第34話 吊り橋効果(?)
「禁域の魔女め……あの女ぜ~ったい怪しい!」
シェイはガタガタと板を踏み鳴らしながら叫んだ。
廃村から深い谷を渡り禁域の深部へ続くつり橋の上。
怒りは最高潮といった雰囲気だ。
「危険な竜が居てもお構いなし! 契約だから行ってやるけど、第一級禁忌の魔導書なんか探して何するつもりなんだか! 『神樹の魔女』と個人的な知り合いっぽいのもますます怪しいし!」
「確かにぶっきらぼうというか、焦っているように感じたな。何に焦っているのかは分からないが……まあ俺たちとしては結局進むしかないんだけどな」
ふぅ、とため息をつくリコー。
「それはそうと廃都って、誰も居なくなっているから廃都なんだよな……なんか改めて思い知らされた気分だ」
「なに、今更? さっきまで居た廃村だってそうだし、見つかる『遺物』だって大体は誰かの『遺品』なの。『生魂の書』だって、素直に考えれば遺品そのものじゃないの」
「まあ俺も頭では分かっていたつもりだったけど、やっぱりその滅び方って言うのかな。何が起きたのかって部分をあまり考えられていなかったというかさ……」
「リコーは優しいな。死者を思いやれるおまえの手で旅立てたこと、きっとかつての我が同胞たちも誇りに思うはず。もちろん、我も」
一行を先導して歩くローメは振り返り、リコーに微笑みかけた。
「我はあなたたちの通りそうな場所に危険な動物たちを誘導して、追い返そうとしていた。それを全て突破してあの村までやって来て、しかもドライアドたちを全員倒した。リコー、おまえだけではない。ミアナも、シェイも、本当に強い」
「そう言われると、そうなのか……?」
「ま、ここは素直に受け取っておきましょう。ローメは皮肉を言えるタイプじゃなさそうだし」
首を傾げるリコーの背中を軽くぱしっと叩いたシェイは上機嫌だった。
学院のエリート少女はお世辞でもなんでも、褒められるのが好きなのだ。
「というかなるほど。ローメ、アンタが集めたあの白綿病ドライアドたちって廃都に居たやつだったのか。その辺に居たのを適当に集めたにしては数が多すぎると思っていたのよ」
「前までは元居た場所でただ留まっていただけだったのに、最近急に溢れ出してきてしまっていた。カビを広めるのはダメなことだとは思ったけど、手に負えなかったから。そういう意味でも、倒してくれてよかった」
「ま、私により一層感謝することね。残りの二人だけじゃ適切な焼却処分なんてできなかったはず!」
ふふん、と得意げなシェイ。
実際、村を出る際にドライアドたちを灰にする手際は見事で、魔法陣の中心に集められ魔力焔でゆっくりと灰になっていく様は処分というよりは弔いのようで、リコーの罪悪感を少し薄めてくれた。
「ありがとう、シェイ。君が居てよかった」
「な、なんで今アンタがお礼を言うのよ。そういうのはもっと早く言いなさいよね。いくらでもタイミングはあったでしょ! デスヤツザキクラブの時とか、ミツアシサツジンドリの時とか……」
褒められるのは好きだが、許容値オーバー。
バレバレの照れ隠しをするシェイを微笑ましく思ったリコーは一方で、さっきから一言も発していない長耳のエルフ少女のことが気になった。
「……下は見ない、下は見ない、下は見ないっ」
振り向いて確認すると、ミアナはぷるぷる震えながら、あんまり効いていなさそうな自己暗示を唱えていた。
しかも目を完全につぶり、いつの間にか掴んでいたリコーの上着を頼りにヨタヨタと歩いている。
「ミアナ、大丈夫か……?」
「だ、大丈夫です旦那様っ! わたしは長寿のエルフ! だからそう簡単には死なないつもりなんですけどもしこの瞬間に橋が壊れたりしたらあっという間に落下して谷底でぺっちゃんこです! もし橋が大きく揺れたりして、縄が切れて……か、風が吹いている! ここ、めちゃくちゃ強風が吹いていませんか!? 旦那様危ない! し、死ぬっ……!」
「大丈夫じゃなさそうだな」
ヘタに声をかけてしまったからか、パニックになったミアナは一歩も動かなくなってしまった。
(そうか、ミアナはやっぱり寿命以外の死が極端に怖いのか……無理に動こうとすると余計にパニックになるかもしれないが、どうしよう)
ミアナに掴まれているため、共に動けなくなってしまったリコー。
だが異変に気がついたローメが彼の元まで戻ってきて、ミアナの頭に優しく手を置いた。
「ミアナ、この橋はあの村にいた全てのドライアドたちを渡らせても壊れていない。我らが渡り切るまで壊れることもないだろう」
