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第47話 魔女の禁域

「っ……! 離れろっ」

「おっと」


 リコーは魔女を突き飛ばして距離を取った。

 それなりの敵意を込めたつもり。

 だが魔女はズレた三角帽子をゆっくりと直すだけで、全く気にしていないようだった。


「一応聞いておく。ここはどこだ」

「知ってるくせに」


 魔女はからかうように微笑んで言う。


「まあボクとて学習するからね、同じ失敗はしないよ。キミが禁域の深部にたどり着いて、不要になったマスクを外している可能性は考慮していたさ。いまこの部屋の空気中からは限りなく活性マナを除去してある。マスクが無くても、苦しくないだろう?」


 部屋の中を少し歩き回りながら、いつものようにペラペラと語る魔女。

 その目はずっとリコーをを見つめている。


「ボクなら心配ご無用。前にも言ったが、ドライアドにマスクは必要ないんだ。カビてた連中もマスクなんかしてなかっただろ」


 魔女はロッキングチェアを軽く手で揺らし、その背もたれに肘をついて言う。


「まあ座りなよ。疲れているだろ? 元気の出る料理を作ってやる。もちろん、味はキミの好みに合わせて……」

「俺に何をした」


 青年は魔女の語りを遮り、語気を強めて問う。


「あいつらを助けに行かないと! 今すぐ元の場所に帰せ!」

「そう怒鳴らなくても手品のタネくらい教えてやるさ。落ち着きたまえよ」


 魔女はふぅ、とため息をついた。


「とは言っても簡単なことさ。要するに最初と同じ。ボクがキミを召喚したんだよ、リコーくん」

「召喚……?」

「キミを異世界から呼び寄せた時と一緒だよ、もちろん現実世界での召喚は簡単じゃなかったけどね。キミに渡した目印(マーカー)はその補助具さ」

「この、首輪……!」

「そう、まさしく『首輪』だ。大切なキミが、もう二度とボクの元を離れて行かないようにするための、ね……」


 魔女はニコリ、と微笑んだ。

 その深緑色の瞳に満ちる深淵が、青年の目を覗き込んでいる。


「くそっ!」


 リコーは首輪を力任せに引きちぎり、床に叩きつけた。

 魔女は一瞬寂しそうな顔をしてそれを見たが、すぐさま湿った笑顔を浮かべ、彼の顔に視線を戻す。


「首輪のことを黙っていたのは謝るよ。けどあの村を出発する時に最初に言っただろ、いざとなれば助けるって」

「俺はこんな形で、みんなを見捨ててまで助けられたいとは思っていない!」

「あの女たちにやけに入れ込んでいるじゃないか。でも大丈夫、代わりにもっと優秀な仲間をボクと一緒に探そう。キミがもっと安全に探索ができるように……」

「……もういい」


 これ以上言い合っても無駄。

 リコーが扉に向かって歩き出した瞬間、壁を這う植物のツタが扉を塞ぐように伸び、ノブを絡め取って固定する。

 そして自身をも絡め取ろうと伸びたツタをこん棒で払ったリコーは、もう一度魔女と正対した。


「あくまでも俺をここから出す気はないってか……?」

「どうして出る必要がある?」

「そうか、分かんねえか。なら力ずくででも分からせてやる」

「……キミはまだ混乱しているみたいだね。よく深呼吸した方が」

「ふざけるなよっ!」


 床を蹴り、まっすぐと魔女へ向かうリコー。


「手荒なのは、ボクの好みじゃないんだけど……!」


 対する禁域の魔女は向かってくる青年に片手を掲げた。

 その手のひらに魔法陣が浮かび、部屋中が震え始める。


「少し、頭を冷やさせないといけないみたいだねっ!」

「うっ!?」


 突如割れた床から出現したイバラのバリケードに行く手を阻まれ、リコーは脚を止めた。

 同時に部屋中の空気が変質していくのが分かる。

 感じていなかった息苦しさがせり上がってくる。


(部屋の空気に活性マナが……!)

