明穂と三姉妹
ジャガック幹部達は幾度とない敗北に加え、サイの裏切りとも言われかねない行動に苛立ちを募らせる。
そんな最中、クドゥリはある作戦を発動、それは自分の妹達を地球に住まわせ、三人の心身強化と潜入調査を行う事だった。
地球に溶け込むべく三人が引っ越しの挨拶に向かった表札には「木幡」の文字が!
運命のいたずらの行方はどう作用するのか⁉
地球の衛星軌道上、ジャガックの基地艦の医務室にけたたましい大声が響き渡る。
「信じられるかザザル! 奴は俺様を氷漬けにしただけでなく! その上利敵行為にまで及んだんだぞ!」
「そうかそうか、災難だったな」
「聞き流すな!」
「だったら言わせてもらうが治療に集中できないから口を閉じろ、お前の声はうるさくて敵わん。愚痴ならルゲンやクドゥリにでも言えばいい。私はそもそも戦いには向いてないから戦闘の愚痴を言われても何とも言えんよ」
ようやく静かになった医務室でザザルはてきぱきと作業を進め、サイコエネルギーの除去装置を取り出した。
「クドゥリと似た技を喰らったようだが、彼女と違ってサイコエネルギーの量自体は少ない。だからこれを照射して二、三日安静にしておけばお前の能力で自然治癒するだろうさ」
治療を終えたパテウは幹部エリアに向かい、ちょうど自分の執務室から出てきたクドゥリに鉢合わせした。
「おお、パテウじゃないか、久しぶりだな」
「これはこれはクドゥリ! 普段なら旧交を温めたい所だが今はそうもいかん! 俺様はひどく腹を立てている!」
「……そうか、お前も奴にやられたのか」
「マグナアウルに⁉ 違う! いや、確かに奴にしてやられたが違う! 俺様はジェノサイドカプリースにやられたんだ!」
「何だと? サイにやられたのか!」
「その上奴は我々の敵と親しげに話していた! これは間違いなく利敵行為! ゾゴーリ様の決断とはいえこんな事をされたら堪ったものではない!」
「その話は本当か?」
自分の部屋から出てきたルゲンがパワードアームの駆動音をさせながらパテウに近付いた。
「そうだ! 奴に聞いてみろ!」
「聞くと言っても……奴は地球のどこかにいるという事しかわかってない。本拠地も連絡用のシグナルコードも渡さないという始末だ」
「依頼用のコードは?」
「駄目だ、仕事中の表示で繋がらない」
「探し出すしかないのか」
その時、机の上に何かが叩きつけられる音がして全員が振り返ると、机の上に足を投げ出して座るサイが居た。
「お前ッ! ジェノサイドカプリース! どの面下げてここへやって来た!」
「下げるだなんて勿体ない、こんな素敵な顔を伏せるだなんて」
刀を杖代わりにして立ち上がると、サイは軽快なステップを踏みながら三人の幹部達に近付いていく。
「何故来た?」
「うーん、営業に来た」
「営業だと?」
「うん、営業。ビジネスって言うか……カネの話だね」
刀で器用に椅子を引くと、サイはまた机に脚を投げ出しながら座り、ひじ掛けに刀を置く。
「金だと? 金なら支払っているだろう」
「ぷふぉはははははははは!」
不意打ちでジョークを聞かされたかのような笑い声を上げると、サイは跳躍して椅子の背もたれの上に器用にバランスを取って立ち、ルゲンに顔を近づけた。
「君は最低賃金程度の額を渡された後でドヤ顔で完璧な仕事ぶりを期待していると抜かされたらどう思う? その小さな頭で考えたまえ」
刀の鍔で二度頭を小突かれたルゲンはすぐに牙を剥きだしてパワードアームを向けるも、すぐに凍り付いて粉々に砕けてしまった。
「はぁ……どうしてこうズィーボってみんな血の気が多いんだ」
「貴様!」
「おっと、少々差別的だったか。失敬失敬、前に行ったことあるんだよ、南部は最悪だけど北部は良い所だった。王宮の庭はすごく……おや、君は南部出身だったかい? じゃあ今の話は忘れてくれ」
この状況になってまで笑みと自分のペースを崩さなくなるまで、一体どれだけの修羅場を潜り抜けたのか、それに対してルゲンは薄ら寒さを覚えた。
「それでサイ、君は値上げを要求しているという事か?」
「そうだね、クドゥリは話が早くて助かる」
背もたれの上に腰かけ、サイはクドゥリの方を向く。
「理由を聞こう」
「そうだな……君達はボクに護衛とマグナアウルとクインテットを殺すように要求した。だがねぇ、アレを殺せってなると専門技術がいるわけだな」
「君の身に着けた技術に対して我々が君を過小評価していると?」
「本当に話が早いね、千年前とは見違えたよ」
互いに目を見て笑い合い、サイは椅子から降りて机の上に腰かけた。
「払うかはともかくいくら欲しいか言ってくれ」
「うん、五千」
「五千? 今は五十万クレジットだが……」
「五千ダルフ」
「ダッ⁉ ダルフ⁉」
約十倍の価値である、これにはルゲンやクドゥリだけでなくパテウも思わず立ち上がって抗議の構えを見せた。
「そんなの……ほうが――」
「法外だなんて言ってくれるな? だいたい犯罪組織が法外だなんて言葉使うなよな。完璧にあの六人の息の根を止めるにはこれぐらい貰わないと割に合わないという事さ。あ、ちなみにもっと取ってもいいんだぞ、これは最低ラインだ」
「だがそんな大金は払えな……」
「おい、お前達はボクを舐めてるのか?」
サイの口角は上がったままだが、目は狂気に程近い異様な迫力を持つ光が宿っていた。
「それとも何だ? 未だにあの六人の実力を正確に見れていないのか?」
全員今すぐにでもサイに襲い掛かりたかったが、この異様な迫力を放つ目に睨まれてそこから動けないでいた。
