第39話 試練
「本当にここを潜ってでも通る必要があるのか? 引き返して、イラビルを目指す他のルートに切り替えられないのかな」
「それは……」
「それは絶対にダメ!」
リコーがシェイのことを考えてした提案は、当のシェイ本人によって反対されてしまった。
「アンタも本当は分かっているでしょ? 引き返すにしろ留まるにしろ、ノーリスクというワケにはいかないって。何より、禁域の魔女は私たちを急がせようとするはず。彼女の目的は分からないけど契約がある以上私たちは彼女に背くわけにはいかないから、結局いつかは無理をするハメになる」
「だが、俺は君のために……」
「分かってるわそんなこと、だからこそでしょ」
シェイはリコーに噛みつかんばかりに反論する。
「私一人がビビッているからって他のメンバーをさらなる危険に晒すだなんて、私自身が許せない。学院のエリート魔術師が、試練のひとつや二つ乗り越えられずにどうするんですか」
それは、シェイ自身が自らを鼓舞するための言葉でもあった。
要するに命懸けの意地っ張り。
バカげているが……それを聞くリコー自身、不思議と身に覚えが無いワケじゃなかった。
彼は深いため息をついて「分かった」と頷く。
「せめてシェイの持っている荷物の分担を考えよう。なるべく泳ぎやすいように」
—————
「みんな準備はできた?」
「できたと言えばできたが……ちょっと恥ずかしいな」
服を脱ぎ、下着姿になったリコーは苦笑する。
「安全に泳ぐためですよ。それにほら、わたしの扇情的な肢体を目に焼き付けておくなら今がチャンス。この機を逃す手は無いですよ!」
「まあ、そうかもな……?」
同じく下着姿になったミアナが何やらクネクネしているが、青年の表情にさしたる変化はない。
「くっ、やっぱりこんなデカ乳だらけのメンツじゃボディ勝負は分が悪過ぎる……!」
「別にそういうことを言いたいんじゃないぞ」
ミアナに釘を刺しつつ、リコーはシェイの様子を伺った。
「……」
魔術師少女もいまや下着姿だが、いつもの彼女らしい噛み付くような反応は無い。
神妙な面持ちで腕を組み、佇んでいるだけだ。
「みんな準備はできた?」
と、案内役のローメが問いかける。
もちろん下着姿だが、彼女の場合はただ布を体に巻いただけという出立ちで、爆発的なプロポーションも相まって思わず二度見してしまうほど衝撃的な姿だ。
だが現在のリコーは言った通り気恥ずかしさに苦笑いしているくらいで、下着姿の少女たちに囲まれていることに動揺することもない。
二十歳も超えている彼は記憶がなくとも、流石に時と場合を弁えているのであった。
「道順を説明する。最初の分岐は右、次も右、最後は左」
「右、右、左……右、右、左……」
シェイはローメの説明をぶつぶつと何度も反復する。
「ローメちゃん、ココは本当に一回の潜水で通り抜けられるんですか? 暗すぎて深さもよく分からないんですけど……」
一方不安顔のミアナが質問すると、ローメは迷いなく首を縦に振った。
「暗さは問題ない。水没時でも移動しなくちゃいけないことは何回もあったから、老人たちが灯りを設置してくれた」
「灯り? そんなものどこに……」
「見てて」
ローメは言いつつ近くの壁際に移動して、そこに立っていた腰ほどの高さの石柱の上に手を置いた。
「おお……」
「……すげ」
次の瞬間、地底湖は鮮やかな水色に輝き始め、ミアナもリコーも息を呑んだ。
透き通った湖の水が、底に設置された結晶の光源に照らされているのだ。
そして等間隔に設置された光源は、湖の底からさらに奥へと続く水中洞窟の存在を示している。
「これってもしかして“遺物”ってやつなのでは? この光源技術があれば特許料だけで三世代は暮らせますよ!」
「残念ながら、我も仕組みは詳しく知らない。村の老人たちが知恵を絞って作ったものだから」
ローメが言いつつ再び柱に手をかざすと灯りは瞬く間に消え、また暗闇が訪れた。
「灯りをつけるにはマナが要る。だからつけっぱなしにもできない。五分くらいで消えてしまう」
「つまり灯りがある間に泳ぎ切ってしまう必要があるわけですか。水中の通路は結構長そうでしたけど……」
「途中で息継ぎができるポイントがある。二回目の分岐のあとに。そこからは少し長いけど、ちゃんと息継ぎすれば泳ぎ切れるはず。でもマスクが濡れちゃうから、一旦ちゃんと水を切って、しっかり息を吸うこと」
「ひー、安全とは口が裂けても言えない恐怖の道順ですね……でも」
ミアナはリコーの方を振り向き、にっ、と笑って見せた。
「行くんですよね? 旦那様」
「……ああ、行こう。シェイも、大丈夫そうか?」
ミアナの問いに頷いたリコーが魔術師少女の表情を伺うと、彼女は「はぁ〜〜〜」と大きく息を吐いた上でゆっくり頷いた。
「問題ないわ。泳ぎ自体はできるし、道順も聞いた。荷物も、ほとんどアンタたちに持ってもらったし」
そしてシェイはローメにぺこり、と頭を下げる。
「色々任せちゃって悪いけど、先導、お願いね」
「任せて」
ローメはシェイから預かった杖を掲げて見せ、さらに腰に下げたランプを軽く揺らした。
「このランプは水中でも光る。この光だけ見ていれば絶対に迷わない」
「ありがとう……ところでそれも、もしかして“遺物”?」
「村の老人が持たせてくれた大切な道具。不思議なランプ。遺物……なのかも?」
「それひとつでどれだけ……禁域って、本当に常識知らずよね。色んな意味で……」
呆れからか、少しだけシェイの顔に笑顔が戻る。
それを見たリコーは安堵し、「やっぱり持ってんじゃないですか! ちょっと、それ後でわたしにくれませんか⁉︎ きっと有効活用できるもがぁ⁉︎」悪い癖全開のミアナの口を塞ぎつつローメにアイコンタクトした。
「では、ついてきて」
湖に灯りをつけ直し、ざぶざぶと水中へ踏み入っていくローメ。
それにミアナ、リコーの順で続く。
「……よし、行くのよシェイエタ・ハートシープ!」
最後に残った魔術師少女も自分の頬をぱしぱしと叩いて気合いを入れ、水の中へ。
(最初の分岐を右……最初の分岐を右……!)
シェイは心中でひたすら唱えながら足を動かす。
色鮮やかな窒息の恐怖に負けないよう、先導する灯りだけを見つめながら。
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