第45話 竜の狩り
「前には俺とローメで行く! シェイとミアナは援護頼むっ!」
「わかった!」「ええ!」
背中に二人の返事を聞きつつ、リコーはローメと共に神樹の銀竜の眼前へと駆け出した。
その巨体に近づくほど空中に舞う胞子の量が多くなり、そこが誰の領域なのかを静かに、しかし雄弁に語る。
迫る二人の挑戦者を一瞥した竜は結晶でざらつく舌を出し入れしながら、右の腕を大きく持ち上げる。
縄張りを侵す生物は全て敵。
自然界の掟に宣戦布告など存在せず、ただ強者が弱者を叩き潰すのみ。
「俺が引きつける! ローメはもう片方の腕を狙え!」
「了解っ」
長大な両刃斧を引きずるように低く構えたまま、ローメは指示通りに竜の左腕の側へ。
カビに埋もれていてもやはり見えているのだろう、竜もまた、さらに接近してきた『敵』の方へと首を高くもたげる。
「お前の相手は俺だ!」
ズダァン! と炸裂音が廃都に鳴り響き、竜は発砲したリコーへと注目を変更する。
「くっ、あんな位置の頭を狙ったのはミスったな……!」
銀竜は胸を張るような姿勢で首を高く伸ばしている。
その頭はリコーの拳銃の射程の範囲外だった。
だが、音は違う。
竜は突然聞こえた破裂音の発生源に頭を向けた。
表情は分からなくとも、所作からは苛立ちが伝わってくるかのよう。
「そうだ、俺を狙え! 早く俺を殺さねえと痛い目に遭うぞ!」
リコーは銀竜がもっと苛立つようにあえて大声を張り上げ、竜の顔に向かってもう一発発砲する。
もちろん弾丸は届かない。
だが注意が引ければそれで十分。
銀竜は本格的に身体ごとリコーに向けて、振り上げたままの右腕で叩き潰す狙いを定めた。
(よし。あとはトロい攻撃を避けた隙に、ローメが左腕に斧で……)
青年は脳内で算段し、後ろ向きに駆け出す。
竜が腕を振り下ろすのを誘い、回避するだけでいい。
しかし、その目論見は結果的に間違っていた。
ばさり、と。
神樹の銀竜は、翼も使ってシンプルに跳躍することで逃げ出した『敵』との距離を一気に詰めたのだ。
「まずいっ!」
天空から振り下ろされる右腕の影に覆われた青年はイチかバチか、全力で石畳に身を投げ出す。
直後、轟音。
古びた石畳が砕け散り、カビの胞子と砂埃が舞い上がる。
「……ギリギリ、セーフ!」
青年は生きていた。
彼が横たわるのは叩き潰された石畳の真横、圧死をギリギリで回避していたのだ。
ただの偶然ではない。
「旦那様、無事ですか⁉︎」
「ナイス狙撃だミアナ!」
背後から聞こえる少女の叫び声に、リコーは大声で叫び返した。
竜の右腕に刺さった三本の矢。
その全て、ミアナが必死で放った援護だ。
相変わらず銀竜の表情は読めない。
だが痛みで気を散らされて狙いを外すくらいには、ちゃんと生物をしているようだ。
「オマケでこいつもくれてやるっ!」
リコーは素早く仰向けになり、足元に見える竜の手に向かって一発発砲。
小型の結晶弾丸は今度こそ、竜の肉へ撃ち込まれる。
瞬間、ピィッ、と。
体格に見合わない甲高い鳴き声をあげ、神樹の銀竜は右腕を素早く引っ込めた。
「よし効いてるっ」
青年が思わずガッツポーズをしたちょうどその時、銀竜は再び悲鳴を上げた。
ドタバタと慌てて後退し、リコーたちから距離を取る。
その左腕を覆う白銀のカビは、真紅に染まっていた。
「外した」
たたたっ、とリコーの隣に駆け戻ってきたローメは言った。
その手に携えた両刃斧は竜の血に濡れている。
「あいつの身体、粘膜みたいなもので覆われていて滑った。浅く切っただけ」
「なに、十分さ」
リコーは少し笑って、こちらの様子を伺っている竜を見た。
「少なくともこちらの攻撃が通用することは分かった。あとはうまくやるだけさ。シェイ!」
「ええ、分かってるわ」
青年が振り向くと、魔術師少女は巨大な魔法陣を杖先に浮かべてにやりと笑った。
「アンタたちが時間を稼いでくれたおかげで省略詠唱じゃないフルの詠唱ができた。ここからは『省略詠唱』以上の速度で結晶砲を連発できるわよ!」
「そりゃ頼もしい。うっかりで俺たちを巻き込むなよ」
リコーの冗談に、シェイは片眉を持ち上げて「言ってろ」とでも言いたげにやり返す。
「ミアナも引き続き援護を頼んだ」
「え、ええ。でも本当に、死なないでくださいよ?」
「当然」
青年は心配顔の長耳少女に軽く微笑みかけてから、傍らのローメと目を合わせ、頷く。
「もう一度行くぞ!」
「ああ!」
ダダッ、と駆け出したリコーとローメは、今度はそれぞれ右と左に分かれて駆ける。
「リコー! へその下あたりに溜まるエネルギーを意識しろっ!」
竜に向けて駆けながら叫ぶウシ角の少女。
「我らイラビルの戦士はそうやって力を引き出す! おまえにも、きっとできる!」
「活性マナでのブーストね、やってみるか!」
リコーは深く息を吸って吐き、言われた通り下腹部に意識を集中させる。
すると、半分は思い込みかもしれないが、確かに身体中に力がみなぎった。
きっとそれは、呼吸困難に陥った彼が無意識にやっていたこと。
(マスクを取られた時ほどじゃないけど、これなら……!)
