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青春Double Side  作者: 南乃太陽
遭遇編
1/17

告白とファーストコンタクト

「付き合ってよ」

「へ?」

 我ながらなんとも間の抜けた返事だと少年は思った。

「だからさ、あんたと私ってずっと一緒だったじゃん」

 よく見慣れたはずの少年の顔を直視することが出来ないのは、きっと夕焼けのせいではないだろう。

「けどね……最近……ああもう!」

 意を決して真っ直ぐ彼の目を見た少女の脳裡から、昨日必死で考え紡ぎ上げた言葉が一気に吹き飛んで軽くパニックを起こした彼女は、ついに秘めた思いを解放した。

直江奏音(なおえかのん)千道京助(せんどうきょうすけ)の事が大好きなの!」

 何故だか涙が出てきた、緊張の糸が切れたからだろうか。

「マジで言ってる?」

 夕焼けと近くの花をつけた梅の花も相まってか見慣れた奏音の顔が真っ赤に染まり、京助はなんだか感動にも似た不思議な感覚になった。

「ちょっと待ってくれよ、泣くことないじゃん」

 男というのは惚れた女の涙には弱い、京助も例外ではなかった。

「だってワケ分かんなくなっちゃったし……早く答えてよ」

 何の思順もなく、殆ど脊髄反射と言っていいぐらいに言葉が口をついて出た。

「俺も好きだ」

「本当に?」

「マジだよ……改めてこれからよろしくな。だからもう泣くのはやめて、頼むって」

 京助は奏音を抱きしめ、ここにひとつの恋が成就したのだった。

 さて、この物語はこんな甘酸っぱくて特別で、それでいてありふれた青春の一幕から始まる。だが二人には秘密がある、決して明かしてはならず、知られてはならない秘密が。二人の秘密とは何か、まずは彼らの日常を見ていこう。

 

 時刻は八時半前、真鳥慧習館(まとりけいしゅうかん)高等学校普通科、二年三組の教室にて。

「ウソ、ホントに⁉」

 夢咲林檎(ゆめさきりんご)が棒付きキャンディーを取り落しそうになり、目を見開いて真っ赤な奏音を見た。

「ホントです」

「良かったじゃん、セーシュンしてんね」

「良かった。良かった……んだけどさぁ」

 奏音は出ない言葉を絞ろうとポニーテールの根元をがしがしと掻き、林檎はその様を見てにやりとした。

「なにー? 前日眠れなかった? それともセンキョーにコクる時泣いちゃった?」

「何で分かんのよ」

「ウチそーゆーの鋭いし、まあ良かったじゃん。カノちゃんとセンキョーって絶対お似合いだよ、まあ戦友のウチより幼馴染(ナジミ)のカノちゃんの方がセンキョーの事知ってるだろうけどさ」