それにこのサイという人物は気紛れで星の半分をその身一つで壊滅させたことがある、今自分たちが生きてられるのも気紛れによるものなのかもしれないのだ。
「まあいい、ボクは優しいから忠告しておく、あの六人――特にマグナアウルはボクじゃなきゃどうにか出来ない、この問題を放置するとろくでもない結果になるぞ。ハァ……なんか疲れちゃったよ、じゃあボクはこの辺で。いい報告を期待してるよ」
サイが消えた事でこころなしか部屋の気温が上がったように感じた。事実サイを苛付かせたことにより無意識下で能力を発動させてしまい微弱な冷気が発生したのであろう。
「どうするね」
「私に丸投げするつもりかルゲン」
「俺様は値上げに断固反対だ! あんなのをのさばらせてはジャガックの沽券に係わる!」
「だがパテウ、お前は部下を一人残らず殺された上に負けたじゃないか」
「それは……だがジェノサイドカプリースがマグナアウルにアドバイスなぞしなければ俺様は勝てていた!」
「それしきで逆転されるならマグナアウルはそのうちお前を攻略していただろうな」
押し黙るパテウを見てルゲンは大きく溜息をつく。
「そう言うがなクドゥリ、お前は何かしら対策をしているのか?」
「一応な、功を奏すかはまだわからんが……」
クドゥリの視線は足元の地球に向けられていた。
今から遡る事約十数日前、あるマンションの一室では引越し作業が行われていた。
「ふぅ、こちらはこんなものでしょうか」
「姉さん、そちらの荷物を下さる?」
「ええ、これね。はい」
作業をしているのは十代の女の子三人、一見微笑ましくも思える光景だが、彼女らを知る者がいたならば驚き戦慄するだろう。
彼女らはガディとザリスとジェサム。クドゥリの親衛隊であり、同時に彼女のデザイナーズクローンとして生み出された〝妹達〟である。
そんな三姉妹がどうして地球で引越し作業をしているのか、それはクドゥリからある任務を課せられたからである。
「モニターはここでいいかしら?」
「ええ、いややっぱりもう少し左が!」
「ここ?」
「そうね、そこが良いでしょう」
全てではないものの、なんとか普段生活できる程度の生活空間を作れたところで、一旦三人揃ってソファに腰かけた。
「何とかここまで来れましたわ」
「後は各々の部屋ですかね」
「そう言えば姉さん達、私達の地球で暮らすにあたっての偽名ってなんでしたっけ?」
「ああ、ちょっと待っていなさい、偽造の身分証明書がありますわ」
ガディがマイナンバーカードをそれぞれ配り、説明を始めた。
「人間達には姓という家族間で名乗る名前ありますの、お姉様のとっての〝バーニャラ〟がそれに該当するもの。地球上での私達の姓は光井、光るに井と書いて光井よ」
「光井が姓になりますのね」
「場合によってはそれだけで呼ばれることもあるそうなので、しっかりと覚えておきませんと」
「そして肝心の個人名ですが、私ガディが華怜です。これから出歩くときは華怜と呼ぶように」
「私は……風音でいいのかしら? 光井風音、悪くない名前ですわ」
「私は寿里ね、なんだかシンプルになった感じがしますわ」
これから三人は華怜、風音、寿里として生きていくことになる。
「まあこの名も、マグナアウルの正体を突き止めるまでの付き合いですけどね」
「早く見つかると良いのですが」
マグナアウルとクインテットに敗北を喫したクドゥリは三姉妹の修行も兼ね、地球へ潜伏するように命じた。
一応彼女らは真鳥市でマグナアウルの正体を探すという任を与えられてはいるものの、クドゥリの思惑としてはこれが彼女らの団結をより強くし、生活や苦楽を共にする事でより三人を強くするという目的の方が強い。
「そうですわね。正体を見極める事も大切ですが、私たち三人が全く怪しまれないためにも地球の生活にしっかり溶け込むのもそれと同じぐらい大切なのではないでしょうか?」
「確かにザリスの言う通りね、近いところから始めていくといわゆる〝ご近所付き合い〟というものからやってみてはいかがでしょうか?」
「この日本という国には引っ越しをする際、隣に住む住人へ何か贈り物をするという習慣があるそうですわね」
「うーん、贈り物……何を贈れば良いの?」
「調べてみますわね」
ホロ端末で検索し、三人での協議の末に高級タオルが良いという結果になり、潜伏している別のジャガック兵に買いに行かせ、テレポート郵送でそれを受け取った。
「いつ頃に行った方が良いでしょう?」
「昼前ですし、今ではないでしょうか?」
「一人で行きます?」
「いえ、三人でしょう」
三人は服の皺を伸ばし、鏡の前で笑顔の練習をし、三人で隣の部屋に向かった。
「なんだか緊張しますわね……」
「駄目よ、笑顔を崩さないで」
インターホンを押して十数秒後、若い女の声と共に扉が開かれる。
「はい、あら? どなたですか?」
「ああ、あははっ……初めまして! 今日から隣に越してきた光井と言います」
「ああ! トラックが見えたのってそういう事だったんだ。よろしくお願いします!」
自分たちの肉体年齢と同い年だろう背の高い少女はにこりと笑った。
「えっと……キハタさんでよろしいかしら?」
「はい! あ、私は木幡明穂っていいます」
なんという運命のいたずらだろう、三姉妹が引っ越した先は木幡家の隣だったのだ。
「あの、もしかして三人って高校生ですか?」
「あっ……」
そこまでは考えてなかった、だが怪しまれてはならないため、言葉に詰まったガディの横から咄嗟にザリスが出てきて頷きながら捲し立てた。