「でも、脚が動かないんです! あなたはわたしのことも、強いって言ってましたけど……」
「誰にでも恐れるものはある。そして強さは、何事も恐れないことではない。同胞と目的のために自分がすべきことをする。その勇気と力を強さと言う。老人たちはそう言った。だから我も、あなたのためにすべきことをしよう」
「え、ちょっと何をうわわわわわわわわぁっ⁉︎」
本当に一瞬だった。
ローメはリコーの服を掴むミアナの手をほぐすと、ひょい、とその小柄な体躯をおぶってしまった。
「ななな何するんですか落ちる、落ちるぅ!」
「問題ない。あなたも我の力は知っているはず。絶対に落とさないから、安心していい」
「そ、そうは言われましても足元がプラプラして余計に……! 下も、見え……あれ?」
ミアナはそれまでの慌てっぷりが嘘のように落ち着くと、一言。
「マロローメのめっちゃ大きい胸のおかげで下を見なくて済んでいるな?」
「ミアナ、落ち着いたのは良かったけど橋を渡りきったらローメに非礼を詫びるんだぞ」
—————
「ローメちゃん、さっきはごめんなさい! でも本当に頼りになりますねえあなたは。やはり持つべきものは頼れるパワー系ですね!」
「褒められてる……?」
「まあ一応褒めてはいると思う。相変わらずちょっと失礼な気もするが」
橋を渡り切った一行。
ミアナはすっかりローメに懐き、彼女の胸の下にすっぽり収まるように抱きついている。
「ハァ。にしても、本当にまたここに来るとはね……やっぱり、すごい匂いだわ」
一方で、シェイは少し嫌そうに顔をしかめていた。
「匂いって、活性マナの匂いか」
「そ。ちょうどあの谷を渡ったところから植生が結構変わるのよ。この禁域の真ん中におわす、神樹の影響を受けているんでしょうけど」
「神樹か……」
シェイが忌々しそうに見上げる先をリコーも見てみるが、今まで見たよりもひと回り以上大きい木々が邪魔をしてその先が全く見えない。
「リコーは神樹、見たことないか。天気がいい日なら街の時計塔のテッペンから見えるんだけどね、禁域のど真ん中にそびえる神樹が。というか、この禁域を定義しているのが神樹なんだけど」
「定義……?」
「あ、やっぱ知らないか」
首を傾げるリコーに、シェイは露骨に得意になって説明する。
「神樹は言ってしまえば、活性マナを大量に溜めながら成長する巨大な樹よ。その吸収量は凄まじくて、ただ生えているだけで周辺の空気中からほとんどの活性マナを奪ってしまう。だから内側に行くほど空気中のマナが薄い『禁域』ができて、独自の生態系を持っている。そしてちょうどこの辺りから、神樹と同じような性質の、活性マナを内部に多く溜め込む樹が増えてくるの。だから……その、空気の匂いが薄くなって、代わりに樹からすごく、濃い匂いがするわけ」
「それは分かったがなぜ俺からも距離を取る」
「言ったでしょ。空気の匂いが薄くなったからアンタの匂いもまた気になってきたの」
「……」
まあ、事情が事情なのでいいんだけど。
やはり女の子から「におうから」と距離を取られて傷つかないほど、リコーは鈍感ではないのだった。
「みんな、聞いて欲しい。これからの方針のこと」
と、ローメがぱちぱちと手を叩いて三人の注目を集めつつ話を切り出した。
「これからは我の村……正確にはその跡地を目指して進む。イラビルに入るのにいちばん安全だから。まずはここから北東の方角、危険な動物が少ないルートを案内する」
「あれ、まっすぐ北じゃないの? 私たちは以前そうしたんだけど」
「そっちは遠回り。『知恵の樹』まで行けなくはないけど、我の同胞だったドライアドたちを多く誘導してある罠ルート。だから、以前にあなたが来た時は苦労したはず。他の欲深い探索者たちと同じように」
「……」
自分たちが経験した苦労を回避する方法があったと端的に宣言されてしまったシェイは、ちょっと落ち込んでしまったようだった。
恐らくローメに悪気は無いが、怒れない分余計にタチが悪い。
「と、とにかくだ」
リコーは声を張り、微妙になってしまった空気を仕切り直す。
「ここからはより一層に危険になるのに間違いはない。ローメの案内に従いつつ進むが、みんな、油断はするなよ!」
リコーが拳を突きあげて鼓舞すると、おおー、と各々のテンションが露骨に現れた呼応があった。
「では、出発する」
「お、おう。案内をお願いな」
そして一貫して淡々とした声に覚えた不安を呑み込みつつ、青年はウシ角の少女の後ろに着いて歩き出した。
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