「でもさぁ……これからいろいろやってくと思うとちょっと不安でさ」

「うーん、そこんとこはサッチーに聞いたがよくね? てか他のみんなには言ったの?」

「まだかな、直接言ったがいいかと思ってさ」

「ンマー、ウチは応援するよ。ウチらにだって日々を楽しむ権利はあるしね」

 その時、教室の後ろのドアが勢いよく開き、学生用鞄を抱えた京助がやって来た。

「おはよう諸君」

「おー! 千道京助容疑者逮捕だ!」

 クラスのムードメーカーである佐川幹人(さがわみきひと)が京助をヘッドロックし、文字通り連行していった。

「放せ! 冤罪だ!」

「観念しろ証拠は上がってんだ。よし、裁判すっぞ!」

 男子達に囲まれ、京助を被告人とした裁判が始まった。

「んで俺はどんな罪に問われてるの?」

「大罪だぞお前、死刑だぞ」

「情状酌量なし?」

「なし、てなわけでこいつの罪状を発表する。(こう)ちゃんどうぞ」

 いつも京助や幹人とつるんでいる角田弘毅(すみたこうき)がもっともらしく咳払いすると、ノートを縦に開いて罪状を読み上げた。

「えー、昨日我々を差し置いて彼女が出来た罪です」

 京助の目がうんざりしたように上を向き、怒号と黄色い歓声が聞こえた。

「はぁぁぁ⁉」

 奏音が裁判所に乗り込んできた。

「何で知ってんの⁉」

「マジで誰が漏らした? 殺すわ」

「理数科三組のヤツが見たって木原っちが」

「じゃあ……じゃあ見られてたって事は……」

 京助は一部が白髪になった前髪をかきあげると、満面の笑みで奏音の肩を抱き、ピースサインを突き付けた。

「まっ、そういう事で!」

「あーっこいつ! 見せつけやがって!」

「直江さんと幼馴染ってだけで勝ち組のくせに彼女にしやがって! 死刑だ!」

 男子達のブーイングと死刑コールが朝の教室に響き渡る。

「コラお前達、朝から物騒なコールをするんじゃない」

 教室の前の扉から担任の増田阿澄(ますだすみ)先生がやって来て、バインダーを教卓に置いた。

「先生ェ! 聞いてくださいよ先生! 京助の奴直江さんと付き合い始めたんですよ! 俺たちの直江さんを……」

「違うぞ、もう俺のな」

「あーお前! 言っていい事と悪い事あるぞ!」

「うーん……ちょっと鼻につくな」

「なんでですか⁉」

「ハイハイ、死刑コールも見せつけるのもやめなさい。五分前着席だ」

 物騒だが和やかな雰囲気でホームルームが始まり、午前中の授業が終わり昼休みとなった。

「一緒食うか?」

「うん、行こ」

 中庭のベンチで購買に向かった奏音を待つ間、京助は弁当箱を袋から取り出して待っていた。

「お待たせ!」

 奏音が手を振って駆け寄ってくるのが見えた。

「おう、じゃあ食うか」

 開いた京助の弁当箱を隣に座った奏音が覗き込んだ。

「いただきます」

「毎日作るの偉いと思う。一人暮らしなのに」

 奏音はフィッシュバーガーを頬張りながら、アスパラ巻きを咀嚼する京助をじっと見ていた。

「晩飯のついでに作ればそれでいいの」

 極めて平静を装うため、京助は中庭の噴水の出す音に集中する事にした。

「私だったら無理だな」

「知ってる、奏音にゃ無理」

「はぁ? 私だってやろうと思えば弁当の一つや二つ作れるんですケド」

 肉じゃがの芋を箸で割ってから口に放り込むと京助はニヤリと笑った。

「ホントか? じゃあ毎日俺の弁当作ってくれるか?」

「えっ……それは……」

 赤くなった奏音を見て、京助は我が意を得たりと畳み掛けた。

「あっ、これなんか付き合ってるっぽくていいな。こりゃ名案だ」

「もうっ、からかうなっ!」

 奏音の拳が京助の頭に軽く触れた。

「ごめんて……ンだよ、ちょっと節約できると思ったのに」

「え、逼迫してるの?」

「いいや、遺産はまだかなりあるし特許料で笑いが止まんねぇぐらいあるよ。この前なんかさ……クフフッ……八桁入っててさ……ヒヒヒッ」

 八桁クラスの臨時収入を得た時のことを思い出し笑いしている京助を見て奏音は呆れたように溜息をついた。

「なーんだ、心配して損したわ」

「まーでも大変だぜ、サポートしてくれる人はいるけど一人でいろいろ管理するのって」

「それでも頑張ってやろうとしてるあんたってホントに凄いと思うわ」

「いや~それほどでも」

 実は五年前に京助の両親は事故でこの世を去っており、引き取り手の居なかった京助は以降一人で真鳥市郊外の豪邸に住んでいる。父である千道万路(かずみち)は科学者で、多くの特許を取得しており、その使用料と所属していた大企業の補助金で京助は生活を維持できているのだ。

「まあその~、な……うん」

 突然京助が足を投げ出して何か言いたげに言い淀んだ。

「どうしたの? 歯切れ悪いけど」

「今までいろいろ大変だったけどさ……」

「なに〜言ってよ」

 意趣返しとばかりに奏音は指をぐりぐりと京助の肩に押し当てた。

「正直な話、奏音のおかげで今の俺があると思ってる」

「えっ……」

 指のぐりぐりが止まったと同時に、僅かな照れを帯びた真剣な眼差しで、京助は奏音を見据えた。

「事故のせいで記憶飛ばしちゃった時もさ……ずっと傍にいて励ましてくれたじゃん」

 奏音の表情が曇る。事故のショックで京助は解離性健忘を患っており、事故以前の数か月の記憶がないのだ。

 京助の前髪の一部が毛根から白髪化している事から余程恐ろしい目に遭ったらしい。

「俺にとってさ……奏音ってめちゃくちゃ眩しい存在なの。だから告白してくれた時はなんかヨユーっぽくフカしちゃったけど……めちゃくちゃ嬉しかった」

「もうやめて、恥ずかしいって……」

 言えと促したのは自分だが、こうまで真っ直ぐに言われると流石に照れが勝つ。自分がこんなにも照れ屋だったとは思わなかった。

 腕で顔を隠し、耳まで真っ赤な奏音を見て京助はしまったと思った。

「悪ィ、ちょっと本音出ちゃった。まあ感謝してるのはマジだから」

「今言ったことマジ?」

「このタイミングでウソは言わない」

「……良かった」

 なんだか変な空気になってしまった。

「……その、京助」

「うん……」

「あの……えっと……」

「が~い~す~と~!」

「ひああああっ⁉」

 いつの間にか二人の背後に林檎が立っていた。

「やめてよ! 寿命縮んだわ!」

「あんたらのキス待ちしてたんだけどさ、いつまで経ってもしないから冷やかしに来た」

「お客さん、冷やかしなら帰ってくんな」

「ひどいわ~〝戦友〟を追い返すだなんて」

「何だユメリンゴ、新しいネタでも仕入れた?」

 林檎がスマホをスクロールすると、にやっと笑って京助の鼻先に突き出した。

「じゃ~ん『マトリの謎』更新でーす」

「おお、来たか!」

 京助と奏音が林檎のスマホを覗き込むと、短文型SNSであるホイッスラーの『マトリの謎』というアカウントのメディア欄が表示されており、最新投稿は数分前になっていた。

「動画かぁ、見ようぜ見ようぜ!」

 ライブ配信の切り抜きらしく、映っているのは真鳥市内の繁華街である。配信者が景色を映しながらしばらくとりとめもない会話をしていたが、二分ほどしたあたりでビルの隙間の空を人型の影が猛スピードで駆け抜けていった。