「そうですっ! 私達三つ子で高校生なんですよ! 留学でこの街に来たんです」
「へぇ、じゃあ三人暮らし?」
「そうですの、住みよい街と聞いているので大変ですけど頑張っちゃいますわ」
「そうなんだ、じゃあ同い年かプラマイ一年かなぁ? 色々大変だろうけど、とりあえずよろしくね!」
明穂が差し出した腕をとりあえず順番で握っていった。
「あ、こちらつまらないものですが、お近付きの印に」
「ああ、いいのに! うわ……お高いやつだ、大切に使うね」
高級タオルを受け取ってから申し訳なさそうに眉をひそめて頭を下げた明穂は、玄関の机の上にタオルを置いた後で去ろうとする三人を呼び止めた。
「待って待って」
「え? 何か?」
「いいから、上がってって」
「え? えっ?」
「ホラ早く!」
半ば無理矢理手を引かれ、三人は木幡家の部屋に入ってしまった。
「遠慮しないで座って……颯司ィ!」
どこかのほほんとした雰囲気だった明穂が突然〝姉らしい〟声を出した事にザリスとジェサムはびくりと身を震わせた。
「んだよ……眠いって……」
「夏休みだからって昼まで寝たらダメっていつも言ってるでしょ! ちょっと手伝って」
「もう昼ぅ? ハァ、流石にやりすぎたか……」
目を擦りながらドアを開けた颯司の目に飛び込んできたのは、食卓に座る三人の美少女だった。
「……」
「ど、どうも颯司クン……」
驚くほどの素早さで颯司は洗面台に向かい、顔を洗って軽く歯を磨き、寝癖を整えてから三人の前に立って頭を下げた。
「初めまして、明穂の弟の木幡颯司です」
なぜかワントーン下げた声で挨拶した颯司は頭を上げて続けた。
「姉ちゃんのお友達ですか?」
「新しいお隣さんだよ」
明穂が颯司の頭を掴んでぐりぐりと頭を撫でて髪を乱し、颯司は顔を顰めて明穂の方を見た。
「やめろよ、てか人来るなら先に言えよな」
「あんた寝てたでしょうが」
「ごめんなさいねこんなのが隣で」
「あっ! ナマイキ~、こんなのとは何よこんなのとは!」
微笑ましく思って笑みが零れるが、すぐに三人は口を押えた。
「えっと、そういえば三人の名前聞いてなかったっけ。なんていうの?」
「ああ、私が一番上で華怜と言います」
「真ん中の私が風音です」
「最後の私が寿里です」
「カレン、カザネ、ジュリ。覚えた、あとタメ口でいいよん」
なんにせよ三人は馴染むことに成功し、この地球上での初めてのミッションは成功したと内心喜ぶのであった。
「では長い時間お暇するのも気が引けますし」
「私達はこの辺で……」
「え、待ってよ、今からご飯作るんだから食べてって」
「へぇ⁉」
いかに彼女ら三人が生後一年に満たないといえど、例え人類を見下しているといえども、これにはなんだか申し訳ない気分にさせられる。
「いやそれは……」
「いいって、私料理人目指してるんだ。こんな機会そうそうないしさ、感想教えてよ」
「でも……」
「移動とか荷解きで疲れてるでしょ? 遠慮しないで、こういう時は助け合いだから」
ウィンクしてサムズアップをする明穂を見て、三人は姉妹限定のテレパスチャンネルで会話を始めた。
『姉さんたち! どうしましょう!』
『断るのもなんだか申し訳ない気が……』
『ザリス! ジェサム! そこは逆に考えるのよ! 私達は地球人を利用しているのだと!』
『そんなこと言ったらガディ姉さん……私達は自力でその日の食にもありつけない情けないスパイになりませんこと?』
『うぐっ……それは……』
『断れそうにないし……今回は仕方ありませんわね』
『おのれぇ……マグナアウル! クインテット! これも全部お前達のせいよ! この屈辱必ずいつか晴らしてくれる!』
『えぇ……それは八つ当たりすぎませんか?』
その雪辱の矛先が向けられているうちの一人が今目と鼻の先に居るというのもなんとも皮肉な縁である。
そんな三人の葛藤などつゆ知らず、明穂と颯司は昼食の準備をしながら世間話をしていた。
「夏穂っていつ帰ってくるんだっけ?」
「明日じゃなかったかな、お迎え行ってくれる? 帰り二人でどっか寄っていいから」
「全然いいよ、何時ぐらい?」
「うーん、夜じゃなかったかな、六時か七時ぐらい」
「おっけ。ところであの三人上の名前は何ていうの?」
「光井だよ」
「どっから来たの?」
「留学って言ってたから……外国じゃない? それにしては日本語上手だよね」
「あーたしかに、確かに顔は日本人っぽくなかったけど、気付かなかったわ」
どこの国から来たのだろうと疑問が一瞬過ったが、それも昼食の準備の前に一瞬で霧散してしまった。
「あ、ケチャップなくなった」
「そこの下にあるよ」
「どれ……あ、これか。開けるわ」
「はーい」
「ついでだけど卵出しとく?」
「十個ね、バターもよろしく」
「了解」
颯司は割った卵を混ぜ、明穂はその間にフライパンにバターを溶かして待機した。
「もういい?」
「頼んだ」
颯司がボウルの中の溶き卵をフライパンに入れ、明穂は手際よく卵の形を整え、颯司はすかさず卵を割って素早く混ぜる。
そんな工程を五回繰り返した後で皿に料理を五人分盛り付け、緊張した面持ちのガディとザリスとジェサムの前に出した。
「これは……」
「フフン、姉ちゃん特製のふわとろオムライスです!」
「はぁ……」
ジャガック基地艦でクドゥリが食べていた高級食材を食べた事があるが、心なしかそれよりも良い香りがするように思う。
「スプーンで食べれば……」
