第25話 番人の大きな特徴
「『省略詠唱:白銀魔焔』ッ!」
シェイの杖先に浮かんだ魔法陣から噴き出した白銀色の炎が小熊ほどの大きさのカニのバケモノたちを焼き払っていく。
「補給おねがい」
「はいよ」
クイクイと指で合図するシェイにリコーはマナの補給を行う。
くちびるを重ね、吸って、吐く。
最初の方はドギマギしていたキスも、もはやただの手順と化していた。
「今日はここで休みましょうか。カニって食べられるの?」
「ミアナに聞いたら分かるだろうけども……そうだなぁ、スープにするとか?」
他愛もない会話ののち、解散して各々の役割をこなし、キャンプを設置して休憩。
一連の流れはさらに大きなルーティーンに組み込まれている。
すなわち、ミアナが少し先行して偵察し、発見した敵はシェイが一瞬で片付けて、リコーは必要なら囮になり、マナの補給をし、料理などその他の雑用をこなす。
探索六日目にして、もはや見慣れた光景であった。
—————
「ぷは……まあ、おいしいのは良いとしてもですよ?」
その日の夕方。
キャンプを設営し、一杯目のデスヤツザキクラブスープを飲み干したミアナは空になったボウルを焚き火近くのリコーに手渡しながら切り出した。
「ここ数日、危険生物と戦う機会が多すぎじゃないですかね。デスヤツザキクラブ、ゴホンヅノデスイノシシとミツアシサツジンドリはまだしも、イッカクサツリクウサギとかデスカギヅメトカゲなんて普通こんなに襲ってこないですよ」
「ミアナは禁域の生き物に詳しいんだな。常識、常識とは言うが、俺と会う前から禁域に出入りしてたわけじゃないんだろ? すごいよ」
「ま、まあ? ちょっと調べ物をしたことがあるだけですよ。市場で素材の価格を見て、ちょっと街の人に借りた図鑑をなんとか読み解き、たまたま禁域の端っこの方にはぐれてきたのをちょーっとだけ仕留めてただけで!」
「スリに密猟ってお前よく捕まってなかったな……」
「えへへ」
別に褒めてないんだけどな、とリコーが心中思っているのも知らず、ミアナはえへんと咳払いをして仕切り直す。
「わたしが言いたいのはですね、その番人の居た廃都とやらに行くのに迂回する道はないのかってことですよ。何も毎回バケモノどもを相手にすることはないと思うんですけども……」
「それは無理ね」
ミアナの提案はシェイにバッサリ斬られてしまった。
むっ、と不機嫌の視線を向けるミアナに学院のエリート少女は「いや、当然の提案ではあるのよ?」とフォローを入れる。
「私たちが目指している都市の廃墟はこの先にある大きな谷の向こう。そして、その谷を渡している橋は手前にある廃村からしか掛かっていないの。だから迂回するとしても結局村にはいかないといけない。で、危険生物は今のところ村へ向かうルート上に、狙い澄ましたかのように配置されている」
「誰かが……というか番人が、俺たちの進行を妨害しようとしているってことか」
リコーがスープをよそったボウルをミアナに手渡しつつ、反対の手で今度はシェイからおかわりのボウルを受け取りつつ言うと、シェイは「そ」と短く返事をしつつ頷いた。
「自然に起きないことが起きているということは、誰かの意図が介入していると考えるべき。そして現状それをする動機を持っているのは番人だけ。危険生物をルート上にわざわざ呼び寄せておくなんて芸当、普通の探索者にできるとも思えないし」
「そもそもその番人とやら、本当にそういうことができるんですかね?」
興奮気味に喋るシェイにミアナが冷たく割り込んだ。
「番人の姿は今のところシェイエタがちょっと見ただけなんですよね? そもそもどんなやつだったのかをわたしたちにももっと詳しく共有してくださいよ。危険生物の件とは無関係かもですよ」
「確か大きな武器を使うんだったな。どういう武器だったんだ?」
「私の見た情報だけで何かが分かるとも思えないけど……とりあえず、武器は斧」
シェイは躊躇いつつも語り出す。
「柄が長くて長刃の斧を軽々と振り回していたわ。リコー、アンタの身長より長い斧よ」
「それって世の男のほとんどよりも大きいんじゃないか……?」
「なんかもう槍みたいな感じね。でも斧だった。殺された二人は両方とも首を、ね」
グッ、と指で首筋を素早く横切るジェスチャーするシェイ。
リアルに想像してしまったのか、リコーの耳に傍のミアナが息を呑む音が聞こえた。
「ほ、他の特徴はないんですか? 魔術師みたいな感じだったら危険生物を集める魔術とか使えるかもし知れませんよ……? 首をはねるだなんて野蛮な方法、そのときたまたま使っただけかも知れないですし……」
というか、ミアナはかなりビビっていた。
声が震えているのがリコーにもわかる。
それを察しているのかいないのか、シェイは首を振り、ただ淡々と話を進める。
「それが、フードのついたローブみたいなものを着ていたから姿はあまりよく見ていないの。でも、背は割と高かったように見えた」
「顔とか一瞬でも見えなかったんですか?」
「……そう言えば、マスクはしていたわね。口から頬まで覆うお面みたいな、あまり見かけない形のやつ。けど、アレはマナマスクのはずよ」
「じゃあ番人は少なくとも俺たちと同じような人間、ってことか?」
リコーが尋ねると、シェイは少し唸ってから頷いた。
「素直に考えればそうなんだけど、だとしたら尚更あんな怪力がどこから湧いてくるのかが不思議。何か身体を強化する遺物でも見つけて使っているのかしらね」
「本当に他の特徴は無かったんですか? しょ、正体不明の怪力人間が斬首も大好きって、わたしの危機回避本能がビンビンに反応しちゃっているんですけども!」
「ミアナの心配もまあもっともだ。どんな些細なことでもいい。分かることが多いほど対処もしやすいだろうし」
「うーん……体格のわりに素早い、とか?」
「ひっ」
脅威となる情報の追加に、ミアナは小さく悲鳴を上げた。
「な、なあシェイ。もっとなんか、怖くない情報はないのか? このままだとミアナの心がもたない」
「びっびびびびってなんかいません!」
「……な?」
「そ、そう言われても……!」
リコーの無茶な頼みにシェイは戸惑いつつも、額に手を当てて必死に自分が見た記憶を探る。
番人の特徴。怖くないやつ。
(あんな全身凶器みたいなデカブツの怖くない特徴って何も……あ)
これだ。
シェイは閃きのまま、最後の特徴を口にする。
「番人は、胸がめちゃくちゃ大きかったわ」
「ええっ⁉︎」
「……お前、仲間が殺される最中に何を見てたんだよ」
「あ、アンタが怖くないこと言えって言ったんでしょお⁉︎」
「胸が大きいって、え? シェイエタ、あなた基準で言ってるんですかそれ⁉︎」
顔を真っ赤にして叫ぶシェイに、ミアナは驚愕のままに詰め寄る。
「これより? 手のひらに収まらないどころか両手で抱えるのもギリギリなこれより大きいんですか⁉︎」
「そしてミアナも食いついてるんじゃないっ! そしておっぱいを掴むな引っ張るな! ええそうよ! めちゃくちゃデカかったわ! よくそんなもんぶら下げててその速度が出せるなって感動するくらい大きかったんだから‼︎ 私が知ってるのはこれが全て! どう? 満足したかしらあっ⁉︎」
「ご、こめんな。俺が悪かったよ……」
番人へのまともな対策が見つからないまま、夜は更けていく。
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