第31話 誇りの問題
「まあ、とりあえず縛りましたけど……」
ミアナはふん、と不満そうに息を吐く。
まだマシな状態だった廃屋の中。
彼女とその傍に立つリコーの目の前の柱に縛られた番人は、まだ目を覚ましてはいない。
「コレどうするつもりなんです? うっかり目を覚ましたらまた暴れ出すかもしれないんですよ」
「それはまあ、そうなんだが……ちょっと試したいことがあって」
「いったい何を……あ、シェイエタが戻ってきましたね」
ミアナは優れた聴覚でドアが開く前に足音を聞きつけ、遅れて振り向いたリコーはまさに部屋に入ってきたばかりのシェイと目があった。
「……っ!」
そしてそのままふい、と視線を逸らされる。
「えっと……」
リコーが言葉を選ぼうとしていると、ミアナはそんなことなどお構いなしとばかりにニヤニヤ笑いながら魔術師少女に接近し、
「お着替えは済みましたか? 魔術学院のおもらしエリートさん! ぷくくっ」
「うっ、うるさいうるさい! ホントに殺されると思ったら意識が遠のいて、気がついたらもう出ちゃってたの! アンタだって同じ状況なら同じようになるはずなのに、たまたま手加減されたからってヘラヘラとっ」
「わたしだって別に痛いことには痛かったですよ。あちこち擦り傷切り傷だらけでしたし、枝も刺さってましたし。死ぬかと思いましたよ」
シェイの拳がぷるぷると震え出したのを察知したミアナはたたっと駆け戻り、リコーの背中に隠れる。
「でも応急処置は自分でできましたし。旦那様に起こされるまでおしっこ溜まりの中で気絶してた誰かさんとは違うんですよ。そんなんじゃいつまで経ってもお嫁に行けないですよ?」
「アンタは今ここで殺す……! リコーの記憶も消す……!」
羞恥で顔を真っ赤にした魔術師少女は杖を構えた。
魔法陣はすでに浮かび上がっていて、攻撃準備はとっくに出来上がっている。
「お、落ち着けシェイ! こんなとこで魔術をぶっ放したらせっかく捕まえたこの子まで巻き添えになっちまう!」
「アンタは黙ってなさい! これはオンナの誇りの問題なの! 死活問題なの‼︎」
シェイの魂の叫びに呼応するように、魔法陣を中心とした風が吹き荒れた。
空気中から抽出したマナによって、結晶の砲弾が生成されていく。
「それも分からなくもないけど……あっ、シェイ本当に待て! まずいことになってる!」
「何が! 自分の排泄した液体にまみれたまま衆目に晒されていたこと以上に大変なことがそう簡単にあるわけ」
「スカートめくれてますよ」
たった一言。
ミアナの短い一言で詠唱は中止され、魔術師少女はその場に崩れ落ちた。
何があったのか。
シェイの名誉を最大限守る形であえて表現するのなら、彼女はこの先の探索でも必要になるであろう着替えを温存し、洗った衣服が乾くまで待っていた。
ただ、それだけのことだった。
「なんで、なんでこんな目に……」
とうとうしくしくと泣き出してしまった魔術師少女。
リコーはミアナを見て、その目に「泣くとは思わなかった」と書いてあるのを確認し、ふぅ、とため息をつく。
「ミアナ、君はちゃんと謝ること。それと、シェイ」
何か慰めの言葉があるとすれば、こうだろうか。
「少なくとも番人は見てないから……」
「じゃあアンタにはしっかり見えてたってことでしょうが! うわーん‼︎」
—————
「はぁ……話を聞きだす、ねえ」
シェイはずび、と鼻をすすりつつ、リコーの提案を復唱する。
「具体的には何するの? 拷問? この狂牛女に?」
「敵対していたとはいえ酷い言いようだなオイ」
「いやだって……コレはもう牛女と言って差し支えないでしょ」
言いつつ、シェイは縛られている番人のフードをめくる。
綺麗に切りそろえられた黒髪から突き出ているのはこめかみの角。
手のひらよりもさらにひと回りほど大きいソレは確かに牛のよう。
「お乳もすんごいですよこれ。わたしの頭より大きい。シェイエタの言った通りでしたね」
シェイに便乗し、ミアナは番人の胸元の大きな塊に触れてばるばると揺らす。
「それはミアナ、君が強調するように縛るからだろ」
「あーまたわたしのせいにして。ウソだと思うなら旦那様も触ってみたらいいですよ。普段ならこんなムダな脂肪塊への浮気行為は許しませんけど、ここまで来るともうなんか物珍しさを共有したくなります」
「これであの俊敏さなんだから世の中不平等よね……背も高いし……」
「君らがこの子にいかなる敗北感を抱いていようと、無抵抗の相手をここぞとばかりに弄るのはやめろ。恥ずかしいとは思わないのか」
「でも実際触ってみたいと思いませんか?」
「……とにかく」
リコーはこほん、と咳払い。
「この子は橋の向こうから来た。それに廃都へ侵入する者を襲っていたのなら、きっと貴重な情報を持っているはずだ。それこそ『生魂の書』の場所に心当たりがあるかも」
「わたしは反対ですね。気絶している今のうちにトドメを刺した方が安全ですよ」
「大丈夫だ。縛っているし、武器もこの家の外に置いてある。でもありがとうなミアナ。いざという時のために、矢を射る準備だけはしておいてくれ」
「……まあ、いいですけど」
不満と不安を表明するミアナを何とかなだめ終わったリコーに、今度はシェイが「して、具体的にどう対話するのよ」と切り出す。
「そいつ、熱があるんでしょ? あれだけのドライアドを集めていたんだとしたら十中八九神樹カビに肺をやられているわ、症状も一致する。明日まで生きているのかも分からないし、何をしても目を覚まさないかもしれない。目を覚ましても、高熱にうなされながらする証言の正確性なんて期待できないわ。リスクを取るにしても、何か勝算がないと無理よ」
「勝算なら、ある。こいつを使おう」
リコーは懐から小瓶を取り出した。
中には黄金色に煌めく少量の液体が入っている。
「禁域の魔女が神樹のタネから精製した万能薬。万能ってくらいだから、流石に熱も下がるんじゃないか?」
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