ジェサムがスプーンを取ったのを制止し、隠し持っていた包丁を取り出し、チキンライスの上に乗ったオムレツに切れ目を入れた。
「うわぁ……」
「ほわぁ……」
「これは……」
解き放たれた半熟の卵がじわりじわりと広がり、その上にケチャップをかけて完成させた。
「どう? 私の得意料理なんだ」
「最高だよ、味は俺が保証しますよ!」
ガディとザリスはスプーンの側面で卵に切れ目を入れ、どろりと流れる卵に目を輝かせる。
「これかけてね」
ケチャップを受け取って回し掛けし、明穂と颯司が席に着いたところで五人で手を合わせて食事を始めた。
「では、いただきますわ……」
妹達の視線をむず痒く感じながら、ガディはスプーンでケチャップを塗り広げると、掬って口に含む。
「……」
「……」
「……どう?」
口の中で広がる全く新しい風味に、ガディは思わず声を漏らしていた。
「ん~! 大変に美味ですわぁ!」
姉の反応に顔を輝かせたザリスとジェサムは素早く一口食べて、両手で頬を抑えて目を輝かせる。
「最高の一品ですぅ~!」
「頬が落ちそうですわぁ~!」
明穂と颯司は微笑んでハイタッチし、自分の分も食べ始めた。
「やっぱ姉ちゃんはすげーよ」
「そーお?」
「絶対店出せるレベルだよ、今すぐにでも出そう」
「まだまだ修行中の身だから」
「完成した暁にはどうなるんだろ」
「いいや、完成なんてしないよ。あと一年経って慧習を卒業しても私の料理道は終わらない、いろんな先達に師事して古今東西多様な料理を学ぶんだ」
「志が高いですわね」
「そもそも料理道という表現も正しくないね。道のように舗装されていつか終わりを迎えるものじゃない、例えるならそう――広大な海のよう。まだ人類の手が及んでいない深海に僅かな装備のみで繰り出すような、行っても行っても限りが無い旅。生涯をかけて進んでいくそんな旅……その振り返った所に私の道が出来ているのかもしれない」
語気こそ強くなかったが、妙に迫力のある語りに颯司だけでなくガディ、ザリス、ジェサムは思わず聞き入っていた。
「……あ、あははは。なんか熱くなりすぎちゃったかな? ごめんね、変だよね」
「いいえ、とっても素敵です」
「え?」
ガディの意外な発言に明穂だけでなく、ザリスとジェサムも驚く。
「ひたむきに前に向かう者は、それだけで素敵に見えてくるものです」
「え、えへへ、素敵だなんてそんなぁ……ふふふ~ん」
「ね、姉ちゃんが卵みたいになってる……」
今食卓に出されているオムライスの卵のように、明穂の顔は蕩けていた。
木幡家の食後の片付けを手伝い、自室に戻った三人は荷解きを終え、一息ついてソファに腰かけた。
「やーっと終わりましたわ」
「もう夕方ですわね。それにしても対人テレポーターがこんなに重いとは」
「三人分プラス発電機ですからね」
「戦闘服修繕装置もそこそこ……」
「まあなるべく戦闘服は破損しないでほしいものですが」
「私達の戦闘服を破れるのはマグナアウルだけですからね」
マグナアウルに撃たれて倒れた時のことを思い出し、ジェサムは口を曲げて腕を組む。
「まったく、乙女の服を躊躇なく破るとは……まあ皮膚も肉も破ってますが」
「そもそもマグナアウルは私達の顔を見てどう思うのでしょう?」
「バイザーで隠れてはいますからなんとも言えないでしょう」
「では隠れてなかったら?」
「うーむ……」
「そう言えばクドゥリお姉様の顔を見た時、人間に似てマシな顔と言っていたような」
「失礼な物言いですが、奴の美醜の価値観によればお姉様は美人に分類されるという事ですわね」
「じゃあ私達はどうなんでしょう」
お互いの顔を見あって誰のこのパーツがお姉様に似ているとか、ここが自分と似てる、ここは違うから羨ましいと、まるで年頃の少女のようにはしゃいで話し合った。
「まあ色々言ってみたけれど、マグナアウルに美醜なぞ関係無いのかもしれませんわ」
「結局そういう結論になるのですね……」
「奴は我々ジャガックへの怨恨で動いているわけですしね。じゃないとお姉様をあそこまで叩きのめさないと思います」
「それにしても目を引き抜くとは……」
「太陽のように輝いていたお姉様の瞳を潰すなんて」
「最低下劣です、絶対に許しませんわ!」
ひとしきりマグナアウルへの怒りを爆発させた後で、持ってきた食料を記憶した手順通りに調理し、三人で食卓を囲んで食べ始めた。
「なんだか味気ないですわね」
「お姉様が居ないせいでしょうか?」
「別の星に来たせいで味覚が変わるなんて現象があるのでしょうか?」
口ではそう言うものの、三人は何故食事が味気ないか分かっていた。
「……ガディ姉さん」
「どうしたのザリス?」
「隣の人間に言ったことは本心?」
「……そうね」
「人間を素敵だと思うの?」
「人間に対してとかじゃないわ、ただ……彼女の料理に対する思いが、目標に向かって進む私達と重なって見えたの」
「……姉さんたち、変なこと言ってもいいかしら」
ジェサムが上目遣いに二人を見て、すこし言いづらそうにしながら続けた。
「私はあの人間――いや明穂と定期的に交流して親密な関係を持ちたいです」
本来であれば咎められるべき発言だろうが、ガディもザリスも言葉には出さなかっただけで秘めていた思いであることは確かである。
「そうね……」
「でも説明を求められたときどうすれば良いでしょう?」
「長い目で見れば、怪しまれないようにするために必要だったと言えばどうでしょう?」
「まさか隣の住人が宇宙人とは思うまいというやつですね」
