャガック兵達を押し潰して蹴散らしてしまった。
「へ? ナニゴト?」
粉塵を払ってから目を凝らすと、崩落の中心にいた黒い影が徐々にはっきりと見えてくる。
深い藍色と焦茶の装甲に、鳥の意匠の装飾がなされた装甲、そして何より目を引くのが梟を模った兜。
「とっ! 鳥人間!」
まさか目当ての存在が目の前に現れるとは思わず、桃弥は思わず声を上げた。
「ん? は? え!? 嘘だろ⁉ おいおい! 夢じゃないだろうな?」
自分を認めた鳥人間がずかずかとこちらに向かってくるのを、桃弥は呆然と見ていた。
「あんた、ももたろー。だよな?」
「え? ああ、はい……そうです」
自分で被ったマスクの事をすっかり忘れていた。
「信じられない、俺はあんたのファンなんだ。握手してくれ」
「え? ホントに⁉」
「まさかこの姿で会えるとは思ってなかった」
感激しているマグナアウルの頭に光弾が命中し、反射的にそこにフェザーダーツを投げつける。
「失礼、俺は鳥人間と言われているが、マグナアウルという。ぜひ覚えてくれ」
差し出された手を握り返し、桃弥は困惑しながら言葉を紡いだ。
「そうか、ど……どうもマグナアウル、いつも見てくれてありがとうね」
ただでさえ都市伝説と遭遇するのも珍しいのに、その上自分のファンであると言う。喜ばしい事ではあるのだが、いかんせん今回に限っては困惑が強い。
「どうしてここに? 帰省か?」
「実は……君目当てで来たんだ」
「こんな嬉しい言葉を聞けるとは思わなんだ。だが悲しいかな、出来ればここで起こった事は俺と会ったことも含めて内緒にしてほしい」
「あー……分かった、ファンの頼みだ。動画撮ってたけど没にするよ……カメラどっか行っちゃったけどね」
「壊されてたら黒いパワードスーツの女たちに言えばいい、多分補償される」
さすが世界的企業ウィルマース財団と感心していると、肩を掴まれた。
「俺が送ろう、瞬間移動を疑似的に体験できるぞ」
「ああ待って! それは興味深いけど……まだここでやる事があるんだ」
「安全と引き換えにしても?」
「ああ、なんなら命と引き換えにしても惜しくない」
「……仕方ない」
マグナアウルは虚空から幅広の剣を生成すると、刀身を撫でて刃の部分を赤熱させて桃弥に渡した。
「これを使うといい、刃の部分には触れないように」
「すっげ……」
ずっしりと重みのある剣かと思いきや、適度に重く片手でも振りやすい剣である。
「帰りの宛は?」
「ある」
「良かった、では俺は行かなくてはならない。名残惜しいがここで……」
「待ってくれマグナアウル! 一つ教えてほしい事がある!」
振り返ったマグナアウルへ、桃弥は意を決して問いを投げかける。
「この街で、この星で……一体何が起こってるんだい?」
「……一言でいえば、戦争だ」
「戦争? 宇宙人との⁉」
「宇宙の犯罪組織と、俺達地球人との戦いだ」
「……そうなのか、ありがとう。これも内緒が良いかな?」
兜の嘴を撫でてから指を立て、桃弥は頷いて剣を握った。
「健闘を」
「ああ、君のことは忘れない!」
マグナアウルと別れた桃弥は貰った赤熱剣を駆使して壁を切り刻み、ショートカットして進んでいると、ある所で第六感が働いた。
「……林檎?」
この先に林檎が居る、なぜだかそれが分かるのだ。
今いる場所の壁に手と耳を当てて軽く叩くと、ここだけ異様に分厚いのがわかる。
「待ってろ、今行くからな!」
マスクを取ってから赤熱剣を壁に突き立て、より重い手応えに疑念を確信に変えていく。
「うおおおおおっ! セイヤッ!」
壁を切り取ってから蹴飛ばし、広い部屋の端で桃弥は叫んだ。
「イドゥン!」
「兄貴⁉」
広い部屋の真ん中で二丁のカービンライフルを持ち、肩で息をしながら複数のジャガック兵に囲まれているイドゥンが立っていた。
「うおおおおっ! 喰らえええっ!」
振り向いたジャガック兵を赤熱剣で切り裂き、返す刀でその隣の兵の首を跳ね、イドゥンに背を預ける。
「何してんの⁉ さっさと逃げなよ!」
「いいや逃げない、一緒に戦うさ」
「バカ言ってんなよ! あんたに何が出来るってのよ!」