「恨まないでくれよ、非力なボクがキミを止めるには呼吸を奪うしかないんだ」

「っ……!」


 リコーは咄嗟にマスクを探したがもう遅い。

 壁から伸びたツタが彼の武器や手足よりも先にマスクを絡め取り、魔女の傍まで連れ去っていく。


「時間稼ぎに徹させてもらうよ、我ながら卑怯とは思うけれどね」

「……ひゅっ、ひゅっ」

「ああ、痛々しい。息を止めることもできるだろうに、その過呼吸はわざとやっているのかい? ボクを心配させて、手を緩めてもらおうとしているんだろう。あるいは……活性マナを溜めて、壁でも破壊しようとしているのかな?」


 禁域の魔女はイバラのバリケード越しににやりと笑う。


「でも壁を破壊した後はどうする。キミはどのみち呼吸ができなくなっていつかは倒れる。ボクはそれを待っているだけでいいんだぞ」

「……そう、かよっ」


 だがその油断が、一瞬の光明となる。


「じゃあ、俺が最初っ、外に出るのを、なぜっ、止めた?」

「それは……」

「悪いが、行かせて、もらう……!」

「あっコラ外に出ても無駄だって!」


 リコーが横を向いて姿勢を前傾させた瞬間、禁域の魔女は壁をツタで覆い尽くして補強した。

 瞬間、青年は床を蹴った。


 その身体に満ちた活性マナが床を蹴り砕くほどの力を発揮し、リコーの身体を()()()()()

 狙いは横ではなく、上。

 ()()()()()()()リコーは三角跳びの要領でイバラのバリケードを超え、魔女の目の前に着地する。


「なっ!?」

「貰ったっ……!」


 虚を突かれて目を丸くする魔女に、リコーはこん棒を振りかぶった。

 この女を倒し、マスクを取り戻して、みんなのところに戻る。

 怒りに任せた渾身の一撃を、あとは振り下ろすだけ。


 なのに。


「ひぃっ!」


 小さな悲鳴。

 腕を咄嗟に頭の上にあげただけの脆弱な構え。

 腰は引き、目には涙を浮かべ。

 魔女はただ恐怖に身をすくませているだけ。

 もはやこん棒すらいらないだろう。

 拳で殴り飛ばすだけでいい。


 なのに、リコーはその女を傷つけることが、どうしてもできなかった。


「す、隙ありっ!」

「っ……!」


 結局こん棒を振り下ろすことができないまま、リコーは四肢をツタに絡め取られてしまった。


「び、びっくりした……! まさか天井を経由して、いや、これはボクの見込みが甘かった。明確にボクの落ち度だ。でもキミが思い留まってくれて嬉しかったよ。そのまま頭も冷やしてくれるともっと嬉しいんだけどな」

「んなわけ、あるかっ!」

「でももう動けないでしょ? というか頼むから動いてくれるなよ。これ以上は本当に酷いことをすることになるぞ」

「うる、せえっ……!」


 リコーはかすみ始めた意識を何とか繋ぎ止めつつ、下腹部に意識を集中する。

 ローメに習った、活性マナを力に変えるための技術。

 そのまま四肢を曲げて力を込めると、ツタは容易く引きちぎれた。

 あの時よりもたくさんの活性マナが溜まっているいま、青年がツタを引きちぎるのに足る力を発揮することなど、造作もない事だった。


「……酷いことをするって、言ったよな」


 酸欠にふらつくリコーの額に片手を押し当て、禁域の魔女は悲しそうに言う。


「ボクはキミに頼るしかない。けど、同時にキミを死なせるわけにもいかないんだ。分かってくれ」


 青年の額に魔法陣が光り輝く。


「ボクからの誠意だ。キミの記憶の一部を返す。これで思い出して、思い留まってくれ」


 禁域の魔女の声は震えている。

 悲しそうどころか、ちょっと泣いているような。


 リコーが覚えた疑問は、しかし、次第に罵声と破壊音にかき消されていく。

 意識が上書きされていく最後、魔女の言葉が聞こえた。


()()()()()()()()()()()。たっぷり味わうといい」

読んでいただきありがとうございます!

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