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1.静寂の崩壊

 風が穏やかに吹き抜ける、小さな村。

 この村は平和だった。少なくとも、あの日までは——


 山間にひっそりと佇む集落で、人々は慎ましくも穏やかな暮らしを営んでいた。

 戦争や争いとは無縁の場所。


 そんな村の広場で、少年は木剣を構えていた。

 アルト・ヴェルナー——この村で生まれ育った17歳の青年。

 深い漆黒の髪を持ち、端正な顔立ちをした彼は、鍛錬の最中だった。


 「兄さま!」


 澄んだ声が響く。

 振り返ると、白銀の髪をなびかせながら駆け寄る少女——ミリアがいた。

 彼の最愛の妹であり、家族の中で最も彼に懐いている存在だ。


 「お昼ご飯、できてるよ!」

 「おう、すぐ行くよ」


 アルトは木剣を収め、妹の頭を軽く撫でた。

 何気ない、いつもの日常。だが、それが永遠に続くことはなかった。


 突如として、村の外れから黒煙が立ち昇る。


 「……なんだ?」


 アルトが目を細めた瞬間——警鐘が鳴り響いた。

 この村が襲われることなど、一度もなかった。

 だが、今日という日だけは違った。


 広場の向こう、村の入り口から黒い鎧を纏った兵士たちが雪崩れ込んできた。

 帝国軍。西の大国が誇る最強の軍勢。


 「なんで……帝国軍が、こんな村に?」


 誰もが疑問を抱く間もなく、兵士たちは剣を振り下ろし、村人たちを斬り伏せていく。

 阿鼻叫喚。

 それは、地獄がこの世に現れたかのような光景だった。


 「ミリア! 逃げろ!」


 アルトは叫び、妹の手を取った。

 しかし、その瞬間——


 ドスッ——!


 鈍い音が響き、アルトの目の前でミリアの小さな身体が揺れる。


 「……え?」


 妹の背中に、一本の槍が突き刺さっていた。

 口から血を零しながら、ミリアはかすれた声で兄の名を呼ぶ。


 「……兄、さ……ま……」


 崩れ落ちるミリアの身体を抱きとめるアルト。

 温かかったはずの体が、次第に冷たくなっていく。


 「ミリア……? おい、ミリア!」


 必死に呼びかけるが、もう返事はない。

 彼の腕の中で、最愛の妹は息絶えた。


 「ハハ……なんだ、これ……?」


 視界が滲む。世界が歪む。

 静かだった村は、今や炎と血に染まっていた。


 そして、その混乱の中——


 アルトの父と母も、無慈悲に殺された。


 家族を奪われた少年は、その場に膝をついた。

 震える手で妹の頬を撫でる。温もりはもう、どこにもなかった。


 絶望。虚無。怒り。憎しみ。


 感情が混ざり合い、やがて——アルトの中で、何かが壊れた。


 「……人間どもが」


 震える声で呟く。

 歯を食いしばり、拳を握る。爪が食い込み、血が滴る。


 「許さない……絶対に、許さない……!」


 その瞬間——彼の耳元で、甘く囁く声が響いた。


 『ならば、お前に力を授けよう』


 視界の隅に、漆黒の光が揺らめく。

 そこに立っていたのは、黒衣を纏った美しい女性だった。

 瞳は血のように赤く、不敵な微笑を浮かべている。


 「……お前は?」


 彼女は静かに名乗った。


 「私は——邪神ルシア。お前の願いを叶えに来た」


 この日、少年は邪神と契約し、復讐者へと堕ちる。


 ——そして、それが、彼の地獄の始まりだった。


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