第9話 リスク無しで確実に儲かる方法
変えたタイトルは元に戻しました!
これからも『キスに至る病』をよろしくな!!!
「おおー、やっぱ禁域の木はよく燃えますね」
獣道が途切れた近くにあった小さな広場にて。
静かに燃える焚き火の前にかがみ込んだミアナが感嘆の声を上げた。
二人でその辺に落ちていた枝を集め、魔女に持たされた火打石で着火したものだ。
「普通の木材とは違うのか?」
「わたしも詳しくは知らないんですけど、乾かして火をつけるとよく燃えます。逆に乾いていない時はぜんぜん燃えないんですけどね」
リコーの問いに答えつつ、ミアナは大きな葉っぱで包んだデスカギヅメトカゲを置いた。
「で、トカゲはこれでいいんですか? こんなに包んでしまって火が通るんですかね」
「ちょっと脂肪が多かったから、直接火に当てると焦げそうだと思ってな。時間はかかるけど、ちゃんと火は通るはずだよ」
トカゲ肉の包み蒸し焼きを提案し、準備をしたのはリコーだった。準備と言っても、内臓の除去と血抜きはミアナが仕留めた時点でやってくれていたので、皮を剥ぎ、爪を取っただけだが。
「物知りですね、常識はないのに」
「一言余計だぞ」
ミアナに軽くツッコミを入れつつ、リコーは自分でも不思議に思っていた。
やった記憶はないが、知識として肉の処理方法を覚えていたのだ。
(俺は元々何をやってたんだろう。肉屋とか?)
安直すぎるが、他に思いつくこともない。
ひとまず肉屋の気持ちになってみたリコーだったが特に記憶を思い出すこともなく、漠然と肉のことを考えたせいか腹が大きな音を鳴らしただけだった。
「旦那様、そんなにお腹が空いているなら先に魔女のお弁当を食べてたらどうですか。わたしはトカゲが仕上がるまで待てますが、今の旦那様は肉屋を見る野良犬と同じ目をしていますよ」
「なんでいちいちトゲのある言い方を……でもすまない、そうさせてもらう」
リコーは焚き火近くの倒木に腰掛け、荷物から布に包まれたひと抱えほどの大きさの弁当箱を取り出した。
布の結び目を解きすべすべの肌触りがする木の蓋を開けると、箱いっぱいに敷き詰められたほぐし肉から食欲をそそられる香ばしいスパイスの香りが上がってきた。マスク越しのミント臭にも全然負けていない。
「意外にもおいしそうだな」
「意外にもとはヒドい事を言いますね旦那様」
「あ、違うんだこれは言葉のアヤで……」
肩越しに覗き込んだミアナの言葉に、リコーは慌てて言い繕った。
とはいえ彼が知っている魔女の料理は最初に食べたスープとパンのみだったので、意外に思ったのは本心だ。一応スープに関しては昨晩食べた時に味の薄さが解消されていたが、それは単に煮詰まったからだろうと考えていたわけで。
「というか君はいつの間にこっちに来たんだ。さっきまで焚き火を見ていただろ」
「トカゲの包み焼きは変化に乏しくて退屈なんですよ。ある意味旦那様のせいです。でもわたしはまだ空腹ではないので、弁当を分けてくれなくてもいいですよ」
「……それなら、遠慮なく」
リコーはミアナの視線に追跡されるのを感じつつも、一緒に包まれていたスプーンをスパイシーなほぐし肉の絨毯に差し込んでみた。すると、肉の層と一緒に柔らかく白っぽい層が現れる。
「何だろうこれ」
「麦、ですかね。炊いてあるっぽいです。他のも混ざってそうですけど」
リコーはひとまずマスクをずらし、肉と炊いた麦らしき何かを一緒に口に運んでみた。
「……おお、うまい!」
そして思わず感想が口からこぼれ出た。
ほぐし肉の刺激的な香りと味付けがやや甘いが薄味の麦(?)と補完しあっていて、いくらでも食べられる気がする。
「そんなにおいしいですか」
「うん、うまいよこれ! 魔女のやつ、スープは本当に適当に作ってたらしいな。ちょっと見直しちゃったよ俺」
