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第53話 生魂の書

「……ん」

「リコーッ!」


 ほのかな甘い味と重量感のあるぬくもりに目を開けたリコーは起き上がろうとして、禁域の魔女ことリオ・ヘプロートにのしかかられていると気がついた。

 そっとどけようとしても、まるで根っこでも生えたかのように一切動かない。

 というか、リオは本当に根を張ってリコーに絡みついていた。


「ただの酸欠で倒れるなんて……ボクが蘇生してやったんだ、ありがたく思えよな! ま、まあボクは最初から命に別状はないと分かっていたけどね? こんなことで心配なんかしてないけどね?」

「ごめん……?」

「こらぁ! いくら禁域の魔女といえど旦那様のひとりじめは許しませんよ! ローメちゃん! 旦那様に寄生するあの植物を引っこ抜いてください‼︎」

「わわわちょっと! ちぎれる! ちぎれるから無理やり引っ張るなマジで大惨事になるぞ分かった離れるから三秒待てってオイ‼︎」

「にぎやかでいいね、君たちは……」


 身体の上に乗っかっていた重量を除去してもらったリコーは今度こそ起き上がり、周囲の様子を認識する。


 中央部は高い天井まで貫通して吹き抜けていている建物だ。

 その円周部の空間は大量の本とそれを納めた大型の本棚で埋め尽くされており、何も言われなくたってここがどういう場所なのか察しがついた。


「『知恵の樹』の中か……」

「そうさ。神樹の銀竜が死んだことで、ようやく中に入れたわけだ。そしてやつがここにこだわっていた理由も判明したよ。リコーくん、まずはマスクをつけてくれ」

「……?」


 そういえばつけていなかったな、とか思いつつリコーがマスクをつけると、それを見計らっていたシェイが近くにある装置のレバーをガコガコと動かした。

 同時にブゥンと低く唸るような音が鳴り始め、あたりに少し埃っぽいが清涼な空気が漂い始めた。


「ふぅ、ようやくコレを外せるわね……」

「神樹カビまみれだったからな。我もずっと外したかった」

「なっ」


 そしてシェイもローメも、ミアナまでもがマスクを外し始めたのでギョッとするリコーだったが、まるで待ち構えていたように魔女が「空気調整装置が起動したんだよ」と補足する。


「リコーくんの知る言葉で表現するならエアコン……とか言ったかな? 気温、湿度、そして空気中のマナ濃度を快適に生活できるようにする、ある種の生命維持装置さ。きっとここにいた連中が蔵書をカビから守りたくて導入したんだろうけど、神樹の銀竜を呼び寄せたのはまさにこの装置のためのマナタンクから漏れ出ていた大量の活性マナだと思われる。皮肉なもんだね」

「そ、そんなの再起動したら危ないんじゃ……」

「神樹の銀竜ほどの危険生物はそう何体もいるわけじゃないから大丈夫だろう。それに、コレをつけっぱなしにしておけばそのうち貯蔵マナは尽きる。そうなればキミが見た他の“遺物”と一緒でただの物言わぬ廃墟に戻るだけさ」

「“遺物”……じゃああの洞窟やローメの村にあったのもマナ切れで?」

「そっちは単に神樹の銀竜がマナの供給源にちょっかいを出したんじゃないかと思ってるけどね、ボクは」

「何を難しい話をしているんですか? 旦那様」


 と、話に割って入るように……というか実際にリコーとリオの間に割って入ったミアナは青年の袖を掴み、くいくいと引っ張った。


「わたし、旦那様に少しお願いがあるのですが」

「何?」

「今からわたしを抱い……」


 スパァン! と。

 禁域の魔女は長耳エルフの頭を勢いよくしばいた。


「なっ、なにをいきなりハレンチなことを言い出すんだこの淫乱エルフは! サカッた魔術学院のサルどもでももうちょっと時と場合を選ぶぞ⁉︎」

「これは正当な要求ですよ! わたしはリコーの正妻、ミアナ・リコーズ! いきなり死んだと思ったら現れて、また死にかけては息を吹き返し! この人との子供が欲しかったら少しでも平和な時にちゃちゃっとヤッちゃわないと一秒後にはどうなっているか分かんないんですよ⁉︎ 手をこまねいていたら一生後悔することになるのかもしれないんですよ冗談抜きで!」