 配信者はそれに気付かず、相変わらず最近の時事ニュースについて語った所で動画は終わっていた。

「どっちだこれ」

「鳥人間だって」

 住民間の仲が良く活気と静けさを併せ持つ真鳥市だが、怪奇現象の目撃が絶えず、都市伝説の舞台となっている。

 中でも住人達の関心を最も集めているのは『鳥人間』と『忍者軍団』である。

「スローにできる?」

「ちょいとお待ちよカノカノちゃん……ほら」

 不鮮明ではあるものの、確かに人型の影がビルとビルの間を一瞬で通過している。

「不思議だったんだけどさ、鳥人間ってなんで鳥人間って呼ばれてるの?」

「……つまり?」

「いやさ、あんまり私そういうの追ってないからアレだけどさ、言うほど鳥っぽくはないじゃん。飛ぶだけなら鳥ってつかなくない?」

「チョッチ待って……これみて」

 ホイッスラーではなく、公式サイトのアーカイブから過去の投稿を示していた。

「見てほら、これ」

 五ヵ月前に撮影された鳥人間とされている写真を見ると、森林公園の辺りで大きな翼を広げて空を飛んでいる所が撮影されていた。

「確かに鳥だ……」

「しっかしこいつらって何者なんだろうな」

「UMAじゃね?」

「UMAってネッシーみたいな怪物の事?」

「そそ、未確認動物の事、イエティとかビッグフット、日本じゃツチノコとか河童が有名かな。ウチ的には河童はUMAってか妖怪だと思うけど」

「そうだよな、河童がUMA扱いされんのなんか納得行かねぇよな」

 もうお分かりだろうが、京助と林檎はかなりのホラー・オカルト好きである。高校進学後意気投合して以降互いを戦友と呼び合い、面白そうなホラー作品を薦めあっている。

「話を戻すとこいつはなんだ?」

「空飛ぶ人型UMAって結構居るよね、モスマンとかフライング・ヒューマノイドとか」

「そのまんますぎない?」

「あとオウルマンとか居るな」

「続報待ちじゃない?」

「出るかな、続報」

 とりあえずこの日は解散となり、掃除のために各自の持ち場所に向かった。

「な、京助」

 校舎の裏を熊手で掃き掃除していると、幹人が京助に話しかけてきた。

「マトリの謎見た?」

「あー見たわ、鳥人間目撃されてたな」

「一回会ってみたいよな」

「なんでそう思うん」

「サイン欲しいんだよね俺」

「都市伝説からサイン貰うの? 貰ってどうすんだよ」

「そりゃ自慢になるだろ」

「誰に自慢するんだよ」

「みんなだよ」

「危ねぇ奴かもしれんぞ」

「いや~、鳥人間ってそんな奴じゃないと思うんだよな」

 幹人いわく鳥人間はスーパーヒーローのような存在であり、真鳥市で頻発する怪奇現象と戦っているゴーストバスターであるとのこと。

「そーお?」

「何件かあるだろ? 鳥人間は良い奴だって投稿」

「忍者軍団はどう思ってるの?」

「そっちもいいよなぁ、全員からサイン貰いたい」

「サインにこだわるなぁ……貰ってどうするんだよ。ホラ手ぇ止まってるぞ、俺まで巻き添え食うのゴメンだからよ」

 熊手で掻き集めたゴミをちりとりに移し、ゴミ捨て場に持って行った。

「……ヒーローね」

 京助はゴミ箱に吸い込まれる落ち葉を眺めながらそう呟いた。

 

 午後の授業もつつがなく終わり、ホームルームを済ませて放課後となった。

「一緒帰るか?」

「うん、そうする」

 京助はやる事が多い為帰宅部であり、奏音は学校外部の音楽教室に週三で通っているため、ホームルームが終わるとそのまま帰ってしまうことが多い。

 河川敷の散りかけの桜の下を歩きながら、なんだか新鮮な気分で二人は帰路に着いていた。

 以前までは盛り上がっていた会話もどこか気まずく、心做しか風と車の音が大きく、そして桜の花の散るスピードが遅く見える。

「手、繋ぐ?」

「お、おう。そうだな」

 京助は鞄を左手に持ち替え、制服のズボンで掌と手の甲を素早く拭って何故かそっぽを向きながら右手を無造作に差し出し、奏音は生唾を呑み込み、何故か軽く一礼しておずおずと京助の手を包み込んだ。

 こんな風に手を繋ぐのは実に小学校ぶりである。あの頃なんてことなかった行為が、成長と関係性の変化でここまで意味のあるものになるのかと、二人は早くなる心拍を数えながら驚いていた。

 やはりというかなんと言うか、会話を弾ませるどころかもっと気まずくなった。

 太陽を反射してきらきら輝く川の水面を見て意を決した京助は、一息つくと切り出した。

「これから俺らって……どうなっていくのかな」

「……デートとかしちゃう?」

「今から?」

「えっ……あっと……まだ早い……んじゃないかな?」

「部屋デートとか……でも俺らってさ、互いの部屋知ってんだよな」

「……確かに、部屋デートって緊張するって言うけどさ、今更感すごいよね」

「まあその分気心知れた仲って事だし、ヘンに緊張しなくてもいいってこったな」

 やっと緊張が解れてきたところで、移動販売の車が目に留まった。

「あの店……確かあそこのメロンパンアイス好きだったよな?」

「うん、覚えててくれたんだ」

「買うよ」

「いいの?」

「おう、俺も小腹減ったし」

 財布を取り出すとメニュー表を軽く一瞥し、素早く注文を済ませて番号札を受け取った。

「何頼んだの?」

 先に座って待っていた奏音の隣に座ると、京助は番号札を弄びながら答えた。

「なんかわかんないけど、期間限定のハッシュポテトベーコンバーガーってやつ」

「ほんっとハッシュドポテト好きだよね~」

「ああ、マックはいい加減昼メニューにハッシュドポテト追加しろよな」

 頑なにメニューを入れ替えないマクレガーバーガーに文句を垂れつつ、メニューに今日の小テストの結果などの話をしていたら番号が呼ばれ、京助が向かおうとするのを無理矢理奏音が肩を押して座らせ、奏音がハンバーガーとバニラアイスがサンドされたメロンパンを持ってきた。

「はいこれ」

「ありがと」

 京助は包み紙を剥がして食べ始め、奏音はメロンパンをアイスごと齧った後で付属のスプーンでアイスを掬うと、しばらく無言でアイスを見つめた。

「どした奏音、食べないのか?」

「……はい」

「え? あ……え⁉」

「付き合ってるんだからこれぐらい……ほら食べてっ!」

 所謂「あーん」というやつだ。何故だか視覚以外の感覚が急激に鋭くなり、京助はバーガーを嚥下すると意を決してスプーンに口を付けた。

「おいしい?」

「うん……すげー美味い。濃厚」

「あっ……ははは! 良かった!」

 照れ隠しで奏音はメロンパンにかぶりつき、京助は肩の力を抜くように努めた。なんだかそよ風ですら自分たちを囃し立ててる気分になり、後悔にも似た恥じらいがメロンパンのザラメの甘味と共に奏音の口に広がった。

「ふぃ……ごちそうさま」

「行く? あ、ちょい待ち」

「うん? どうし……」

 京助は奏音の口角を小指で拭うと指の腹に付いたバニラアイスを舐めた。

「仕返しだ」

 そこからはもう凄かった。奏音の顔がコンマ一秒以内で高速変化し、音として表現できない奇声を上げながら通学鞄を振り回して京助を追いかけ回したのだ。

「待て待て待て待て待て待て! 落ち着け!」

 十数メートルほど走ったところで京助の呼びかけによりやっと正気を取り戻したが、奏音は顔を真っ赤にして叫んだ。

「あんたねぇ! 心の準備ってものがあるでしょうが‼」

 顔が真っ赤なのはきっと走り回ったせいではないだのろう。

「だってお前が先に……」

「心臓に悪いからいきなりはやめて!」

「なんでぇ? 俺悪いことした?」

「悪くないけど悪い!」

 頬を掻きながら心の中で「恋愛って難しい」とつぶやく京助であった。

 

