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青春Double Side  作者: 南乃太陽
遭遇編
2/16

千道京助はマグナアウルである

 目を瞑ると忘れもしない、あの光景が浮かんでくる。手を伸ばしてもどうにもならないと分かっているのに手を伸ばしてしまう。

 父さん、母さん、行かないで。そんな言葉が口から出ると同時に目が覚めた。

『またあの時の夢ですか?』

 頭の中で男とも女ともつかない声がする。

「そうだな。慣れないもんだね」

 いつからだろうか、「逃げて」が「行かないで」に変わったのは。

『慣れる慣れないじゃありませんよ』

 額の汗を手で拭い、その後腕で拭って大きく溜息をつく。

『シャワーに行って汗を流してきたらどうですか?』

「今何時だ?」

『午後十時五十三分。帰ってから一時間半ほど経っています』

「もうこんな時間か、いい加減行かないと」

 今着ているものを左腕の月と朱鷺(トキ)の意匠のバングルを除いてすべて脱ぐと全裸で部屋を出て、広い屋敷を横切って浴室に向かい、洗面台にバングルを置いて熱いシャワーを浴びながらその日の疲れを癒した。

 体を洗い終わると深呼吸し、一瞬だけ体に力を込めた。すると京助の体に着いていた水滴がすべて落ち、広い浴室の床に水溜まりとなって零れた。

「ふぅ……」

 バスローブを着るとバングルをつけ、一階のリビングの広いソファに腰かけて羽を伸ばした。

「正直な話、忍者軍団はジャガックだと思ってた」

『しかしそうではなく、実際は第三勢力だったと。ですが何故共闘を断ったのですか?』

「決まってる、これは俺の戦いだからだ」

 千道京助はマグナアウルである。それが彼の抱える最も大きな秘密であるが、彼は他に無数の秘密を抱えている。

 まず解離性健忘の事であるが、これは嘘だ。京助は両親が死んだ時の事をはっきりと覚えている、それも目の前で殺される瞬間を見たのだ。

「復讐を他人に預けたくない。ジャガックは俺が駆除する」

 千道万路と千道美菜は五年前、突如ジャガックに襲撃されて京助の目の前で命を落とした。それがトリガーとなったのかは不明だが、その瞬間に京助は強大な超能力に目覚めた。

 水の入ったボトルを引き寄せたり、体の表面の水滴を落としたり、そしてマグナアウルとなるのもこの能力によるものだ。

 ではなぜそれを誰にも打ち明けないばかりか、記憶が無いと嘯いているのか。それは全て自分一人でジャガックへの報復を果たすためである。

 一人にこだわるのは京助にとってこれは自分の戦いであり、誰一人として頼る気はないというのが本人の弁である。

「まあ何にせよ、今後も俺達がやることは変わらない。色々よろしくな、トト」

『サーチアンドデストロイ、ですよね? わかっています京助。私はあなたの眷属ですから』

 この声の主はトト。左腕のバングルに宿った精神生命体であり、京助の眷属を名乗って様々なサポートを行っている。

 名前の由来はバングルに掘られている満ち欠けする月と、朱鷺のイメージからエジプトの知恵の神トートに因みトトと名付けられた。

「寝ようかな」

『ええ、二日程ならジャガックに大きな動きは無いでしょう』

 二階の自室に向かい、スマホを見るとメッセージが来ていた。

「……奏音からだ」

 ショートメッセージで内容は三つ『ねぇ京助』『変なこと言ってマジごめん、ホントは嬉しかったよ』『ホントにごめんね、好きだよ』とあった。

「う~わ、マジ良かった」

『雨降って地固まりましたね』

「めっちゃ他人事みたいに言うけど、元はと言えばお前がああしろって言ったから奏音が熱暴走起こしたんだろうが」

『これが最善ですよ。京助の容姿ならば大抵の同年代の女性を……』

「モテてどうすんだよ俺が……まあいいや、返信するか。なんて言お」

 しばらくベッドで寝っ転がりながら返信を考え、メッセージを打ち始めた。

「えーっと、『俺もびっくりさせてごめんよ。怒ってないから大丈夫』っと絵文字どれにすっかな」

『笑ってるものにすればいかがでしょう?』

「俺顔タイプの絵文字あんま使わねーの知ってるだろ、グーサインのやつでいっか」

 返信を終えて、京助はベッドに倒れ込み泥のように眠った。

 

 六時になった頃、京助の脳内に声が響く。

『京助、朝です』

「……」

『朝です』

「……あぅ」

 薄目を開けると起き上がり、そのまま浮遊しながら一階に降りた。

『ものぐさですね』

「るせー」

 冷蔵庫がひとりでに開き、卵四個、ソーセージとベーコンの袋二つづつが京助の方へ飛んできて、それらをキャッチするとキッチンの収納からフライパンと油が出てきてコンロに乗り、勝手に料理を作り始めた。

「牛乳もう無いの?」

『帰りに買いましょう』

「奏音に付き合ってもらうか」

 卵の殻とビニールのゴミが浮遊しながらゴミ箱へ投げ捨てられ、サラダを作っていると目玉焼きとソーセージとベーコンが焼きあがった。

 ベーコンとソーセージの肉山と四つ目の目玉焼き、そして山と積まれたサラダボウルと牛乳パックが一本。

 これが今日の朝食である。

「いただきます」

 マグナアウルになって戦うとかなり体力を消耗する為、翌日は大量に何か食べるのが日課になりつつある。

 目玉焼き二つ分と肉山の半分とサラダボウルの山を削ってを口に入れて嚥下し、それをパックに入った牛乳の半分で流し込む。

 徐々に眠気が飛び始めた頃には山が更地になっていた。

 さらに一分たっぷりかけて牛乳全てを一滴残さず流し込んで一息ついた。

「まだ腹が減ってやがる」

『昼もありますよ』

「多めに作ったけど弁当じゃ足りん。今晩イハラに行くかな」

『店長さんが今日こそ京助にギャフンと言わせようと手ぐすね引いてるでしょうね』

「今日も負けねぇからな、おっちゃん」

 『とんこつしょうゆ・イハラ』は真鳥市で親しまれているローカルラーメン店である。京助はそこのダイヤモンド会員であり、マグナアウルとなった翌日の夜には必ず行き、三十分限定早食いサービスに挑戦するのが日課になっている。

