第6話 認知と命名の責任(エターナル・マリッジ)
「なっ⁉︎」
「さ、流石に無理でしたか。ここら辺は端の方だから、マスク無しでも耐えられると、思ってたんですけど……」
リコーが抱き起こすと、長耳少女は苦しそうに息をしながら力無く笑った。
その顔には完全に血が昇っている。酸欠で心拍数が上がっているのだ。
「旦那様が街で呼吸できないように、わたしはマスク無しだと禁域で呼吸がうまく、いかないんです」
「何でそれを早く言わないんだ!」
「だって、言ったら、置いて行かれるかもって……」
禁域。
その字が何を意味しているのか、リコーは酸欠に喘ぐ少女を前にしてようやく悟った。
「……クソッ! そうだ、俺のマスクっ」
リコーはマスクを外し、少女の口に押し当てる。
「息を吸え!」
禁域探索用のマスク。
その役割は呼吸を可能にする事であるはずだ。
「こひゅっ、こひゅっ」
だが、逆に。
少女は大きく息を吸うと、リコーが一番聞きたくない音を立て始めた。
「何でだ⁉︎ 俺はコレで息が……あっ」
そうか。
リコーは慌ててマスクをミアナの口から離したところで気づいた。
普通に呼吸できない自分のために作られたマスクは、この世界の普通の人間である長耳少女には逆効果なのか、と。
「逆……逆なら、そうか!」
原理は分からないが、今はこの可能性に賭けるしかない。
リコーはマスクを外したまま、大きく息を吸い込んだ。
肺に禁域の空気がそのまま流れ込む。
(息苦しいけど、ギリギリ呼吸できる……?)
相変わらず息を吸っても楽にはならない。呼吸する度に、逆に苦しくなっていく感覚はある。
だが街でマスクを盗られた時より遥かにマシだった。
(これなら、いけるかも……!)
頭の中で組み立てた仮説が現実味を帯びる。
あとは、実践するのみ。
「ごめんっ」
リコーは再び、長耳少女にくちづけした。
だが、街でした時とは逆。
鼻から息を吸い、自分の呼気を少女に吹き込んだ。
「……!」
少女は驚愕に目を見開く。
リコーの吐息が吹き込まれる度に、ハーブの冷たい香りが鼻から抜けていく度に、酸欠の苦しみが消えていくのだ。
(二度目のくちづけ……これはもう運命の相手で確定、ですね)
数十秒後、長耳少女が危うげな結論に至りかけているとは知らないリコーは彼女の呼吸が落ち着いたのを確認し、くちびるをそっと離した。
少女とは逆に息が切れていたが、リコーは落ち着いてマスクをつけ、深呼吸する。
「な、何とかなったか。でもマスクの無い君がこれ以上奥へ進むのは危険だ。魔女に言って何とかしてもらうから、君は禁域の外で待って」
リコーが皆まで言う前に、長耳少女は彼の服を強く掴み、ふるふると首を振った。
「置いて、行かないで……」
その目には涙さえ浮かべている。
(責任、か)
リコーは息を吐いた。
もう観念する時だ。
「……分かった、よっ」
「っ⁉︎」
リコーは少女を抱え上げた。
俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。
「君みたいな子が悪事に頼って生きていかなければならないのを知っていて放っておくのは寝覚めが悪い。それに誓ったつもりは全然ないけど、無理やりキスしたのは事実だ。俺の方から君の食い処遇について、禁域の魔女に掛け合ってみるよ。君用のマスクも用意してくれるかもしれない」
「ありがとう、ございます……!」
少女は小さな声で頷いた。
「息苦しくなったら言ってくれ。あんまりよくないけど、さっきの方法で呼吸できるはずだ」
「わたしとしてはむしろ大歓迎ですよ」
置いて行かれないと分かった途端にさっきまでの調子を取り戻した長耳少女。
リコーは思わず苦笑してしまった。
「それで、名前は頂けますか?」
「あー、何でもいいの?」
「はい。チビとかシロとかでもいいですよ」
「それペットにつけるやつだろ! アナミミと大して変わんないじゃないか!」
「そうですかね? まあでもわたし自身、アナミミって呼ばれるのは好きではありましたよ。エルフのガキとかって呼ばれるよりは名前っぽくて」
「なるほど、でもアナミミのままってのはちょっとなぁ……」
リコーは首を捻ってしばし考えた末に、
「ミアナ、とかどうかな」
「考えた割にはセンスを感じない名前ですね」
「お前人がせっかく……確かに我ながら安直すぎるとは思ったけど! でも気に入らないならいいよ、これからずっとエルフのガキと呼ばせてもらうからな」
「わーごめんなさい! ミアナ! ミアナがいいです素敵な名前! 旦那様流石です! よっ、名付けの名人!」
「おい騒ぐな! また過呼吸になるぞ!」
「これくらい大丈夫ですひゅっ」
「ああもう! くらえこの野郎っ」
「んむぅう⁉」
早くも息が切れたミアナのムカつくキス待ち顔に、リコーは無理やり息を吹き込んでやった。
「反省したか」
「はい……」
ようやく黙り込んだミアナを抱え直し、リコーは大きなため息をついた。
(勢いで拾っちゃったけど、魔女はなんて言うだろうか。ケンカとかにならなきゃいいが)
杞憂であってくれと願いつつ、リコーは禁域の奥へ歩き出す。
何にせよ、往路よりは退屈しない復路となりそうだった。
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