「私達が地球に溶け込む為にも彼女を利用することにしましょう」
「……良かった」
こうしてこの日から、本来は敵同士であるはずの者たちの奇妙な友情が始まったのであった。
その翌日三人は明穂を訪ね、昨日大量に消費した卵を含めた食料の買い出しに同行し、安くで売っているスーパーマーケットをいくつか教えてもらった後で三人とも連絡先を交換して別れた。
「ふふふふふ……これでレシピをいくらでも聞き出せるわ!」
「まあそう何回も聞き出しては迷惑ですから、まずは人間世界のネットワークで検索を掛けましょう」
「えーっと……体力をつけなくてはなりませんから、肉料理が望ましいですわね。初心者向けのレシピがあれば……」
「待ちなさいザリス、私達が初心者向けで満足していいのかしら?」
「……うーん、そうですわね、検索し直します」
しかし初心者向けではない上級者向けメニューを検索した所、まず手に入らないような調理器具や調味料を使っており、いろいろ言い訳を並べつつレベルを下げた料理を検索した。
「おや、これは?」
ホロ端末を動かしていたザリスが突然手を止めた。
「どうかした?」
「オム……バーグ……」
「オムバーグ?」
「昨日のアレはオムライスと言ったかしら。一体ライスとバーグで何が違うの?」
「開きますわね」
ハンバーグをオムレツで包んだオムバーグ、そんな新しい世界を垣間見た三人は思わず舌なめずりをした。
「今日はこれにしましょう」
初めてのハンバーグ作りに三人で苦戦しつつ、なんとか三つ分形になった所で三人は疲れ果て、やろうと思っていた昨日明穂が作ったようなふわとろオムレツを作る気力が無くなってしまった。
「大変ですのね……地球の料理って……」
「その苦労の分あの味と香りが生まれるのやもしれませんわ」
三人揃って手を合わせ、ケチャップをかけたオムバーグにスプーンを刺し込んで掬って同時に口に運んだ。
「ハァ……なぜこんなに美味しいのです?」
「これ庶民向けの食事でしょう?」
「これルガーノの貴族向けの食事よりも……」
「ジェサム駄目よその先を言っては」
ガディが人差し指を唇に当てて咎め、ジェサムは肩を竦めるのであった。
皿洗いをして一息ついていると、三人にメッセージが届いた。
「は!? マグナアウルとクインテットがジェノサイドカプリースと交戦中⁉」
「ジェノサイドカプリースと⁉ 大変ですわ!」
「こうしてはいけません! ジェノサイドカプリースに先を越される前に行きましょう!」
「ところで聞きたいんだけれど」
「なんでしょう姉様?」
「ジェノサイドカプリースって……誰かしら?」
そう言えば知らなかった、まだ会ったことのない幹部だろうか。
「検索掛けますわ」
ホロ端末に表示されたのは、男女ともつかない赤髪の美人が満面の笑みでダブルピースしている写真が印象的なザルク語のサイトであった。
「なんですかこの人は……」
「この人物がジェノサイドカプリース?」
「それよりもザルク語ダウンロードしてましたっけ?」
「……まだね、今するわ」
脳内に埋め込まれた全宇宙言語自動翻訳モジュールにザルク語をダウンロードし、三人で並列化した後でそのサイトを確認した。
「護衛から星の壊滅まで、何でもサイにお任せ!」
「えーっと……特級傭兵認定、殺人行為ライセンス、ハボール級巨獣ハンターライセンス……なんだか色々な資格を持っていますのね」
「巨獣ハンターライセンスの等級でハボール級って最上級ですよね?」
「このサイがジェノサイドカプリースだとして、何故傭兵がマグナアウルと戦っているの?」
何か思う所があり、ザリスは検索ページに戻って傭兵の評判サイトに飛ぶ。
「特級傭兵サイ。出身、種族、性別、年齢共に不明。フリーランスとして約二万三千年前から活動を開始、銀河内有数の腕利きだが恐ろしいまでの気紛れ屋である」
「……もしかしてこのサイという傭兵を雇ったのでしょうか?」
「どんな傭兵か詳細はある?」
スクロールして項目を開くと別ページに飛ばされた。
「サイの実績、逸話、二つ名一覧?」
「特級傭兵といえどもページが独立しているとは……」
「相当なやり手なのですね」
スクロールしながら適当に目についたものを読み上げてみたが、まさに開いた口が塞がらないものばかり。
「シュルガ=パラクベギス間の十万年にわたる紛争に終止符を打つ、その際シュルガⅧを自身の能力のみで氷の星に、シュルガⅣを三秒に一回はザルト・ボムと同等の威力の雷が落ちる嵐の星に変えてしまい、シュルガの兵士から恐れられ『パラクベギスの魔獣』と呼ばれる」
「企業による農作物の搾取へ苦しむスルーナの現地民に雇われた際は、たった一人でスルーナⅤに乗り込んでありとあらゆる企業の物や痕跡を破壊。その後その企業は倒産し、親会社から『スルーナ第五惑星の悪夢』と名付けられるも、現地民からは半ば崇拝のような扱いを受けている」
「一度標的と定めた者はどんな相手だろうと逃れられない、反面自分が気が乗らない時は見逃すことも多い。その様を見ていつ頃からか『気紛れなる虐殺の化身』と呼ばれ、本人も気に入っているのか自身の戦闘アバターにそう名付けていると……やはりアバター使いなのですね」
「衛星を氷漬けにしたり天候を変えたりと……一体どこまで到達しているのかしら?」
「……あった、これね。自己申告によれば到達次元数は二十二次元……お姉様を遥かに凌ぐ数値ですわ」
「神の領域にも近い……そんな相手とマグナアウルが戦えば……」
「流石に惨敗でしょうね」