「はぁ……」

 京助と別れて帰宅した後、熱いシャワーを浴びながら奏音は自らの行動を心底後悔した。

「マジ最悪……私バカ」

 結局あの後いつにもまして微妙な雰囲気になってしまい、ぎこちないままでまた明日で解散となってしまった。

「『変なこと言ってマジごめん、ホントは嬉しかったよ』っと」

 シャワーで頭が冷えた奏音はメッセージを送り、首元のタオルで頭を拭いながらキッチンに居る母の和沙に向かって聞いた。

「ねえお母さん、お父さんって今日早いかな?」

「うーん、いつも通りじゃないかな、多分もうすぐよ」

「ちょっとご報告が……あるんです」

 和沙は包丁の手を止め、こっちを見てニヤッと笑った。

「ふーん……そう。そうなんだぁ」

「えっ……違うから!」

「別にぃ、お母さんは何も言ってないけどぉ?」

「とにかく一緒にご飯食べるとき言うから!」

 膨れる奏音を見ながら、和沙は心底愉快そうに口角を上げたまま何度も頷き、鼻歌交じりで料理を再開した。

「奏音~?」

「何?」

「お赤飯炊くぅ?」

「だから違うって!」

 唸りながらソファのクッションに顔を突っ込んで父の帰宅を待っていると、玄関ドアの開く音がした。

「ただいま~」

「お帰りなさい、手洗ったらご飯にするわよ」

「飯が先か、今日は何だろな~」

 着替えてから手を洗い三人は食卓についた。

「いただきます」

 しばらく箸で食事をつついていたところで、父の誠が娘の様子がおかしいのに気が付いた。

「どうした奏音、具合でも」

「あ~、そうだった。奏音ちゃんね、私たちに言いたいことがあるんだって」

「言いたいこと……わかった」

 誠は箸をおくと、咳払いをして手を膝に置いた。

「父さん何でも聞くぞ、奏音の力になってやるからな」

「ちょっとそんなに真剣にならないでよ、言いづらいじゃん」

 そうかと呟き、誠は缶ビールの栓を開けた。

「じゃあ言ってごらん」

 奏音は深呼吸するとまっすぐ両親を見て言った。

「彼氏ができたの」

 一瞬だけ誠の動きが止まり、ビールを置いてから満面の笑みで答えた。

「そうか……そうか! 奏音ももうそんな歳か! 良かったじゃないか! 良かった良かった‼」

「あのねぇお父さん、そう言うのなら手の震えを止めたらどうなの?」

 手どころではない、全身が震えている。

「……和沙、奏音。ごめんな、明日会社に行った後父さんを見るのは夕方のニュースかもしれない」

「あら、(バラ)すつもり?」

「ちょっとやめてよぉ! 相手ぐらい聞いて!」

「そうだった! ウチの奏音にくっ付いた悪い虫を駆除せねば」

「京助だよ」

「ああ、京助君か! 悪く言ってすまんかった京助君!」

 誠は立ち上がって千道邸がある方角に土下座をすると、即座に奏音に向き合った。

「いいか奏音、京助君に失礼のないようにしろよ!」

「なんでよ! 娘の私の味方をしてよ!」

「そうねぇ、うちの子の事だし腕振り回して追っかけまわしたりとかやらかさないといいんだけど」

「ギクゥッ⁉」

「あ、もしかしてやっちゃった後? あーあ、手遅れね」

「やだやだやだ! やだっ!」

「揶揄うのはやめろ母さん、京助君なら大丈夫だ」

「ホントに?」

「そうね、京助君なら奏音の性格も知ってるだろうし、なんだかんだ長続きするんじゃない?」

「姓はどうなるかな」

「千道奏音か直江京助ねぇ……千道奏音、なかなかいいじゃない」

「結婚は早いって!」

 誠と和沙は自分の娘の新たな一面を見れた気がしてなんだか嬉しい気分になった。

「じゃじゃ馬娘がこんなに照れ屋だったとは」

「自分でもびっくりだよ……」

 その時、奏音のスマホの通知が鳴り、三人の顔が一斉に引き締まった。

「……来たみたい」

「行くのか」

「うん」

「奏音ちゃん……」

「着替えてくる」

 自室に戻った奏音は動きやすい服に着替えると軽く歯を磨いて顔を洗い、両親に微笑んで力強く言った。

「行ってくるね」

 ドアが閉まった後、和沙は顔を手で覆ってから呟いた。

「一年経つけど慣れないわ」

「俺もさ。けどこれは奏音が選んだ道なんだ、せめて見守ってやるしかない」

 二人は窓越しに送迎車に乗り込む娘を見送るのであった。

 奏音を乗せた車は真鳥市の外れにある大きなビルに向かっていった。このビルを所有しているのはウィルマース財団、世界的な大企業であり、様々な技術の発展に寄与している。

 一体どうして一介の女子高生である奏音が世界的大企業から迎えが来たのか。それはウィルマース財団が秘密裏にやっていることに関係している。

 奏音を乗せた車は車ごとエレベーターに入ると、地下三階に降下した。

「お疲れ様です、ご健闘を祈ります」

「いつもありがとうございます」

 車から降り、扉を抜けると清潔な印象を受ける白くて広大な部屋が現れた。

「やっほ」

「あら、早かったわね」

 奏音より先に来ていたのは、制服姿の天海皐月(あまみさつき)。奏音と同じ慧習館高校の生徒であるが、彼女は理数科に在籍している。

「帰ってなかったの?」

「ええ、稼いでたところを捕まったの」

 ニヤリと笑って指したのは、袋に詰まったUFOキャッチャーの景品たちである。

「何でそんなにUFOキャッチャー上手いの?」

「機種の傾向と配置のパターンさえ理解した上で、アームの強弱を把握すればイチコロ」

「いいなぁ、お小遣いになるんでしょ?」

「景品一個につき五百円、たかが五百円されど五百円」

「四個取れば二千円、二十個取れば一万円だもんね」

 皐月はUFOキャッチャーが上手いため、その特技を生かしてクラスメート達から景品代行を請け負って、ゲームにかかった金と手数料の五百円を受け取って小遣い稼ぎをしている。

