ベイサイド・サマータイム 前編
上司の勧めで白波博士は財団が運営する貸し切り状態のリゾートにクインテットメンバーを伴って向かう事に。
同行者としてやってきた京助は、奏音と林檎の他に皐月、明穂、麗奈らと友情を深め、楽しいひと時を過ごす。
そして勃発する水鉄砲による銃撃戦……。
水の弾丸が飛び交う中、仁義なき戦いを制すのは誰なのか!
切っ掛けは白波博士が彼の上司から有休を取るように勧められた事だった。
「はあ、それでこれは……確か財団運営の加須多穂リゾートの貸し切り券ですか?」
「君と君の娘さんにはいつも頑張ってもらってるからね。たまには気分転換で場所を変えて羽を伸ばして来ると良いだろう」
「本当に良いんですか?」
「もちろんだとも! ああ、君が引率役としてクインテットメンバー全員を連れて行くのはどうかね? それだと少し負担がかかるが、いつもの業務と比べると幾分かマシだろう」
その日の内に関係者各所へ連絡が行き、二日後に真鳥駅前で集合となった。
そして京助は。
「この海パン入るかなぁ……入ったわ! よし、これ持ってく」
奏音に誘われて二つ返事で行くと答えたものの、急遽準備に大忙しであった。
「リゾートだからハワイで買ったアロハシャツでいいよな」
『靴とは別にサンダルを忘れずに』
「ナイスアシスト。歯ブラシは持ったしBBQでなんかこれがあったら良いなってのあるかな?」
『財団が運営しているリゾートですから特に準備しなくても大丈夫だと思いますよ』
「そうだな、持ってっても結局持ち帰るのが大変だしな。シャンプーどうしよう」
『あると思いますが』
「いやそりゃあるだろうけどさぁ。こういう所のシャンプーってほら……アレじゃん?」
確かにホテルや温泉に置いてあるシャンプーやボディーソープは安価なものである場合が多く、髪質が合わずキシキシになってしまう事もしばしば。
『なるほど、言わんとしていることはわかりました』
「何泊だっけ? 三泊四日か、ボトルに詰めとくかな」
余分な着替えと水着とビニール袋に入れたサンダル、歯ブラシ等のアメニティ類や警棒型のタクティカルフラッシュライトをキャリーに詰め、あと何かしら必要なものが無いかを顎に手を当てて考える。
「浮き輪とかボールはあっちにあるとして、空気入れはどうだ?」
『リゾートの方で黄色くて足で踏むタイプがありますよ』
「そっか、じゃああとは〝アレ〟だけだな」
京助は一階の半地下になっている物置に行き、戸棚からあるものを取り出した。
「ついにこいつが日の目を見る日が来た」
『衝動買いした甲斐がありましたね』
「あいつらへのイタズラに使おうと思ったが、それよりこっちが楽しそうだ」
それらを鞄に詰めるとキャリーケースの隣に置き、明日の着替えを準備し、一安心とソファに腰かけた。
「そう言えば加須多穂のリゾートって行った事ねぇよな」
『同じ真鳥市内でも、ここと加須多穂はかなり離れていますからね』
「海がきれいって事で観光スポットになってるらしいし、そこが貸し切りって事は最高じゃん」
『羽休めが出来ると良いのですが。そこにジャガックの……』
「よせよせよせ、そういうのは言い当てるんだよ。きっと何もないから大丈夫だって」
自室のベッドに寝転び、棚の引き出しを念力で開けて中に置いてある大量のサングラスを浮遊させ、どれが自分に合うかを一つ一つかけて確かめている時、ふと京助が呟く。
「海に行くんだよな」
『ええ、そうですよ』
「てことは水着も要る」
『用意したじゃないですか』
かけていたサングラスを外し、スケベ面で京助は言った。
「それはつまり奏音の水着が見れるという事だ」
『ハァ……』
「ああ見えて立派なものをお持ちなんだよ奏音さんはグフフフフン、デートの時みたいにかわいいの選んで来てると良いんだけど」
『一応言っておきますけど、林檎さんも来ますからね』
「ああ? あいつの水着? どうせスク水だろ。なんかほら、胸というか腹の辺りにゼッケン的なやつで『ゆめさき』って書いてあるやつ」
『いやさすがにそれは……』
「まあさすがに今時そんなのは無いかぁ」
『逆に林檎さんがすんごいの着て来たらどうしますか?』
「ちょっと、何だよすんごいのって」
『アレですよ、スリングショットみたいな』
「お前それはイジってるだろ」
そろそろくしゃみを連発している林檎が「オメーウチの事ウワサしたろ」というメッセージを送って来そうな頃合いであるためここらへんで止めておいた。
「他にも何人か来るって言ってたけど、誰が来るんだろうな」
『麗奈さんは確定として、他となると……』
「天海さんかなぁ、まあいいや。こういうのって人数が多いと楽しいもんだし」
『ええ、初対面でも奏音さんの友人なわけですし、きっと仲良くなれますよ』
「だな、奏音のダチだし」
明日に思いを馳せながら京助はにこりと笑い、サングラス選びを再開するのであった。
皆が待ちに待った翌日、父に送ってもらった奏音はキャリーケースをトランクから出し、手を振って別れた。
「さすがに一番乗りね。意外と人多いな」
午前九時半の駅前には奏音より大きなキャリーケースを引く人々や、顔の半分を占める大きなサングラスを掛けた外国人女性などでごった返していた。
「あと一時間ちょいあるし、ゆっくりしとこうかな」
麦わら帽子の鍔をつまんでぎゅっと抑え、まだ東に傾いているのにも関わらず、容赦なく光と熱を浴びせてくる太陽を仰ぐ。
「さすがに日陰行った方がいいみたい……」
キャリーを引いて日陰のベンチに行くと、ベンチのうちの一つに人だかりができていた。
「なんだろ?」
人だかりの最前線にいるだろう子供たちの「やってやって!」「歌ってよ!」という声が聞こえる。
「はぁ~これで最後だかんな。チップ弾めよ」
「あ、この声は……」
少し背伸びをするとアロハシャツに短パンにサングラスといった装いの京助が何故かウクレレを持って囲まれていた。