「雪辱を果たすのは叶いませんが、これで我々の最大の仇敵が消えるのは大きいですわね」
翌々日、マグナアウルとクインテットがサイを退けたという報せを聞き、三人は仰天することになるのだが、それは別のお話。
マグナアウルやクインテットがサイを退けたりパテウと戦っている裏で、地球での生活に悪戦苦闘しつつ慣れてきた三人に初めて出撃のチャンスが訪れる。
「ついにマグナアウルが単体で!」
「この日を待った甲斐がありましたわ!」
「早速動きましょう!」
戦闘服に着替え、自分の分のヘルメットを取ってからテレポーターに向かう。
「あいつは共闘しないと言いつついつもクインテットと一緒にいますからね。やっと一人になりましたわ」
クインテットは一人一人は大して強くないのだが、敵の情報を得た上で団結すると恐ろしいまでの力を発揮する。前回と前々回の敗北でそれは骨身に刻まれている。
現状の自分達では彼女らの団結力には勝てない。よって一矢報いることが出来たマグナアウルならばなんとか倒せるのではないかと考えての行動なのである。
「行きますわよ!」
テレポーターがオンになり、三人は真鳥町の森の中に転移した。
「この近くですわね」
「慎重に行きますわよ」
三人は新調されたそれぞれの武器を構え、腕の多用途端末の表示を頼りに抜き足差し足で向かっていると、どこかから会話が聞こえてきた。
「あのなぁ……そういう事やられると困るんだよ」
「いいじゃないか、ボクも一応君の敵って事になってるんだし」
「最警戒シグナルが出たと思って急いで出てきたら満面の笑みのお前が一人立ってた俺の気持ちを考えたことがあるか?」
「こんな素敵なボクに出会えて嬉しいだろうなって!」
「……」
マグナアウルが誰かと話している、戦闘服の透明化機能をオンにして見える場所に近付いていく。
『あれは!』
『何かの間違いでは?』
『いいえ確かに……あれは間違いないですわ』
なんとマグナアウルが喋っている相手はサイであった。
『なぜこんなに親しげなの?』
「普通のジャガック共と違ってお前には殺意を抱いてはいないがな。それでも俺に会いたいがために気紛れ起こしてこんな事されると警戒しなくてはならない訳で……というかどうやって俺だけ呼び出す方法を見つけた?」
「真鳥市の地脈に微弱なサイコエネルギーが走ってたのに気づいたんだ。ジャギバ……いやこの星では蜘蛛か。その蜘蛛の巣みたいに張り巡らされたそれがすぐに愛しの君の物だって気付いたんだよ~」
「愛しのってなんだよ」
「ボクは強敵が好きだ、君は強敵だ、だから愛してる」
「嫌な告白だな……というかお前どっちなんだ?」
「え? 性別の話? ボクにそんなの無いよ」
「な……無い?」
「そのぉ……恥ずかしい話なんだが、ボクの生まれてから数千年の記憶が欠落してるんだ。だからどこで生まれたのか、どんな種族だったか、ましてや性別も知らない、本名もね」
「じゃあサイって名前はなんだ?」
「おやじがつけてくれたんだよ。ボクを拾った暗殺者集団の頭目だ、後継者に毒殺されちゃって今はもういないけどね」
「……お前にも色々あったんだな」
「さて問題です」
「ん?」
「この中にいくつ嘘があったで……ぐえー!」
言い終わる前にサイの顔面にマグナアウルの拳がめり込んでいた。
「殺すぞ、本気に」
「ひでで……冗談だって! 全部本当だ!」
「信じられないな……雑談しに来ただけなら帰るぞ」
「待ってぇ!」
膝をついた状態から跳ねてサイはマグナアウルの両足に絡みつき、それによってマグナアウルは頭から思い切り転倒した。
「いてぇ……」
「別に今日呼んだのはそれだけじゃないんだよぉ! 君にも利がある話をしに来た」
「なんだよもう……」
両者立ち上がって仕切り直し、マグナアウルはサイの方を向く。
「まあ結論から言えば、君をボクが鍛えようって話なんだけどね」
「……んん⁉」
『今なんと言いましたの⁉』
この衝撃発言にはマグナアウルよりもガディとザリスとジェサムの方が驚いた。
『鍛える⁉ 鍛えるって言いました⁉』
『ええ聞きました! 聞きましたよ聞きましたとも! 確かにそう言いました!』
『何てこと! これは利敵行為よ!』
『気紛れでこんな事を……さすがに度が過ぎますわ!』
「まあそのー、自分で強敵を育てるのも悪くないと思ってさ。ボクの本気をぶつけてもなお戦える存在が欲しいんだ」
「まあ前戦った時お前は明らかに本気ではなかったからな」
「へぇ、どうして分かってたの?」
「その刀だよ」
マグナアウルはサイが今も納刀した状態で持っている刀を指した。
「お前がそいつを抜いている所を見たことが無い」
「よくお分かりで、こいつは特別でね。ある刀工の最後にして最高傑作なんだ。だからおいそれと抜くものではない」
「俺は抜刀に値しないと?」
「まだね、でも君もクインテットもいずれボクにこれを抜かせる存在になるだろうね」
「言い切るのか」
「ああ、間違いない」
「……お前は教えるのは上手い方か?」
「一万年と七千年前にある星の軍を鍛えて、その星系屈指の最強の軍隊に仕立て上げた事がある」
「……わかった、お前に師事しよう」
この発言で三姉妹は驚愕を通り越して恐怖した。
『なななななな⁉ 何を言ってますのぉ⁉』
『最強と最強が手を組んでしまいましたわ! この方程式の解は最悪よぉ!』
『利敵利敵利敵! 今すぐ報告を……』
「師事するのは良いんだが、そこに居る出歯亀がさっきから気になってしょうがないんだ」
「ヒィッ⁉」
