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第42話 孤独の終わり

 ローメが暮らしていたという村の雰囲気は吊り橋前の廃村とほぼ一緒で、静けさに似合わない数の家屋が広場を囲んでひっそりと佇んでいた。

 だが廃村と明確に違う点もある。

 それは、寂れてはいても廃れてはいないということ。

 ローメがひとりでせっせとメンテナンスを行っている証だった。


「あれ、つかなくなっている……」


 その広場の真ん中。

 大きな皿のような装置の上に積み上がった薪の前で、ローメは首を傾げる。


「本当はこの装置にマナを流し込めば、ひとりでに火をつけてくれた……」

「察するに魔力焔を発生させる装置だったわけね。ま、それなら別に普通の手段で火をつけちゃえばいいんでしょ?」

「まあそう、だな……」

「そんなにしょげないの。道具なんていつかは壊れるん、だからっ」


 肩を落とすローメをやや乱暴に励ましつつ、シェイは手にした火打石で薪に着火する。

 頭でっかちの魔術学院出身とて、探索者になったばかりというワケじゃない。

 火の確保くらい、手慣れたものであった。


「服は私とミアナで干しちゃおうかな。リコー、アンタの荷物はあの鞄に入ってる分でいいのよね?」

「ああ、頼んだ」

「了解。そんじゃミアナ、手伝ってもらえる?」

「お安い御用です。むしろわたしのほうから申し出ようとしていたくらい。どこぞの淫魔女に旦那様の下着を『使われて』しまってはたまりませんので」

「そ、そんなことするわけないでしょ!?」

「さてどうでしょうかね? 翼と尻尾はうまいこと引っ込めたみたいですけども……」


 ヤイヤイ言い合いながら、二人の少女は荷物を取りに去った。

 焚き火のそばに座るリコーは火の様子を見つつ、首に嵌った魔女との連絡装置の起動を試みる。


「おっそい!」


 時間にして本当に一秒もない。

 首輪越しに魔女が元気よく怒声を発した。


「おわっ、繋がったか。ワケあって長時間の潜水をしてたんだけど、壊れていなくてよかった」

「ちょっとやそっと水没したくらいでボク特製の魔道具が壊れるものか! というかなんだ潜水って。ボクは聞いてないぞ。もしかしてキミ、マスクをしたまま潜水で水没洞窟を突破したとか言わないよな?」

「……」

「バカなのかい!? キミの身体の構造を考えるに多少は平気だろうけど、フツーそういうのは防水加工もしてあるマスクでやるもんだ! 何なら、言ってくれればボクが水中呼吸用のマスクだって用意したのに!」

「で、でも俺たちはお前との契約でイラビルを……」

「そりゃ『生魂の書』も手に入れてもらわなくちゃ困るよ? でもこれはそれ以前の問題だと思わないかい? リスクを取るにしても適切な方法ってのがあるだろう!」


 リコーが話したこと以上の何かを読み取った魔女は怒りのボルテージをさらに高めていく。


「キミにはちゃんと生還してもらわなくちゃ困るんだよ。その身体は自分だけのものじゃないと、今後は肝に銘じておくんだね!」

「は、はい……」

「まあでも、生きてるならよかったよ。他の連中も無事なのかい?」


 ひと通り怒ったからか、魔女の声色から怒りが抜けた。

 リコーは「一応全員無事だ」と相槌を打つ。


「ローメの仲間たちが遺してくれた水中ランプには助けられた。暗い水中を照らしてくれたんだ」

「ん、マナ駆動の装置があったのか」

「あ、ああ。そうだ」


 魔女の言葉に、リコーは見えていないと分かっているハズなのにコクコクと頷いた。

 ほんの少し話しただけで、大した推察能力だと感心してしまう。


「ただ、結構ガタが来ていたみたいで。洞窟内の灯りも、村に残っていた着火装置も、どちらも急に起動しなくなってしまった」

「……そりゃ変だな」

「変、とは……?」

「直接回路を破壊したならともかく、いきなり壊れるってことはほとんどないはずだ。だから考えられる原因は根本的なマナ不足。装置を動かすための最低限のマナを供給していた大元に何かあったと考えるべきだろうね」