「き、キミはいま言ってはならないことを言った……! ボクがたびたび考えては、そんな大胆なアプローチできるわけなかったし、でもなあって意味なく逡巡し続けていたことのど真ん中を踏み抜いた! 絶対許さないっ!」

「なにおうやりますか⁉︎」

「ギャー!」

「ウガー‼︎」


 売り言葉に買い言葉。

 長耳エルフ少女と魔女の物理的で醜い取っ組み合いが始まった。


「うわぁ……ん?」


 その様子を引き気味に眺めつつ、どうやって止めたものかを考えていたリコーはトントンと肩を叩かれているのに気がついた。

 振り返ると、ローメがちょいちょい、と手招きをしている。


「どうしたの?」

「シェイが話したいと」

「なぜこっそり……?」


 シェイはリコーの問いに答えず、その手を引いて吹き抜け近くまで連れて行く。

 しかめ面で腕組みをしながら待っていたシェイは「聞きたいことがあるわ」とリコーの顔を見るなり言った。


「あの魔女と何かあったでしょ」

「エッ、イヤエット……」

「逆にわざとやってるでしょそのカタコト」


 シェイはハァ……と不快ため息をつき、リコーにそのしかめ面をずい、と近づけた。


「言っとくけどアンタが炎に焼かれる寸前に『召喚』されて消えたのはバレてるわよ」

「……」

「どうして分かったとか言わないでね? 私は魔術学院の席次一位。誤魔化せるわけないじゃない。さ、魔女がなんであなただけ召喚で退避させたのか、その後に何があって、あなたにベッタベタのアイツを連れて帰って来たのか、洗いざらい話しなさい。場合によっては直接その脳に聞くから」

「はい……」


 もう誤魔化すことは出来なさそうだ。

 観念したリコーは所々かいつまみつつもすべてを話した。

 魔女に協力していた理由、魔女の目的、魔女と自分の関係、などなど。


「つまりあの女にはじまりあの女のせいでピンチになってあの女のために恋人代理をやっているってこと……?」

「そう悪し様に言われるとなんかヘコむな……」

「いやいやヘコんでいる場合じゃないでしょ。あなた、自分の立場が分かっているの? 『生魂の書』が見つかっちゃったら本物の恋人を呼び出す生贄にされるかもしれないのよ?」

「そうかもしれないけど……でもリオはもう、そんなことはしないんじゃないかと思うんだが……」

「バカがつくほど底抜けの善人ね……やっぱり、私がチェックする必要がありそうね」

「チェック?」


 首を傾げるリコーに、シェイは本を開くジェスチャーをして見せた。


「『生魂の書』が見つかったら魔女に渡す前に私が読むから。一巻にあたる『死魂の書』は読んでいないけど、サマリーくらいは分かるはず。もしあなたを犠牲にするしかないような内容だったら、本は魔女に渡さない」

「でもそれじゃ君と魔女との契約が……」

「まあ呪いでもなんでも、何とかなるでしょ。それよりもあなたを消させない方が重要でしょ」

「どうしてシェイが自分より俺の身を案じるんだ?」


 魔術師少女がさらり、と言ってしまった言葉を、リコーは鋭敏に捕捉した。


「………………………………………………………………そ、それは」

「もしかして君も俺と結婚するとか言い出すんじゃ」

「なっ、何よ『うわ“悪魔憑き”の女に言い寄られちゃったよ厄介だなぁ』とでも言いたげな顔をして! 別にアンタのことが好きだとかそんなの一言も言ってないでしょ! 思い上がりも甚だしい! アンタなんかちょっといい匂いがするだけで良い所なんて……い、一個くらいはあるかも? しれないけどっ!」

「わ、悪かったよ。ひとまず落ち着けって」

「あーもうイライラしてきた!」


 リコーの説得にも応じず噴き上がるシェイエタの背には大きな翼が展開し、その背後には今までにないほど元気にのたうつ黒光りの尾が。


「だいたいさっきからずっと匂うのよ! 翼と尻尾がムズムズして仕方がないっ! もういっそここで」

「あー! あんなところにも抜け駆けが!」

「くそっこの淫魔女め! やはりあの時処分しておくべきだったか!」


 リコーを押し倒さんと迫るシェイになぜか意気投合したミアナと魔女(リオ)が合流しあわや大惨事。


「みんな、本、見つけた」


 それを一言で静止して見せたのは、豪奢な装丁が施された一冊の本を掲げて戻って来たローメだった。


「すぐそこの台の上にこれ見よがしに展示されていた。以前同胞のドライアドたちが使っていた文字で生ける魂の本? と書いてあるようだ。これだろう、我らが探していたのは」