 京助は驚異の無敗を誇り、店長の井原弦太は打倒京助を目指して日々腹に溜まるメニューを研究している。

 歯を磨き、着替えて寛いでいると七時になった。

「帰ったら靴磨こうかな」

『鏡面磨きが取れてきましたね』

 鍵を念力で引き寄せてドアハンドルを押して何気なく前を見た。

「わあああおっ!」

 まさか玄関前に人がいるとは微塵も考えていなかった。

「何で居るの⁉」

 玄関前に立っていたのは奏音であった。

「だって……昨日あんなことしちゃったし」

 腕を後ろに回して奏音は少し気まずそうだ。

「あっちで待っとけば良かったのに」

「でもさ……その……」

 京助は溜息をついてドアを閉めた。

「怒ってないよ俺は、今度からこっちに来るときは鳴らして。ちゃんと入れてあげるから」

「ホントに怒ってない?」

「あのなぁ、俺がそんなに了見の狭い奴だと思うか?」

 奏音は上目遣いに微笑んで言った。

「ありがと京助、ごめんね」

「いいって。ほら、遅れるぞ」

 京助は手を差し出し、奏音は頷いて手を繋いで歩き始めた。

「そうだ、放課後買い物付き合ってくんね?」

「あ~……ちょっとね」

「あ、今日歌か」

「うん、でも六時半からだからそれまでならいいよ」

「どこで買い物すっかな」

「まとりキューズモールは?」

「あそこか、あそこならイハラも近いし、今日はあそこにするか」

「イハラかぁ、しばらく行ってないな」

「今度奢ろうか? 全額ポイントで」

 京助のスマホにイハラ公式ポイントアプリの画面を見せた。

「出た、レジェンド・オブ・イハラ」

 京助は限定早食いサービスの記録保持者であるため、キャッシュバックによって大量のポイントを抱えているのだ。

 イハラの早食いサービスに挑戦する者達の間で、京助の存在が半ば都市伝説化しているとかいないとか。

「しっかしよく入るよね、それで太らないんでしょ? 羨ましいなぁ」

「男子高校生の胃のブラックホールぶりを甘く見ない方がいいぜ」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ、カトちゃんなんかワイアットのステーキプレート五十枚も食うんだぞ」

「ウソ⁉」

「ウソだよ」

 奏音が目を見開き口をムの字に曲げ、京助は肩を竦めておどけて見せた。

「さいってー」

「まあカトちゃんがワイアットのエベレストステーキ完食したのは事実だぜ」

「エベレストステーキって一番上だよね? 何グラムなんだろ」

「もはやキロ単位で量ったがいいかもな」

 他愛ない会話をしながら学校へ向かい、昨日の夕方の気まずい出来事などすっかり忘れ去った二人であった。

 