「なにしてんのあいつ……」
困惑していると京助はウクレレを爪弾き、ハワイを舞台にした某有名アニメの主題歌を原語版で歌い出した。
「おお……上手い」
一分ほどして歌い終わり、歓声と拍手に合わせて奏音も拍手した。
「はい、チップを寄越しな。百円以上な」
テンガロンハットを逆さに返してチップを貰い、もう一曲とせがむ者達を追い払ってから自分の財布に貰った小銭を入れ、テンガロンハットを顔に置いて腕と足を組んで休憩を始めた。
「ねえお兄さん、また一曲弾いてよ」
「だからもう店じま……いや、あんたの為ならいくらでも弾くよ」
サングラスをずらした京助に微笑んで隣に座り、麦わら帽子を取ってからキャリーのハンドルに紐をかけた。
「いつ来たの?」
「三十分前」
「一時間半前⁉ 早いね」
「お前だって一時間前に来てるじゃん。あ、そうだこれだけ言っとかないと」
「ん? なに?」
京助はテンガロンハットを奏音に被せニッと笑ってから言った。
「誘ってくれてありがとさん」
「ううん、こっちこそいきなり誘ったのに来てくれてありがと。最高の思い出にしようね」
ウクレレを爪弾き、二人は互いに笑い合った。
誰が今回のキャンプに参加するか聞かされた京助は、貰ったチップを賭けて次に来るのが誰か当てるゲームをすることにした。
「俺は天海さんが来ると思う」
「わかった、私は林檎ちゃんに賭ける」
「あいつは多分最後寄りだと思うけどな」
「でも今回一人で行くって言ってたし、早い方なんじゃないかな?」
「でもあいつ寝起きクソ悪いじゃん」
「あ~確かに、ヤバッ! ミスったかも!」
自分たちの間に置かれた二枚の五百円玉を見て、奏音はスカート越しに太腿を叩いた。
「ありがとね奏音ちゃん、儲けたわ」
「サイアク~」
「まあまだわからんよ。今日に限ってめちゃくちゃ寝起きいいかもしれないから」
やはり京助の予想通り、次に来たのは皐月だった。
「あぁ~!」
「やったぜ! 五百円ありがとさーん」
皐月と彼女に似た若い女性がキャリーを引きながらこちらに向かって手を振っている。
「やっぱり奏音が連れてきたのは千道君だったか」
「久しぶり天海さん」
「へぇ~この子が千道京助君?」
「うん、そうだよ」
「へぇ~」
皐月似の女が京助に顔を近づけ、ニッと笑って皐月に言った。
「いい男じゃん」
「やめて」
「えーっと、この人天海さんのお姉ちゃん? 居たんだな」
「ううん、違うよ千道君」
「え?」
「この人は私のお母さん」
皐月から発せられた「お母さん」という単語を聞いた途端に京助の目は点になり、同時に意識が遥か上空へ跳躍して月や火星を超え、最終的に冥王星の辺りで折り返して戻って来た。
「あはは、頭の上に『NOW LOADING』って出てるよ。やっぱ皐月のお母さん見た時最初はそうだよね、私もびっくりした」
「実久でーす、十九歳でーす」
「本当はよんじゅ……」
「皐月ちゃーん、何か言ったかしら?」
笑顔の実久から発せられる殺気に反射的に京助は戦闘態勢を取り、皐月は背筋を伸ばす。
「お……お母様は若くて美しい十九歳でございまする……」
「わかってるじゃない、皐月はいい子ねー」
「こんな皐月初めて見た……」
実際十九歳は言いすぎだが、実久は二十代と言われても違和感のない容姿をしている。
「しかし冗談抜きでお若いですね」
「あー、彼女持ちでありながら未亡人を口説こうとしてる?」
「なわけねーだろ」
「そう? あの天才の息子からこんな言葉を聞けるとは嬉しいわ~」
「え、父さんの事知ってるんですか?」
「小学校の先輩なんだよね。その後ちょくちょく一緒に仕事したよ」
「へぇ~、最近父さん知ってる人とよく会うなぁ」
「何回かしか会ってないけどね。まあこれからよろしく」
実久から平手を差し出されてハイタッチをし、その時ふと京助の脳裡にある疑問が湧いて出た。
「親子って事は二人とも天海って事じゃん」
「そっか、呼び方ね。じゃあ私の事皐月でいいよ」
「あそう? じゃあ俺も京助でいいよ」
なんだか嫉妬の視線で背中がチクチクするが、こればかりは仕方ない。
「まあいいや、座ろう。んでまた次誰が来るか賭けよう」
「なになに? 私も混ぜてよ」
「いいよ、一回五百円、勝った奴総取り」
「ちょうど三人だし、良い感じかもね」
急に始まった賭け事に実久は苦笑しつつ、誰が誰に賭けるか楽しげに話す娘とその友人を優しいまなざしで見るのだった。
次に明穂が颯司と夏穂を連れて現れた時、京助は手を叩いてガッツポーズして立ち上がり、奏音と皐月はベンチから崩れ落ちた。
「シャアッ!」
なにやら大喜びしている京助に困惑しつつ、明穂は三人に手を振った。
「やっぱり奏音ちゃんは千道君連れて来たんだね~」
「どうも久しぶり、千五百円ありがとさん」
崩れ落ちた皐月が「あのままにしとけば良かった……」と臍を噛み、奏音は「さようなら私の千円……」と悔し涙を流しながら呟いた。
「そこの二人は兄弟?」
「うん、こっちが颯司でこっちが夏穂」
中学生ぐらいの少年が緊張しながら軽く頭を下げ、小学校低学年ぐらいの女の子が屈託のない笑顔を向ける。
「大家族か、羨ましい」
「結構大変だよ、まあその分楽しいけどね」
その後しばらくして林檎が一人でやって来た直後、白波親子が大型バンに乗ってやってきた。
「おはよう、どうやらみんな揃っているようだね!」
運転席から顔を出した白波博士を見て、京助は一人不気味に口角を上げた。
『やっぱり彼があの博士だったみたいだ』
『何かしら探りを入れてみますか?』
『やめとけ、今回は完全にプライベートだし。俺も向こうもそのつもりだよ』
荷物の搬入を手伝い、全員がバンに乗り込んだところで、白波博士が後ろを見て確認作業を始めた。
「確認しておくが、奏音君、皐月君、明穂君、林檎君、そして麗奈以外の参加者は手を挙げて名前を言ってくれるか?」
