第37話 ホットミルク
「……疲れた」
焚き火に当たりつつ、ガックリとうなだれるシェイ。
彼女の肩に手を置いて励ますのはローメだ。着る服を全て洗ってしまっていたので、現在はリコーの服を着せられている。
「すまない。そういえば、大人になったら人前では裸になるなと老人たちにも言われたことがあった気がする」
「つまりアンタがずっとそんな調子だからそのうち慣れられて言われなくなっちゃったってことでしょ? 話聞く感じ若いのアンタだけだったみたいだし……というかじゃあそもそも何で全部脱いでたのよ……」
「服を洗うのだから、着ているものも全て洗えば効率的だと思って」
「……」
「……すまない?」
「なぜ疑問形……まあアンタが根本的に面倒くさがりなのは分かったわ。はぁ」
ますます落ち込むシェイをどうしていいか分からないのか、ローメはリコーの顔を伺うようにチラチラと見た。
リコーがその視線をそのままミアナにパスすると、ミアナはただ肩をすくめるだけ。
仕方なく、リコーは切り分けた肉をシェイに差し出して「とにかく収拾がついてよかったよ、お疲れ様」と声をかけた。
「それもしかしてあのワニの肉?」
「食ってみて美味しかったとは言っておく」
「くふぁずふぃらいふぁふぉくないでふよ、ふぁんなさまのふぁじつけふぁふぃちりゅうでふから」
「口にモノ入れたままもごもご喋られても分かんないわよ……いただきます」
どこか不満げだったシェイがマスクをずらしてワニ肉を一口かじり、思ったより美味しいな、という顔をしたのを見て、リコーは思わず少し笑ってしまった。
「何よ」
「まあ根は素直だからな、君は」
「な、何を勝手に読み取ったつもりになってんのよ。アンタなんかに読まれるような単純な思考はしていないつもりだけど」
「そういうところが……ん?」
リコーは務めてムスッとしているらしい魔術師少女の背中から、何か黒い布状のものがぴろぴろと飛び出ているのに気がついた。
悪魔の翼、そのミニバージョンに見える。
「シェイ、背中から翼が……」
「うそっ⁉︎ あー、確かに出てる。ハァ……」
深いため息を吐いたシェイの背中から、今度は黒く艶のある尾が飛び出す。
「シェイ、それは?」
「ローメには言ってなかったか……私の、まあ、持病みたいなものよ。詳細は省くけど、元気が無さすぎる時なんかにこうやって出てきちゃうの」
「ふぅん……分かった」
「分かった?」
「少し待っていて」
何かに納得したローメはキャンプの隅へスタスタと歩いて行ってしまった。
ウシ角少女の背中を見送ったシェイはじろり、とリコーの顔に視線を向ける。
その目の下には黒いクマができていた。
「活性マナがありすぎると暴走しちゃう話はしたと思うけど、実は無さすぎても困りものなのよね」
魔術師少女はリコーの質問を待たずに語り出す。
「私の翼と尻尾は基本的に簡単な偽装用の魔術を使って引っ込めてある。それだけだと燃費が良すぎるから、禁域の魔女に教えてもらった魔術で活性マナを消費しているわけだけど、逆に言うと、偽装用魔術の分のマナも足りないとこうやって隠せなくなっちゃうのよね」
「なんか元気が無いのも活性マナ枯渇のせいなのか」
「ご明察。原因はシンプルにこの辺りの空気が薄い……正確には空気中の活性マナが少ないから。いくら活性マナを溜め過ぎちゃう体質と言ったって、入ってくる量が少なければ溜まるものも溜まらないのよ。特にさっきも『結晶砲』を使っちゃったし」
「空気中のマナが薄い……ということは」
ふと思いつき、リコーはサッとマスクを外してみた。
「ちょ、旦那様いきなりマスクを外したら……!」
ミアナが慌てるのを片手で制しつつそのまま深呼吸をしてみると、森と焼けた肉の匂い、川の匂い、あとは弱々しくもシェイが放出している甘い香りが肺になだれ込んでくる。
そして何より、いつもと違う感覚がひとつ。
「やっぱり、あんまり息苦しくないな」
「え、あ、そうか。旦那様はマナがある方が苦しいんですものね。わたしなんかさっきお肉を食べている間もちょっと息苦しさがあったくらいなのに」
「そういうことよ、ミアナ。リコーはともかく、私たちはここに来てマナ不足の影響を強く受けることになる」