 昼休み、腹四分目程に満たした京助は校庭に向かった。

「おー来たな!」

「もう始める?」

「まあ後で来るやつは来るだろ」

 たまにだが昼休みに二年生は幹人が発起人となってクラスの間を超えて球技をする事がある。

 サッカーだったりバスケだったりするのだが、今日はドッジボールになった。

 サッカー部のマーカーコーンを拝借して陣地を作っていると、奏音が三人の女子を連れてやってきた。

「久々だね! 入れてよ!」

 奏音はよく男子に交じってこれをやる。

「直江さんならいつでもOK! あれ? イインチョもやるの?」

「委員よ、たまには悪くないかなと思って」

 三組の学級委員であり、生真面目な性格の波川樹(なみかわいつき)も今日は弾ける事にしたようだ。

「いいよいいよ! 大歓迎だぜ! あら、珍しいな木原ちゃん」

「いやー、あたしは観戦しとく」

「そう、夢咲さんは?」

「めがねうら」

 林檎は特に親しいと認定した者以外は独特の語彙で受け答えをするため、不思議系女子認定されることが多い。

「えっと……」

 そして大抵の場合伝わらない。

「なんて言いたいんだ……お~い! C-3PO!」

「誰が通訳ドロイドだ。多分観戦しに来ただけなんじゃない? だろユメリンゴ」

「ウィ」

「なぜフランス語?」

 どういうわけか独特の語彙を京助のみが正確に理解することが出来る。

「なんで分かんだよ」

「戦友だし」

「全く、京助の癖にモテやがって」

「おうおう悔しいのか、悔しいよなぁ」

「おどりゃ真っ先に当ててやっからなマジで覚悟しとれよ」

「おう望むところじゃ華麗に避けたるァ」

 バチバチのまま班が別れ、試合の準備が整った。

「よっしゃ奏音(あいぼう)、奴らを叩きのめすぞ」

「後ろは任せな」

「俺ら二人であいつら全員外野送りにするぞ」

「外野送り? いやいや病院送りにしたるわぁ」

 味方陣地から黄色い歓声が、相手陣地からブーイングがなされ、ジャンプボールからの白熱した試合が開始された。

 試合も佳境、ついに外野から復活した幹人にボールが回って来た。

「喰らえ京助! リア充撲滅シュート!」

「甘いわ! この一撃で葬ってくれる! ファルコンストライクゥッ!」

 京助と幹人、二人の間でボールの応酬が続く。

「クッ! 俺は負けるわけにゃいかねぇんだ! 全ての男子の思いが俺に乗ってるんだ! 喰らえ!」

「俺にも譲れねぇモンがあんだよ! ドラァッ!」

 この様子を見ていた木原愛優きはらあゆは足をバタつかせて爆笑しながらその様子をスマホのカメラに収めていた。

「アハハハハ! もうドラマじゃんこんなん!」

「理解できんわ~、たかがドッジなのになんでこんな熱くなれんの?」

「男って何歳になっても熱くなるとこうなるからね~。あたしの兄ちゃんもね、気になる事あったらず~っと調べものしてんの!」

「ユっちゃんって兄弟居たの?」

「うん、あたしと違ってめっちゃ頭良いのよ。パソコンに詳しくてさ、なんかあったらすぐ直してくれんの。兄ちゃん超大好き」

「へぇ~、ウチのボンクラ兄貴と交換してほしいわ」

 昼休み残り八分、現状京助側が劣勢である。

「しゃっ!」

 思いもよらぬ剛速球を前に、京助はいつもの癖で跳躍したその時。

『京助、その避け方はダメです』

 頭の中にトトの声がした。

「そうじゃん! やべっ!」

 空中で横旋回しながら側宙して着地しようとしたが、そんなこと一般の高校生は滅多にできる事ではない。このままでは隠し通してきたことが無意味になる。

 京助は何とか姿勢を空中で立て直し、空中で大股を広げてそのまま変なポーズをつけて着地した。

「ギャハハハ! なんだ今の!」

「奇跡すぎるでしょ!」

「あっぶね! ほっ!」

 先程の一撃で外野に回ったボールを掴むと、京助は思い切り投げ、一気に三人に当てて形勢をひっくり返した。

『バレますよ』

「これぐらいバレねぇよ」

 トトと脳内でやり取りしていると、バスケ部の長沢圭斗(ながさわけいと)がやってきて京助の背を叩いて言った。

「すげぇええ! 京ちゃんやるねぇ! ウチ来ない?」

「部活はやらない!」

「えぇ、絶対京ちゃんバスケ上手いのに、ポイントゲッターになれるって」

「俺は俺で忙しいの!」

「そっかぁ、残念」

 その後残り三分で外野から二人戻ってきて、今日は京助のチームの勝利に終わった。

「やったね京助(あいぼう)!」

「おう! 俺達にかかればこんなもんだ!」

 二人のグータッチに周囲は黄色い歓声を上げた。

「くそぉ……」

 結局京助にボールを当てられず、二度も外野行きとなった幹人は泣きながら地面に膝をついた。

「制服汚れっぞ」

「ガチ泣きじゃん、カワイソ」

「神よ……この哀れな佐川幹人に恵みを……」

「いいから立て幹人、掃除すっぞ」

「千道京助という極悪非道なる色欲の権化に天誅を……」

「だーれが色欲の権化じゃ、そこまで行ってねぇよ」

 奏音が少し赤くなったのに気が付かぬまま、京助は泣く幹人の襟首を掴んで掃除の持ち場まで引きずっていくのだった。

 その後、ドッジボールに参加したメンバーの多くが午後の授業で何度も夢の世界に誘われたのは言うまでもない。

「イインチョまで撃沈するとは」

「んね、今回一層白熱してたよね……あ、来た来た」

「ん?」

「見てー、あんたのキセキの大ジャンプ」

 愛優が撮影していた京助の大股開き大ジャンプの映像が林檎へ送られてきたのだ。

「何で撮ってんだよ」

「佐川急便とのやりあいもあるみたいよ」

 ここで帰りの準備を終えた奏音がやって来た。

「何見てるの?」

「なんか木原ちゃんがさ、昼休みのアレ撮ってたらしいんだ」

「へぇ! 見せて見せて!」

 奏音はそれを見て爆笑し、後で送っておくように頼んだ。

「こんなもん見てどうすんだよ」

「えぇ〜、京助だって私の日常のちょっとしたの動画とかあったら欲しいでしょ?」

「……たしかに」

「納得すんのかよ」

「まあいっか、とりあえずまとキューに行こう」

「あら〜おデート?」

「違うよっ! ただ買い物を手伝ってあげようと……」

「そういうの放課後デートって言うんだよ。楽しんどいで」

 親戚のようなコメントをした林檎に見送られ、二人はまとりキューズモールに向かった。

「まだ四時すぎだな、買い物には早いよな」

「あのさ……ちょっと一緒に見て回りたいんだけど」

「オフコース!」

 まず外付けのエスカレーターで二階に向かい、面白いものが無いか軽く見て回った。

「あっ、京助!」

「んー?」

 奏音が見ていたのは雑貨屋のコラボキャンペーンの商品だった。

「あー! ムーンシアターかこれ⁉ 懐かしいな!」

 二人が小学校低学年の頃によく見ていた数年前に放送終了した子供向けバラエティ番組の『ムーンシアター』に登場するマスコットキャラクターの各種ぬいぐるみキーホルダーだった。

「昔見てたなー」

「俺ミッチーとメルクリンが好きだったな」

 ミッチーとはオオミチバシリ、即ちロードランナーをモチーフにした鳥のキャラクターで、メルクリンは水星人という設定のキャラクターある。

「ミッチーかぁ、私はマオとロージーかな」

 マオはマイペースなヤマネコで、ロージーは主人公格の月のウサギであるワビーのガールフレンドの女の子のウサギである。

「やっぱ女子はロージー好きだよな……あら⁉ ダフトンが居ない!」

 顔芸を披露しながら驚く京助に思わず奏音は笑い出した。

「ちょっと待ってよ……ヒヒッ……ダフトンはマイナーすぎるって!」

「ダフトンをハブるとは許さん! 抗議の手紙を十億枚送ってやる……いや全財産つぎ込んでダフトンを……」

 ダフトンはおっちょこちょいの馬のキャラクターであり、準レギュラーとして登場したものの、なぜか遠方ロケのリポート担当に収まってしまったキャラクターである。

「いやまあ百歩譲ってダフトン居ないのはまだいいよ……なんでマロンとコナラがラインナップされてんねん!」

 ミニゲームのコーナーを担当していた二人組のリスのキャラクターである。マイナー気味なキャラクターであるがダフトンを差し置いてラインナップされているのが京助にとって気に食わないらしい。

「いやほらだってさ、データ放送でミニゲームできたじゃん。そこにずっと居たから覚えてる人は覚えてるのかも」

「ハァ、たしかに印象には残りやすかったのかもな。んで誰がいるんだ? 結構ラインナップ多いよな」

 ウサギのワビーとロージー、ネコのスルメ、ヤマネコのマオ、ロードランナーのミッチー、カナリヤのカナリー、クマのカズ、アヒルのドフィン、リスのマロンとコナラ、そしてメルクリンがラインナップされていた。