「五百円玉貯金箱ももうすぐ十箱行きそうだよ」

「一つ十万だとすると百万か」

 百万円あったら何するかを奏音が考えていると、扉が開いて二人の女子が入って来た。

「こんばんは」

「おばんでーす」

 先に入って来たのは白波麗奈(しらなみれな)、慧習館インターナショナル科の生徒で、後から来たのは木幡明穂(きはたあきほ)、同じく慧習館の調理科に在籍している。

「食べる~?」

 明穂が肩に下げたボストンバッグからマフィンが入った包みを取り出して皆に配っているとき、後ろのドアが開いて林檎が入って来た。

「ほいーす、ウチがラストか。お、アキちゃん新作?」

「そだよ~、ほら」

 林檎はマフィンを受け取ると、食べながらソファーに飛び込んだ。

「麗奈ちゃん、お父さんなんて言ってた?」

「今調査中みたいです、多分もう少し時間がかかるかと」

「そっかぁ……じゃあちょっとさ、みんなに聞いてほしい事があるんだけど」

 四人の視線が奏音に集まり、助けを求めるようにちらりと林檎の方を見たが、林檎は首でちゃんと自分で言うように促した。

「彼氏ができました」

 林檎以外の三人が驚いたように目を見開き、すぐに麗奈の拍手の音が響いた。

「おめでとうございます! 良かったじゃないですか!」

「カレシか、羨ましいなぁ」

「相手は誰?」

「センキョーだよ」

 一瞬皐月の目が天井を向いたがすぐに腿を叩いて林檎の方を指差した。

「千道君?」

「そー、ナジミがゴールインしたの。めっちゃ良くない?」

「去年文化祭で歌ってた前髪白い人だよね」

「そー、マジ上手くてウケたわアレ」

「ああ~、あの一人暮らしのよく怪我してる彼か」

「知ってたの?」

「中二の時に小学生のサマーキャンプの手伝いに行ったとき、彼と同じ班だったの。そっかぁ、彼とか」

 皐月は奏音の方を見て笑うとサムズアップして笑った。

「いいんじゃない? というか誰にも咎められるものではないよ」

「ええ、私たちには使命があるとはいえ、日々を楽しむぐらいは許されると思います」

「千道君って確か一人暮らしだよね? 私が料理教えてあげるよ」

「みんなありがとう……良かったぁ」

 奏音の肩の力が抜け、明穂が後ろに立って肩を揉んだ。

「好物聞いといてね、レシピ考えとくから」

「サンキュー明穂、やっぱ持つべきものは友だね」

 その時、部屋の中のモニターが点灯し、白衣を纏った中年の男が映し出された。

「こんばんは、集まってくれてありがとう、調査の結果が出た」

 彼は白波圭司博士。麗奈の父であり彼女らを招集した張本人である。

「出たんですか?」

「ああ、空呑山で反応があった」

「おばけ山か、奴らにぴったりだね」

「我々だけでの対処は困難だ。君達の力を借りたいのだが、良いだろうか」

 全員が頷いたのを見て、白波博士は微笑んで続けた。

「一時間ほどで迎えが来る、それまで待機しておいてくれ。健闘を祈る」

 モニターが消え、一旦五人の間に安堵感が漂った。

「今日はどんな奴かな」

「厄介じゃなきゃいいけど」

 奏音はポケットに入れておいた掌に収まるサイズの金属製のデバイスを取り出し、表面に刻印された「QUINTET M:ONE」という文字を拭った。

「京助……必ずやり遂げるから」

 四十分ほどで迎えが来て、五人は大型車両に乗り込んで空吞山に向かって出発した。

「まだ明るいね」

「でも着く頃には暗いし、場合によっちゃ泊りかも」

 麓のバリケードが開き、バリケードの前に立っていたタクティカルベストを纏ってライフルを持っている警備員が軽く手を上げて運転手とハンドサインを交わした。

「そろそろだね」

「気合入れてこ」

 しばらく行ったところで五人は降ろされ、おばけ山と仇名されるにふさわしい薄暗く不気味な山林を進み始めた。

「よっしゃ、お仕事開始!」

「かいしー」

 頬を叩いて気持ちを切り替えてグラス型デバイスをかけると、補正機能により一気に視界がクリアになる。

「今からコード呼びね」

「了解」

「はいはいよ」

 直江奏音は大きな秘密を抱えている、それがたった今行っているこれだ。彼女は一介の女子高生でありながらウィルマース財団に協力し、その一員として財団の裏の使命を果たしている。

 では「裏の使命」とは一体何なのか、それは「世界及び地球の防衛」である。

 一般人には知らされていないが、地球は何百年も前から幾度となく宇宙(そと)からの脅威に晒されており、一九九九年以降それは激化しているのだ。

 幸いな事に現状は局所的な侵攻に留まっていたり、何らかの要因で撃退できたケースが多く世界は平穏を保っている。

 だがしかし一部の地域では攻防が繰り広げられており、ウィルマース財団は自らの科学技術の粋を駆使し、時には国や別の公的組織と協力して防衛体制を敷いている。

 真鳥市もそんな宇宙(そと)からの攻防が繰り広げられている場所の一つなのだ。

「みんな、あっちから反応あるよ!」

 明穂の方に振り返った麗奈が答えた。

「了解デメテル、ルナはどう?」

「こっちはナシ、とりあえずデメテルが言った方に向かお。異存ない?」

 皐月が残りの二人を振り返る。

「ミューズ了解」

「イドゥンはオッケーでーす」

「一応確認、アフロダイは?」

「異存ありません」

「デメテル、行こ」

 五人はグラスに表示されている情報を基に木々をかき分けながら進んでいく。

 彼女らは特別精鋭遊撃部隊クインテット。奏音(ミューズ)皐月(ルナ)明穂(デメテル)林檎(イドゥン)麗奈(アフロダイ)、それぞれが女神のコードネームを冠した戦士なのだ。