「はーい! 木幡夏穂ですっ! 明穂ちゃんの妹ですっ!」
「あ、右に同じで木幡颯司です」
「木幡一家、妹が二人と」
「え?」
「いや~右に同じだから妹かなと」
「ち、違いますよ! 弟ッスよ!」
おどけて見せた白波博士に颯司が突っ込んで笑いが起こった。
「さてと、お次は……」
助手席に座った実久が小さく手を挙げて言った。
「天海実久でーす、十六歳でーす」
「とうとう娘より年下になりやがった……」
「はい、天海主任ね。よんじゅ……」
「白波先生~?」
「じゅ……十六歳ということで……」
車内の空気が二度下がり、京助は再び戦闘態勢に入る。
「そして最後は、君か」
「あ、千道京助です。奏音の保護者として来ました」
「は、はぁ⁉ 保護者って何よ!」
「俺は直江奏音専門の保護者だぞ、直江家からも認可を貰ってる」
「ああ、君が京助君か! 会いたかったぞ! よぉし……これで全員だな」
クリップボードに挟まった名簿にメモをつけ、白波博士はハンドルに手を掛けた。
「よし、出発だ!」
皆が拳を上げておーと声を上げ大型バンが発進した。
「なあなあ、ちょっといいか」
京助がウクレレを爪弾きながら、後ろを向いて皆に提案した。
「せっかくだしみんな下の名前で呼び合わないか?」
「え、いいの?」
「まあこれを機に仲を深めようって事でさ。異存ない?」
「了解です京助君!」
「そう、その調子だぜしらな……いや、麗奈」
「ちょっと~言い出しっぺが早速躓いてどうするの?」
ウクレレで効果音を出して誤魔化していると、林檎が欠伸をしながら身を乗り出した。
「てかあんたさ、なんでウクレレなんか持ってんの?」
「そりゃオメー、夏とビーチと来ればウクレレだろ」
「まあよく分からんけど、なんか曲弾ける?」
溜息をついて半笑いで項垂れた京助の肩を奏音が爆笑しながら叩いて言った。
「京助ったら一時間半前に駅に居てね、そこでウクレレ持ってるからって路上ライブやらされてたんだ。結局いくつ歌ったの?」
京助は口角を曲げて指を五本立てた。
「アハハハ! 五曲だって!」
「まあ五曲も六曲も十曲も変わらんからなんか弾いてよ」
「十曲も歌わせようとしやがって許さねぇ、デスパシート歌ってやる」
「きょっ、京助君! デスパシートは教育上良くないかなと思う……んですけど」
「お姉ちゃんデスパシートってなーに?」
「あれだよね、流行ってたやつ」
歌い出そうとした明穂の口を慌てた麗奈が飛び出て塞ぎ、耳打ちで大変に卑猥な歌であることを簡素に告げる。
「そういう歌だったの⁉」
「そうなんですよね。だからそうだな……夏穂ちゃん、何か好きな歌はありますか?」
「うーん、ホットリミット!」
「ああ、良いなそれ。誰か歌える?」
「私行けるよ」
「私も!」
「俺も行けますよ」
頭にかけていたサングラスをかけ、テンガロンハットを被った京助はウクレレの弦に手を掛けた。
「みんなも歌ってくれよ……一曲、奏で候」
ウクレレの調べと共に複数の歌声がバンの中で響き、そのまま二曲三曲と続けて歌っていると実久や白波博士までもが加わり、気が付けば十曲ほど歌っていた。
「ハァ……なんか熱気が凄いな」
運転をしている博士は首にかけていたタオルで汗を拭い、クーラーの風圧を上げる。
「寒くないか?」
「あー、大丈夫っす」
散々歌って疲れたのか、林檎は窓にもたれかかって口を開けて爆睡していた。
「寝てるよこいつ」
「よっ」
奏音が林檎の寝顔の写真を撮り、いたずらっぽく笑った。
「それはまずいんでねーの?」
「いっつもイジられるから仕返し~」
しばらくすると大きめのサービスエリアに入り、白波博士は全員降りるように言った。
「おい、ユメリンゴ。起きろ」
「……」
「ムッツリンゴ。起きろ」
「テメ誰がムッツリンゴだコラァ!」
跳ね上がった林檎の頭突きを喰らいかけたが、華麗に躱した京助は林檎を脇に抱えてバンを降りた。
「うぃっす、全員降りました」
「よし、じゃあ時間も時間なのでな。ここで昼食にしたいと思う」
サービスエリアでの食事は妙に気分が踊る、全員同じような事を思ったらしく、天海母娘は互いに微笑み、夏穂は姉と兄の周りを飛び跳ねた。
「やった!」
「ふあぁ……ここ確か結構グルメ界隈では有名らしいよ。ユっちゃんが言ってた」
京助に抱えられたままの林檎が大欠伸をして目をこすりながら言う。
「木原っちにオススメ聞くかな。多分色々知ってるだろ」
愛優にメッセージを送ると、すぐに『待ってて』と返信が来て、三分ほどしてからわざわざ自分で作っただろうおすすめのまとめが返ってきた。
「おー、いっぱい来た。ありがと木原っち」
「揚げ物系が美味しいらしいね」
「てかそろそろ降りてくんね?」
「チッ、このまま移動手段として使ってやろうと思ったのに」
「そうは問屋が大根卸さんぞ」
「しょーもな」
「このまま道路方面に投げてやろうかなこいつ」
「私足持つよ」
「神様仏様センキョー観音様どうか命だけは……」
「うむ、許す」
先行した集団の後に行きながら、京助、奏音、林檎は何を食べるか考えるのであった。
「なんでだろうなぁ、こういうポテトって格別に美味いよな」
ケチャップがかかったジャーマンポテトを爪楊枝で突き刺して頬張りながら、京助は対面に居る木幡一家の方を見た。
「そうだよねぇ、私もジャガイモ買ってから色々作って挑戦してみたんだけど、皮付きのポテトって特別美味しいんだよね」
「え、作れんの?」
「我らが天才シェフアッキーを舐めてもらっちゃァ困るよ」
「そんな私はまだまだだよ」
「俺一人暮らしだから結構料理する方なんだけど、今度やってみようかな」
「良かったね、料理友達が出来たよ明穂ちゃん」
「いや俺のはなんかそうだなぁ……漢飯! って感じだからな」
「その方が助かるよ~、ここに食べ盛りが居るから」
頭に手を置かれた颯司が照れ臭そうに頭を下げる。
「颯司はいくつなの?」