「へぇ……」
「……やっぱり食べる?」
「……わたしは良いお嫁さんですので、旦那様の食事に手をつけるような卑しさなど持ち合わせていませんじゅる」
じゅる、て。
妙な語尾みたいになっちゃってるじゃん。
リコーは少し考えて、言う。
「あー、でもこんなに多いと一人では食べきれないかもなぁ。誰か他の人に分けられれば」
「旦那様、都合の良い残飯処理担当ならここに」
「まるで俺がそう扱ってるかのような物言いはやめろ! 素直に食べたいって言いなよ!」
「わたしは謙虚で良いお嫁さんですので」
「薄々思ってたけど君の中の良い嫁像はだいぶ歪んでるね⁉︎ やりづらいから普通に振る舞ってくれないかな!」
「じゃあ、はい。あーん」
言い合いの末にミアナはマスクを取り、エサを待つ雛鳥のように大きく口を開けた。
「……食べさせろと?」
「早くしてください。かわいいお嫁さんが窒息しちゃいますよ」
「……あーん」
リコーはミアナの謙虚とワガママの緩急に軽くめまいを覚えつつも、スプーンで弁当を大きく開いた口に食べさせた。
ミアナは静かに噛んで飲み込んで一言。
「んー、スプーンに残った旦那様の唾液が良いアクセントになってますね」
「流石に冗談だよね?」
「流石に冗談です。冗談ですからそのうわ本気かよみたいな冷たい目はやめてください。家庭内暴力反対。夫婦円満の温かな家庭を所望します」
「君が言い出したのに……」
リコーの指摘を聞かないフリで、ミアナはこほんとわざとらしい咳払いをした。
「さておき、かなり味が濃いですね。おいしいと言えばおいしいですが、ハーブスパイスはもうちょっと抑えめでも良い気がします」
「あーそうなんだ。俺の味覚、鈍いらしいからな……」
「味覚が鈍い?」
「魔女が言ってたんだ。俺の……体質的に? 一般的な人より味覚がぼやけているらしい」
「ふうん? 妙な体質もあるものですね」
ミアナは首を傾げ、彼女自身がしているのとは別の高級そうなマスクを手で弄びながら言った。
「ん、何だそのマスク。魔女のでもないよな」
「さっき薪集めをしている時に見つけました」
「まさかまた人から……」
「違います! 今度は本当に拾ったんです。元々は禁域探索者の落とし物ですよ多分。まあ、マスクを落とすなんて無事なわけないのでこれはわたしのものです。そして、わたしの所有者である旦那様のものです」
「俺は君を所有しているつもりはないんだが」
リコーの指摘に聞かぬフリを決め込んだミアナの指先で光沢のあるマスクがくるくると回る。
薄暗い森に焚き火を反射してきらめくそれは宝石のようにも見える。
「だから、これは街で売り払います。わたしたちの結婚式費用に充てましょう」
「……君のマスクとは取り替えないのか? 魔女が用意したやつは結構簡素な作りみたいだけど」
「死者の持ち物かもしれないんですよ? わたしは死者と同じ空気を吸うなんてイヤです」
「そこの倫理観はそんな感じなんだ」
「だいたいマスクなんてお金を稼ぐ道具なんですから、呼吸できれば何でも良いんですよ」
はぁやれやれ、と肩をすくめて首を振るミアナ。
リコーは確かにこの世界の常識を持ち合わせていないが、流石に今回は自分が悪いわけじゃないだろうと心中思った。
「状態の良いマスクほど高く売れます。なんなら旦那様のマスクも合わせて転売すれば、禁域に入らずとも田舎に家を買い、夫婦水入らずで暮らせます。あるいは利益を元手にさらにお金を増やすこともできるでしょう」
ミアナはにっこり笑った。
「旦那様、あんな魔女放っておいて、わたしと一緒に爆益確実リスクなしのマスク転売生活を始めませんか」
そして怪しすぎる誘い文句を口にした。
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