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第33話 共生の都、イラビル

「あそこに見える岩山。あのふもとに我の村があった。我と、老人たちが暮らしていた」


 あやうく貞操を奪われてしまうところを間一髪「まずは君の事情を説明してくれ」とリコーが質問したことにより外に出た一行。

 番人と呼ばれていた少女、ローメは廃村の見張り塔の傍に立ち、橋のかかった谷のさらに向こう、鬱蒼とした樹冠の向こうに覗く白灰色の断崖を指差して言った。

 その右腕はリコーの左腕にがっつり絡められている。

 ミアナとシェイは引きはがそうとしたが力が強すぎて諦め、リコーも害がないなら、と受け入れてしまったために生まれた状況だ。


「で、その話と廃都とに何の関係があるんですか淫乱ウシ女さん?」

「そのハレンチすぎる態度と言動はその村の常識とか言わないでしょうね」


 まあ別に少女二人は諦めはしたが納得したわけではない。

 トゲだらけの言動が向けられるも、しかし、ローメは気にする素振りもなく「村の者たちはみんな都で生まれた」と続ける。


「都の名はイラビル。我らカトラスが力を担い、ドライアドたちが知恵を司った。そして都の真ん中、『知恵の樹』にはたくさんの本があった。ドライアドたちは本を読んで、どんな問題の答えもすぐに見つけ出した。我はイラビルを守る戦士……その、見習いだった」

「本がたくさん……もしかして魔導書の類もそこに?」

「魔導書?」

「俺たちは本を探している。『生魂の書』という魔導書だ。もしその『知恵の樹』に魔導書が収蔵されているなら……」

「なるほど。我はよく知らなかったが、ドライアドたちはよく魔術を使い、我らを助けた。『知恵の樹』の司書の先生も、外には持ち出せない叡智もたくさんあると誇らしげだったな」


 質問に欲しかった答えを得て表情を明るくするリコーだったが、ローメは悲しげに首を横に振った。


「けどもう皆死んだ。イラビルの生き残りは我だけだ」

「なっ……!?」

「あの日、我は老人たちと豊穣を願う儀式に出かけていた」


 言葉を詰まらせたリコーの腕をぎゅう、と抱き寄せ、ローメは語る。


「我は幼くとも戦士だった。そして村の老人たちを動物たちから守って儀式の泉にたどり着いた時、頭上を大きな影が横切ったのを覚えている……そこからはあっという間。都に戻った夜にはもう、誰も生き残っていなかった。代わりに、通りには白綿病のドライアドたちが歩いていた」

「一日も経たずに住人が全滅したってことか!?」

「そう」


 あまりにも現実離れした告白に、リコーは思わずミアナやシェイの方を見た。

 だが二人の反応も同じだ。聞いたことが信じられず、互いを見つめている。


「結局我らは引き返し、儀式の泉の周りに小さな村を作った。それがあの岩山のふもとの村。それも何年も前の話だ。結局都をどうしたらよいのか分からないまま、我以外の老人はみな死んでしまった」

「だから唯一の、生き残り……」


 こくり、と頷いたローメはリコーの前に回り込み、その顔を覗き込む。


「けど、あなたが来た」

「俺が?」

「都に危機が訪れた時、森の外から助けが、救世主が来ると老人たちは言っていた。救世主は危機を退け、死した者の代わりにたくさんの子を為し、カトラスの一族を復活させる」

「……なあ、まさかとは思うけど」


 ぶんぶん、と連続で頷いたローメはリコーの両手を強く握り、シュウシュウと息を荒くして迫る。


「救世主はどんな戦士よりも強く、勇敢。で、おまえは我に勝った。我は都の唯一の戦士だから、おまえは都のどの戦士よりもつよい」

「まあ理屈は合ってるけどな!?」

「さ、そうと分かれば子を為そう。我はいつでも準備万端。目を覚ましてからずっと胸のうずきが収まらない。我と交わり、このうずきをおさめてくれ」

「ちょっと! また発情してますよその女!」

「リコー!」

「分かってるよ!」


 他二人の少女の悲鳴のような叫びをバックにあやうく押しつぶされそうになりながらも、リコーは手のひらをローメの眼前に掲げ、きっぱりと拒否の意を示す。


「予言じゃ救世主はまず都の危機を退けるんだろ? 順番が違う! 君とは、その、まだだ!」

「むぅ……確かにそうか。分かった」


 リコーの言葉に、ローメはあっさり手を離した。


「……でも我が欲しくなったら、いつでもいいからな」

「ま、前向きに検討しておく」


 少しだけ食い下がるウシ角の少女に、リコーは苦笑い。


「強敵登場、ですね……」

「あの回答じゃあいつ、後々本当に子作りすることになっちゃうんじゃ……」


 そして少女たちは真剣に危機感を抱いたのだった。


 —————


「なるほどねぇ……カトラス、そうかそいつらが居たか……」


 再び廃屋に戻り、テーブルを囲んで座る一行。

 だが今度はリコーの首から外され、テーブルの中心に置かれた首輪から声がしている。

 禁域の魔女との遠距離会話が繋がっているのだ。


「ドライアドの中に異種族の連中と共生している一派が居るとは聞いたことがあったけど、まさか禁域の奥に引っ込んでいたとは。カトラスの連中はリコー、キミほどではないが活性マナを溜め込む性質でね。怪力の話は正直知らなかったが、体質を考えれば全くおかしくはない」