「十四ッスね」
「食べ盛りだな~、あんとき俺毎日のように肉食ってたっけな」
「野菜も食べなよ~? 千ど……じゃなかった、京助君一人暮らしだからなおさら気をつけないとだよ!」
「京助ちゃんと野菜食べてるよねぇ?」
「俺は小学生の子供か」
ハリケーンポテトをどこで食べるか苦心しながら食べ、食べきれなかった分を牛釜飯の上に乗せてそのままスプーンで混ぜ返した。
「おいしそうな事してるね」
「実際美味いぞこれ」
焼き串等をシェアして食べたりしていると、抹茶ソフトを舐めていた夏穂が何か聞きたげにこちらを見ていた。
「どうしたんだ夏穂ちゃん」
「ねえ、気になってたんだけどさぁ」
「うんうん、何でも聞いて」
「林檎お姉ちゃんって中学生?」
数秒後の沈黙の後、意味を理解した京助が腹を抱えて大笑いしながら椅子から転げ落ちた。
「ちっ違うから! ウチはカノちゃんとかアッキーお姉ちゃんとそこで笑い転げてるアホと同い年だから!」
「そうだったの? クラスで一番大きい子より少し大きいぐらいだったけど、小学生にしては大人だったし……」
「これ夏穂! あんまりそう言う事言わない!」
窘めた明穂の声にも少し笑いが含まれている。
「夏穂ちゃん、覚えてね。ウチは十六、身長は年齢割る二……ってやかましいわ!」
これを聞いた京助の笑い声のギアがさらに上がり、もはや呼吸が出来ているのかと心配になるレベルになった。
「笑いすぎだよ」
「ちょっとこれ息出来てる?」
奏音が涙を流しながら大笑いする京助を起こし、背中をさすって落ち着かせた。
「やぁ~子供は残酷だね~でも最高に面白かった。夏穂ちゃん、どっかのタイミングで俺がなんか奢ってあげるよ」
「ほんと! ありがとう京助お兄ちゃん!」
京助は林檎が仕掛けてくる攻撃を全て躱していると、練乳ミルクソフトを持った麗奈がやって来て夏穂の隣に座った。
「林檎さんと京助君、とても仲良しですね」
「はぁ? どこがぁ?」
麗奈が微笑み、口の端に着いたミルクソフトを指で拭ってから続ける。
「だって息ぴったりじゃないですか」
「親友って感じがするよ」
「いいや違う、俺達はな」
二人は互いに肩を組んでサムズアップをしてキメ顔で宣言した。
「戦友だ」
「前から思ってたけどどう違うのそれ?」
「ウチらは恐怖という暗闇深い森の中を互いに切磋琢磨しながら突き進む戦友なのサ」
「まあ要はホラー好きの同好の士って訳だな」
「京助君はホラー映画好きなんですか?」
「もちろん、だけど映画だけじゃないぜ。ドラマも小説も見る、最近はホラー漫画がアツい」
「一人暮らしなんだよね、怖くなったりしない?」
「いや、全然なった事ないな」
「なんか秘訣とかあるんですか? 私面白そうだなって思ってもホラー表現あるとあんまり踏み出せなくって……」
「秘訣ねぇ……まあ大したことは言えないんだけどさ」
額を掻きながら、京助はあっけらかんと笑って言った。
「いきなり天涯孤独になる事より怖い事ねぇし、それ経験しちゃったら別に何が来ても怖くないって思えちゃうんだよね」
自分の身に起こった悲劇に陶酔しているようでもまた同情や憐憫を誘うような感じでもなく、あまりにもつらつらと自然に言葉が出てきたので、明穂と林檎と麗奈は一瞬どのようにその言葉を受け止めればいいかわからず、奏音だけが一瞬目に暗い光を宿して下を向いた。
「……あは、いやゴメン! 変なこと言っちゃったかな。悪かった!」
こうも自分にとっての大きなターニングポイントになっている出来事を気にしないでいられるのだろうかと、三人は疑問を持ったがここは楽しい旅行の場、当人が気にしていないのならいいだろうと受け流すことにした。
「そうだ、泊まる所にでっかいテレビあるかな? それかミニシアターみたいなの」
「ああ、あると思いますよ!」
「そこでさぁ、スマホ繋いで鑑賞会やらね?」
「あぁ確かに、みんなで見たら怖くないかもね」
「私怖いのいや~」
「そうだよなぁ、じゃあ夏穂ちゃん寝た後に見る? 寝るの早いっしょ?」
「大丈夫だからな、おばけはお兄ちゃんたちがフルボッコにするから」
「おばけなんていないもーん! おばけは〝ひかがくてき〟だから居ないって高田君が言ってた」
「ああ、覚えておくといい夏穂ちゃん。否定は科学の道を狭める行為だ」
「う~ん、京助お兄ちゃんが言ってること難しい~」
「もうちょっと易しい言葉で言いなさいよ」
「まあ六年生ぐらいになったらふんわりと分かってくるんじゃないか? まあ話を戻すとだな、みんなで夜にさとびっきりで強烈なホラー映画をだな……」
「ねぇねぇ、それって私も見ていいのかな?」
外の店を回っていた天海母娘と白波博士がいつの間にか戻って来ていた。
「勿論っス、映画は大人数で見た方が面白い」
「お父さんも見る?」
「私か? 私は良い、若い者達だけで楽しむと良いさ」
「もしかして怖いの?」
「そっ! そんなわけないだろう!」
なんだかんだでこの三泊の間でホラーナイトをするのが決定となった。
「そう言えば颯司はどうする?」
「イヤ~ウチそういうのは事務所NGなんでぇ……」
「何だよ事務所NGって。オーキードーキー、夏穂ちゃんを寝かしつけてあげてくれ」
もう昼食を摂り、めぼしいお土産も無かったため、一行はバンに乗って加須多穂のリゾートへ向かうのだった。
高速道路を抜けて五十分程すると、綺麗な海と白い建物、そして大きなコテージが見えてきた。
「着いたぞ!」
「ここに泊まれるの! 広い!」
夏穂が飛び跳ねている横で各々が自分の荷物を運び出し、コテージに向かった。
「今からどうする?」
「ちょっと休憩したら海に行こうぜ」
「いやー、マジで貸し切りなのね。人居ねーし」
この時期普段なら常に満車だろう駐車場に自分たちが乗って来たバンが一台のみという壮観な光景に、林檎は思わず感心してしまった。