「それだっ! よくやったウシ乳女! そいつをこっちに……」

「させませんっ!」


 悲鳴のような歓喜の声を叫び走り出そうとした魔女をミアナが羽交い絞めにして食い止める。


「なぜだっ!? 放せっ、ボクにはあの本が必要なんだ!」

「わたしの元浮浪児のカンが言っています。あなたが悪事を企んでいると!」

「そっ、そんなことはないぞ! 別に、下心なんか決してない! り、リコー! 助けてくれ! ボクをこいつから解放してくれ!」


 暴れながらリコーに手を伸ばす魔女。

 対して彼は少しだけ逡巡した後、伸ばされた手を絡め取って魔女の身体を抱き止めて耳元に囁く。


「オホン……リオ。いい子だから、今だけは、俺の腕の中でじっとしていてくれないか?」

「あああああその声で名前を呼ぶなぁ! く、くそっ! ダメだこの腕の中で一生を終えたい! ここから動きたくない! 骨まで響く低音ヴォイスで永久に甘やかされていたいっ!」

「仕掛けた俺が言うのもなんだけど、君ってもう本当に限界だったんだね……よしよし」

「よし、いまのうちに……」


 限界化した魔女をリコーが全身で受け止めている間にシェイは彼から離れ、ローメから『生魂の書』を受け取った。


「まったく、冷静になるとあんなのと一緒にされるとか恥ずかしすぎるわ……」

「じゃあ、代わりに我が救世主に求愛してきてもいいか?」

「え? あ、まあ、どうぞ」

「ありがとう。リコー、次は我と子を成す約束だぞ」

「本当バカしかいないわ。私含みでね……」


 何回目かも分からない深いため息を吐きつつ、シェイは『生魂の書』をめくってみた。


(ひとまず読者を罠に嵌める呪術の類は仕掛けられていないようね。書いてあるのも暗号じゃなくてただの平文だし、これって本当に“遺物”級の魔導書なのかしら……? 一応、リコーの言っていた『転写召喚』の記述はあるみたいだけど)


 疑問を覚えつつも、エリート魔術師少女はペラ、ペラ、と『生魂の書』をナナメ読みしていく。

 呪いは本当に仕掛けられていないのか。

 逆に、平文に見せかけた暗号なんじゃないか。

 そういった疑いを持ったまま最終ページにたどり着いてしまったシェイは首を傾げ、今度こそ、と最初のページに立ち返ってその序文から言葉通りに解釈してみることにした。


「えっ……あ、そうか。でもいや、これ……」


 そして気づく。

 気づいて、今までで一番深いため息をついた。


「いまだっ!」

「あっ」


 その隙を突かれ、伸びてきた植物のツタに本をひったくられてしまった。

 ミアナやローメ、リコーにも届かない本棚の上に避難した魔女は勝ち誇って笑う。


「ハーッハッハッハッハ! ついに手に入れたぞ『生魂の書』! 我が悲願は、ここに成就される!」

「なんかキャラが違ってないかお前!? それよりシェイ! 本のチェックは!?」

「あー、まあ大丈夫なんじゃないかしら」

「えっなんか投げやりじゃない!? さっきまではあんなに真剣だったのに!」

「そりゃ投げやりにもなるでしょうよ」


 焦るリコーにシェイは苦笑いを返しつつ、呟くように言う。


「命からがら続けてきた旅の果てに、頭の湯だった魔女の日記もどきなんか読まされたら」

「えっそれはどういう」

「どういうことだこれはあああああああああああっ!?」


 リコーの言葉は禁域の魔女の絶叫にかき消された。


「なぜボクはムカつくあの野郎のノロケと上から目線の恋愛指南なんか読まされているんだクソがああああああああああああああああああああ!?」


 本棚の上で発狂する禁域の魔女。

 リコーにはそれを見上げて絶句することしかできない。


「ほらね」


 感情表現を忘れてしまった彼の代わりに、魔術師少女は肩をすくめた。

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

ゲリラ更新するときはTwitter(@avata_futahako)でお知らせするのでフォローしてね!

あと、評価やブクマ、感想をもらえると嬉しいです!


次回、最終回! たぶん!

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