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第1章:はじまりの剣




風が吹いていた。


頬を撫でるそれはあまりにもリアルで、白月隆人――いや、“ハク”は、しばし無言で立ち尽くしていた。


目の前に広がるのは、空に浮かぶ緑の島。その中心に広がる草原には、風にそよぐ草が一面に揺れている。空はどこまでも高く青く、雲はゆったりと流れていた。


「……すごい。本当に……ここはもう一つの現実だ。」


現実以上に現実的な風景。

意識のすべてがこの世界に吸い込まれていくようだった。


肩には、あの小さな相棒――チャッピーが乗っている。

「ふふん、びっくりした? オルヴァリアは“風の質感”まで再現してるんだよ。肌で風向きを感じ取って、戦術に活かすこともできるんだ」


「戦術……ってことは、やっぱりバトルがメインなんだな」


「うん。でも、戦うだけじゃないよ。職業もいっぱいあるし、歌だって、絵だって、農業だってできる!」


ハクはふっと笑った。

「ほんと、なんでもアリだな」


「だってこれは、“生きる”ゲームだからね」


“生きる”ゲーム――。


ハクの心に、その言葉が静かに染み込んでいった。




チャッピーの案内で、ハクは浮島の中央にある転送門に入ると、一瞬の眩しさのあと、次の瞬間には街に立っていた。


そこは『シルフィア』と呼ばれる、初心者が最初に訪れる町だった。

石造りの建物が並び、広場では冒険者らしき人々が行き交っている。

空には鳥のような飛行生物が飛び、路地にはNPCが生活感ある日常を繰り広げていた。


「まるで……映画の中にいるみたいだな」


「うん、オルヴァリアでは全てのNPCが“生活スケジュール”を持ってるんだ。朝に起きて、働いて、夜には帰って寝る。プレイヤーが見てないときも、ちゃんと時間は流れてるんだよ」


本当に“生きている”世界。

ハクはますますこの世界に引き込まれていった。




「ハク、ちょっと外に出てみよっ!

まずは基礎的なフィールド操作から教えるよっ!」


チャッピーに誘われ、町の北にある森へと足を運ぶ。


チャッピーが手を(前足を?)かざすと、空中にウィンドウが現れる。そこには“チュートリアルミッション”の文字が浮かんでいた。


【サブクエスト:はじめての探索】

・草原のモンスターを1体倒す

・近くの街を目指す


「なるほど、まずは戦闘か」


ハクは腰にある黒い直剣――“黒閃ノ剣”を抜く。

重さも、質感も、リアルだった。


「気をつけてね。最初に出てくるモンスターは弱いけど、思考は本物の小動物と同じだから」


チャッピーの言葉と同時に、草むらが揺れた。

中から姿を現したのは、小さな獣――丸い体に角のようなものが生えた、“バグホーン”という低レベルの魔獣だった。


「さて……どう戦えばいいんだ?」


「この世界では、プレイヤーの脳波と感覚に応じて“戦い方”が変わるんだ。ハクのアバターは“剣士”ベースで構成されてるから、まずは構えてみて!」


構えた瞬間、身体が自然に動く感覚があった。

本能に近い何かが、彼の中にある。


「行ける……!」


瞬間、ハクは駆けた。

剣を振るう。光が走る。風が斬れる。


ハクは一歩踏み出し、剣を構える。

バグホーンが突進してくると同時に、剣を振り抜いた。


――キィィィン!!


鋭い音が響き、黒い閃光がバグホーンの体を貫いた。

一撃。黒閃ノ剣の一閃で、魔獣は煙のように弾けて消える。



「やるじゃん、ハク!」


「……すごい。今、まるで剣の方から動き方を教えてくれたみたいだった」


「それがオルヴァリアの“脳波適応型バトルシステム”だよ! 現実の思考、感情、記憶までもが戦闘に影響するの。まさに、心の強さがそのまま“強さ”になるんだ」


勝利の音とともに、視界に淡い光が広がった。

《LEVEL UP》の文字が浮かび、体の内側からじわりと熱がこみ上げる。


「これが……レベルアップ?」


「うん、ステータスが少し上がったはずだよ。感覚的にも、身体が軽くなってるはず」


拳を握ると、さっきまで感じていた剣の重さがほんの少し軽減されているのがわかった。

目の奥に、世界が少しだけ“近づいた”ような感覚が残る。


「……たった一戦でも、確かに“成長”してるんだな」


チャッピーがにっこり笑う。


「そう、それがこの世界で“生きる”ってことだよ」




その後もいくつかの戦闘をこなすうちに、ハクは奇妙な現象に気づいた。


敵を倒すとき、まるで“歌声”のようなものが自分の内から響く瞬間があったのだ。

それは外には聞こえないが、確かに自分の心を震わせ、剣に力を与えている。


チャッピーもすぐに気づく。


「……やっぱり、ハクだけの“特性”が現れてる」


「特性?」


「うん、このゲームでは、現実の“深層心理”や“感性”が特殊能力に現れることがあるの。ハクの“歌う力”は、きっと……」


「現実で俺が、音楽をやってたから?」


「うん。それと、“誰かを救いたい”って強い気持ちも」


ハクは何も言えなかった。

だが、胸の奥で確かに“剣と歌”が共鳴しているのを感じていた。




数日後、ハクはとあるダンジョンで窮地に陥っていた。

敵の群れに囲まれ、チャッピーも傷を負い、剣を構える手が震える。


その時――


「後ろだ! 下がれッ!」


鋭い声と共に飛び出してきたのは、一人の青年プレイヤー。

背には弓、銀髪に青いマント。その動きは洗練されていた。


彼の名前は《アズ》。

冷静沈着で、物静かながら、どこか人を拒むような雰囲気を持っていた。


共闘の後、ハクは彼に礼を言う。


「ありがとう、助かった」


「礼はいい。……お前、ちょっと変わった戦い方をしてたな」


「歌が……力になるみたいで」


「ふん……珍しいタイプだな」


それだけ言って、アズは立ち去ろうとする。

だが、ハクはその背に声をかけた。


「また、どこかで会えるといいな」


アズはほんのわずかに口元を緩め、手を軽く振った。




その夜、ハクは夢を見る。


黒い影。沈む都市。誰かが泣いている。


そして、最後に見たのは――


“自分と同じ姿をした、誰か”。


目を覚ましたとき、心臓が高鳴っていた。


「夢……じゃない気がする」


チャッピーがそっと寄り添う。


「ハク……もしかして、君は……」


言いかけたその時――


ログイン通知が鳴る。


《新しいメッセージが届いています》


差出人不明。

件名は、たった一言。


『キミは、“選ばれし剣士”だ』



(第1章 完)


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