「そうだな、俺は足手纏いかもしれない。でもな……」
桃弥は器用に光線を剣で弾き、腕ごと銃を切り裂いてから宣言した。
「妹が戦ってる時におめおめ逃げるような兄にはなりたくない! そんな背中は絶対に見せたくないんだ‼」
ジャガック兵を蹴倒して頭を撃ち抜きながら、イドゥンは桃弥の方を見た。
「……じゃあさ、そんな背中ウチが見ないでいいように、後ろにしっかりとついてな」
桃弥は小さくフッと笑い、赤熱剣を両手で構えて、イドゥンはマスクの中で笑うとカービンライフルを仕舞ってからロングライフルを再生成した。
「ああ、今だけは二重奏だ」
夢咲兄妹は攻撃を仕掛けるジャガック兵の合間を縫い、体を切り裂き撃ち抜き殴る蹴る。
先程の孤軍奮闘での疲労はどこへやら、イドゥンの銃捌きはこれまで以上に冴えわたっていた。
「京助君、技盗むぞ!」
自分が喰らった空中殺法を真似て相手の腕にしがみついて、そこを軸に股で頭を挟み込んで引き倒した所に刃を突き立てる。
「兄貴! ラスト一人だ!」
「合点! おぉりゃあああッ!」
力一杯投げつけられた剣がジャガック兵に突き刺さり、そこにイドゥンがオーバーチャージを発動して常盤色の螺旋状の軌跡を描く光弾を放つ。
「行けぇぇぇぇぇええええっ‼」
光弾は刺さった剣に命中し、ジャガック兵は断末魔と共に爆散してしまった。
「ふっ……うぅっ……」
集中力が切れた事で疲労が全身に回って、イドゥンはその場に崩れ落ちそうになり、桃弥はすかさず抱きかかえた。
「おおっ……重い……」
「ウチの事デブチビって言いたいんか」
「え? イヤイヤ違う! スーツの事に決まってるじゃないか!」
「ニヒヒッ、どうだか」
こころなしか林檎の声がいつもより柔らかいような気がした。
その後、無事に脱出できた桃弥は保護され、クインテットメンバーの親族であるという点から記憶消去は免れたものの、機密保持契約の関連書類にサインを求められ、そして壊されたカメラの中で生き残っていたSDカードのデータを破棄するように言われた。
「踏んづけられたカメラ補償してくれるってさ。財団は手厚いね」
「一応世界的企業だからね」
諸々が終わった翌日、桃弥と林檎はどちらが言うでもなく一緒に出掛ける事になり、今は桃弥行きつけのうどん屋の前のベンチで隣同士で座っていると、桃也が語り出した。
「マグナアウルにも会ったよ」
「不愛想だった?」
「いや、俺のファンだってさ。握手求められた」
「マジで? 九十八万の中に居るんだ」
「そう、あの剣も彼がくれたんだ、でもここで会った事も内緒にしてくれってさ」
「いいの? ウチに言って」
「まあ~大丈夫だろ!」
あの特徴的な眼鏡と歯を光らせて笑う笑い方に、林檎も釣られて笑ってしまう。
「あのさ」
「うん?」
「大学の話なんだけどさ」
「……ああ、どうした?」
「ウチさ、クインテット入るってなった時、正直ちょっとだけ怖かったんよ」
「へぇ、そうか……やっぱそうだよな」
「でもさ、ある言葉で背中を押されて、今のウチが居るんだ」
「その言葉って?」
「『お前が向きたい方が前だから、そこに向かって進めばいい』って言葉」
桃弥は一瞬驚いたように目を見開き、眼鏡を外して目頭を押さえる。
「誰が言ったんだっけな、それ」
「んふ、誰だろね。まあ今の兄ちゃんに必要なのは、この言葉だと思うよ」
桃弥は林檎の頭を抱き寄せると、額にキスをして言った。
「お前は最高の妹だよ。大好きだ」
「……ウチも大好きだよ、兄ちゃん」
やっと素直になれた気がして、林檎は小さく微笑むのだった。
To Be Continued.
お兄ちゃんがクライシス、お兄ちゃんが来てクライシス。
最強のシスコン、夢咲桃弥堂々の登場です。ちゃらんぽらんに見えてやるべき時はしっかりやる、そんなキャラクターでございます。
やっぱり奇人変人を書いてる時が楽しいです。林檎も桃弥も変な奴なので、最高に楽しかった回でした。
デレた林檎はカワイイ。
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次は麗奈がメインの回です。ではまた来週!




