第44話 引火
ずる、ずるり、と。
神樹の銀竜は這いずるように『知恵の樹』の幹を下り、そのまま大通りの風化した石畳を踏みしめて歩く。
のそ、のそりと。
その動きは緩慢で、歩いていても振り切れそうなほど。
だが。
白銀の巨体は確実にリコーたちの方へと向かってきていた。
神樹カビの奥に隠された瞳に睨まれている気がして、リコーは身体が総毛立つのを自覚する。
「なんか、本当にトカゲみたいですね」
建物の陰に隠れたリコーの身体にさらに隠れて様子を伺っていたミアナが呟く。
彼女がトカゲみたいだと評したのは、のそのそと歩く神樹の銀竜が長い首を左右に振りながらチロチロと舌を出していたからだ。
ヘビのような二股ではなく、細長く五本に分かれた舌が出し入れされるたびに、表面がキラキラと光る。
「あの舌、マナ結晶が表面に析出している……?」
「マナ結晶っていうのは……」
「私たちも今まで散々見た結晶のことよ。非活性マナの一形態で、魔術的には活性マナを転換して析出させる。あとは、体内で飽和した活性マナを貯蔵する手段として禁域の生物が利用していることもあるって、本で読んだ。つまりアイツ、ほぼ確実に体内に溜め込んだマナで何かしてくるわ……」
観察事実から冷静に推理するシェイ。
リコーは静かに感心しつつ、ローメにアイコンタクトする。
「……いま勝負を仕掛けるのは、やはり危険」
「だよな」
同じ考えに至っていることを確認し、相頷く。
「ここは一度仕切り直して」
「二人とも隠れてっ!」
「っ!」
だが明確な行動に移る前に、魔術師少女の悲鳴じみた警告が会話を中断。
そして、リコーとローメが慌てて建物の陰に完全に隠れた瞬間、突風が吹き荒れた。
「なっ、これ……!」
戸惑うリコーだったが、大通りからビルとビルの隙間を抜け、リコーたちが隠れている路地まで駆け抜けた風が何をもたらしたのか、すぐに理解する。
宙を舞う、真白い綿毛。
「あいつカビの胞子を俺たちに吹きつけたのか!?」
「旦那様、羽ばたきですっ。竜が突然翼を大きく広げたかと思ったら、バサバサバサッて!」
「なぜそんなことを……待て、ミアナ」
緊張と恐怖とその他もろもろで興奮状態のエルフ少女がマスクをふしゅふしゅと鳴らしながら言うのを見て、リコーは少女の身体がところどころ白く汚れていることに気がつく。
指で拭ってみるとべたつく白い汚れはしかしすぐに乾き、ポロポロと崩れて周囲に舞う白銀と見分けがつかなくなる。
「なんか身体に胞子の塊がくっついてるぞ……?」
「え、うわホントだ。きったないですね……食事中にくしゃみをした人の前に居た時のような不愉快さですっ!」
「ちょっとアンタたちそんなこと言ってる場合じゃないわっ!」
胞子塊を擦り落とすのに躍起になっているミアナに割り込むように、再びシェイから悲鳴が上がる。
「アイツ大きく息を吸い始めた。魔力焔攻撃が来るっ!」
「なっ!?」
「こんなところにじっとしてたら焼き殺される!」
「にっ、逃げますよ!」
ハッキリとした死の予感に、ミアナは真っ先にリコーの服を引っ張った。
「我らが来た路地をそのまま戻る。建物の陰を利用して離脱しよう!」
「ええ! オイなにボーっとしてんのよっ」
「いや、待ってくれ……」
三人の少女の呼びかけに、しかし、リコーは脚が動かない。
再び、頭の奥でチリチリと音が鳴っている気がする。
これは何かの警告だ。
青年は直感するが、いったい何の警告なのかは分からない。
胞子攻撃で可燃性を高めて魔力焔で火をつけるとか———
そして、禁域の魔女の言葉が脳内で反復された。
通常の胞子はきっとあくまでも副産物。
用途不明のべたつく胞子塊はいま、突風のせいでビルの隙間の路地全体に広く張り付いている……!
「みんな、逆だ! 大通り側に出ないと!」
「えっ!? 竜の前に出るなんて自殺行為……わぁっ!?」
「ローメ! シェイを!」
「分かった!」
「ちょっと待っ……!」
リコーは戸惑うミアナを無理やり抱きかかえ、ローメに同じく硬直しているシェイを運ぶように叫び、全力で大通りへと駆ける。
一気に開けた視界に見えたのはまさに大口を開け、リコーたちのいた路地へ向けて炎を吐かんとする白銀の巨体。
身を投げ出すように地を蹴ったリコーはその見えない目と、再びの一瞬だけ、視線が合った気がした。
直後。
灼熱が迸る。
「うわあああああああああああああっ⁉︎」
吹き荒れた熱風に背中を押される形で一行は吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がる。
「ひいいいいいいっ⁉︎」
「シェイ、ローメッ!」
パニックを起こして暴れるミアナを抱きしめながら、リコーはもう片割れのペアに叫ぶ。
「我らも無事!」
「い、いててて……」
二人はすぐ近くにいた。
少し擦り傷ができているようだが無事だ。
リコーはホッと息を吐き、
「……くそっ」
さっきまで自分たちが居た場所が白銀の魔力焔に焼き焦がされているのを、見た。
建物の陰も、そこから続く路地も、その奥の奥まで。
強風が吹き抜けたのと同じルート上の全てが、一瞬で灼熱地獄と化している。
あそこに自分たちが居たら、奥に逃げることを選択していたら、どうなっていたか。
「うわ、うわぁ……」
リコーはニアミスした死の恐怖にうめくミアナを慰めたかったが、そうも言っていられない。
神樹の銀竜は仕留め損なった獲物に頭を向け、すでに再び大きく翼を広げている。
「……ミアナ!」
「ひっ、く、くそぉ……!」
長耳エルフは青年の手に頭を撫でさせ、ヤケクソ気味に弓を手にする。
「シェイ!」
「……ええ」
エリート魔術師は歯を食いしばり、杖を敵へと向ける。
「ローメ!」
「分かってる」
ウシ角の戦士は青年の隣に歩み出て、巨大な両刃斧を構える。
「すまないが、どうやら正面切って戦うしかなさそうだ」
そして黒髪の青年は、かすかに震える手で拳銃を取り出した。
「やるぞっ!」
白銀の胞子と火の粉が舞う廃都にて。
寄せ集まった人間による、神秘への反逆が始まった。
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