第21話 最強グラマラス八頭身スタイル化計画
「ううっ、う……」
「ご、ごめんミアナ。そんなに痛かったか」
「わたしの最強グラマラス八頭身スタイル化計画が……」
「なんの話だよ」
地面に座り込んでほろほろと涙を流すミアナを心配したリコーだったが、彼女が泣いているのはどうも別の理由らしい。
「ミアナは私と取引してたのよ。アンタに勝ったら成長魔術をかけてあげるって」
「……成長魔術?」
リコーが聞き返すと、シェイは肩をすくめた。
「エルフって身体的な成長が遅いでしょう? だから成長促進のための魔術が開発されているのよ。まあ定期的にやんないとそんな目に見えるような効果は無いし、二十年かかるのが十九年になるくらいの話なんだけど」
「つまりわたしは旦那様を倒し、このちんちくりんの身体を卒業してド美人デカ乳魔性エルフになるはずだったんです……そしたら歳上好きの旦那様の趣味に合いますし、これまで以上に素敵な夫婦生活が……」
「何か勘違いをしているようだけど、成長魔術はあくまでも成長を早めるだけで、成長した結果身体的特徴がどうなるかは個人差があるわ」
「じゃあそのバカでかい乳は学院エリートの実力だって言いたいんですか! 席次一位ってそういう意味ですか⁉︎」
「ひっ、人に向かってバカでかいとか言うな! 席次だって頭脳の順位に決まってるでしょ!」
シェイはひと通り怒鳴ってから「……まあ、コレは自前よ。うん」と謎の補足を挟み、ミアナはミアナで「ほらね、学院エリートで巨乳って前から怪しいと思っていたんですよ」と謎に拗ねている。
(ひとまず場を収めるべきか……)
リコーのため息がマスクを通り抜け、しゅー、と音を鳴らす。
最初は少し気になったこの音も、ため息をつきすぎてすっかり慣れてしまったな、なんて思いつつ。
「ミアナ」
「何ですか旦那様。こんな貧相クソガキちんちくりん穴空きエルフに何か用ですか」
「卑屈が盛大すぎるな……まあ、アレだ。俺の個人的な見解としては、ミアナは今のままでもいいと思う。焦らずにゆっくり成長していけばいいさ」
「……違いますよ」
「違うって?」
ポンポン、と軽く肩を叩いて慰めるリコーの手を、ミアナは自らの頭の上に移動させた。
「わたしを慰めたいなら、手の位置はここ以外あり得ません。よしよししてください」
「……よしよし」
一瞬逡巡したが、リコーは言われた通りにミアナのクリーム色の髪を撫でた。
出会ってまだ数日だが、ほのかに果物のような香りのする髪は最初に会った時よりはツヤが出て健康的になっている、気がする。
「合格です」
「何にだよ」
「わたしがご奉仕する理想の旦那様基準に、です。あ、待ってくださいもうひとつ聞きたいんですけど」
「今度は何だ」
リコーの疑問に、ミアナは頭上に置かれた手を今度は胸元に誘導して両手で握り、しゃがみ込んだ彼を見上げた。
「今のままでもいい、とは何か妥協を感じます。言いたいことは本当にそれで合ってますか?」
「えーっと……」
ミアナの目は涙で潤んでいる。
この問いは文字通りの質問ではなく、別の言い方に直せという要求だ。
(そしてきっと、ミスると泣き出すんだろうな)
リコーは鈍感でない自負がある。彼女が言って欲しいことには察しがついていた。
脳裏に浮かぶのは責任という文字。
少し恥ずかしいが、まあ、たまにはいいだろう。
リコーはマスクを外してミアナの手を少し引くと、その額にくちづけをした。
「っ⁉︎ だ、旦那様」
「その、今の君も十分素敵だよ」
「はぁっ……!」
リコーが高鳴ってしまう鼓動と恥じらいを押し切って言い切ると、ミアナはキスされた額を抑えてわなわなと震え出した。
「わ、わ、わたし、今日の晩ご飯を狩って来ます!」
「あ、おいっ」
そして立ち上がり、止める間もなく森の方へと走り去ってしまった。
「行っちまった」
「まあ言葉通りなら夕飯までに帰ってくるつもりなんでしょ。まったく、エルフが底抜けに純情っていうのは本当だったのね」
置いてけぼりにされてしまったリコーとシェイは互いの顔を見合わせ、苦笑する。
「さて、本当ならあの子がいる時に一緒に説明したかったけど、アンタ自身のことだし先に話しちゃいましょうか」
「話すって……」
「アンタの体質のこと。端的に言えば、アンタは体内に膨大な量のマナを溜め込めるみたいなの」
「度々話に出てくるそのマナっていうのは何か魔術的なエネルギーのこと?」
口に出した途端、リコーの脳裏にエムピーという謎の単語が浮かんだが、もしかすると元居た世界にもあった概念なのだろうか。
リコーの疑問など知る由もないシェイはただ単に質問へ頷く。