「力の解放は我らの奥の手。禁域の魔女、あなたが知らないのも無理はない」

「それは煽りで言っているのかな? ともかくだ、リコー君。キミには呆れすぎて今はむしろ感心しているくらいだよ。よくもまあ行く先々で淫乱種族ばっかり引っかけられるもんだ」

「引っかけたって、これには複雑な経緯が……」

「いーや、いい。聞きたくないね軟派(ナンパ)な男の話なんて。どうせキスとかしてなんやかんやあったんだろ? 聞かなくたって分かっているさ、ふんっ」


 謎に拗ねる禁域の魔女。

 リコーはただ貰った万能薬を使ってしまったことを白状するつもりだったのだが、この調子だと話せばかえって怒らせたかもしれない。

 黙り込んだ青年に「そうだ、せっかくなら脳内ピンク色のキミに良いことを教えてあげよう」とよく分からない怒り方をした魔女が語り出す。


「知っているかい? カトラスの連中は活性マナを胸の中に溜め込んでいるんだ。その影響でどいつもこいつも胸がデッカイし、年中ムラムラしているし、おまけに(チチ)も……」

「ま、魔女さんや。ローメの話は一旦いいから、俺たちが共有した情報に関して何か見解を話してくれないか。こっちは聞いた話がどこまで真実なのかも見当がつかないんだよ」

「む。リコー、我を信用していないのか」

「そういうワケじゃないけどさ……」

「見解ねえ。まあ話は本当なんじゃないかな」


 リコーがなぜか三人分も睨みつけられているというのに、魔女は首輪の向こうで淡白に答えた。


「そっちのローメとやらに嘘をつくメリットはない。それに『生魂の書』を書いたやつはかなりのモノ好きだ。カトラスどもをうまく乗せて都を作ってたなんて言われても驚かないし、何ならその司書の先生とやらがそうだったかもな」

「『神樹の魔女』がこんな禁域の奥に引っ込んでいたってこと?」

「おや、シェイエタくんは知っていたか。学院の教科書にどんな偉人として記載されているのかは知らないけど、ボクが知っているあいつはそういうやつだよ。ま、大人しくカビて死んだとは思えないけどね」


 眉をひそめるシェイに、首輪を通して会話しているに過ぎない禁域の魔女はまるで表情までも見えているかのようなからかい交じりの返答をしつつ「というかキミ達、よくその白カビアンデッドどもを全滅させられたな。結構厄介だっただろ?」と話を切り替えた。


「……まあ、大変だったよ。いろんな意味で」


 青年の脳裏に神樹カビに侵されたドライアドたちの最期の姿がフラッシュバックする。

 彼らはまさにいま会話している相手と同じ形をしていた。

 気まずさを感じるなと言う方が無理であろう。


「リコー。我もあなたたちがドライアドたちに挑むとは思っていなかった。けど、彼らを葬ってくれたことには感謝しているぞ」


 と、その表情が曇っているのを見かねたのか、ローメは微笑みつつリコーにフォローを入れる。


「彼らの魂はずっと現世に囚われてしまっていた。それをおまえが解放してくれたんだ。礼を言う」

「……」


 かつての同胞に、仮にもとどめを刺した者に対して。

 慈愛の籠った声色に、リコーは適切な返答を思いつけない。


「しかし空を横切った影、か。おい、カトラスの……マロローメと言ったか? ひとつ聞かせろ」

「何?」


 と、青年が沈黙を続ける代わりとばかりに、魔女がローメに問いかける。


「その影、竜だったんじゃないか?」

「そうだ。ちょうど、我もその話をしなくてはならないと思っていた」


 クリティカルな質問に、一気に空気が張りつめる。

 それを感じていないのか、あえて無視しているのか、ローメは間を置かずに続けた。


「いま『知恵の樹』は都に疫病をもたらした邪竜……神樹の銀竜が棲みついている。本を探すなら倒すしかないが、近づくのはかなり危険だ。その本は、どうしても欲しいものなのか?」

「ああ、もちろんだとも」


 そしてリコーたちが答える前に禁域の魔女が即答した。


「リコー。その竜を倒して『生魂の書』を探せ。それがキミの使命だろ?」


 都を滅ぼした疫病の化身への挑戦を、いとも容易いかのように。


「大丈夫、いざとなれば助けるさ」


 その声にはどこか他人事のような冷酷さが滲んでいた。

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