「意外と居ないキャラ多いよな、ブルりんもラミーも居ない」

「まあ次のラインナップで来るかもよ。でも困ったな……」

「どうした?」

「誰のを買おうかな、こうも多いと迷っちゃって」

 ここで京助はある名案を思いつく。

『なあトト』

『なんでしょう?』

 脳内でトトに思いついた案を話した。

『どうだ? 名案だろ?』

『ええ、悪くないでしょう』

『よし、やってみっか』

 京助は小さく息を吐き悩む奏音の肩を叩いた。

「どれか一つってやつを選んでみな」

「一つかぁ」

「もうこれしかない! ってのを一つだけ」

「じゃあ……マオかな」

「おし、買いに行くか。俺は……メルクリンにするかな」

 奏音を先に会計へ向かわせると、京助は秘かに二個分取り、三つのキーホルダーを購入した。

「ずるーい……自分だけ三つ買って」

 膨れる奏音の手を取ると、三つ買ったうちの一つを手渡した。

「え? ロージー? なんで?」

 困惑する奏音の前に、ワビーのキーホルダーを見せる京助。

「ワビーも買ったの?」

「いやさ……その……」

 首を傾げる奏音を間近で見ると急に気恥ずかしさが込み上げてくる。

「いやほら……ペアリングみたいなもん」

 ワビーとロージーは恋人同士である。意味を理解した奏音は頭が爆発して固まってしまった。

「動かなくなっちゃった……」

 ロージーを持ったまま頭から湯気を発する直立不動の奏音を抱え、京助はそそくさとその場を離れるのだった。

「いいって」

「いやダメ! 絶対払う!」

「お願い! かっこつけさして!」

「お願い! 払わせて!」

 場所を移した所で、ロージーのキーホルダーの代金を払うか払わないかで少々揉めていた。

「ハァ……じゃあこうしない?」

 ロージーのキーホルダーの代わりに奏音がフードコートで何かを奢るというのだ。腹が減ってる京助にとって悪い話ではなかったため、とりあえず受け入れることにした。

「何食べる?」

「うーん、甘いもの……いややっぱ唐揚げで」

「味は?」

「醤油ダレで。頼むわ!」

 奏音はストロベリークレープと唐揚げ十個セットを頼み、京助の所に持ってきた。

「こんなに⁉」

「いやほら、昨日のメロンパンアイスサンドの分と思ってさ。ね?」

「いやまぁ……ありがとね。じゃあいただきます」

 付属の割り箸を割ってから、出来たての熱い唐揚げを頬張っていく。

「やっぱここの唐揚げが一番うめぇ」

「あはは、すっごい幸せそう」

 舌鼓を打ちながら腹を満たしていると、頭の中に声がした。

『京助』

『さすがに食いすぎだって? イハラにはいくぞ、これだけ食ってもまだ足りねぇし』

『いいえ違います京助。ジャガックです』

「なにぃっ⁉」

 思わず立ち上がって声を出してしまった。

「ちょっ⁉ いきなりどうしたの!」

「ウエッホッ! ……ウエッホッ! ……すまん、変なとこ入って噎せた」

 座り直して平静を装ってから、トトに二キロ以内の索敵を頼んだ。

『十時の方向、うどんの店の女性店員。七時の方向、カツ丼を食べているあの男性客。こちらへ敵意はないものと考えられますが、何らかの目的で人間に擬態していると考えられます』

『……ハァ、イハラ行って買い物して、ここに戻ってくる事になりそうだな』

 京助は唐揚げを嚥下すると、箸を置いて席を立った。

「どうしたの?」

「ちょっと熊狩ってくるわ」

「ああ、トイレね。行ってらしゃい」

 トイレに向かうフリをして身を隠すと、掌に息を吹きかけた。

 すると小さな羽毛が出現し、ひとりでに浮遊しながら人混みを避け、トトが感知マークした人物の服に付着して消えた。

「マーク完了、とりあえずあっちに動きがあったら俺らはいつでも動けるな」

 席に戻ると奏音はほぼ食べ終わっていたので、残り三個の唐揚げをほぼ一個につき二秒のペースで完食した。

「すごーい、本当にブラックホールじゃん」

「んぐ……おう、これぐらいどってことないさ」

「太らないのが羨ましいよ」

 京助の脇腹をつついた奏音は小さく「硬……」と呟いた。

「やっぱ鍛えてんの?」

「人並みには」

 外見的には少々他人よりはスタイルが良い程度の京助だが、超能力に目覚めた影響か筋密度が常人の数倍はあるのだ。

 他にも脳機能がかなり発達しており、五感や身体能力も向上している。

「くすぐったいって」

「あ、ごめん! すごい硬かったもんだからつい……私のも触る?」

 突飛な提案に思わず照れや恥じらいよりも笑いが先に出てきた。

「あのねぇ奏音ちゃん、あなたにはその自覚はないかもしれませんがね。ワテクシの彼女であるという贔屓目を差し引いてもね、あなた結構かわいいんです。美人なんです。そんな子からお腹触るなんて聞かれたらね、そーりゃもう……ねぇ」

