第30話 斧と盾と
「……」
番人は何も語らない。
ただ背に回した右腕に力を込め、ロープを引きちぎって斧を軽く振って構える。
「対話する意思は、無いってか……!」
拳銃に手をかけつつ、リコーは歯噛みする。
瞬く間にシェイのパーティを壊滅させたという番人。
対話で解決できれば、どれだけ良かったか。
「そこで止まれっ! 止まらなければ発砲する!」
リコーは手にした拳銃を、生命を害するべく造られた暴力を番人へと向けて叫ぶ。
躊躇はない。
目の前の存在は、拳銃以上の暴力なのだから。
「……シュー」
だが番人は歩みを止めない。
長くゆっくりと吐いた息は彼の者の呼吸用フィルターを鳴らし、静寂の中でやたら大きく響いた。
リコーは気づく。
その吐息は筋肉を弛緩させて身体から余計な力を抜き、次の瞬間から動き出すための前準備なのだと。
殺戮が、始まるのだと。
「わっ、わあああああああああああっ‼︎」
「っ⁉︎」
突如聞こえた悲鳴のような叫びに、リコーは肩をびくりと震わせる。
声の方を見れば、いつのまにか傍らから消えて番人の側面に移動していたミアナが、必死の形相で矢をつがえているところだった。
「ミアナ、待てっ」
「死にたくない……死にたくないっ……!」
静止は間に合わない。
長耳の少女は震える手で弓を引き絞る。
「わたしは長生き、するんだあああああああっ!」
風切り音が重なり合う。
見張り塔からドライアドの群れを射抜いて見せた連射の早業。
明確な殺意を持った矢が、番人に向けて次々と放たれる。
「……!」
「ヒッ」
ドッ、と。
小さな悲鳴の後、衝突音。
リコーは泥のように粘つきゆっくりと流れる時の中でぼんやりと思考する。
確かに矢は数だけ多く、正確さに欠けていたのかも知れない。
それでも、自分に向かってくる矢を全て避け、その射手を体当たりで吹っ飛ばすだなんて、果たして本当に人間業なのか?
番人の突進をモロに食らったミアナの身体が深い茂みへと突っ込み、バキバキと枝の折れる音が続く。
「ミアナッ!」
我に返ったリコーの声に呼応するように、番人はゆらり、と振り返る。
フードの下に覗く視線が向く先には、魔術師シェイエタ。
「しっ、『省略詠唱:結晶砲』ッ!」
番人が動き出す前に、倒さなければ。
焦燥のままに詠唱したシェイの杖先に浮かぶ魔法陣から、ずあ、と巨大な結晶の砲弾が出現、放たれる。
だが当たらない。
砲弾が炸裂した土煙の中に、番人の姿はない。
「なっ、どこに……!」
「シェイ! 後ろだっ」
「っ!?」
番人がしたことは単純だ。
砲弾に身を隠してシェイに接近。
背後に回り、斧を横向きに、そして低く構える。
あとひと薙ぎで、魔術師少女の身体は真っ二つ。
それがシェイ本人にも分かっているから、目前に迫る死の恐怖に悲鳴を上げることさえ叶わない。
「た、助けっ……!」
重たい衝撃音が鳴り響き、シェイは膝から崩れ落ちる。
「……」
番人は斧のスイングを止め、素早く飛び退いていた。
そして、音に先んじて鼻先を掠めた弾丸の発射元を睨みつける。
「警告はしたぞ、番人っ!」
リコーはもう弾丸が装填されていない拳銃を、しかし、さらに一歩踏み出す形で番人へと再度突きつける。
「お前の相手は俺だ! お前の攻撃が届かないここから撃ちまくってやる!」
囮になるためのハッタリ。
お粗末な挑発。
当然自覚はあったが、今の青年にできることはそれだけだった。
「……いいだろう」
番人は低い声で応える。
斧を身体の横に構え、腰を落とし。
「……愚劣なる侵入者。死ぬがいい」
ドッ! と。
地面が砕けるほどの勢いで、番人はリコーへと急接近する。
(その加速、まさか……!)
