第24話 第一級禁忌(とは?)
「やれっ、シェイ!」
「『省略詠唱:結晶砲』ッ!」
リコーが盾を背負って地面へ身を投げ出した直後、轟音と共に発射された巨大な結晶弾がミツアシサツジンドリを周囲の木々ごと跡形も無く吹き飛ばす。
「ふう、やっぱこういうのは時間をかけずに一瞬でカタをつけるに限るわね」
杖を地面に突き、魔術学院のエリート少女がしゅう、とマナマスクを鳴らした。
「相変わらず凄まじいな、シェイの魔術は……」
「本来はこんなザコに一発ずつ撃ち込むのは推奨されないんだけどね。さ、補給をお願い」
「あ、ああ」
マスクをずらし、ちょいちょいと自身の口元を指差して催促するシェイにリコーはくちづけする。
青年が鼻から息を吸い、二回、三回と呼気を吹き込むと、少女の方から自然と口を離した。
「ぷは、ありがと。じゃ、私はあっちで肉を拾ってくるから」
そしてそのままスタスタと歩き去る背中を見て、リコーはため息をひとつ。
「……俺だって慣れたしそういう価値観だ、と言われればそれまでだけど、キスの価値ってこんなにも暴落するものなのか」
「まったくです。ふしだらな限りですよ本当に」
リコーの静かな呟きに背後から同調したのは獣の気配を察知し、木の上から偵察していたミアナだ。
ミアナは矢筒を肩に背負いなおしつつ、リコーの前に回り込む。
「戦術的な価値があるのは分かりますけどもね。わたしとしては、せっかく旦那様とキスをする権利を分け与えているのだからもう少し感謝してほしいものです」
「別に君の独占的権利でもないけどな」
「だいたい、ああいう火力バカはスタミナ切れが弱点だと相場は決まっているはずです。なのにそれを補えてしまったら、もう全部あいつひとりでいいとなっちゃうじゃないですか。せっかく訓練した旦那様の新武器も泣いてますよ本当に」
「安全ならそれが一番だよ」
リコーは苦笑しつつ、腰に下げたこん棒の柄に少し触れてその感触を確かめた。
こん棒、の言葉からイメージされるものよりは幾分スリムなシルエットのそれは魔女が用意したものだ。
木ではないが金属でもない、ずっしりとしたしなやかな素材でできている打撃用の武器。
曰く「きっと手に馴染むだろうから」とのことだ。
実際使いやすかったのでリコーはこん棒のことを気に入っていたが、ミアナの言う通り、この調子では出番など無さそうな感じがする。
「ま、あの優等生サマのおかげでお昼ご飯には困らなさそうですね。いったん休憩にしますか? 旦那様」
「もう昼か。定期連絡も忘れないようにしないと……」
リコーは近くにあった倒木に腰かけると、首元に手をやった。
身に着けた首輪の中心に指を押し当て、深呼吸をする。
「魔女への連絡、本当にこんな毎日必要なんですかね? 出発から三日間、欠かすことなく行っていますけども」
「大した手間でもないからな。それに魔女は禁域に詳しいから、困ったときにすぐ助言が貰えるのは良いことじゃないか」
「そりゃそうですけど……というかその声を飛ばす魔術も謎すぎなんですよね。あの魔女、特許とか取り出したらあっという間に国庫級の財産を築けますよやっぱり」
「あの人、あんまりお金とか興味無さそうだしな。お、繋がりそう……」
ざざ、と耳障りな雑音の後、ぶつり、と急に音がクリアになる。
「やあ、待ってたよ。本日の調子はどうだいリコーくん」
「順調だよ。さっきシェイが人喰い鳥を一撃で倒したところだ。彼女の言う通り、銃の出番はあんまりないかもしれない」
「適切な状況なら絶対必要になるさ。それにキミは例の二週間集中の訓練の中で自らその有用性を証明していたじゃないか。王都に出向いてソイツの発明者に披露してやったら大喜びすると思うよ」
「あんたが禁域に送り込んでるんだろ」
「冗談だよ。まあでも息災なら良かった。きちんと食事を取って、睡眠もしっかりね。体調が良くてこそ全力を発揮できる」
「毎日言うよな、それ」