拳銃の弾は残り少ない。
リコーは拳銃を仕舞い、代わりに特殊材質のこん棒へと持ち換えた。
これだけ力が湧いてくるなら、きっと打撃も竜に通るはずだ。
踏み出す脚は石畳を砕きこそしないが、確実に身体を前へ前へと運んでいく。
「俺は右腕を潰す! ローメは引き続き左腕だ!」
ローメは無言でうなずき、竜の右腕側に回り込んだリコーとは逆側に消えた。
そしてすぐさま、竜に反応があった。
「おわっ!?」
リコーは接近していた竜の右腕が突如じたばたと暴れたのに巻き込まれないよう急停止。
神樹の銀竜がローメの動きを避けるため、逆サイドへと素早くステップしたのだ。
「おま、割と素早く動けるのか……でも逆に、コッチからはぶっ叩きやすくなっちまったぞっ!」
竜の右腕は既にこん棒でも叩ける距離にある。
青年は素早く振り上げたこん棒を、真白い綿のようなカビに覆われた指へと叩きつけた。
ずるり、と滑る油のような感触の他に、打撃の確かな手ごたえが跳ね返り。
打撃された痛みで、竜は再び小鳥のような甲高い声で叫ぶ。
「なんだか悪いことをしている気分、だけどな……!」
そして、リコーはその場から飛び退いた。
竜の攻撃を避けるためではない。
背後から飛ぶ『砲弾』に道を譲るためだ。
「俺たちは進まなくちゃならないんだよっ!」
「『完全詠唱:純粋結晶砲』!」
それはまるで草原を駆ける馬の群れのよう。
ズドドドド、と地を鳴らすが如き音を立て、結晶砲弾が連続で着弾した。
「あちゃー、これわたしやっぱり要らなかったかもですね?」
視点は少し後ろ。
結晶砲弾が竜に撃ち込まれていくのを見ていたミアナはふぅと息を吐く。
「まあ拍子抜けな方が丁度い……あー、いや、まだですか」
土埃の向こうに翼を広げた影を認め、エルフの少女は矢をつがえた弓を引き直した。
「それじゃ、わたしが華麗にトドメを……」
それは矢を放つ直前。
突然の出来事。
ミアナは目撃した。
魔術を放った仲間が、シェイが、突然糸の切れた人形のように倒れたのを。
「ちょっ!? シェイ、突然どうして……あ、あれっ……」
倒れたシェイに思わず駆け寄ったミアナは視界がブラックアウトしかけ、自身も倒れ込んでしまう。
「何か、へんなっ、ひゅ、ひゅっ、ひゅうひゅ、ひゅっ、ひゅ……!?」
意味のない音が喉からなり続ける。
過呼吸の症状。
ミアナの思考を疑問と恐怖が瞬時に塗り替えた。
マナマスクがあるはずなのに、なぜ自分は窒息しかけている……!?
「おい、ローメ!」
シェイが倒れたのとほぼ同時、竜の眼前では、同じくウシ角の少女が突如その場に座り込んでしまった。
「大丈夫か!? いきなりどうして……」
「……ひゅっ、ひゅっ」
青年が駆け寄って声をかけてもローメはただ空気が抜けるような音を鳴らすばかり。
その症状は、やはり過呼吸。
リコーはこめかみに汗が伝うのを自覚した。
脳裏によぎった嫌な直感には、現実になって欲しくなかった。
「まさか……!」
リコーは自らのマスクを取り、息を吸いんだ。
ああ、やはりそうだ。
呼吸できる。何の問題もなく。
青年はその元凶たりえる存在を、翼を広げて佇む竜を見上げた。
竜は天を仰ぎ、口を開けている。
その口に揺らめくのは白銀の魔力焔。
舞い上げられた神樹カビはまるで雪のようで、その輝きは幻想的ですらあった。
「お前が、空気中の活性マナを全部奪っているのか……!?」
青年は竜に問うが、当然答えは返ってこない。
その代わり。
神樹の銀竜は弱った得物を仕留めるため、熱く燃え滾る息を吐いた。
周囲一帯が、灼熱地獄へと塗り替えられていく。
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