「いろんな施設も貸し切りらしいですからね、いっぱい楽しみましょう!」
コテージにて部屋割りを決め、各々の部屋に向かって荷物を広げる。
「いや~眺めがいいね」
「綺麗だよね海」
「いや、お前を見てる」
「そんな歯が浮くようなこと言ったって何も出ないんだから」
「どんな水着持ってきたのかと想像するだけで……」
「やーだ、まだ見ちゃダメ。海へ行ってからのお楽しみで――」
「本音を言えば生着替えが見た……」
「~ッ! この変態!」
顔を赤らめた奏音が京助の方へパーカーを投げつけ、ジッパーの金具が顎のあたりに当たって鋭い痛みが走った。
「ってぇ~、こういう痛みが一番効く……」
「女子更衣室覗いたらボッコボッコにするからね!」
「覗かねーよ」
金具が当たったあたりを擦りながらパーカーを投げ渡し、それを受け取った奏音は着替え一式を持って部屋を出た。
「はぁ……柔肌とたわわな果実が」
ウクレレを机に置き、水着を取り出しているとドアが開き、頬を染めた奏音が顔を出した。
「どうした? 忘れ物でも……」
「水着の写真なら……あとで送ってあげるから!」
奏音は小声で捲し立てて去り、京助はその場でバク宙して大喜びするのであった。
「よし、一番乗りだな」
更衣室ではなく割り当てられた部屋で着替えた後そのまま更衣室へ着替えだけ置いていった京助は、ある目的の為に一番にビーチに来ていた。
「さてさて、急がねば」
パラソルとビーチチェアとビーチタオルを敷いた後、半地下の物置にしまい込まれていたあるものを取り出し、急いで海水を汲んで準備を終えた。
「牛っし、最高のパーティーが始まるぜ」
あるものをしっかり鞄に隠した京助は、あとから来た白波博士と共に女性陣が安心して遊べるようにパラソルやウォータージャグを設営した。
「改めて言うが、私は白波圭司だ。麗奈とは一度会ってるな?」
「ええ、礼儀正しいお嬢様ですね」
「ありがとう、聞いてるとは思うが、君のお父さんとは何度か一緒に仕事をさせてもらったんだ」
「研究者としての父さんってどんな感じの人でしたか?」
「真の天才といっても過言ではない、私の研究も君のお父さんの特許に助けられているのさ」
「俺達Win-Winじゃないですか。白波さんは特許が役に立つ、俺は特許料でホクホク」
「ハハハ、実際いくら……あ、それもうちょっとこっちに」
「こうすかね?」
「完璧だ。実際いくら貰ってるんだい?」
京助はゆっくりと右手に五本、左手に三本指を立てて見せ、白波博士は声を潜めて京助に問うた。
「万円?」
「桁」
「最高だと?」
「まあ九から始まるとは言っておきましょう」
まるで悪巧みをする悪代官と悪徳商人のように笑うと、再び設営に戻っていった。
「なんか遅いっすねみんな」
「そうだな、何してるのかねぇ」
しばらく待っていると、ほぼ全員が何かが入った大きなカートや浮き輪、ボールとネットを持って現れた。
「チッ」
高校生組は全員日焼け対策かパーカーを着ていた、自分も自分でアロハを羽織っているし頭では仕方ないと思いつつ、口惜しさと残念さでムカッ腹が立つ。
「ごめん! 浮き輪とか膨らませてたら遅くなっちゃった!」
「そのパラソルと水って父さんと京助君がやってくれたんですか?」
「おうよ、レディ達にしっかり楽しんでもらう為にな」
「すごい! ありがとね~」
散々空気入れを動かして疲れたのか、颯司は腕を揉み、肩を押さえてぐるぐるとまわしている。
「ついでといっては何だけど、これも設営手伝って」
四人でビーチバレー用のネットを広げて置き、京助と白波博士が海水を利用した重りを置いて設営が完了した。
「思ったより低いな」
「レク用のだしそんなもんだよ」
「高すぎると届かない人が居るからな、届かない人が。そう、届かない人への配慮なんだ」
「センキョー? なんでウチを見るのかな?」
「他意は無い」
「京助、林檎に背が低いって言うだなんてひどいじゃん」
「なに今サッキーに擁護する風に撃たれた? やる? ケンカする?」
「秒で負けんだろお前」
「あーあ、明日あんたとウチに呪われて身長入れ替わってても知らんから」
「呪いの儀に若い女の血必要? 私提供するよ」
「あ、どっちの味方でもないんだ」
そんなやり取りを挟みつつ、早速ビーチバレーで遊ぶことにした。
「お姉ちゃん、泳いできていい?」
「うん、でもあんまり遠くはダメよ」
せっかくなので男子チーム対女子選抜チームで戦う事になり、女子側が誰を出すか相談する間、京助と颯司と白波博士は作戦会議を始めた。
「颯司は何かスポーツやってるか?」
「昔バスケやってましたね、今は部活はやってなくて付き合いでやる程度ですけど」
「バスケなら脚力がモノを言うな。白波さんは?」
「まあ太らんように筋トレする程度ではあるが……果たして若者の体力にどの程度ついてこれるか」
「了解、じゃあ二人とも前に出てください。カバーは全部俺がやる」
「大丈夫なんですか?」
「おうよ任せろ、俺は最強だからな」
話し合いの結果、相手の選抜チームが決まり皐月、明穂、麗奈と戦う事が決まった。
「ハイ、という訳で審判はこの不肖夢咲林檎ちゃんが行う事になりました~、はくしゅー」
「得点係の実久で~す」
「ルールはダブルコンタクト禁止、オーバーハンドパスはOK、三回以内に返球する事、九点先取で勝利、罰ゲームはチーム内の一人が自分の秘密一個暴露。あと筋力ハンデで男子チームは水鉄砲による妨害を受けます」
京助のサングラスを掛けた奏音が悪い笑顔を浮かべて水鉄砲を構える。
「ちょっと待てぇい! 聞いてないぞ!」
「大丈夫大丈夫、顔には当てないから。ボールに当てるから」
三人で顔を見合わせた後で、仕方ないかと肩を竦めてそれを受け入れた。
「よし、じゃあハンデで女子チームからサーブで」
軽く屈伸と伸脚をしてから京助達男子チームは相手のサービスに備え、女子チームは明穂にボールを渡して、いよいよ試合開始となった。