思わず声を上げたザリスの口をガディが塞いだがもう遅い、三人は目配せして透明化を解いた。
「なんだお前達か」
「見られたからには……」
「ちょっと邪魔しないでくれ君達、ボクと彼が今話してるじゃないか。無視してたのに」
「むっ……」
「無視……」
三姉妹からサイへマグナアウルが向き直り、頭を掻きながらサイを咎めた。
「お前それは流石に……というか気付いてたのか?」
「ああ気付いてたとも。取るに足らないからほっといたけど」
「いい加減になさい傭兵!」
「これは立派な利敵行為です!」
「上に報告します!」
三姉妹の毅然とした声に対し、サイは口元に笑みを貼り付けたまま目だけで三人を睨みつけた。
「やれよ」
「‼」
周囲の気温が一気に下がり、冷気が肌に容赦なく突き刺さる。
「尤もそこから一歩でも動けたらの話だがね」
武器を持つ手に力を籠め、足を踏み出そうと力を入れるが、情けない事に足は一歩も動かない。
この突き刺すような寒さがサイの能力によるものではなく、自分の本能が感じた死の気配であることを自覚した頃、マグナアウルがサイの方に手を置いた。
「いじめるのもその辺にしておけ、どうせ上に報告されたとてお前は俺を鍛えるのを止めないだろ?」
「優しいんだね君は。君は敵には容赦ないから一見冷酷な人間に見えるが、本質的には優しい人間らしい」
なんだか全てを見透かされているような気がして、マグナアウルは思わず背を向けた。
「木偶の坊が居るから深く突っ込むつもりはないが、君成人じゃないだろ?」
「!」
思わず振り返り、サイはより笑みを深くする。
「戦い方ですぐ分かった。君は若く優しい人間だ、だから君はこうなってる」
「もういいやめろ」
「なるほど、今度こいつらが居ない時に君に何があったか詳しく聞かせてもらおうかな。さてと、せっかくだから今日から始めよう、剣を二本出してそのうち一本をボクに」
「スワロー」
投げ渡された剣を受け取ったサイは軽く振った後で刃に触れて切れ味を確かめると、憤怒と享楽の相が刻まれた仮面を被って戦闘アバターを呼び出した。
「轟嵐っと……さてそこの三人、今からボクとアウリィがやる訓練を見て格の違いを思い知るがいい」
「ア、アウリィ?」
「君はマグナアウルだろ? だからアウリィ」
「むず痒い……」
「良いからホラ、やるぞ」
三姉妹の見ている前で、マグナアウルとカプリースは剣を交えた。
それから二時間後、マグナアウルは無数の折れた剣の山の中で横たわっていた。
「やっぱ強いなお前……」
「ハハッ、君もなかなかさ。五回ぐらい本気になりかけた」
毀れた剣を杖代わりにしてカプリースは足を崩して地面に腰かけている。
「凍らす能力は今まで戦闘では使ってこなかったからな……今後参考にさせてもらう」
「へぇ、使えるのかい?」
「ああ、ほらよ」
カプリースが持っている剣が一瞬で凍り付き、カプリースは思わず感嘆の声を漏らした。
「うーん、君おかしいよやっぱり」
「おかしいって何だよ」
顔に手を翳してアバターを脱ぎ、サイは凍った剣を弄りながら言った。
「君の魂の到達次元数と能力の強さがかみ合ってない」
「というと?」
「君の強さ的に二十次元以上に到達しててもおかしくないんだが、どう計っても十七か十八ぐらいになるんだ。まるで何かが……」
顎に手を当ててサイは思順し体を起こしたマグナアウルをまっすぐ見て続けた。
「君の成長を阻んでいるみたいな」
「なんだよ、俺の内側に何かよく分からんものが潜んでて、それが俺の成長を阻害してるって?」
「魂の到達次元数が超能力者の全てを決めるわけではないけど、それでも占める割合は多い訳でね。もしかしたらその阻んでいる要因は君の過去にあるのかもしれない」
「まあお前になら話してやってもいいが……今日はこいつらが居るもんでな」
マグナアウルの親指が指した先には、今だ呆然としている三姉妹が居た。
「あーあ、呆けちゃって。こんなの序の口なのに」
「序の口だって? 勘弁してくれ」
お互いに顔を見合わせ、テレパシーで会話を始める。
『なんなんですのアレは』
『太刀筋が全く見えませんでしたわ……』
『まさかあいつ……常に手加減している可能性が……』
「なぁ、そのテレパシーで会話するの意味あるのか? 全部丸聞こえなんだが」
「!」
「え、話してたの?」
『何でバレて……』
「ホントだ! よく聞けば駄々洩れじゃないか! 眼中になさ過ぎて気付かなかった」
自分たちに対してあまりにも辛辣なサイに怒りが込み上げてくるも、今感情に任せて向かって行けば返り討ちにされるのは目に見えている。
「それにしても君達恥ずかしくないのかね? 姉のクドゥリはもっとマシだったぞ、素質に胡坐をかきすぎているんじゃないのか?」
ガディが奥歯を噛み締め、ザリスは目を逸らし、ジェサムは目に涙を浮かべた。
「まあそう言うな。これでも俺に一矢報いた奴らだ」
左腕をサイに掲げて見せながら、マグナアウルは初戦時の事と反動を処理した際の事を思い出す。
「へぇ、まあ少しはやるみたいだね」
「お前ら素質はあるんだから姉への憧憬を捨てて謙虚になってもっと団結力を身につければ……何で俺がアドバイスしてるんだ」
「らしいよ、せいぜい頑張りたまえ」
散々な目に遭った三姉妹だが、それでも得た物は多かった。
「テーマは団結力です!」
「そして謙虚さ!」
「お姉様を超える!」
習慣である早朝ランニングをいつもより一時間早く始めた三人は、近くの木ぎ生い茂る山の中へ向かった。
「ここからですわね」