「京助も男の子なんだね、ムフフ」

「わかってねぇな、まあいいけど」

 あまり居座るのも良くないと思い、二人は食器を返却すると立ってモール内を回った。見慣れたモールだが、二人でいるとなんだか全てが新鮮に見える。

「あれ、ちょっと待って」

 奏音がゲームセンターの前で足を止めた。

「どうした、なんかやりたいの?」

「あっ、京助ってゲーセン苦手だったよね?」

 超能力に目覚めたばかりの頃、聴覚が鋭くなった影響で吐き気を覚えた経験があり、それ以降あまり寄り付かなくなっているのだ。

「昔はね、入るだけなら今はそんなに」

「じゃあちょっと付き合って! おーい!」

 奏音が手を振った先に居たのは、クレーンゲームに硬貨を入れる所だった明穂と、その近くで腕を組んで立っている皐月の姿だった。

「おお、奏音!」

「ぐうぜーん!」

 皐月が京助に気づくとお互いに指をさした。

「天海さんだよね? めっちゃ久しぶりじゃん」

「千道君なんか、デカくなったね。噂は聞いてるよ」

「変な噂じゃなきゃ良いけど」

「この人が奏音ちゃんのカレシさん?」

 京助と明穂は初対面である。

「この方はどなた?」

「木幡明穂ちゃん、私の友達なんだ。調理科なの」

「あ~同じ高校だったんだ。ウチの奏音がお世話になっております」

 京助が丁寧に頭を下げたのを見て、何故だか皐月と明穂も頭を下げた。

「あんたは保護者か」

「なんかしっかりしてそうだね」

「確か中学生の時から一人暮らしなんでしょ?」

「よく覚えてんな」

「そうなの⁉ すごいしっかりしてるんだね」

「いやぁそんなもんじゃないよ、しっかしホントに奏音は友達多いよな」

「そーお?」

 皐月と明穂がクインテットメンバーであることを差し引いても、奏音の交友関係はそこそこ広い方である。

「ところでお二人は何しにここに? 欲しい景品でもあるの?」

「実はねぇ……」

 明穂には中学二年生の弟と小学二年生の妹がおり、その妹からクレーンゲームの景品のぬいぐるみが欲しいとせがまれたのだ。そのため皐月に頼み込み、クレーンゲームのコツをレクチャーのために付き合ってもらったのである。

「海賊女王って天海さんだったのか⁉」

「アハッハ! 何そのあだ名! いいねそれ、今度から自分で名乗ろ」

「依頼受けてあれだろ? ゲーム代差し引いてワンコインの五百円で受け付けてるなら頼めばいいんじゃないか?」

「最初そう思ったんだけどさ、やっぱり妹のプレゼントって自分で取りたいじゃん」

「すげー、めちゃ家族思い」

「その心意気を買ってね。さ、さっき教えたとおりにやってみて」

 京助、奏音、皐月が見守る中、明穂は緊張した面持ちですべての神経を左手のレバーと右手のボタンに集中させた。

「しぃぃぃ……」

「おぉ?」

「うん……」

 ボタンが押されてクレーンが落ちてきてぬいぐるみの首のあたりを掴むも、惜しくもぎりぎりで取り出し口には届かなかった。

「あちゃ……さすがに一回じゃ無理かぁ」

「惜しい!」

「もう一回で……え?」

 どういうわけか腕の部分がずり落ち、そのまま重みで取り出し口に落ちてしまった。

「すごい! 奇跡だ!」

「やったぁ! ありがとう皐月ちゃん!」

「へぇ、こんなこともあるもんなんだ。三ゲームぐらいかかると思ったのに。まあなんにせよおめでと!」

 喜ぶ三人を見て、秘かに京助は微笑んだ。

『バレますよ』

「いいんだよこれぐらい」

 訓練を積み続けた事で、京助は意識を向けるだけで力を発動させることが出来るようになったのである。どれぐらい凄いことなのかは超能力者の知り合いがいないので分からないが、本人的にはかなり自慢できる事だと思っている。