「重要だから言うんだ。ボクが持たせた小瓶に入っている酢漬けの野菜を食べるのも忘れるなよ。禁域での死因第三位は栄養失調なんだからな」
「それも毎日聞いてる」
「あと、他の二人と必要以上に仲良くなるんじゃないぞ。パーティの仲たがいは死因の……」
「二位だろ。それも毎日聞いてるって。じゃあな」
「あ、ちょっ」
リコーはもう一度首輪に触れ、魔女との通信を切断する。
「やっぱしウルトラ過保護っすね、あの女」
「シェイを連れ帰るまでの一日ですらえらく気を揉んだらしいからな。ま、大して害はないし、そういうやつなんだと思っていればそれでいいんじゃないか」
「だといいですけどね」
「ねえ、魔女との連絡は済んだ?」
なんて会話をしていると、ミツアシサツジンドリの肉の破片を拾い集めた袋を携えたシェイが戻ってきた。
その表情はいつになく神妙だ。
「たった今しがた過保護魔女と話し終わったところですよ。そっちこそ、鳥さんの胃袋からは何かイイ物が見つかりましたか? 例の種があったらまた魔女に精製してもらいましょうよ」
「今回は特に気になるものは無かったわ。それより、そろそろアンタたちに共有しておかなくっちゃと思って」
「共有? 何を」
リコーが首を傾げると、シェイは少し息を吸って答える。
「魔女の怪しさについて」
「怪しさ? まああの女は四六時中怪しいというか、怪しさが服を着て歩いているようなもんじゃないですかね」
「そうじゃなくて、アイツの目的がってこと」
言いつつ、シェイはリコーの向かいの岩に座った。ミアナもリコーの隣に収まった。
「アンタたち、魔女が探している本のタイトルは覚えてる?」
「えー、なんでしたっけ旦那様。最初に探索に出る日の朝に聞きましたよね?」
「『生魂の書』、だったよな」
「そう。そのタイトル、私はずっと引っかかってたんだけどさっき思い出したの……」
焦燥すら浮かんでいるシェイの深刻な表情に、リコーとミアナは固唾を呑んだ。
まるで怪談のオチを聞く直前が如く。
「それ、私の記憶が正しければ『神樹の魔女』が執筆を予告して、実物が出回る前から第一級禁忌に指定された魔導書のうちの一冊なの」
そして肝心のオチを聞いて、リコーはミアナと顔を見合わせる。
彼らが本の詳細を聞いたのは先にも述べた通り、最初の禁域探索の日の朝だ。
魔術なんかに全く明るくない自分たちで発見できるものなのかと聞いても、彼女は「流石に見ればわかるだろうからね。まあそれっぽい本があったら持って帰ってきてくれたまえ」と軽い調子だったのを覚えている。
それが、なんだっけ、第一級禁忌? よく分かんないけどヤバそうな感じである。
目の前の優等生の深刻な表情がそれを雄弁に語るが、魔女の態度と全く嚙み合わない。
「神樹の魔女とやらがどなたかは知らないですが、その本も結局『遺物』の一種なわけですよね? なら他の超技術グッズとか激ヤバ魔導書と大して変わらないんじゃないですかね。わたしとしてはお金になるなら何でもいいというか」
「俺としてもそいつを持って帰ればいいってだけだし……」
「アンタたち……」
シェイは深いため息をつき、首を振った。
「要するに、魔女のことは信用しすぎないほうがいいかもってこと!」
そしてヤケクソ気味に立ち上がり、肉の入った袋をリコーにぐい、と押し付けて去っていく。
「それ、保存食への加工はよろしくね!」
「お、おう……」
ちょっと不機嫌なエリート魔術師少女の背中を見送り、リコーは再びミアナと顔を見合わせた。
「それじゃ、まあ、二人で愛の共同作業と行きましょうか。旦那様」
「ああ。愛かどうかはちょっとよく分かんないけど」
専門知識が無いと見えない世界のことなど気にしても仕方がない。
リコーはそう割り切り、完走保存用のハーブとスパイスをまぶした肉を干す作業に没頭するのであった。
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