第11話 誤算
人喰い鳥の行動は素早かった。
大人の胴幅よりも太い両脚で地を蹴り、一瞬でリコーとの距離を詰め、飛びかかる。
獲物を掴んで離さず、その肉をバラバラに引き裂くために研がれた鉤爪。
ただでさえ致命的なのに巨体に任せてでたらめに振り回されるそれを、リコーは冷静に大盾で受け止めた。
「くっ、流石に、重いっ」
リコーは片足を後ろに下げて腰を落とし、目一杯に踏ん張った。
それでもどしっ、どしっと盾が蹴られる度に彼の重心は揺さぶられ、身体は土の上を滑り押される。
緊張で呼吸が荒くなり、マスク越しのハーブ臭い空気が胸いっぱいに満ちていく。
「……調子に、乗るなよっ!」
ダァンッ!
またも鳴り響いた破裂音に、人喰い鳥は攻撃を中止して飛び退いた。
その胸元からは血が滴っているが、人喰い鳥は意に介さず破裂音の発生源……己に向けられた銃口を睨みつける。
「こっちは撃つ度にすげー衝撃だってのに、そっちのダメージはほぼ無いってか。禁域の動物って皆そんなに頑丈なのかよ?」
リコーは構えた拳銃の無力をぼやくが、しかし不敵に笑った。
「でも怖いだろ。大きな音が鳴ったと思ったら身体が傷ついている。予備動作はほとんど無いし、次にいつ音が鳴るかも分からない」
銃を構えたまま、盾を押し付けるように前進。
一歩、また一歩と、今度はリコーの方から人喰い鳥との距離を詰めていく。
「お仲間さんは逃げちまったけどお前はどうかな、ニワトリ野郎っ!」
リコーは人喰い鳥に向かってさらに一歩を踏み出しつつ、声量を上げて怒鳴りつける。
獣の流儀に則った威嚇行為。
その効果は明らかだった。
「ギャアアアアアッ!」
トサカを逆立て、翼を広げた人喰い鳥は大きく羽ばたき飛び立った。
「逃げ……いや、違うっ!」
人喰い鳥が逃げ去ると見て一瞬気を抜きかけたリコーが見たのは自身に迫る巨大影。
慌てて腰を落とし、衝撃に備える。
「ぐおおっ⁉︎」
致死の威力を持つ人喰い鳥の脚。
それが両方とものしかかり、盾ごと押し潰そうと体重をかける。
先ほどとは比べ物にならない力に、リコーは骨が軋むのを感じた。
「コイツ、飛んでねえじゃねえか!」
圧死が現実的に見えてきたことで、リコーは自身の勘違いに気づいた。
人喰い鳥は飛び立ったのではなかった。
「まさか鳥に後ろ脚があるとはな……!」
そう、人喰い鳥は立ち上がっていたのだ。
通常の脚の付け根、そのさらに後ろに逆向きで折り畳まれていた三本目の脚で。
「タネが分かれば、撃ち抜くだけっ」
リコーは人喰い鳥の上半身に誘導されてしまっていた視線を下げた。
大盾の覗き窓からは土を鷲掴みにして踏ん張っている後ろ脚が見える。本来二本脚で支えている身体を一本で持ち上げているからか、見てわかるくらい震えていた。
あとは全力で人喰い鳥の凶攻を食い止めている盾から片手を離し、銃口を向けるだけ。
(言うは易しってな。それができたら苦労はしねえか……!)
リコーが心中で毒づいた時だった。
「ギャアッ⁉︎」
人喰い鳥の片目を飛来した矢が貫き、その身体が大きく動揺した。
「旦那様っ!」
「ああ!」
矢は右手奥側の木の上に陣取ったミアナが放ったものだった。
自らを呼ぶ叫びに応え、リコーは全身にさらに力を込める。
「おら、よっと!」
一気に盾を押し上げ、人喰い鳥の両脚を弾き飛ばす。
隙は一瞬。
リコーは片手で拳銃を構え、引き金を引いた。
ズダァンッ! 耳をつんざく破裂音と共に、人喰い鳥の後ろ脚に孔が穿たれる。
「ギェアッ⁉︎」
今までの声とは明らかに違う悲鳴。
人喰い鳥は転倒しつつ後退し、片方になった目でリコーを睨みつける。
「へっ、ビビったかよニワトリ野郎。こんな割に合わねえ獲物なんかさっさと諦めて逃げた方が身のためだぜ?」
リコーのその言葉が届いたからなのかは不明だが、人喰い鳥は名残惜しそうに彼から視線を逸らした。
その代わりとばかりに、木の上から自分を狙撃してきたもう一人の敵に狙いを定めた。
「お前まさかっ」
リコーが慌てて二回発砲するが遅い。
人喰い鳥は胴体に銃弾を受けながらも後ろ脚を使った跳躍を駆使し、ミアナが陣取っている木の下まで一気に詰め寄った。
「うわ、なんでわたしを狙うんですかぁ! 片目を潰しただけじゃないですかっ!」
ミアナの悲鳴が開始の合図。
怒り狂った人喰い鳥は後ろ脚で立ち上がり、木の幹に向かって両脚で激しい攻撃を加え始めた。
あのままではミアナが落とされるか、そうでなくとも木が倒される!
「ミアナッ!」
「ひえええ助けてください旦那様ぁ!」
「再装填……いや、威力が低すぎる」
魔女から習った方法で弾丸は“生成”できるが、そもそもの威力が足りない以上意味がない。
(少し威嚇すれば逃げ出すだなんて、見積もりが甘すぎた……!)
リコーの頭に後悔が渦を巻く。
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