「弟には何か買ってあげなくていいのか?」

「そうだよね~、颯司(そうじ)は何買ったら喜ぶかなぁ」

「その子はマンガ読むか?」

「うん、でも最近部屋入ると怒るからあんまり詳しく何読んでるかは分かんないかな」

「じゃあ安牌でアレにしたらどう?」

 京助が指したのは長寿アニメになっている漫画作品の主人公のフィギュアであった。

「ああ! いいね!」

 皐月が傾向を観察した後でレクチャーし、勝手の違いに戸惑いながら何とか四ゲームで入手することが出来た。

「やっぱさっきのはビギナーズラックだったみたいだね」

「でも四百円で済んだのって結構安い方よ、早く渡して喜ばせてあげな」

「そうだった! ありがとね二人とも! また今度一緒に遊ぼ!」

 皐月と明穂に手を振って別れた後で一旦モールを出て、とんこつしょうゆ・イハラに向かった。

「そろそろ時間だから帰るね」

「おう、歌の練習がんばれよ」

「うん、ロージーありがとね」

「いいんだよ、明日つけて来いよ」

「う……うん! じゃあまた明日!」

 奏音と別れ、京助はイハラのスライド扉を開き、すっかり年季が入った暖簾をくぐった。

「いらっしゃ……ああ! 京助君!」

 店長の井原弦太(いはらげんた)の娘である由紀(ゆき)が微笑んで駆け寄って来た。

「お久しぶりッス……アレ、やりに来ました」

「そう、じゃあお父さん呼んでくるからカウンターで待っててね」

 カウンターで待っていると、頭にバンダナを巻いた肩幅の広いいかにもといった風貌のラーメン店主が現れた。

「京ちゃんよう、俺ぁ今日こそ負けねぇようにな、京ちゃんのために特別メニューを考えたんだ」

「おうよおっちゃん、受けて立つぜ」

「待ってな京ちゃん。たらふく食わしてやるからよ……由紀! タイマーセットしてくれ!」

 スポーツの試合でしか見ないような大きなタイマーがセットされ、弦太は急いで特製濃厚ラーメンを作った。

「よし京ちゃん、ちゃんとネギ抜きだぜ。箸持った瞬間からスタートだからな」

 力に目覚めたことにより鋭くなった感覚は味覚も含まれ、その時の影響により強い風味を持つネギは今でも苦手な食べ物になっている。

 京助は小さく息を吐くと、箸を取って面を啜り始めた。

「替玉、粉で」

 一分もかからず麺を完食し即座に麺が追加され、麺や具が次々と京助の口に消えていく。

「きょ……京ちゃん、今日どうしたんだ? やけに早いじゃねぇか」

「腹減っててな。キクラゲと替え粉、あとスープ追加してくれ」

 弦太だけではなく、由紀すら作業しながら京助の食べっぷりを見ていた。

「お……おい、そろそろ記録更新するぞ」

 涼しい顔でラーメンを食べ、淡々とお代わりを要求し、三十分が終わる頃には十八杯と半分を完食していた。

「じゅ……十八ィ⁉」

「二十杯行かなかったかぁ……食べ方研究しないと」

「チキショー!」

「あー、待っておっちゃん。もう一個頼んでいいか?」

「あぁ⁉」

「割増しでいいからさ、スペシャルイハラをひとつ」

 開いた口が塞がらないといった様子で弦太はスペシャルイハラを作り、京助は五分ほどかけて完食した。

「ウゥーフゥ……食った食った。美味かったよおっちゃん! また来るね!」

 由紀へ五千円を渡し、ポイントを付けてもらってからイハラを出た。

「いつもありがとうね。またおいで!」

「次こそ負けねぇからな!」

 振り向きざまにピースして京助は扉を閉めて一息ついた。

「行動開始だ」

『ええ、行きましょう』

 まずモールの地下のスーパーへ行き、牛乳をはじめとした食品を大量に買い込み、エコバック四つ分に取り分けた。

「トイレはどこかな? あっちか」

 京助はトイレの個室に向かうと、荷物を見ながら家の中の情景を思い浮かべた。

 するとエコバックの中身が次々と消えていき、クッキーサンドを残して全ての荷物が消失した。

「一応着替えとくか」

 自室のクローゼットを思い浮かべると、ジーンズとパーカーとシャツが目の前に出現し、脱いだ制服を通学用鞄に折り畳んで詰めると、鞄ごとその場から消失させた。

「空間移動系の能力ってマジで便利だよな」

 靴を動きやすいスニーカーに履き替え、アポートでローファーを玄関に転移させながら呟いた。

「よしよし、あとは粘るだけ」

 クッキーサンドを片手にトイレを出て、まとりキューズモールを散策していると、人の出入りも疎らになってきた。

「そろそろ怪しまれるしいい感じのところに行くか」

『数キロ先、北東の方向に高いビルがありますよ』

「ナイスだ」

 モールを出てしばらくしてフードを被り、トトが言った高いビルに向かった。

「フゥ……とっ!」

 京助は直立の姿勢でビルの屋上まで飛び上がり、その上に腰かけた。

「いい所見つけたなぁ」

 夜の真鳥市を一瞥し、京助はふと無意識に横を見た。

『彼女が居ませんね』

「揶揄うな」

 暖かくなった夜風にその身を晒しながら、京助は守るべきものを確かめた。

 確かに〝戦う理由〟は両親の復讐だが、京助は何より思い出の詰まったこの街が好きなのだ。そこに住む友や支えてくれた人々、それらを守ることが〝戦い続ける理由〟となっている。

「……正直言おう、奏音の事を考えてた」

『彼女が恋しいのですか?』

「いや、奏音との今後についてだよ」

 実の所、このような生活をしているのにも関わらず、奏音と付き合っていけるのか京助は不安に思っている。

 奏音と付き合った事には後悔はないし、告白された時はとても嬉しかったのは事実だ、しかし。

「戦いが激化していったら……」

 いつも見る夢に父や母だけでなく、奏音まで加わると思うと恐ろしくて仕方ない。

「そんなことになったら今度こそ俺は……」

 現状踏みとどまれているが、京助の精神はかなりギリギリなのだ。二年半前、マグナアウルになったばかりの頃は何度も修羅になりかけた。だがトトと奏音の支えにより踏みとどまれて今がある。付き合う以前から京助にとって、奏音とは重要な存在なのだ。

「アアッ!」

 頬を叩いて無理矢理思考を中断させた。頬を揉み、座禅を組んで腹式呼吸を行う。

「これから戦うってのにこんなメンタルじゃダメだな。トト、動きがあったら教えてくれ」

『はい、ごゆっくり』

 精神を集中させ、夜風と車の音にその身を任せた。

 

「京助、連中は擬態を解きました」

 目を開くと何時間経っただろうか、街の明かりはほぼ消え、車の通りも完全に無い。町は寝静まり、魑魅魍魎が蠢き潜む時だ。

「行こうか」

 左腕のバングルに右手首を重ね、右腕を前に突き出す。

『アウルレット、召喚』

 右腕に装飾された手甲が出現し、前腕を立ててアウルレットの光る装飾部分に左手を翳すと、二本のブレード状のパーツが現れ、その間に紫電が走ってエネルギーが発生した。

『次元壁、断裂』

 右腕を大きく回して腰だめにすると、思い切り天に向けて拳を突き出し、京助は叫んだ!

「招来ッ‼」

 アウルレットの次元断裂ブレードを中心に発生した膨大なエネルギーが京助を包み込み、京助の体に重なるようにマグナアウルの輪郭が出現し、肉体が急速に変化していった。

「フッ!」

 周囲に熱風が吹き荒れ、真鳥市の夜に梟の戦士が現れた。

「ハッ!」

 マグナアウルはビルから飛び降り、上に靡くマフラーをマントに変化させて大空に羽撃たいていった。

 そしてマグナアウルが目指すまとりキューズモールの駐車場で、ジャガックの黒ずくめの暗殺者がライフルを構えて道路を監視していた。

「こちらザバ、ターゲットはまだ来ない」

「こちらシル、同じく」

「こちらヴェルク、目標を捕捉。全員待機せよ」

 駐車場の六階の影からザバはライフルを道路に向けた。

「こちらも捕捉し……」

 その時、スコープいっぱいに梟の(ヘルム)が出現した。

「ッ⁉ マグナアウ……ぐあっ!」

 強烈な羽撃たきでザバは吹き飛ばされ、反対側の壁にまで叩きつけられた。

「こちらザバ! 緊急事態! コードブラック! 繰り返す! コードブラック! 作戦は……」

 言い終える前にザバの眼前に三本の刃が迫り、寸でのところで避けたものの、壁に拳がめり込んだ衝撃で再び吹き飛ばされた。

「くっ……」

「全員ここへ来るように仲間に伝えろ。さもなくば逆立ちしても俺には勝てんぞ」

 ザバは取り落したライフルを取ろうとしたが、マグナアウルは腕からチェーンを射出して足を拘束すると、思い切り引いて柱に叩きつけた。

「こちらザバ……早く……きゅうえ……」

 通信を終えるよりも早く、マグナアウルはザバに迫っていた。

ルースター(メイス)

 生成された巨大なメイスを頭目掛けて叩きつけられ、ザバは体液を撒き散らして絶命した。

「トト、次の場所は?」

「知る必要はありませんよ」

 マグナアウルの目の前にザバと似たような格好の暗殺者が現れた。

「向こうから来てくれますから」

「こちらクラウ、マグナアウルと交戦を開始する」

「遅かったな」

 メイスを投げ捨て、相手に向き直る。

「よくもザバを!」

「クズにも感情があるのか、宝の持ち腐れだな」

 挑発に乗らずクラウは脚部からナイフを抜き、刀身に高周波を流して逆手に構えた。

「面白い、スワロー()……いや、ガル(ナイフ)

