第10話 拳銃
「爽やかな笑顔で言ってもダメだ」
「えー」
「リスク無しとは言うが、禁域探索は魔女との契約なんだ。反故にしたら何をされるか。それに、このマスクを取ったら俺は呼吸できないんだ。売るわけにはいかないよ」
「それも体質、ですか」
うーん、と唸ったミアナは眉間にシワを寄せて、懐疑の目でリコーを見た。
「味覚の事もそうですが、わたし、旦那様が普通に呼吸できない理由とか、逆にあなたの吐息でわたしに呼吸させられる理由とか聞いてないですよね。何故なんです?」
「何故って……」
リコーは戸惑った。
起きている現象の説明はできるが、何故そんなことになってしまったのか、の部分を自分でも説明できない。
(あの魔女なら何か知っているんだろうけど)
現状では交渉に使う手札がない。
この探索で何か使えるモノが見つかるといいのだが。
「……まあ、いつか話すよ」
「ふふ、秘密の多い旦那様ですね。ミステリアスで、ちょっと素敵かも」
ミアナは微笑むと、リコーの隣に腰掛けた。
「ミステリアスついでにもうひとつ。ずっと気になっていたんですけど、コレは何ですか?」
そして彼女は倒木に立てかけられている大盾の表面をガンガン、と叩いた。
盾はリコーの背丈とほぼ同じ大きさの長方形で、左右対称にやや湾曲し、目の高さにのぞき穴が開けられている。
「旦那様がずっと背負ってたこのバカでかい盾、魔女が用意したものですよね。こんなものどうやって使うんでしょうか。もはや過保護が迷走してませんか?」
「過保護というか、そいつは俺が頼んで用意してもらったんだ」
「え、これで身を守るつもりなんですか。盾を持ってボーッと立ってるだけだとまたデスカギヅメトカゲに殺られますよ」
「前回は死んでないだろ! それに、装備はその盾だけじゃないんだ、ほら」
リコーは腰に下げていた武器を抜き、膝の上に置いてミアナに見せた。
銀色の光沢がある金属の円筒に、コートされた木製の持ち手。回転式のシリンダーに描かれた魔法陣、そして撃鉄。
「……何でしたっけそれ。うさんくさいビジネスみたいな名前の、なんか新しい武器ですよね」
「正しい名前は俺も知らない。けど俺が知っているこういう物の名前は……拳銃」
リコーは拳銃のグリップを握り、焚き火に向かって軽く構えてみた。
(……そう、俺はコレの使い方を知っている)
手に馴染む感覚と、同じくらいの馴染みの無さ、非日常感。
片手で扱うには重すぎるようで、何故か軽すぎるとも思う。
威力への期待、そして少しの恐怖。
それが、魔女に「何か所望の武器はあるかい?」と問われた彼が咄嗟に口にした武器「拳銃」がもたらす感覚だった。
(ミアナの反応を見るに、この辺じゃあんまり普及はしていなさそうだよな)
リコーは焚き火に向けていた銃口をゆっくりと下げた。
マスクを盗まれかけた前例もある。この拳銃も、珍しい物なら迂闊に持ち出していない方がいいのだろう。
そう考えると、彼は不思議と穏やかな気持ちになれた。
こんなものは、なるべく使わない方がいい。
そんな気がした。
「そのケンジュー、魔女が用意したんですよね。あの人、マナマスクも一瞬で作っていましたし、本気を出したら市場のひとつやふたつ、崩壊するんじゃないですか?」
リコーの暗い表情とは対照的に、ミアナはのんきに問いかける。
まるで名も知らぬ武器には特別興味は無いと言外に語るようだ。
「マナマスク作りってそんなに凄い事なのか」
「じゃなけりゃ高価になんてなりません。そのケンジューも売ればそれなりの値段になるはず。だから魔女は禁域なんかに住んでないで職人にでもなった方が儲かりそうですけど、何で旦那様をこき使ってまで本なんか探してるんですかね?」
「さあ。より儲かる方法でも探していむぐ」
リコーの言葉は途中で遮られた。
ミアナが彼のマスクのフィルター部分に手を押し当て、人差し指で静かにするようジェスチャーしたためだ。
「獣の声です。さっきまでは気づきませんでしたが、結構近い。あちらの茂みの向こう、様子を見に行きますよ」
「あ、ああ」
リコーは足音を立てないように歩くミアナの後を慎重に追った。
彼女が弓と矢筒を携えているように、リコーも大盾を持ち、拳銃に手を掛けておく。
「……あそこですね」
茂みの中から慎重に覗くと、リコーたちのキャンプからそう離れていない開けた場所に別のキャンプがあった。
「……ひどいな」
だが、その光景は凄惨だ。
荒らされたキャンプ道具には血が飛び散り、三人の探索者が倒れている。
木にもたれかかっている少女が一人、焚き火の周りに転がされている男が二人。誰もマスクをしていない。
そのうち、焚き火近くに転がされている方の二人……いや、二体の死者を、見上げるほどの大きさの凶暴な鳥が二羽、トサカを立ててギャアギャアと騒ぎながら啄んでいる。
「うわー、アレはヤバいやつですね。血の匂いで興奮状態になってます。旦那様、わたしたちも気付かれる前に逃げた方が良さそうです」
「どうやらそうみたいだな。ミアナ、君が先に……なっ⁉︎」
リコーは息を呑んだ。
人喰いの鳥が突如動きを止めたから、ではない。
鳥たちの視線の先。
木にもたれかかっていた少女の死体が、死体だと思っていた少女が、過呼吸に喘いでいる。
「ミアナ、援護を頼む」
「えっちょっと何を」
ズダンッ! と。
引き金にかかった指に躊躇は無かった。
活きの良い獲物に狙いを定めていた人喰い鳥たちは、突如鼓膜を貫いた破裂音に跳び上がる。
驚愕と痛みでパニックになった一羽は森の奥へと走り去った。
そして、狩りを妨害された怒りを滾らせるもう一羽が、大盾を構えた邪魔者を睨みつけた。
「ああ、そうだその調子」
リコーは額に脂汗が垂れるのを自覚しつつ、しかし目の前の敵に真っ直ぐ銃口を向け、ニヤリと笑った。
「お前の相手は俺だ、化け物ニワトリ」
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