「あの先に居る」

「イドゥン、敵の数わかる?」

 林檎が前に出てグラスのAR機能を操作した。

「雑魚が四十体ぐらい、んで中堅が四体で大物(本命)がいる感じ。前みたく出動したはいいけど敵が全員居なくなってたって事は無いみたい」

「わかった、ここで着よう」

「奇襲ね、了解」

 それぞれが横一列に並び、グラスを外してポケットから奏音が持っていたような金属製のデバイスを取り出した。

「コード認証! 転送鍵(てんそうけん)展開!」

 五人の持つデバイスの先端からそれぞれマゼンタ、天色、マリーゴールド、常盤色、本紫に光る透明なブレード状のパーツが飛び出た。

「全身装着! GO! クインテット!」

 上空に三平方メートル程の長方形の光る金属板が五枚出現し、ブレード状のパーツをそれに向かって突き出すと金属板が展開して体に装着されていき、五人の姿を変えていった。

 可憐な少女たちは黒い鎧(パワードスーツ)に身を包んだ戦士たちに瞬時に姿を変えた。

 これはC-SUITといい、ウィルマース財団が開発した限られた者のみが纏うことが許される科学技術の粋だ。彼女らは地球を守るため、今日もこれを纏って戦いに挑む。

「さあ……行こう!」

 ミューズの発破で全員のパワードスーツに走る光のラインが点灯し、それと同時に走り出した。

「デメテルは直進! ルナは左から! イドゥンとアフロダイは後方援護よろしく!」

「はいっ!」

「任せなミューズ!」

 ミューズとルナが回り込み、三方から突撃する形で開けた場所に入った。

 そこにいたのは概ね人の形をしていたが、人間ではない者たち。奴らの名はジャガック、真鳥市を狙う宇宙(そら)から来た邪悪なるものどもだ。

「なんだおまっ」

 統一された服装の雑兵の一人が何か言う前に、ミューズがマゼンタの光の軌跡を空に描きながら飛び蹴りを見舞って吹き飛ばした。

「あんたらの敵だよ」

「おのれクインテットめ! 戦闘態勢!」

 特殊な装備を身に着けたリーダーらしき人物が腕を振り上げて怒鳴りつけた。

「やっちまえ!」

 雑兵のハンドガンサイズのビームブラスターを跳躍して躱すと、腰に下げたグリップ状のものを取ると二つに割ってスイッチを入れた。

「せやああああああっ!」

 グリップの先端がマゼンタに輝くと右手には手斧、左手には短刀が形成され、その二つを用いて敵の中に突撃し、多くの敵を切り裂いていく。

「こっちがガラ空きだよっ!」

 左側から回り込んでいたルナが天色に光る刀身を持つ太刀を用いて敵のレーザーブレードと切り結び、一体一体的確に倒していく。

「人間如きがっ!」

 ルナの後ろから槍が迫るも、その主は巨大な鉄塊に吹き飛ばされた。

「フゥ、危なかった! ありがと」

「礼はいいから集中して!」

 鉄塊がデメテルの腕に収まり、デメテルも戦の輪に加わった。

 盾にもなる巨大な手甲を用いて向かってくる敵を次々と殴り飛ばしてく。

「喰らえっ!」

 両腕の手甲が射出され、次々と敵を吹き飛ばし、三人だけで雑兵のうち半分を倒してしまった。

「噂以上にやるじゃねぇか! だがこのベラグ様には勝てねぇぞ! 全員纏めて甚振ってやる!」

 残ったベラグの部下は陣形を立て直し、ミューズ、ルナ、デメテルと相対する形となった。

「雑魚を大量に殺った所で調子に乗らねぇ事だ! 二十三対三でそっちが不利だ!」

「それはどうかな?」

 ミューズが首を曲げるとそこを掠めて二つの光線が飛来し、べラグの右側に居た雑兵の半数が吹き飛んだ。

「バカだねぇ~、ウチらの事知ってたのに。こんな簡単なことも忘れちゃうわけ?」

 木の上から大型ビームライフルを担いだイドゥンが、木陰から弓を構えたアフロダイが現れた。

「私達の名はクインテット、地球の言葉で五重奏って意味なんです」

 ここに五人が並び立ったことで、一部の雑兵は武器を強く握り締めたり後ずさりして怯んでいる。

「あんた達が真鳥市(ここ)で何を企んでいようとも! 私達五人か必ず止めてやる!」

 その言葉に込められた覚悟と気迫は、弱冠十六歳の少女が出したとは思えぬものだった。これには雑兵どころか、彼らを率いるべラグですら一瞬気圧された。

「地球人のガキに何ができる! かかれぇっ!」

 全員が一斉に走り出し、総力戦が幕を開けた。

「よっと! はぁっ!」

 イドゥンはライフルの銃床で迫る敵をなぎ倒し、もう一つのグリップからサブマシンガンを生成して連射し、周りにいる敵を牽制した。

「デカいのあげる!」

 大型ライフルの先端にサブマシンガンをマウントし、二つの銃口から高威力の光球が炸裂し、雑兵をまとめて吹き飛ばした。

「てあっ!」

 アフロダイは雑兵を纏めていた三人の部隊長のうち二人を相手取っていた。連携の取れた槍の一撃一撃を素早い動きと自身の槍捌きでいなしていく。

「二対一は厄介ですね! はぁっ!」

 背中と足に備え付けられているジェットで飛び上がり、空中で自身の槍を弓に変形させて二発放ち、うち一体を引き離した。

「はぁっ!」

 弓を槍に変形させ、空中で旋回しなら突進し、うち一体を撃破した。

「次はそちらです、覚悟なさい」

 しばらく二人で睨みあっていたが、先に動いた部隊長の一撃をいなすと、がら空きの背中に素早く突きを三度繰り出して撃破した。

「ふぅ……よしっ!」

 他メンバーの援護に向かい、部隊長二人を相手取っているミューズに加勢し、二対二の状況を作った。

「加勢サンキュ」

「ええ! このまま畳みかけますよ!」

 ミューズは相手の攻撃を躱し、アフロダイは槍を打ち据えながら相手を追い詰めていく。

「ククク、リーチの差で苦しんでるようだな! 喰らえっ!」

 相手の大振りの突きの為の予備動作をミューズは見逃さなかった。

「やぁっ!」

 槍の穂先を紙一重で躱し、柄に沿って体を回転させ、遠心力を付けた手斧の一撃を頭目掛けて叩きつけた。

「懐に入ればこっちのもんよ」