 右手に刃渡り四十センチのナイフが生成され、クラウとマグナアウルは相対した。

「やあああっ!」

 先に動いたクラウはナイフで空中に軌跡を描きながらマグナアウルに突っ込み、首を狙った。

「フッ!」

 重い一撃を受け止めるもクラウはナイフを手放して左手に持ち変えると再び首を狙い、マグナアウルは腕でそれを防ぎ、蹴りを放ってクラウとの距離を離して鋭い斬撃を二回繰り出した。

 クラウはこれもナイフで防御すると腰からもう一本取り出して二本がかりで斬りかかって来た。

「フン」

「何が可笑しい!」

「勝利を捨てたな!」

 一見複雑怪奇な軌跡を描く二本のナイフの合間に、マグナアウルは自分の得物を投げつけてクラウの胸に突き刺した。

「ぐあ!」

 得物が二本になった事への慢心と、両手の操作による隙を突いたのだ。

 ダメ押しにナイフを蹴って心臓にめり込ませ、更に先程投げ捨てたメイスを念力で引き寄せて完全に頭を潰した。

「これで二人……」

「三人来ます」

 これまた同じ装いの暗殺者が現れ、マグナアウルと相対した。

「ギバ、ドゥリ、ガズ、向かいます」

 ギバはスタンバトン、ドゥリはマシンガン、ガズは二本のナイフを用いて一斉に襲い掛かって来た。

スワロー()! ピーコック()!」

 ドゥリの銃撃を盾で全て防ぎながら、ガズのナイフを弾き、ギバのスタンバトンを盾で受けた。

「今だ! ドゥリ!」

 自分目掛けて飛んできた銃撃に意識を向けると空中で止まり、止まった弾丸は奇妙な軌跡を描いて全て三人組に命中した。

「ぐあっ!」

「うおっ!」

「うぅっ!」

 距離が生まれた所にすかさずマグナアウルがドゥリに盾を投げつけた。

「わあああっ!」

 マグナアウルの盾ピーコックには特殊な機能があり、受けた攻撃をすべて記憶し、盾を用いて攻撃した際にその衝撃を解放するのだ。

 複数の銃撃と電撃が全てドゥリの体に叩き込まれ、駐車場の柱にめり込んだ。

ブラックスワン(ショットガン)!」

 レバーアクション式の散弾銃に似た銃が生成され、柱ごとドゥリを吹き飛ばした。

「クッ、ターゲットが来るぞ! 作戦を優先せよ!」

「逃がすか!」

 駐車場から飛び降りたギバにタックルを食らわせ、空中でバトンと剣を交えた。

「ハッ!」

「クッ……このっ!」

 落下しながら何度も得物を打ち付け合い、ついにギバの体勢を崩した。

「あぐっ!」

 この隙にマントを広げて姿勢を安定させ、ギバに迫って空中高く蹴り上げた。

「おおおおおっ!」

 空中で飛翔しながら何度も体当たりを食らわせ、最後に音速を超える速度で体を貫き、ギバを倒したのだった。

「……まずい!」

 ギバと戦っている最中にガズが道路の真ん中で仁王立ちになり、迫る一台のジープに向けて銃を向けていた。

「急げ!」

 マグナアウルが飛来して銃口を逸らす寸での所で弾が発射され、ジープの右側面で弾が炸裂して吹き飛んだ。

「このっ! 失敗だ!」

 ガズは再びナイフを取り出してマグナアウルに斬りかかって来たが、マグナアウルはチェーンで片腕を拘束して引き寄せ、手甲から飛び出た鉤爪で腹を何度も突き刺した。

「おぐっ……ぎゃああっ!」

 地球人にはない未知の臓物を引き出し、マグナアウルは跳躍してガズを空中に放り投げた。

シュライク(投槍)!」

 槍が空中のガズに深々と突き刺さり、地面に落ちることなくそのまま空中で爆散した。

『トト、生命反応は?』

『全部で五つ、死者はいませんが弱っています。応急手当ならばお早めに』

 横転した車を念力で動かし、車から出る炎をかき消した。

『意識レベルは?』

『全員気絶しています』

『妙な車だな、フロントガラスにもスモークがある』

 扉を思い切り引き千切ると、助手席には防弾ベストを着ている若い女が座っていた。

『名札だ』

 社員証のようなものがあり、社名はなんとウィルマース財団であった。

『ウィルマース……父さんが一時期いた所だよな』

『あなたに特許料と補助金を支払っている財団でもあります』

『ジャガックはどうしてウィルマース財団の車を狙った?』

 とりあえず今ある情報では何も分からない。マグナアウルは運転席と助手席のウィルマース財団職員に手を翳してヒーリングで治療を行った。

「これで一旦大丈夫なはずだ」

 後部座席のドアも引き千切り、手を翳して治療を行っているその時、左側で物音がした。

「ん?」

 見ると本紫の光を放つC-SUITを纏ったクインテットの一人であるアフロダイがマグナアウルに向けて至近距離で弓を引いていた。

「君は昨日の……」

「ここで何をしているの?」

 アフロダイはマグナアウルに迫り、マグナアウルは後退した。

「なんだって良いだろう」

「答えてください。ここで何をしていたの?」

「君には関係ない」

「いいえあります!」

 矢に当たる突起の先端部分に本紫色の光を放つエネルギーが収束した。

「個人的には私はあなたを信じたい。だけれどここで何をしていたかによっては、あなたは私の……いえ、私達の敵になる!」

「俺は……」

 何か弁解しようとしたとき、脳内にトトの声がした。

『京助』

『何だこんな時に』

「透明化していますが、先程の暗殺者の仲間が彼女の背後に迫っています!」

 熱感知能力を発揮すると、トトの言う通り一人の暗殺者がアフロダイのすぐそこまで迫っていた。

ウッドペッカー(ハンドガン)!」

「ッ!」

 アフロダイの弓からエネルギーの矢が放たれたのを紙一重で躱し、地面に倒れこみながらアフロダイの背後に迫っていた暗殺者を撃ち抜いた。

「えっ……」

「敵を違えるな」

 透明化を解除し、暗殺者は立ち上がってスタンバトンと盾を取り出した。