「っと……せいっ!」
強烈なサーブに危うく沈みかけたが京助が地面すれすれで打ち返し、颯司が白波博士へと繋ぎ、白波博士がコートすれすれで女子チームコートに返した。
「わっと!」
嫌がらせレベルの返球をされたところに慌てて麗奈がかじりつき、皐月がアタックを仕掛ける。
「来た来たぁ!」
返って来たボールに突きを食らわせて上空高く打ち上げる。一見コートを超えそうに見えるが、超能力者であるが故の脳機能を生かして計算し、ギリギリコート内に入るようにしたのだ。
「そんな高く打ち返せばいいってもんじゃ……って危なっ!」
「おお、やるねセンキョー」
皐月が明穂へ繋ぎ、ネットからアタックを仕掛けるも颯司がすかさず跳躍してブロックした。
「ああっ!」
「へへ~ん」
得意げな弟に対して明穂は頬を膨らませる。
「よくやった。でかしたぞ」
「いやいや、京助さんの完璧な打ち返しがあればこそ」
一方早々に点を取られると思っていなかった女子チームは顔を見合わせた。
「ちょっとヤバいね」
「意外と強いですよ」
「不本意だけどやるしかないか……」
三人はなんとパーカーを脱ぎ、ついにその肢体を白日の下に晒した。
「おお、思い切った事すんね」
スレンダーな皐月、背の高さも相俟ってダイナマイトな明穂、そしてどことなくエレガントな麗奈。
「何故だろう」
「え?」
「何故だかボールが七つに増えたよ、俺は今持ってるボールよりもあのボールが……」
言い終わる前に白波博士からゲンコツ、颯司からチョップ、奏音から水が飛んで来た。
「娘をそんな目で見るんじゃない、だいたい君彼女持ちだろ!」
「姉ちゃんをイヤらしい目で見ないでくださいッ!」
「私ならともかく他の子をエッチな目で見るな!」
「奏音ならいいのか、あとで存分に――ぶえっ! 口!」
海水が口の中に容赦なく入ってくる。
「なんで異様にエイム良いんだ。しゃーねぇ向こうがその気なら俺も〝力〟を解放するか」
京助がアロハシャツを脱ぎ捨てると、女子陣からどよめきが起こった。
「なんだあれ、やろうとおもえば人殺せるっしょ」
「筋肉……スゴイ」
「腹筋と胸の辺り……なんか彫刻みたいです――」
サービスゾーンに向かい、京助はボールを高く打ち上げる。
「本当のゲームは……これからだッ!」
強烈なサーブが放たれ、第二ゲームが始まった。
奏音の水鉄砲による妨害もありつつ試合は白熱、とうとう八対八の大接戦となった。
「ヤバいぞ」
「そろそろ動き疲れてきた……」
白波博士の息も上がり、颯司も先程から些細なミスを連発している。
「俺がカバーするから、好きに動いてくれ」
「ああ、ありがとうな」
明穂によるサーブを白波博士がブロックして返球、それが麗奈から皐月に渡って返球、そこから白波博士が颯司に渡し、京助がアタックを仕掛けた。
「すっげ……みんなガチじゃん」
「元気ねみんな、参加してたら私大穴になってたかも」
実久が砂浜を駆け回る娘とその友人達を見て微笑み、その隣で奏音は必死でボールを追うもあまりにも早い試合展開についていけなくなってくる。
「か、かくなる上は!」
サングラスを頭に乗せると、パーカーのジッパーに指をかけ……。
「来たぞ!」
白波博士が颯司に繋ぐも、颯司はそれを拾いきれない。
「あっ!」
「任せろっ!」
京助が足元の砂を巻き上げながら、ギリギリで打ち返そうとしたその時。
「きょっ、京助!」
思わず反射的に振り向いた先にあったものは?
「わ~お」
前かがみで前をはだけ、腕で立派な双子山を寄せている奏音だった。
「ヒュゥ……ってあー!」
気付いた時にはもう遅い、ボールは地面へ転がっていた。
「あ! やったぁ!」
「勝った!」
「勝ちました! イェイ!」
砂の上を滑った京助は立ち上がると半笑い半ギレで審判席を指差して抗議を始めた。
「待てぇぇえい! そんな妨害の仕方があるかい‼」
奏音の行動を間近で見ていた林檎は大爆笑しており、話が出来る状況ではなさそうだ。
「断固抗議する!」
「いや~、男はおっぱいに弱い訳でして……センキョーを説得出来たらこれを認めるわ」
パーカーを戻そうとした奏音だが、そのまま京助の方へ近づいて抱き着き、上目遣いに聞いた。
「ゴメンね、でも許して?」
「うんうん、許すよ。何だってしていいんだから」
結局男子チームの敗北となり、ジャン負けの結果颯司が秘密暴露となった。
「あぁぁぁ……」
「なんだか妙な罪悪感が……」
「今日ほどジャンケンが鬼ほど強かったことに感謝した日は無い」
実は京助は身体能力を生かして相手の手を見た後で、コンマ零一秒以下の速度で超高速後出しが出来るのである。
言ってしまえばただのズルだ。
「はい、ノコギリ君の秘密暴露~!」
「の⁉ ノコギリ君⁉」
「ああ、こいつは人に変なあだ名をつけるんだ。ソウジがソウになってノコギリになったんじゃないか?」
京助にそう説明されたものの、水着姿の年上美女数人に囲まれていて颯司の頭は混乱しており、言おうと思っていた秘密も吹っ飛んでしまった。
「あの……えっとぉ……」
「ほらぁ~言っちゃいなよ」
姉に頭をぐりぐりと撫でられ、いつもされる事なのに柔肌が直に体に当たって動悸が早くなる。
「あの、えっと……京助さんの事なんですけど!」
「俺⁉」
「俺、買い物するときに京助さんの事ちょくちょく見かけてまして」
「ほんほん」
「あ~そうなんだ。うん、それで?」
深呼吸すると颯司は頭を下げる勢いでぶちまけた。
「秘かにホワイトマンって呼んでました! ゴメンなさい!」
これを聞いた奏音と林檎は大爆笑し、京助は自分を指差して周囲の者達を見た。
「え、これ俺が弄られる流れ? なんで?」
「まあ直接的な敗因はあんただしね、甘んじて受け入れなよホワイトマン」
「待てお前誰がホワイトマンだムッツリンゴ」
「あぁん? 誰がムッツリンゴだコラァ?」
「こいつ夏休み入った日に俺と奏音が」
