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聖女なんかじゃない

作者: あさばっかり

 リアナは、平民の子どもだ。

 病弱なリアナを療養と称して海沿いの僻地に追いやった親など、知らない。自分の両親は、育ての親のこの二人だけ。元盗賊だとしても。

 盗賊だった父は、リアナのために盗賊をやめてくれた。リアナのために立派な偽装身分を用意して。それに従って、それからずっと木こりをしている。

 森の澄んだ空気は、リアナの喘息を癒してくれる。海の別荘も確かに自然豊かだったけれど、潮風には砂や塩分が多く含まれていて、むしろ毒だった。こんな単純なことに気づきもせず、できることはしてやったろう?と偉そうなので、リアナは貴族が嫌いであった。齢五つの時に誘拐されて、その馬車が峠を通る時、盗賊団とかち合った。雇われ誘拐犯よりも、その道何十年の猛者が多い盗賊団のほうが、少しばかり強く、リアナの身柄は盗賊団に引き渡された。誘拐犯共は捕まったのか。リアナは知らない。

 リアナという、なんだか高貴そうなお子様をゲットしたはいいものの、一晩明ける頃には、余分な荷物と判断された。売ろうにも里に持っていかねばならないが、リアナは五歳。よく泣き、よく食べ、よく寝て、それなりに暴れるし、それなりに声も大きい。この歳まで愛情を受けずに放っておかれたことが災いし、リアナは何も無い空間にずっと独りで喋っているような子だった。忍び生きる盗賊団と、全く以て相性が悪い。

 頭領をしていた男が、立ち上がった。彼はリアナをいい口実だと思ったようだ。彼はもう随分と働いた、と盗賊団を辞めることを決意していた。確かにおじいちゃんだったが、けしてヨボヨボのおじいちゃんではなく、まだまだ元気溌剌そうなおじいちゃんだった。おじいちゃんは、リアナを連れて隠居した。帰宅したら盲目のおばあちゃんが居て、幼女リアナはなんとなく、あー、この人のためなのかな、と思った。

「おじいちゃんじゃない。ワシはランドルフという。言えるか?ラーンードールーフ、じゃ」

「りゃどるふおじいちゃん」

「ランじゃラン、ランドルフ」

「らんちょるふおじいちゃん」

「チョじゃないド!」

「ほっほっ、よいではないのランディ。初めましてお嬢さん、わたしはミリアよ」

「みりあおばあちゃん!」

「えぇ、えぇ」

「ミ、ミリアがそう言うなら……」

 負けず嫌いのランドルフも、ミリアの前では形無しだった。リアナは自分の名前も上手く言えなかったから、聞こえた中でいちばん尤もらしい名前が採用された。その後はずっとリアナと呼ばれていたから、リアナは、元の名前がなんだったのか、忘れてしまった。


 リアナはある日、街に行った帰り、貧血でふらりとして、木に寄りかかった。ここは森。明るくて花が咲いて最高の気分になれる道。そして、誰も居ない。

 リアナは少しの間、逞しい木に全体重を預けていたが、そっと持ち直し、また歩き始めた。

「もし、お嬢さん」

 リアナが振り返ると、熊がいた。発光していたから、いつも通りこの世のものではない何かだろう。

「危険が迫っております、お逃げください」

「まあ、危険、ですか?」

「はい」

 リアナは、なんのことだか分からないという顔をして、首を傾げる。

「とにかく、お逃げください、お逃げください」

「そう、そんなに言うなら、わかりましたわ」

 リアナは、踵を返してそのまま森を進んだ。逃げると言っても、何から逃げるのか、どこへ逃げるのか。後者は決まっている。家である。

「お嬢さん、待って、待ってください!」

 リアナは、また振り返る。ドスドス音がしてもよいくらいの駆け方であるのに、やはり無音。すぐそこまで熊が追ってきていた。

 熊の手には、白い貝殻のイヤリングがあった。ふらついた時、外れてしまったのだろう。

「落とし物でございますよ」

「あら、親切な熊さん。ありがとうございます」

 お礼に、歌でも歌いましょうか?と聞くと、熊は目を輝かせた。元々光っているのに、なんて眩しいのでしょう。

「ララララ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜」

 熊はウットリ聞き惚れて、それを確認したリアナは、手元のイヤリングを握りこんで、貝殻を割った。


 小さなリアナの、お友達。街で伝え聞くそれは、精霊と呼ばれているらしい。

 お友達は、魔女のミリアにいい顔をしなかった。聖と魔は対極にあるようだ。ミリアは、リアナに惜しみなく魔法を教えてくれ、生きる術をくれた。精霊達は焦っていた。元の名前で過ごした五年間より、リアナとして過ごした十年間が、あまりにも濃い。真名とは魂の名前。聖女の自意識はもう、他のどんな名前の人間でもない、リアナだった。

