第2話 禁域の魔女
「まあ座りなよ」
「は、はぁ」
リコーは促されるままにダイニングテーブルに着席。ほぼ同時、彼の前にはスープボウルが置かれた。
「ほら、豆のスープとパンだ。この世界の標準的な食べ物だよ。ボクは料理が得意というわけじゃないが、街で売ってる料理本の通りに作ったから味は正しいはずだ。食べてごらんよ」
「あの、食べろとは言うがこれマスクは」
「口に入れるときにマスクを取って、また着ければいいだろ。ソレは市販品よりは高性能で取り外しもワンタッチな優れものなんだぞ。なんたってこのボク、『禁域の魔女』の手製だからね。それより早く食べなよ。冷めちゃうよ?」
「……いただきます」
相変わらず状況が分からないが、リコーはひとまず木のスプーンでスープを掬い、マスクを少しずらして口に入れ、言われた通りにマスクを着け直した。
豆のスープはわりと薄味というか、ぼやけた味がする。さらに息を吸うたびにマスクからミントのような香りがするため、本来の味が分かっている気がしなかった。
「おいしいかい?」
だがリコーの前に座る魔女は頬杖をつき、ニコニコ笑って彼に感想を求めた。
(……正直に言うわけにはいかないよな)
リコーには初対面とはいえ、手料理の感想を楽しみにしている相手を傷つけるようなことを言えない程度のデリカシーがあった。
「まあ、マズくはなかった、です」
「あ、そうなの? 召喚者は味があんまり分かんないから料理はテキトーでもいいって聞いてたけど、本当だったようだね。居眠りして煮詰めちゃって、最後に水を何杯か足したから心配だったんだけども」
「じゃあこの水っぽいスープは俺の味覚がおかしいんじゃなくて純然たるお前の手抜きじゃねーか! せっかくの気遣いを返せよ!」
「まあまあ落ち着いて。どれ、ボクも一口食べてみようじゃないか」
思わずテーブルに身を乗り出したリコーを片手で押し戻しつつ、魔女はどこからか伸びてきた木のツタで器用に絡め取って自分の分のスープを口に運んだ。
「……確かにちょっと失敗してるかもね?」
「せっかく作ってくれたのに悪いけどさ、せめて完成直前には味見した方がいいんじゃないか」
「一理ある。あ、でももう一回煮詰めればおいしくなるんじゃないかな」
「待て、ボウルを持って何をするつもりだ」
「何って、鍋に戻して火にかけるだけだが?」
「……」
「キミのもほら」
「いや、俺のはこのままでも」
「そうかい? ならいいけど」
不思議そうに首を傾げ、暖炉の方へ向かう魔女。
床に擦るほどのロングスカートが床に落ちていたものを巻き込んで引きずっている。
そして火ばさみで暖炉に薪を足しつつ、鍋にスープを戻し、おたまで鍋をかき混ぜ始めた。
(なんなんだこのズボラ魔女は。普通、一度よそったスープを鍋に戻すか?)
リコーは呆れつつ魔女の背中を見つめる。
全ての動作が両手に加え、部屋のあちこちから伸びたツタを触手のように使って実行されている。
(ツタが動くのは魔法か? とすると、ここは本当に異世界なのか……)
「一応言っておくとキミの味覚、そして呼吸がこの世界に適合していないのは事実だぞ」
「なっ」
魔女はリコーの心を読んだかのように付け足しつつ、テーブルに戻った。
「簡単に言うとね、この世界の元素は殆どが魔力でコーティングされている。普通の生物はそれらを魔力ごと体内に取り込めるが、キミはできない。だから栄養吸収は難しいし、マスクのフィルターを通さなくちゃ呼吸も困難になる」
「なるほど。それじゃ、俺からも『理由』を聞かせてもらうけどな」
リコーは魔女の顔を正面から見据えた。
「なぜ俺をそんな不都合な世界に呼んだ。マスク無しじゃ呼吸もままならないような世界になんか居られないぞ。元居た世界に戻してくれよ」
「元居た世界?」
対する魔女は、悪意を隠そうともせずニヤリと笑う。
「戻ってどうするのさ。キミは何も覚えていないのに?」
「なっ……! だって俺は、え……?」
リコーは反論しようとして、言葉を喉に詰まらせた。
そうだ。さっき死にかけた時に一瞬気づいていたじゃないか。
俺の名前は『リコー』なんかじゃないはずだ。
けど、じゃあ本当の名前は?
俺は元の世界で、『誰』だったのだ?
思い出そうとしても、記憶にあるのは空白だけだった。
「ま、記憶はそのうち戻せるだけ戻してあげるよ。それでキミを呼んだ理由だけど、探してほしいものがあってね」
「お前が俺の記憶を奪ったのか!」
「わざとじゃないって、結果的にそうなっただけで。むしろ名前だけでも復元してあげたんだから感謝してほしいくらいだよ」
リコーの魔女を見る目に敵意が宿る。
だが魔女は軽く肩をすくめただけで、続けて言った。
「キミにはボクの名前の由来でもある『禁域』で、ある本を探してきて欲しいんだ。見つけられたら『お礼』はするよ。まあ無理強いはしないけど」
「……拒否権は無いに等しいだろ、それ」
「呑み込みが早くて助かるよリコーくん」
魔女はニマニマと楽しそうに笑い、リコーは大きなため息をついた。
「で、その禁域ってのはどこなんだ?」
「お、さっそくだね。やる気があって結構だよ」
皮肉なのか本心なのか、魔女は頷きつつ再び暖炉へ向かい、スープをよそい直して戻ってきた。
「禁域というのはね、この森の奥の方のことさ。厳密にはここも禁域と言えるね」
「……ならなおさら、なぜ俺が行かなくちゃいけない? わざわざ呼吸もできないようなやつを呼び出さずとも、お前が歩いて行けばいいだろ」
「だからこそなんだよ、リコーくん」
魔女は得意げに笑った。
「むしろキミでなくてはダメだ。ま、その話はおいおい。今日はもう寝るといい。明日は朝から街に行ってもらうぞ。禁域の探索者になるには免許がいるからね。とは言ってもそのマスクさえあればすぐに発行してくれるはずさ」
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