「じゃあ旦那様にいっぱい補給してもらうチャンスってこと……⁉︎」
「目を輝かせているところ悪いけど、このマナタンクさんが呼吸しやすいということは活性マナを追加で溜めるのも難しいってことよ。だからむしろ、ここから先は今時点でリコーに溜まっている活性マナをどう使うかが重要になる。無駄遣いはできない、だから補給も必要な分以外はナシ」
「そんな……」
今までに無いほどショックを受けて青ざめるミアナに苦笑しつつ、シェイは再び大きなため息をついた。
「私も、これくらいは耐えないと、ね……」
「……見ててかなり辛そうだが、本当にマナを分けなくて大丈夫か?」
「そんなに私にキスしたいの? でもおあいにく様。これくらい耐えられなくて、何が席次一番ですか」
「……」
不敵に笑って見せたシェイがかなり無理をしているのに気がつかないほど、リコーは鈍感ではなかった。
そして何とかしてマナを補給させてあげられないかと彼が思案している時だった。
「待たせた。あとは温めればおいしく飲めると思う」
隅の方に行っていたローメが戻ってきて、何かを焚き火のそばに置いた。
見てみればそれはボウルで、中には白色の液体が揺らいでいる。
「リコー、シェイはなぜ元気が無い?」
と、リコーがボウルの中身に深く考えを巡らせる前に、ローメから質問が飛んだ。
その視線は頭を抱えるようなポーズのまま動かないシェイの方を向いている。やはり彼女を気にしているようだ。
「ああ……彼女は活性マナの不足に陥っている。本当は俺が補給してあげられるんだけど、ここは禁域の奥地だ。念のために温存しておこうと言って聞かないんだよ」
「マナ……」
「あれ。もしかしてローメはマナのこと知らないんですか」
驚きのあまり質問を割り込ませたミアナに、ウシ角少女はうーん、と首を傾げた。
「この森ではマスクが無いと呼吸ができないのは知っている。マナが薄いから、とは老人も言っていた。けど、かっせい……とかは、よく知らない」
「正確に知らなくても生きていけますからね……特にこんな場所じゃ知る機会もないでしょうし。まあ要するに酸欠みたいな感じですかね? 森の空気が外より薄いので参っちゃってるんですよシェイエタは」
「なるほど」
「ちなみにいつもは旦那様がキスで分けてあげてます。旦那様は特殊体質で、わたしたちとは逆にマナの少ない空気を吸ってマナを含む息を吐きます。だからマスクもわたしたちとは逆の性能の特別製です」
「ふむ、それで我はあの時倒れてしまったのか」
「あの時?」
ミアナが首を傾げ、そこでリコーは気づく。
(そうか、ミアナもシェイも俺がどうやってローメを倒したか知らないのか……)
まさかローメにまで(結果的にそうなってしまったのだとはいえ)キスをしたとバレるとミアナは怒るだろうし、なぜかシェイも、果ては禁域の魔女までも怒らせてしまう気がする。
リコーが固唾を呑んでローメの次の言葉を待っていると、自分に向けられた緊張の視線に気がついたローメは意味ありげに微笑み、
「……気のせいかも。何でもない」
と、誤魔化した。
「いやでもいま何か……」
「おや、そろそろ温まった頃かな」
なおも食い下がるミアナの前に、ローメは焚き火の側から取り上げたボウルをスッ、と差し向けた。
「飲むといい。元気が出るから」
「何ですかこれ……ん、なんかミルクみたいな香り。いただきます」
ミアナはマスクをずらして匂いを嗅ぐと、特に躊躇せずにボウル内の白い液体に口をつけ、一回、二回と飲んだ。
「ぷはっ! すごい、コレかなりおいしいですよ! 旦那様もほら!」
「あ、ああ」
大興奮のミアナからボウルを受け取ったリコーはマスクをずらし、口をつけようとして、ローメの視線がこちらの口元に注がれていることに気がついた。
「……俺の顔に何か?」
「ううん、なんでもない」
「……?」
微笑むローメの視線は依然気にはなるが、まあ気にしていても仕方がない。
リコーはミアナと同じように、ボウルに注がれたミルクのような液体を飲んでみた。
「いやミルクだなこれ」
非常に端的な感想であった。
温められたミルクの甘い香りが心を落ち着かせてくれる。
