第27話 俺の嫁
目的地の廃村は周囲より少しだけくぼんだ盆地でひっそりと朽ちていた。
かつては住人が居たのであろう民家もほとんど崩れて土に還りつつあり、ほとんど埋まってしまっているのか、井戸からは背の高い草が茂る。
村の奥の方には谷にかかる橋と、その傍に高く伸びた古い見張り塔。
塔はシェイが目印としていた建造物。だから目的地はここで間違いない。
そしてその至るところで、『それら』はただ静かに徘徊している。
「あれ……ドライアドね」
村を囲む森の端、様子を伺うために隠れた岩陰にて。
徘徊者たちを見たシェイは頭に手を当て、困惑を噛み潰すように呟いた。
「ドライアドって……」
一方のリコーは聞いたことのある単語に身構える。
真白いワタに覆われた頭部の輪郭は見えず、それを支える身体はやや前傾気味に揺れている。
そして力無く腕をだらりとぶら下げ、触手のように伸び広がった根をズルズルと引きずりながら徘徊する姿は確実に生者のそれではない。
かろうじてヒトの形をしたバケモノ。
全体のシルエットを見てリコーは失った記憶の奥底からタンポポという名の植物を想起したが、それもこんなに禍々しい存在では無かったはずだ。
(あそこにいる歩く死体が、あいつと同じ……⁉︎)
あいつ。
禁域の魔女も、ドライアドのはず。
「前に来た時にはあんなの居なかったわ。やっぱり番人が私たちの邪魔を……!」
「っ!」
怒りが滲む声を聞いて、リコーは我に返った。
「連中、やっぱり危険なのか」
「……おそらくは。でも私も学院で読んだ本の中にあった記述を知っているだけよ」
シェイは悔しそうに首を横に振った。
「ドライアド種は人間と植物を合わせたような性質を持っているのだけれど、それ故に特有の病にかかることがある。それが白綿病。神樹カビと呼ばれるカビに身体を侵蝕されて、最終的には脳だけを殺されて身体を乗っ取られる。そして、生者のマナを貪ることだけを目的にさまようカビの傀儡になり果てるの、あいつらみたいに……」
「カビの、傀儡……」
記憶を封じられたリコーの純粋な知識は、生物に寄生するカビや菌はわりとありふれていると語る。
それが、寄生対象が人となるだけでこんなにもおぞましいのか。
あるいは……魔女のことを思い出すからだろうか。
「ドライアド以外でも、マスク無しでまともにカビを吸い込み続ければ喉と肺をやられるわ」
「……てことは、あそこに突入するのは無茶ってワケだ」
「焼き払ってしまうのが確実な処理方法だけど、やり方を間違えればカビの株を広範囲に拡散することになるし、何より橋を破壊してしまったらどうしようもない……! だから……」
「一体ずつ倒して、全滅させるしかない」
シェイは焦燥を吐き出すように語るが、しかし、ミアナが冷静な口調で割り込んだ。
「学院のエリート魔術師ともあろうものが浮浪者エルフに先回りされるだなんて。 シェイエタ、もしかして今日に限って調子が悪いんですか?」
「言ってくれるわね……一体ずつ倒せばいいって、あいつら大きな音にも反応して集まる性質があるの。少し間違えただけであっという間に群がられておしまいよ」
「つまり音を立てなければいいと。じゃあ、わたしの出番ですよ」
長耳の少女は弓と矢筒を掲げて、ふしゅ、と得意げに息を吐いた。
「まさか頭を射抜いても止まらないとか言わないですよね?」
「た、確かに神樹カビは身体を乗っ取っているだけだから身体機能の方を破壊すれば機能停止させることはできるけど。音を気取られないくらいの距離を取った状態でそんな正確に頭を射抜けるの?」
「ふふふ、我に秘策ありですよ」
「秘策?」
ミアナは疑問に眉をひそめるシェイから視線を外し、リコーの方を向いてドヤ顔。
「旦那様の活性マナを分けてもらって、わたしの身体能力を強化すればいいんですよ。弓を引く力も強くなりますし、弾道が安定する分当てやすくなるかと」
「安易に活性マナに頼るのは危険よ。あいつら、活性マナを欲しているって言ったでしょ。音を気取られなくても、活性マナの匂いにはいずれ気づかれる」
「そこはまあ移動しながら撃つとかで」
「まあ、って……!」
絶句するシェイも、助けを求めるようにリコーへと視線を向ける。
だがそれを見たミアナは文字通りさらに一歩を踏み出し、リコーの手を取った。
「旦那様……ミアナの『適所』は、ここしかありません……!」
それは昨日の夜、青年が長耳少女に授けた言葉。
ならば、信じてやるのが『旦那様』の務めなのかもしれない。
「……ミアナを信じよう」
「っ! お任せください、旦那様!」
「ちょっと、本気!?」
顔を寄せて抗議の声を挙げるシェイを、リコーは手で押し戻した。
「現状、俺たちが取れる手段は限られている。そういう意味で、ミアナの案は現状最も勝算が高そうだ。シェイだって、本当はそう思っているだろ?」
「でも……!」
「もちろん全く無策じゃない。ミアナには村の外側の森の木々を伝って、弧を描くように移動しながらドライアドたちを倒してもらいつつ、あそこの見張り塔を目指してもらおう」
「見張り塔から狙い撃ちにしようってこと? でもあいつらが群がったらあんなボロい建造物なんて一分も持たずに崩れるに決まって……まさか」
「もちろん、ミアナが見張り塔にたどり着くタイミングで俺たちも始めるのさ」
「やっぱり!」
悲鳴をあげるシェイに、リコーは拳銃を掲げて笑う。
「村の入り口側の俺たちと見張り塔のミアナで挟み撃ちにして、一気に全員片付ける。まあ、ミアナがちゃんと数を減らしてくれている前提だけどな。君の火力の見せどころだぞ、『マナタンク』を有効に使ってくれよ?」
「……もうそれしかないってことね」
リコーは学院のエリート少女が肩を落としたのを同意と取った。
そして、ミアナの顎に手を添え、マナマスクをそっと取る。
「準備は?」
「いつでも」
短い応答の後、青年は長耳少女とくちびるを重ね、息を、活性マナを吹き込む。
作戦のために、ただマナを受け渡すだけの行為。
とっくの昔に恥じらいなど消滅したはずのその行為に、リコーはなぜか少しの高鳴りを覚えていた。
「ぷは」
くちびるを離し、リコーとミアナは互いを見て、微笑んだ。
「よし。行ってこい、俺の嫁!」
「はい! 最上の戦果をもたらしてみせますよ、旦那様ッ!」
小さく叫び、エルフの少女は木々の中へと駆けていく。
作戦開始だ。
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