「これは……ッ!」

 マグナアウルが動き出す前にアフロダイが弓を槍に変形させて斬りかかった。

「でやっ!」

 虚を突かれた暗殺者は盾を取り落しそうになるが、穂先をバトンで弾いて体勢を整えた。

「はぁぁぁあああっ!」

 槍の穂先に本紫のエネルギーが収束しバトンと激しくぶつかり合い、暗殺者の盾を体ごと槍が貫いた。

「おおおおっ!」

 スーツの腰のスイッチを押し込むとエネルギーがチャージされてエナジーストリームラインが強く発光し、穂先から流し込まれたエネルギーによって半身を吹き飛ばされた。

「ハァッ……ハァッ……」

『言葉こそ丁寧だが、何か焦っているように見えるな』

『そうですね、何故でしょうか?』

 頭の中でトトと話していると、京助の第六感が危機を知らせた。

『昼にマークしたやつが来るぞ』

『ええ、それも三人引き連れています』

 四人の暗殺者がここに迫っている。伝えるべきか迷っていると、装甲車のようなものが猛スピードでこちらにやってきて、中から他のクインテットの面々が降りてきた。

「大丈夫だった?」

「ええ……大丈夫です」

「まっいいや、やられてるみたいだし救護しないとねー」

「待って、その前に」

 ルナが突如自身の太刀を引き抜き、マグナアウルに突きつけた。

「ここに容疑者が一人いる」

 この突飛な行動にマグナアウルはおろか、同じメンバーですら驚いた。

「待ってくださいルナ、彼はジャガックから助けてくれたんです!」

「それは本当なの? 車が襲われたとき彼以外は観測されなかった、その上車のドアを壊して乗っている人たちに何かしていたのも事実」

 何と言おうか考えていた時、車の方に三人の暗殺者が迫っていた。

「タイミングが悪いッ!」

 マグナアウルが暗殺者を銃撃したと同時に、ルナが斬りかかって来た。

「正体現したってワケね!」

 大きく跳躍して距離を取り、ルナとマグナアウルの戦いが始まった。

「敵が居る! 警戒して!」

 クインテットの残りのメンバーも暗殺者の方へ向かい、深夜の真鳥市の道路で人知れず二つの戦いが勃発した。

「はっ!」

 ルナによる素早く距離を詰めてからの力強い斬撃に再び飛び退いて思わずハンドガンを向けたが、マグナアウルはすぐに思い留まってハンドガンを投げ捨てると両手甲から鉤爪を伸ばして太刀を受け止めた。

「ちょっと何⁉ なんでマグナアウルに攻撃してるの!」

「私達の使命を忘れた⁉」

 マグナアウルが鉤爪をかち上げて体勢を崩そうとするも、すぐに次の攻撃が飛んでくる。

「俺の獲物はジャガックだ。断じて君達ではない!」

「お生憎様! 私達はジャガックだけではなくこの町に来る得体の知れないものも相手なの……だから!」

 素早い突きからの横薙ぎの一撃を繰り出しながら、ルナは宣言した。

「あんたもその中に含まれてるんだよ!」

 激しい攻撃を繰り出すルナを見たミューズは一瞬止めに入ろうか迷ったが、暗殺者の方に向かって走り出した。

「ハアッ! セイッ!」

 短剣と手斧を投げつけて怯んだ隙に懐へ入り込んで突きと蹴りを繰り出し、返って来た自身の得物で連続で斬りつけ、大きくよろけた所にデメテルが腰のスイッチを三度押し込んでオーバーチャージを行い、エネルギーを込めたロケットパンチを繰り出した。

「くおおおおっ! こんな所でぇっ!」

 爆発の余波でほか二名も吹き飛ばされたのを見て、ミューズは後を三人に任せ、ルナとマグナアウルの戦いの方へ向かった。

「ルナ!」

 一見するとマグナアウルが押されているように見えるものの、よく見ればルナを傷つけないように攻撃を受け流しているだけである。

「いい加減にして!」

 ルナが腰のスイッチを一度押し込み、エネルギーをチャージして刃を振りぬいた。

「でやああっ!」

 刃から放たれた青い三日月型のエネルギーがマグナアウルに着弾した。

「ぐおっ!」

 マグナアウルは吹き飛び、その場を中心に爆発が起こった。

「マグナアウルッ!」

 ルナがマグナアウルを倒してしまった。ミューズはルナに駆け寄って詰った。

「何考えてるの⁉ 彼は味方だよ!」

「そんな確証どこにもないでしょ」

「でも彼はジャガックと戦ってる!」

「第一に輸送車の襲撃の場に居た、第二に何も弁解しなかった、そして何より私たちの共闘を拒んでいる。共通の敵が居るからと言って味方とは限らない」

「でもここまですることって無いでしょ! 殺しちゃうだなんて!」

「死んだ? 俺がか?」

 爆炎の中心から黒い影がゆらりと立ち上がり、そしてすぐに爆炎が掻き消えた。

「……無傷⁉」

 二枚のマフラーを靡かせながら、マグナアウルは大きく深呼吸した。

イーグル(戦斧)ルースター(メイス)

 長柄の戦斧を右手に、メイスを左手に持ってマグナアウルは前へ走り出した。

「……第二ラウンドってワケね」

 ルナは八双に構え、走ってくるマグナアウルにただならぬ空気を感じたミューズも武器を構えた。

「……」

 両者の距離が迫り、ミューズとルナの間に緊張が走る。

「おおおおおっ!」

 マグナアウルが跳躍し、新しい戦いが始まった。


To Be Continued.

いかがでしたでしょうか、京助の日常をのぞいてみた訳ですが。

きっと日常生活で超能力を使うのならこんな感じだろうなといった予想をしながら書いてみました。

そしてマグナアウルとクインテットはこのまま衝突してしまうのか?

三つ巴の戦いが始まるのか? それとも?

よければ感想コメント、Twitter(現X)のフォローをよろしくお願いします。

来週をお楽しみに!

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