「ああああああっ! わああああああっ!」
飛び掛かろうとした林檎を躱すと、京助は砂浜を走って逃げ出すのであった。
「林檎ってああいう声出すんだ……」
「こんな高い声出るんだ林檎ちゃん……」
皆でバレーのコートを片付けた後、京助は奏音の背中に日焼けオイルを塗った後、パラソルの影で少し休憩していた。
「疲れたでござるよ……」
ビーチバレー、林檎から逃げる、そして片付けからのオイル塗りをぶっ続けでやったので流石に京助も疲れた様子である。
「ドーナツが欲しいな」
プラコップに入ったルイボスティーを飲んでいると、奏音たちが水辺で遊んでいるのが見えた。
「ふっ」
なんだかこれまでの戦いが報われた気がして変な笑い声が込み上げた。
『行かなくて良いのですか?』
「後で行くよぉ」
そして水辺では。
「やったな! えいっ!」
「ひんっ! お返しですっ!」
奏音と皐月が浅瀬で水をかけ合う後ろで、明穂が浮き輪に乗って泳ぐ夏穂を押している。
「ゴポゴポゴポ……」
シュノーケルで潜っていた颯司が浮上し、もっと遠くの方へ泳いだ後で再び潜航していった。
「ねーあのさー」
やたら目がパッチリしたシャチの浮き輪に乗っていた林檎が近くで潜っていた麗奈に声をかけた。
「ゴポ……なんですか?」
「せっかくアレの準備したんだからさ、アレ使って遊ぼうよ」
「アレとは?」
「アレだよ、アーレ」
林檎の人差し指が動き、麗奈は何のことかわかって皆に声をかけて全員海から上がった。
「てことで今から……ウォーターサバゲーの時間でーす!」
五人が水鉄砲を掲げ、イェーイと声を上げる。
「水鉄砲で撃ち合うだけ。ただそれだけ! 結託も裏切りもあり! なんだけど、あそこに刺さってるビーチフラッグを取った者勝ちね。思う存分楽しもう!」
「私もやる!」
「お母さんも参加可能かな?」
夏穂と颯司と実久も参加し、白波博士が開始の合図を担当する事になった。
「構え銃!」
「父さんそれは本格的過ぎよ」
「失敬失敬! では位置について、用意……スタート!」
スタートの掛け声とともに、林檎がローリングしながら全員を撃ち、フラッグの方へ一直線に走った。
「うわ! 手慣れてる!」
「普段から扱ってますからね! でも私だって負けませんっ!」
林檎目掛けて麗奈が標的を定め、不意打ちで実久の顔を皐月が撃った。
「わぷっ……ほー、母を撃つとはいい度胸ねぇ」
「親越えをここで果たして見せる!」
そのまま一対一に移行した母娘対決の傍で、明穂が夏穂に耳打ちする。
「皐月お姉ちゃんと実久さんを撃って」
「いいの?」
「チャンスだよ、やりな」
いきなり真横から水が飛んで来た皐月と実久は驚いて飛び上がり、タンク型の水鉄砲を持って笑う夏穂の方を見てから、低い作り声で「やったなぁ~」と呟いて夏穂を追いかけ始めた。
「お! お姉ちゃんが言ったのにぃ!」
その様を見て笑っていた明穂の顔に奏音の水鉄砲がかかり、更に二丁拳銃を使っていた颯司の射撃が二人に命中する。
「へへん、さっきのバレーの仕返しっスよ奏音さん!」
「やったなぁ!」
「姉ちゃんを裏切ったなぁ! しかも奏音ちゃん! どさくさに紛れて撃ったでしょ!」
三つ巴の戦いが始まりしばらくした頃、奏音が何かに気付いたように顔を上げた。
「そう言えば京助って何してるの? こういうのには絶対入って来そうなもんだけど……」
その時、機械の駆動音のようなものが聞こえ、砂を強く踏む音が聞こえた。
「え、なに? ……うわぁ」
「……こ、これは」
「おわぁ、これは……」
「なんかすんげー隠し玉持ってる奴がいたぞ」
フラッグがある場所に立っていたのは、ホルスター付きのベルトを装着し、さらに皆が持っているものよりも一際大きくごついライフル型の水鉄砲を持ち、サングラスにテンガロンハットという出で立ちの京助であった。
「楽しい事してんなぁ、俺も混ぜてくれよ」
そこからは一方的な蹂躙だった。圧倒的な速度で連射される水の塊に皆思わず後退する。
「待ってあれ電動水鉄砲だよ!」
「京助の奴わざわざ家から持ってきたの⁉」
そう、これが半地下の物置に仕舞ってあったモノである。
「むは、むは、むはははははは!」
心底楽しいのか大爆笑しながら水鉄砲を撃ちまくり、残弾表示が半分を切った所で海辺に向かって供給を始めた。
「ヤバいよあいつ、このままだと一人勝ちになるよ」
「確かに好き勝手させるのも癪ね」
「私達が力を合わせるしかないですね」
「颯司、夏穂おいで。作戦会議するよ」
「みんなで京助を倒そう!」
補給を終えた京助が再びこちらに向かってきたのを見て、奏音は叫んだ。
「みんなバラけて!」
クインテット仕込みの素早い展開に京助はニヤリと笑う。
「なるほど、俺はレイドボスってワケね。そういう事なら俺にも考えがあるぞ」
ベルトに提げてあった布状の何かを引っ張り出すとそれを展開した。
「うわ! シールド持ち⁉」
車の遮光板の応用で作られた撥水素材の持ち運びシールドである。
「さあ来やがれ、俺を倒してみろ!」
完全にラスボスのようなセリフを吐きながら、四方八方から来る水流を防ぎ回避しながら反撃を行う。
「京助って滅茶苦茶運動神経良いのね……」
「どうして砂の上で軽やかに避けながら反撃できるの~」
皆一丸となって京助を狙うも、掠る程度で有効打は与えられていない。
だがそのうち持っていた水鉄砲の残弾が尽き、とうとう反撃のチャンスが回って来た。
「お姉ちゃん! 弾切れだよっ!」
「やった! 作戦通りだ!」
「なるほど、弾切れ狙いか……」
ニヤリとしてからシールドとライフル型水鉄砲を捨てると、腰のホルスターに手を掛ける。
「甘く見るなよ、俺の本領はここからさ」
京助は拳銃型電動水鉄砲を取り出すと、カルト的人気を誇る反体制ガンアクション映画で見たようなポーズを取り、まんまその映画から出てきたかのような動きで全員を翻弄し始めた。