腕のデバイスを設定し、距離計測をオンにする。
「重りを落とさないようにね。では」
まずガディが跳躍して木の上に立ち、それから程なくしてザリスがガディの方へ跳躍し、ガディを踏み台にして更に遠くの木にしがみつく。
そして最後にジェサムがザリスの方へ跳躍し、またザリスを踏み台にして更に遠くへ跳躍する。
『始めるわよ』
『ええ』
『はい! 姉さん!』
これは三人が話し合いの末編み出した訓練法である。
互いを飛び越え合って木々の間を跳躍し、山を越えてそのタイムを計るというものだ。
約九十分後、山の頂に着いた三人は昇りかけの朝日を見ながら軽いストレッチをした後で、三人並んでクドゥリから教わった格闘術の基本の型を行う。
「始めっ! 一っ! 二ぃっ! 三っ!」
早朝の山頂に掛け声が響き、手足が鋭く空を切る。
「元の位置へ! 二本目始め! 一っ!」
丁寧に型の演武をこなし、登りゆく朝日が出す光に汗が輝く。
「元の位置へ! 十二本完了!」
五分間休憩を取った後で先程と同じように並び、今度は金属の棒を用いた剣術の鍛錬を始めた。
「剣術、始めっ! 一っ!」
これも同じく十二セットやり、更に別の流派の剣術の基礎の型をまた十二セット終え、再び三人で跳躍しながら山を下りた頃には午前十時を過ぎていた。
「相当効きますわねこれ……」
「私達本当に身体機能を高めに設定してデザインされてますの?」
「お姉様が耐えられたものを耐えられないようでは、目指す場所には辿り着けませんわよ」
昨日の出来事で、マグナアウルもサイも自分達三人よりも遥か高みに居る存在であることが分かった。そこを超えるにはまずは姉以上の存在にならなくてはならない。
生まれてからそれほど日が経っていない故か、彼女らは良い意味で素直であった。
「マグナアウルを倒すその日まで!」
「一歩でも前へ進むのです!」
いい汗を流しながら、三人は帰路へ着いた。
「あ! お隣のお姉ちゃんたち! こんにちは!」
「こんにちは夏穂ちゃん」
マンションのエントランスで、夏季限定のスイミング教室から帰って来た夏穂と鉢合わせた。
「お姉ちゃんたちも運動してきたの?」
「え? どうして?」
「汗びっしょりだよ」
「あら、そうね。お姉ちゃんたちすぐお風呂に入らなきゃね」
「疲れてるの?」
「……ええ、少しだけね」
「そっか、おいしいものいっぱい食べないとね!」
「そうね夏穂ちゃん。あなたのお姉ちゃんのお料理が食べたいわ……なんてね」
「ほんと! お姉ちゃんきっと喜ぶよ!」
夏穂と廊下で別れてシャワーを浴び、昼食に何を食べようかと寛ぎながら考えていると、明穂と颯司含めた五人で作っていたグループチャットに一件の通知が来た。
「明穂さんからですわ、なんでしょう?」
「なになに……『私の家来て』と、なんでしょう?」
隣室のインターホンを鳴らすと満面の笑みの夏穂が現れ、手を引かれて部屋に入った。
「来てくれたよ!」
「おお、来てくれたんだ! 手伝って」
明穂に言われるがまま食材を切り、調味料を出して計ったりした後で「後は私がやるから」とソファーで寛いでいるように言われた。
「なんでしょうか。まさか……」
三人で携帯ゲーム機を弄っている夏穂の方を見ると、その視線に気づいたのか夏穂もニッと笑って見せた。
「そろそろできるよ、夏穂準備して」
「お兄ちゃんは?」
「秋山君ちに泊り行っちゃってもういないよ」
「もう出かけちゃったんだ……せっかくお姉ちゃんたち来てるのに」
夏穂は食器棚から大皿を取り出して明穂に渡し、五枚分の取り皿を食卓に並べ、明穂以外の四人が食卓に着く。
「さてと……お待たせしました。バクダンハンバーグです!」
さながらホールケーキのような巨大を通り越した超巨大なハンバーグが出され、三人は目が点になった。
「これは……なんというか……」
「お姉ちゃんのバクダンハンバーグ大好き!」
「良いんですの? 確かにさっき会った時に食べたいとは言いましたが……」
「別にタダじゃないよ。さっき手伝ってもらったし、なんならこの後も片付け手伝ってもらうし」
そう笑って見せる明穂に三姉妹も思わず顔を合わせる。
「どうしてそこまで……してくれるんですの?」
「どうしてってぇ? うぅーん、なんでかなぁ……」
腕を組んで額を人差し指で叩き、小さく微笑んで言った。
「まあそのー私達もさ、親が忙しくてあんまり頼れなくてさ。だからちょっとほっとけないんだよね……あはは、お節介かな?」
この世に生まれたばかりの三人は、この言葉を受けて胸の裡から込み上げてくる何かの名前を知らなかった。
「いいえ……とんでもありません」
「だったら私達も甘えさせていただきますわ」
「明穂さんも困った時があったら言ってくださいね」
伏せ目がちだった明穂が顔を上げて微笑み、両手を合わせて言った。
「食べよっ! 冷めちゃうから!」
五人とも両手を合わせていただきますと言い、ハンバーグを切り分けて食べ始めた。
運命のいたずらから始まったこの奇妙な友情、果たしてどのような結末を迎えるのであろうか。
それはまだだれにも分からない。
To Be Continued.
なんという事でしょう、まさかとまさかが正面衝突。
明穂とガディ、ザリス、ジェサムが友情を結ぶという。
これもある意味Double Sideですね。
果たしてこの友情の向かう先は悲劇か、それとも……。
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それではまた来週!