斧の一撃をまともに食らえば終わり。
極限の状況下で、リコーはむしろ冷静になっていた。
番人の力の源はおそらく活性マナ。
身に覚えのある加速を見たリコーはひとつの仮説にたどり着く。
(チャンスを、待つしかないっ!)
絶望的な戦闘能力の差、その隙間に見出した活路。
リコーは祈るように、盾を持つ手に力を込めた。
ドガァ! と。
「ぐうっ……!」
まるで巨大な獣の突進を受け止めたかのような衝撃に、リコーの全身の筋肉が軋む。
盾が防いだ斧の一撃は地面に突き刺さり、番人は体勢を崩す。
正直狙ってやったのではない。
たまたま斧刃と盾面がぶつかった角度が浅く、偶然滑るように受け流せただけ。
まともに食らっていたら、きっと盾ごと身体を割られていた。
偶然掴んだ勝ち筋。怖気づいている暇はない!
「うおおおおおおおおおおっ!」
「……っ!」
リコーは拳銃を投げ捨てて空いた右手で腰に下げた特殊素材のこん棒を引き抜き、番人に叩きつけた。
左腕でその打撃を受けた番人の呼吸が少し乱れる。
「素手で今のを受けるだなんてヤバすぎるだろお前……! けど、俺にも手ごたえがあったぞっ!」
「調子に、乗るなっ!」
番人は受けたこん棒をそのまま押し返すように左腕を振るい上げ、さらに右手で持った斧の長い柄、その先端部分でリコーの胴体を打撃しようと突き出す。
「それはこっちのセリフだこの野郎ッ!」
だがリコーが一瞬早い。
彼はとっくにマスクをずらして息を吸い、体内の活性マナ量を一気に高めていた。
番人の右腕の筋肉が伸びた隙を突き、そこにこん棒を叩きつける。
「くぅっ……!」
筋肉を直接打撃された番人が手放しかけた斧を拾い直し、もう一度振るおうと力を込めた瞬間。
番人の呼吸が一気に荒れ始めたのを、リコーは見逃さなかった。
「やっぱり力を発揮するためのマナは呼吸で補給してんだろ、ならっ!」
盾もこん棒も手放した青年は番人のマスクに手をかけ、一気にずり下ろす。
大前提として、番人は呼吸をしているのか?
露わになった桃色のくちびるが、その何よりの証だった。
「貰った!」
「んむぅ!?」
リコーは躊躇なく、番人のくちびるを自身の口で塞ぎ。
そのまま全力で空気を吸い上げた。
「~~~ッ!?」
リコーを引きはがそうと抵抗する番人の胸元を突き飛ばして自ら離れ、
「これで、どうだっ!」
自分のマスクを、まさに今息を吸おうとした番人の口にあてがった。
「ひゅおっ、ひゅ、ひゅっ!?」
「お前が俺と同じ体質じゃないってのはある意味賭けだったけど……やっぱりお前も、マナを含まない空気じゃまともに呼吸できないんだろ?」
リコーは自身も過呼吸になりかけながらも、番人の口へさらにマスクを押し当てる。
「俺のマスクは、空気中のマナをフィルターで除去する、逆マナマスク! 禁域の新鮮な空気を、とくと、味わいやがれ……!」
「ひゅおっ、ひゅ、ひゅおひっ」
過呼吸の音が痛々しく鳴り。
リコーのマスク越しに息を吸いすぎた番人は二、三歩と後ろによろけ、大の字に倒れて沈黙した。
「悪かったな、こんな倒し方で……」
いきなり呼吸ができなくなり、きっとパニックだったのだろう。
リコーはばつの悪さを覚えつつ、気絶した番人のマスクをずらした位置から元に戻した。
「……ん?」
そして、ふと、気がつく。
「女の子、か……?」
倒れている番人のフードをずらして露わになった、その顔。
黒い髪を額の位置でまっすぐに切り揃え、目を閉じていてもあどけなさが分かる。
そして血色の良い肌に素手で触れると、平常ではない熱が伝わってきた。
「熱が出てる……」
同情してしまったワケじゃない。
けれどリコーの直感は、発熱しながらも番人として自分たち三人にたった一人で挑んできた少女が、単なる敵とも思えないと告げていた。
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