「大元に……」


 リコーは洞窟内で遭遇した地震のような衝撃を思い出す。

 大した揺れではなかったが、それは原因が離れた場所だったからだろう。

 つまり。


「イラビルの方で、何か……?」

「神樹の銀竜とやらが関わってんだろうね、十中八九」


 青年の問いを待ち構えていたかのように魔女は語る。


「あのウシ娘は疫病をもたらす邪竜とか言ってただろ。ボクの推測が正しければ、そいつは……いや、実際にキミらが竜の姿を確認したら話そうか。不確定の状態でバイアスを与えるのはよろしくないからね」

「……つまり?」

「つまり今日はとっとと休んでイラビル探索に備えろってことだよ。ボクは良い知らせを期待しているからね、リコーくん。それじゃ、おやすみ」

「お、おやすみ」


 魔女は一方的に喋るだけ喋り、リコーが挨拶をし終えるかどうか、というタイミングで会話を終了してしまった。


(話していることの半分くらいはよく分からなかったけど、とにかく神樹の銀竜の姿を見たらいったん報告した方が良さそうだな)


 与えられた情報をひとまず整理し、リコーはふぅ、とため息をつく。


「……」

「ん、どうしたローメ」


 と、そこで青年は共に焚き火の傍に座っているウシ角の少女がこちらをじっと見つめているのに気がついた。

 その表情はほとんど無。

 だが、心なしか笑っているようにも見える。


「やはり、他の人がいるといいな、と思って」


 ローメは視線を焚き火に戻す。


「老人たちが死んでしまってからは、我はずっとひとりだったから」

「いつからひとりだったんだ? 老人たちがその、亡くなってしまったのは、いつだったのか」

「十年は前になると思う」

「……やっぱりな」


 気になりつつもずっと聞けていなかった問い。

 その答えはほとんど想定通りで、リコーは長く息を吐く。


「君の様子を見ていて、つい最近ほかの人たちと死に別れた、という感じじゃないのは分かっていた。だが、ずっとこの村にひとりで……?」

「そう。老人たちが遺した道具だけが、我がひとりではなかったことの証明だった。だから動かなくなってしまったのは残念だけど……いまはおまえが居るから」


 ローメは静かに言うと立ち上がり、マスクをずらしてリコーの頬にそっとくちづけをした。


「我の孤独は終わった。あとは一族を再興し、天に昇った同胞たちの無念を晴らすだけ……」


 そして、柔らかい笑みを浮かべて言う。


「おまえがその気になるのを、楽しみにしているからね……?」

「……ぜ、善処する」


 その表情の見たことがない妖艶さに、リコーは誘いを完全に断ることができず、少し言いよどみながらも肯定と取れる返事をしてしまった。


「さて、我も明日の支度を。いや、まずはあれらの喧嘩を収めるのが先かも?」


 ローメは満足げに言うと、衣服の扱いを巡って未だに言い争っている二人の方へと歩き去った。

 残された青年は自分の頬を軽く叩き、ふぅ、と空を見上げた。


(これが終わったら、記憶が戻ったら、俺は……)


 目を逸らし続けていたもうひとつの事柄。

 先延ばしの期限は、もうすぐそこまで迫っていた。


 —————


「あ、あれが神樹の銀竜、ですか……」


 そして、一行は対峙する。


「『知恵の樹』ってのはあの竜が取り付いている建物のことなのよね……?」


 今回の探索の、ひとまずの終着点に。


「俺らが本を探す間、大人しくしててはくれなさそうだな……」


 死そのものを具現化したような、神秘の竜に。

読んでいただきありがとうございます!

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