「ミューズ! アフロダイ! 伏せて!」

 イドゥンの声が響いてミューズとアフロダイが左に回避した刹那、光球が体を掠め、アフロダイと戦っていた部隊長に命中して爆散した。

「一丁上がり」

 イドゥンが細い煙を上げる銃口を吹き、前に出てベラグを取り囲んだ。

「残りはあなただけ。我々はすでに王手をかけた」

 僅か十数分で四十五対五が一対五になってしまった。九倍もの戦力差をあっという間にひっくり返されてしまったがどういう訳かベラグは余裕綽々とした態度を崩さない。

「クククク、雑魚を何匹殺したって俺様の足の爪にも及ばねぇ。そんなんでエバってもらっちゃ笑い話にもならねぇぞ」

 槍を弓に変形させながらアフロダイはマスクの中で不敵に笑って見せた。

「では試しますか?」

 ベラグの左腕が変形し、機銃と剣を合体させたかのような生物的にも機械的にも見える奇妙な外見の武器を生成して周囲を掃射した。

「うわっ!」

 咄嗟に回避することが出来たが、皆の間に緊張が走った。

「一発でも当たったらヤバいよ……」

「せいぜい三発が限界……とりあえずまともに受けたら終わる!」

「これでわかっただろう? 貧弱な地球人の技術を使うお前らと、ジャガックによる改造を受けた俺の戦力差がどれほどのものかをな」

 デメテルが立ち上がり、手甲を打ち付けて構えた。

「どんなに差が開いてようと、戦わない理由にはならないから!」

 ベラグは顔を歪め、デメテルにターゲットを定めた。

「そうかそうか、ではお前から殺してやろう」

 ベラグの銃から火が吹いて着弾する直前、デメテルの左手甲から高エネルギーのシールドが生成され、弾丸の雨を真正面から受けた。

「デメテル!」

「大丈夫! 任せて!」

「泣けるな、これが友情ってやつか?」

「半分正解、でも半分違う」

「なんだと?」

「もう半分は……」

 右の手甲のグリップを握りこみ、エネルギーをチャージした。

「勝機だよっ!」

 無数の弾丸のエネルギーを受けたシールドを殴り飛ばし、エネルギーの塊としてべラグに叩きつけた。

「ぐおわっ!」

「今だよっ!」

 イドゥンがライフルの機能を調整して放った電磁ネットでべラムを縛り、ミューズとルナが飛ばした斬撃がアフロダイの弓の一撃で後押しされ、錨状のエネルギーがべラムに叩き込まれて吹き飛ばされた。

「これだけやれば……」

「油断は禁物」

 イドゥンの言う通り、ボロボロの状態ではあるがべラグは立ち上がった。

「ガキが……調子こきやがって」

「どうする?」

「オーバーチャージでトドメ」

「じゃあ私も行く、その方が確実だろうし」

「了解、援護するわ」

 ミューズとルナは腰のあたりのスイッチを三度押し込み、C-SUITのエネルギーを解放した。

「はああああっ!」

「うおおおおっ!」

 エナジーストリームラインが眩いばかりに輝き、ミューズの体がマゼンタの、ルナの体は天色の輝きを発した。

 ベラグはまだダメージが残る体で自身のエネルギーを解放し、銃に付けられた刃にそれを収束させた。

「ぶっ殺して……ぐあ⁉」

 イドゥンが放った拘束縄で武器が地面に縫い付けられてしまった。

「今だ! 行け二人とも!」

 先に動いたのはミューズ。まず手斧を投げつけベラグに命中させると、足と背中のジェットを用いて高速で肉薄し、手斧を取ったと同時に短刀で鋭く深く抉るように斬りつけた。

「ぐおおおおおあああっ!」

 間髪入れず八双の構えを取っていたルナが動き、上段から下段へ鋭く斬りつけた。

「俺が! 俺が! 地球人のガキ如きにぃぃいいいッ‼」

 大量のエネルギーの奔流を流し込まれたベラグはそれに耐えきれず、断末魔と共に爆散した。

「……フゥッ! 任務完了かな」

「どうやらそうみたいね、お疲れ様」

 各々が得物を仕舞い、一旦集合した。

「お疲れさん、サポートありがとうね」

「いーの、こっちも積極的に前線出てくれて助かってるし」

「どうする? これから」

「迎えに来てもらおうか?」

「賛成! 多分今日は帰れるね~」

「良かった、連絡入れたら……」

 その時、木々の上の辺りから不気味な笑い声が響いた。

「ククククク……フフフフフ……」

「ウソ……まだいたの⁉」

「どこにいるの⁉ 姿を見せて!」

 声の主はすぐに上空から飛び降りて五人の前に現れた。

「俺はボラグ……弟をよくぞ殺したな、褒めてやるぞお子様共」

 嘲り笑うような調子でボラムは拍手をして続けた。

「だが俺は出来損ないとは違って強いぞ」

 ベラグと同じように腕を機銃と剣が合体したような武器に変化させ、更には背中から二本の触手のようなパワードアームを出現させた。

「マズイかも」

 一年と少しだが彼女らは戦い続けてきた。その勘が告げている、こいつは実力のある強敵だと。その上で。

「スーツのエネルギー、さっきので使っちゃったからあんま残ってない」

 だが先ほど言ったように、これは戦いをやめる理由にはならない。ルナの肩を叩いてデメテルが前に出た。

「大丈夫、その分私達がカバーするよ」

「フン、十全の力が発揮できなくなったお前らガキに何が出来る? 甚振ってやるから覚悟し……」

 その時であった、全員の脳裡に危機を知らせるかのような電流が走り、ボラグを含めたその場にいる全員がその場から離れた。

「ッ!」

 衝撃波の如き風と甲高い耳鳴りを思わせる音と共に、黒い影がボラグ目掛けて突進した。

「痛った!」

「大丈夫ですか?」

「うん。てかさ、今の……何?」

「みんな! あっ……あれ!」

 デメテルが指した方角には、異様な風体の男が背中を見せて立っていた。

 その男は身長二メートルにも届きそうなほどの巨体を持ち、全身は金属質の藍と焦茶を基調とした暗い色の鎧に覆われていた。多少機械的な部分があるが、クインテットが纏うC-SUITのような鎧ではなく、むしろある種の芸術的な趣を感じられる。