 十五歳のリアナは、街で聞いた。領主様の家が、お取り潰しになったらしい。なんでも、聖女が危ないという神殿のお告げに、国を挙げて聖女を保護しようと海辺の療養地を訪れたところ、ずっと前からもぬけの殻であることが発覚したのだそうだ。

 王国の見立てでは、元々病弱な聖女、それも貴族の子が、平民の劣悪な環境下で生きていけるわけが無い。神殿も、聖女が危ないというお告げ以降、うんともすんとも言わない。もう死んでしまったのだろう、この国はおしまいだ、と、いうことだった。

 リアナ自体は至って普通。喘息も森の空気のために良くなっている。それもそのはずだ。危ぶまれているのは、聖女。リアナは厳密には聖女ではないから、全くの健康だ。


 両親は、リアナを本当の親の元へ返すべきか、真剣に悩んでいたようだ。それで、リアナは御守りのように、このイヤリングを身につけさせられていた。リアナが会いたいと思ったその時に、このイヤリングが鍵となって、邪険にされることなく会いに行けるように。白い貝殻の小さなイヤリングは、本当の親がリアナにあげた唯一のプレゼントだったのだ。

 それは聖力増強魔道具だった。

 リアナの生命力を聖力に変える悪魔のような魔道具。優しい魔女はこのイヤリングの性質に気づいて、ただのイヤリングに戻してくれた。リアナの病弱は、八割がたこのせいだった。

 お家取り潰しの上、領主夫妻が斬首刑と聞いて、リアナの溜飲はようやく下がった。もういいかな、と思ったのだ。今日はリアナの十六歳の誕生日。育ての親も知らない、本能的な部分でそうだと分かった。

 精霊との縁を切り、幼き日々の思い出を振り切るために、こんな小芝居を打った。


 小さなリアナは、お友達が大好きだった。誰からも見向きもされない中、おしゃべりしてくれるから。精霊達のおかげで、多弁で快活な幼女だった。でもきっと、無口で陰険な幼女だとしても、優しい両親は引き取ってくれたはずだ。

 大きくなったリアナは、精霊に冷めた目を向ける。目の前で砂のようにサラサラと消えていく、図体ばかりが取り柄の熊の精霊。高位精霊は、リアナが幼い頃から寄り付きもしなかった。リアナに擦り寄ってきていたのは、位の低い、吹いて飛ぶような精霊ばかり。

 精霊達は確かに、幼いリアナに優しかった。

 けれども、そんな美味い話はないのだ。

 だって、ミレナおばあちゃんが、魔道具を解除してから、全く来なくなったじゃない。それが、あなた達だけを頼りにしていた少女にとって、どれほどの裏切りだったか!おかげで周りは、やはり寂しかったから何も無い空間に話しかけていたんだね、と憐れむほどだった。リアナは賢かったから分かった。大抵は、見返りがないと優しくしてくれないんだわ。

 人間は、そう現金ではない。ミレナのために盗賊を辞めたくて、リアナを利用したランドルフは、家に帰るまでにリアナの家庭環境を察し、絆されて、この子を守ると誓ったようだった。両親にとっては、歳をとってからの余生だったのだろうが、リアナにとっては、若かりし大切な十年間だった。じゅうぶんに、愛されて育った。それまでが嘘のように。

 魔女ミレナにとっても、聖力は敵。ミレナは、私のせいで床に伏せっているのか、と聞いたリアナに、もうおばあちゃんだからこんなもの誤差よ、と言った。実際、老衰を少しばかり早めただけという印象で、ミレナは苦しまず、安らかに、眠るように死んだ。ミレナを亡くしてから、元気をみるみる失ったランドルフも、決してリアナのせいにはしなかった。これが愛なんだと思い、リアナは泣きに泣いて、弱ったランドルフを見送った。おかしいな、あんなに若々しかったのに、いつの間にかヨボヨボのおじいちゃんだった。リアナは二人の葬儀を知らせに、暗殺ギルドと名を変えた元盗賊団を訪れて、帰りに街で飴を買い、もういいかな、と思ったのだ。

 熊は跡形もなく消えた。リアナの聖力に、少し魔力を練り込んで歌に乗せれば、本当に簡単に消えてしまった。


 コンコン、聖女ライアナはいるか?国の使いで参った。

 ああ、面倒。勇者とやらが、尋ねてきたようだ。リアナはため息をついて、立ち上がる。あいにく親を亡くしたばかり、聖女とは程遠い黒ずくめの服装で玄関を開けた。この国は自分勝手だ。まともに喪に服させてもくれない。


「わたしは木こりの娘、リアナよ。くそったれ!」

 聖女なんかじゃない。





みなさん、最新のN2M3家見ためうか?

まだの人は早く見てほしいめう!めう!

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