それによってやっと、リコーは自分もくたびれていたのだなと気がついた。
失った記憶の奥底からも、身体を温めて牛乳を飲むのは心身の疲れを癒してくれるという知識だけが湧きあがってくる。
「ありがとうローメ、俺も元気が出てきたよ」
「それはよかった。シェイ、あなたもどうぞ」
「ん、アンタたち、さっきから何を……ボウル?」
ボウルはリコーの手からローメへ返却され、ローメから顔を上げたシェイへと手渡された。
「ホットミルクだよ。俺もミアナももう飲んだから、シェイも飲んでみてくれ。元気が出る」
「そう、ホットミルク。ありがとう、いただくわ……って!?」
虚ろな目をしていたシェイは、しかし、ミルクを一口飲んだ瞬間にカッと目を見開き、そのままローメの方を見た。
「この匂い……え、ちょっと、これまさか!」
「おいしい?」
「お、おいしいけど……! そこが問題ではなくて!」
何やら慌てたシェイはミアナとリコーの顔を素早く交互に見た。
「アンタたちこれ飲んだのよね!?」
「おいしかったですよ」
「ああ。そのミルク風の飲み物っていうかミルク」
「……まず最初に言っておくと、これ、すごい量の活性マナが含まれているわ」
シェイの分析にリコーとミアナはおお~、と声を上げた。
「で、アンタたちはこの活性マナを潤沢に含む液体が、どうやって用意されたかは考えた?」
「どうやって?」
「それは、ローメちゃんが何かしらの方法で……ハッ!?」
今度はミアナが何かに気づき、ローメへと視線を釘付けにした。シェイも同じく。
「なんだよ二人して……」
リコーも二人に倣って、一応ローメの顔を見た。
二人の少女の驚愕とひとりの青年から視線を集めた少女はにこりと笑う。
「新鮮なうちに、召し上がれ」
「わああああああ確定した!」
「ミアナ!?」
エルフの少女はのけぞり、勢いのまま地面に転がった。
「やっぱりそういうことね! え、うわ、ちょっとローメ! アンタ素でとんでもないことしたわね!?」
「な、なあ一体何がどういう……」
「まだ分かんないなら全然察しの悪いアンタにも分かるように言ってあげるわ!」
ガシッ、と青年の肩を掴み、魔術学院の席次一位系少女は問いかける。
「いま飲んだのはミルクよね!? じゃあ何の、いや、誰のお乳だったのかしら!?」
「誰の…………あ」
リコーはようやく答えにたどり着く。
確かに、結構ウシっぽいなとは思っていたけどもね。
そう言えば、禁域の魔女も何か口走っていたような。
カトラス族はその大きな胸にマナを溜め込むとか、なんとか。
余りにも常識からの逸脱が激しい真実に、リコーは三週ほど回ってむしろ冷静だった。
「ローメ」
「む、おかわりか? 救世主リコー」
「もしまだその、ミルクのおかわりがあるなら、シェイに飲ませて欲しい」
「えぇ!? 何を、マジで何言ってんのアンタは!?」
顔を真っ赤にして慌てるシェイの目を、リコーは真っすぐ見据えた。
「パーティの中で活性マナを一番必要としているのはシェイ、君だ。そしてさっきまで俺たちは俺を利用する以外でのマナの補給方法を欲していたじゃないか」
「そ、それはそうだけど!」
「じゃあ、頼んだぞローメ」
「心得た」
「そ、そんな勝手に……! じ、自分で飲める! 自分で飲めるからそんな押さえつけなくても! 力が強すぎる! い、イヤァ! こんな赤ちゃんみたいな姿勢で……!」
「大人しくして。ほら、いい子だから」
「うわ下から見たら本当にデッカムグゥ!?」
リコーは半強制的に『活性マナの補給』が行われる音を背中に聞きつつ、「でも、こんなにおいしいから、いや、しかし……」とぶつぶつ言いながらボウルに残ったミルクを啜るミアナの隣へ静かに腰かけ、拳銃の手入れをする。
(あのミルクを小分けに持っておけば、俺が戦場でリスクを冒してキスして回るより良かったりしないか……?)
などと考えることで、他に余計なことを考えないように、一心不乱に。
その様子は、見方を変えれば、冥想修行と言えないこともない。かもしれなかった。
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