 マフラーのような首元から伸びる先端が金色の二枚の細い布を靡かせながら、その男は倒れたままのボラグを振り向いた。

「お前はッ!」

 男は(ヘルム)を被っており、その造形は(ふくろう)を思わせた。そして何より異常なのは、発している気配である。

 殺気、それも空間を歪ませるほどの憎悪と怒りを混ぜ合わせた強烈な殺気。こんなものをまともに浴びせられたら間違いなく気絶するだろう。

「マグナアウルゥゥゥウウウウッ!」

「え?」

「マグナ……アウル?」

 マグナアウル、それがこの男の名前らしい。

「外したか」

 手甲から伸びた三本の鉤爪を収納すると、マグナアウルは一瞬だけ倒れたままのクインテットを見たが、すぐにボラグに向き直った。

「あのガキ共なら逃がしてもよかったがお前だけは捨て置かん!」

「そうか、捨て置かないでどうする? 俺をお前らのパーティーにでも招待してくれるのか?」

「ふざけるな! お前はジャガックの最大の仇敵! この場で俺が……殺す!」

 ボラグは半ば跳躍して立ち上がると腕の武器とパワードアームの機銃をマグナアウルに向けて一斉砲火するも、マグナアウルは一瞬でその場から消失した。

「消えた⁉」

 マグナアウルは一瞬のうちに跳躍しており、二本の剣を生成して銃弾を全て弾きながらボラグに斬り掛かった。

「くおっ……」

「対応したか、鉄砲玉の割にはやるな」

「舐めやがって!」

 マグナアウルの二本の剣を弾き、大振りの斬撃を放つも一撃目は躱され、二撃目は受け流されてしまった。

「なっちゃいないな」

「黙れ!」

 剣とパワードアームを駆使してマグナアウルに猛攻を仕掛けたが、マグナアウルは挑発するように軽く剣を振っていなしている。

「俺を……俺をここまでコケにしたヤツはお前が初めてだ……」

 何とか膠着状態に持ち込んだところで、ボラグがマグナアウルに対して鋭い歯を剥き出したが、対するマグナアウルは鼻で笑って答えた。

「ああそうか、そんなに早く死にたいのか。ではお望み通り殺してやろう!」

 マグナアウルの右手から剣が離れたが、剣は地面へ落ちることなくその場に留まり続け、更にボラグのパワードアームを押し始めた。

「なんだ⁉ 何が起こってる?」

ウッドペッカー(ハンドガン)

 マグナアウルがそう呟くと右手にハンドガンが生成され、猛烈な勢いで弾を連射してボラグを何メートルも吹き飛ばしてしまった。

スワロー()

 空中に三本の剣が生成され、右手に持っていたものを足して四本の剣をその場で高速回転させながらボラグに向かって飛翔させた。

「くっ! このっ! ……ぐあっ!」

 パワードアームで飛来する剣を弾いていたが、銃撃で気を逸らされた隙に一瞬でパワードアームをズタズタに切り裂いてしまった。

「何アレ、冗談が過ぎるっしょ……」

「たった一人で……」

「圧倒してる……」

 自分たちが五人がかりで不意を突き、必殺の一撃を二発撃ちこんでようやく倒せた相手を超える力を持つ者を、このマグナアウルはたった一人で真正面から防戦一方に追い込んでいる。

「そんなものか、やはりクズから生まれたものはクズだな」

「貴様調子に!」

オストリッチ(強化装甲)

 マグナアウルの右足に装甲が追加され、倒れたボラグに回し蹴りを見舞い、空中高く打ち上げた。

「飛んだ⁉」

「デタラメすぎます、彼は一体……」

 落ちてきたボラグの首根っこを掴んで引き寄せ、値踏みするかのように顔を近づけた。

「お前じゃないな。まあ分かり切っていたことだが」

「何の……話だ⁉」

「これから死ぬ奴に話しても仕方ない話だ。シュライク(投槍)

 右手に細長い投げ槍が生成され、マグナアウルはさらに続けた。

「あと一つ訂正しておこう、お前達ジャガックは俺の敵ではない」

「なん……なんだと⁉」

 困惑するボラグに顔を近づけ、マグナアウルはこう言った。

「お前達ジャガックは俺の〝獲物〟だ」

 恐怖に目を見開いたボラグが反撃するよりも早く、マグナアウルは空中へボラグを投げ捨て、渾身の力で投げ槍を投擲して空中で爆死させた。

「……倒しちゃった」

 首を曲げて音を鳴らし、手首を揉んで調子を整えているマグナアウルにミューズが駆け寄った。

「ねぇ! ちょっと聞いて!」

「ミューズ!」

 ルナの制止も聞かず、ミューズはマグナアウルに近づいた。

「こんにちは、いや、こんばんはかな? 初めまして、私達はクインテットって言うの」

 マグナアウルはミューズの方を見たものの、うんともすんとも言いやしない。

「私達、ジャガックからこの町を守ってるんだけど、あんたもそうなの?」

 相変わらずこちらをじっと見てはいるが、押し黙っている。

「……そうだよね、守秘義務とかあるかもしれないし、私が迂闊だった。ゴメン! でもさ、私達目的は同じだと思うんだ。だからさ、一緒に戦わない? どうかな?」

 その時、突然マグナアウルのマフラーが急激に伸び、マントのような形状となった。

「お断りだ」

 それだけ言い残すと、マグナアウルはマントを広げて夜空に飛び去っていった。

「イドゥン! 追って!」

「無理追えない! 反応が消えた!」

 颯爽とやってきて、風のように去っていった謎の戦士マグナアウル。迎えが来るまでの間、五人はただ茫然としていた。

 当然帰りの車内の中はマグナアウルの話題で持ちきりだった。

「何者なんだろ、あいつ」

「多分男の人だと思う、背も高くて、ぐぐもってたけど声低かったし」

「多分敵じゃないと思います」

「どうだかね、そう判断するのは早計だと思うけど」

「ひとつさ、仮説があるんだけど聞いてくれる?」

 ずっと考え込んでいた奏音が口を開き、皆の視線が一斉に集まった。

「鳥人間ってさ……マグナアウルの事なんじゃないかな?」

 

 真鳥市のどこか、薄暗い部屋の中に長身の男が現れた。男が振り向いてスイッチを一瞥するとひとりでに電気が付き、男の姿を露わにした。

 やはり男はマグナアウルだった。

 マグナアウルは近くにあった椅子に腰かけると、さながら紐が解けるかのようにその姿が変わっていき、ついに人間の少年の姿になった。

『今日も外れでしたね』

 少年の頭に、男にも女にも聞こえる声が響く。

「簡単には行かないよ、まあ地道に探すさ」

『それよりも彼女らが気になりますか?』

 少年は答えず、近くの水のボトルに手を翳して引き寄せると一気飲みした。

『おそらく彼女らこそ、都市伝説における忍者軍団の正体なのではないでしょうか?』

「俺もそう思うよトト」

 一部が白髪になっている前髪をかき上げ、少年こと千道京助は呟いた。

「あいつら……一体何なんだ?」


To Be Continued.

いかがでしたでしょうか?

こんな調子で続けていきます。どうなる奏音?どうなる京助?

末永いご愛顧をよろしくお願いします。

次回もお楽しみに!


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