「ガン=カタだ! こいつ酔拳だけじゃなくてガン=カタも使えんのかよ!」
実久が秘かに隠し持っていた手榴弾替わりの水風船を投げつけようとするも、投げつけた途端水風船を撃ち抜かれて顔に直撃した。
「いっぷ……皐月、何とかして近づける?」
「やってみる!」
皐月が駆け出して京助に集中砲火を浴びせるも、京助は回避しながら皐月に水を浴びせていく。
「どうなってんのその体幹!」
しかし先程以上に引き金を引いていたせいか、とうとう弾切れを起こした。
「よし! 弾切れ! 今だ!」
秘かに背後に回っていた実久が水風船を投げようとするも、京助はホルスターに括りつけてあった二つのドラムマガジンを皐月の後方に投げつけ、スライディングの要領で砂の上に刺さったそれをリロードした。
「え……わぷあっ!」
振り返った皐月の横っ面に水風船が炸裂し、思わずよろけてしまう。
「あっ! ゴメン!」
「くっ! こんの……」
ニヤリと笑う京助に今度は麗奈が向かい、張り付いて至近距離で撃ち始めた。
「おお、そう来たか」
だがしかし京助も負けてはいない、麗奈の持つ水鉄砲の射線をずらし、自分の水鉄砲を向けるも麗奈も即座にその射線をずらす。
「すっげぇ……」
「アルプス一万尺みたーい」
「理には適ってるよね、銃って当たらなければなんとも無いわけだし」
「てかセンキョーの動きについてこれるのどうかしてるよレナミちゃん」
その様子を遠巻きに見ていた白波博士も苦笑しながら肩を竦める。
「これ、ただの水鉄砲の撃ち合いだよな? なんでやけに高度な争いが続いてるんだ?」
皆が挟まる余地がないと呆然と見守る中で一分と三十秒が経過し、ついに射線のずらし合いに決着がついた。
「あっ!」
「へへん!」
麗奈の眉間に京助の一撃が命中し、麗奈は悔しそうにその場に崩れ落ちた。
「ま……負けた」
「俺を倒せる奴はいないのかぁ?」
まさにラスボスのようなセリフを吐いたその時、背後で機械の駆動音がした。
「おぉ?」
後ろを見ると、そこには自分が捨てたライフル型電動水鉄砲を持った奏音が立っていた。
「あんたを倒せるのはただ一人! この直江奏音だ!」
「ミスった、捨てなきゃ良かった……まあいい! 来い奏音! 決着をつけるぞ!」
二人同時に走り出し、互いの水鉄砲の銃口が突き付けられた。
紐と洗濯バサミのみという簡易的な物干し竿で、テンガロンハットが微風に揺れていた。
「京助……大丈夫?」
「いやぁビックリしたね〜、人間って水に浸からずともあんなに濡れるんだね」
「ごめんって、やりすぎたのは謝るからさぁ」
ウォータージャグからルイボスティーを汲んでは飲む京助に、奏音と皐月が手を合わせて頭を下げる。
「昔海水で水分補給できるか実験したマッドサイエンティストが居たらしんだけど、実験体にされた人の気持ちが少し分かった気がする」
「こ、今夜のバーベキューで肉のいい所あげるから許してぇ〜」
「悪かったっての、機嫌直してよセンキョー」
京助は片鼻を親指で押さえると思い切り空気を吹き出し、鼻腔内に入った海水を排出した。
「頭が痛ェ、ものすごく」
「ごめんなさい京助君……ちょっとやりすぎでした」
あの後奏音との撃ち合いに負けた京助は集中砲火を受け、顔に存在する穴という穴に海水が入り込み、陸の上で溺れかけたのである。
そして現在、さすがにやりすぎだと言ってへそを曲げた京助を皆が宥めているのである。
ビーチチェアの上で頭に氷嚢を乗せて寝転がっていると、奏音が近くにやってきた。
「怒ってる?」
「今は怒るとかじゃなくてものすごく頭が痛い」
「そう、じゃあさ」
ビーチチェアの隣に奏音が寝転び、体を密着させる。
「これで許して?」
「許すか許さないかはともかく機嫌は良くなった」
急な惚気を見せつけられた他四名は思い思いの反応をした。
「何を見せられてるの私達は」
「まあ付き合ってるからなんだろうけど」
「少しあからさますぎますね」
「まあまあみんな、センキョーってああ見えて根に持つタイプだからさ、今のうち宥めとかないと変に拗れるかもしれんからヤバイんだよ」
「そうなの?」
「高一の時色々あったんよね~、まあ普段あんまキレないからバランス取れてる節はある」
ビーチチェアの上でデレデレしている京助の意外な一面に、皆不思議そうな顔をするのであった。
そして夕方、日も沈みかけた頃。
「いや~良い匂いだね~」
夏の夜の定番イベント、バーベキューである。
「いっぱい食うぞぉ~」
各種肉をひっくり返し、皆今か今かと待ち侘びている。
「もういいかな、食べよっ!」
子供たちがまるでバーゲンセールのように肉や野菜を奪い合うのを見守りながら、大人二人は缶ビールのプルタブを開けた。
「あぁ~このために生きてるって感じがするぅ……」
「いいですな……一日動き回った後の一杯は」
いつもより幾段か美味く感じる肉を満足感と共に頬張っていると、自分の隣の奏音が話しかけてきた。
「ねえ、楽しい?」
「うん? もちろん」
「私の親友たち、どう?」
「どうって? そりゃぁ、みんな良い子だと思うよ」
「来て良かったって思う?」
「もちろん」
「そう、良かった」
そう言って身を寄せる奏音の皿から京助はちゃっかり肉を奪い、それに気付いた奏音から追い回され、皆がそれを見て笑いながら夜が更けていくのであった。
だがこの時皆は知らなかった、この加須多穂のビーチの付近でジャガックの新しい陰謀が渦巻いていることを……。
To Be Continued.
夏休みには欠かせない旅行回、そして待ちに待った水着回です。
弾けていい気分になりましょう。
そして今回初めて皆が一堂に会しました、そしてこの地で渦巻くジャガックの陰謀とは?
来週は後編、感想コメントやTwitter(現X)のフォロー、友達へのオススメをぜひよろしくお願いします!
ではまた来週お会いしましょう!