「だいたいそれで合ってる。マナには活性状態と非活性状態があって、『活性マナ』はすぐエネルギーに転換できる状態のもの。燃料みたいな感じかしらね。逆に『非活性マナ』はぜい肉のようなもので、エネルギーとして使うには時間がかかる」
「なる、ほど……?」
曖昧に頷くリコーを見て、シェイは「ふむ」と少し考えるような仕草をし「じゃあ一旦細かい説明は後回しにするけど」と話を再開した。
「アンタはマスク無しで呼吸する度に体内へ活性マナを溜め込む体質みたい。だからさっきの訓練の時、マスクが外れた直後から身体に力がみなぎっていったはず」
「力が、みなぎる……」
リコーは自身の右の手のひらをじっと眺めた。
さっきの戦闘の最終局面、ミアナがフェイントを仕掛けた瞬間、直感的には無理だと思ったのに身体の方は反応できていた。
更にリコーが思い出したのは禁域探索の免許を発行しに街に行った日のこと。
マスクを奪ったミアナを追跡している最中、確かに突然感覚が鋭敏になり、力が湧き上がるような感覚があった。
けれど、根本的に原因がわからない。
「何故呼吸しているだけでそんなことに……?」
「そんなの私が聞きたいくらい。でも、理屈はある程度説明できるわ」
リコーが自然と発した疑問に、シェイは人差し指を立てて回答する。
「魔女から聞いていると思うけど、アンタの身体はマナに包まれている物質を正常に吸収できない。空気も、食べ物も、この世界のありとあらゆるものを」
「まあ、そのせいで禁域の中でも外でもこんなマスクをつけてるわけだしな」
リコーがコンコン、と口元のマスクを叩くと、しかし、シェイは首を振った。
「それなんだけど……アンタのそのマスク、普通のマナマスクとはフィルターが逆向きについているみたいなの」
「逆?」
「マナマスクは十分な量のマナに覆われていない空気をフィルターに通すことでマナを添加して、体内に吸収できるようにする道具なのよ。人間は普通空気にしろ食べ物にしろ、体内に取り込んだ物質から生存に必要なマナを取り込む。禁域だと大気中のマナが普通より薄いから、マスク無しじゃ禁域でまともに呼吸できないわ。けどアンタのは……」
「むしろ空気中からマナを除去するフィルターになっているのか」
「そういうこと」
「でも俺も禁域でマスクを外したら呼吸できないぞ。それっておかしくないか?」
「まあ濃度の問題でしょうね。この辺りはまだ禁域でも『浅瀬』なの。そのせいで普通の人間にはマナが薄すぎるし、アンタにとっては濃すぎる。両方ともまともに呼吸できない領域ってワケ」
「な、なるほど」
リコーは次々流し込まれる情報の理解を頭が拒否しないよう、半分意地で理解しようと試みる。
そして最大の疑問がまだ解決していないことに気がついた。
「で、それと俺がマナを溜め込むって話には何の関係が?」
「あら、意外と察しが悪いわね。ここまで来たらすんなり分かるかと思ったけど」
シェイの煽り口調にリコーは少しムッとしたが、悪気はなさそうなので黙って聞くことにした。
「アンタはマナに覆われた物質を正常に取り込めないけど、全く無理ってわけではないわ。例えばマスク無しの呼吸は苦しいけど、少しの間なら大丈夫って具合に。で、アンタの体内にはその時に微量ずつ取り込まれた活性マナが蓄積していってしまうのよ」
「ああ、それでマスクしてない時に体内にマナが溜まるのか。マスクしてたら普通に息ができるけど、それはマナが除去されているからだし」
「そういうこと、なんだけどね……」
一旦区切ったシェイは何かを確かめるように深呼吸をして、再び口を開く。
「普通の人間……いえ、生き物は、体内に取り込んだマナは生きているうちに消費してしまう。特に活性マナを消費せずに体内に留めておくのは至難の業、というか不可能。膨大なマナを溜め込めるエルフでさえ、貯蔵しているのは非活性マナなの」
リコーは気づく。
こちらに向いているシェイの視線には負の感情が滲んでいると。
その正体は戸惑い、不安、あるいは……恐怖。
「でも……でも、アンタが溜めているのは活性マナ。アンタは空気や食べ物から取り込んだ活性マナをほとんど消費せず、ずっと体内に蓄積しているの。でも、さっきも言ったけど、活性マナは普通、生きているだけで勝手に消費してしまうわ。だから、その……」
「……っ!」
リコーは目の前の魔術学院のエリート少女が何を言わんとしているのかを察し、息を呑んだ。
ほぼ同時、シェイは彼に顔を寄せて問う。
「アンタ、本当に生きてる?」
真剣に問うには現実離れしすぎている質問に、しかし、リコーは唾を呑むことしかできなかった。
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