東京悪夢物語「葡萄の実」
東京悪夢物語「葡萄の実」
観光客が行ってはいけない禁断の葡萄園。
その奥に、
古ぼけた葡萄の木が一本ある。
枝を広げ、ツタを垂れ下げ、
そこには、大きな葡萄の実が一房なっていた。
「美味しそう…」
その葡萄の実を一つ口に含むと、
ギャーー
突然、葡萄の実が悲鳴を上げた。
その葡萄の実には顔があり、
かじられた葡萄の実が、苦しそうに叫んでいる。
「実を食べたなぁ〜」
「実を食べたなぁ〜」
実はつぶやく。
「お前も、葡萄にしてやるぞ〜〜〜」
ギャーー
都市伝説「葡萄の実」
「なんて、都市伝説知ってる?」
「知らないよ〜」
朋美は都市伝説好きだ。
いつもネットで検索している。今日も、どこかで見つけてきた都市伝説を私たちに話してくれた。
「怖いね〜」
「これは怖いよ〜」
「ブドウ食べられなくなったね〜」
「でも…」
「これは本当だよ、本当の話だよ」
「ウソ〜、作り話でしょう」
「ほら、小学校で行った葡萄園、憶えてる?」
「うん」
「実はあの葡萄園のずっと奥に、この葡萄園があるんだって」
「そして、まだ…今でも、その葡萄の実が、なっているんだって」
「うそ〜」
「本当」
「作り話だよ〜絶対」
「朋美はオカルト好きなんだから〜」
すると、朋美の足が止まった。
「実は、都市伝説マニアの友達が…この葡萄園に行ったんだ」
「えっ?」
スマホの写真を見せる朋美。
畑の奥、ポツンと古い葡萄の木が生えていた。そして拡大してみると、葡萄の実には顔があった。
「ここが眼で、ここが鼻…ここが口」
「本当だ、確かに人の顔に見えるね」
「みんな、一つ一つ違う表情をしているでしょう」
「大人、子供、女性、老人もいる。老人の実は、干からびてシワシワだよ」
「怖い〜」
「行ってみようよ」
「嫌だよ、」
「何で?」
「だって怖いじゃない」
「怖がりだな〜」
「こんなのウソだよ、CGだよ」
「信じてないなら行こうよ、怖くないんでしょう」
「うん…」
また、つまらない約束をしてしまった。
あー、どうしよう……
日曜日、
私たちは電車を乗り継ぎバスに乗り、山道を進んだ。
しばらく歩いて行くと、遠くに葡萄園の看板が見えた。
「あそこだ、見憶えがある」
私たちは近寄ってみた。
「閉園してるね」
「うん、誰も居ないみたいだね」
この辺りの葡萄園は、ほとんど閉園しており人気も無かった。
「この奥だよ」
朋美が言う。
私たちは、さらに奥へと進んで行った。
山道には、しばらく人が入った跡が無かった…
「ここだ」
そこには、門がボロボロに錆びている葡萄園があった。中は、木や枝がうっそうと生い繁っており、まったく見えない。
「実は、言ってなかったけど…」
朋美が言う。
「この写真を送って来た友達…行方不明なんだ。この写真を送ってきてから、いなくなったんだ」
「そんな、」
「きっと友達はまだ、この葡萄園の中に居るんだよ。助けにいかなくっちゃ」
「警察に頼んだら?」
私は尋ねた。
「ダメだよ、誰も信じてくれないよ」
「私が助けに行かなきゃ。彼女、そのままズッとここで彷徨っているんだよ」
「助ける方法、知ってるの?」
「知らない…」
ギギーーッ、
私たちは、ゆっくりと門を開けた。
ザザッ、ザザッ、
枝をかき分け中へ進むと、葡萄の木が数本あった。
どれもとうに枯れており、干からびていた。
「すっかり枯れてるね」
「……」
黙っている朋美。
カチャ、
足元に、錆びたスマホがあった。
「これって、朋美の友達の…」
無言で、奥へと進んで行く朋美。
「待ってよー」
「あった、あの木だ!」
朋美が叫ぶ。
そこには、古ぼけた葡萄の木が一本あった。
よく見ると、大きな葡萄の実が一房なっている。
私たちは、恐る恐るその実に近づいた。
葡萄の実は大きく、一つの実が人の頭ぐらいあった。
「ここが眼で、ここが鼻…ここが口」
「本当だ、人の顔に見える」
みな、一つ一つ違う表情をしていた。大人、子供、女性、老人もいる。老人の実は、干からびてシワシワだった。
「助けて…」
突然、その実の一つが口を開いた。
「助けて、朋美…」
その葡萄の実は、朋美の友達にそっくりだった。
「どうして、どうして、こんな姿になったの亜香里」
「実を食べたの…」
「この葡萄の実を食べると、葡萄の実になってしまうの」
「そんな、」
「お願い助けて、朋美!」
泣き叫ぶ亜香里。
「無駄だよ、」
亜香里の隣りの実が喋った。
「ここからは出られない。誰かに実を、食べられないと出られないんだ」
「食べられる?」
「誰かに実を食べられると、その人が代わりに葡萄の実になるんだ」
「そんな…」
「そんな奴より、俺と代わってくれよ」
隣りの実が言った。
「俺は、もう十年もこうしているんだ。可哀想だろう」
「俺には妻や子供もいる。俺と代わってくれよ」
「いや、僕と代わってよ」
「いや、私と代わって下さい」
「お姉ちゃん、代わって」
次々と葡萄の実たちが、叫び始める。
「代わってくれ〜」
「代わってくれ〜」
葡萄の実は、皆、叫び続ける。
「朋美〜、私と代わって〜」
亜香里も叫ぶ。
「食べろ〜」
「実を食べろ〜」
叫び続ける葡萄の実たち。
「食べろ〜」
「実を食べろ〜」
その声が頭の中で繰り返す。
ぐるぐると、ぐるぐると、
ゆらゆらと、ゆらゆらと、
頭の中で繰り返す声たち。
私たちは、だんだん目が回り意識がもうろうとして来た。
「美味しそう…」
朋美がつぶやいた。
「ダメだよ、朋美!」
「その実を食べたら、葡萄の実になっちゃうよ」
私は叫んだ。
「美味しそう…我慢できない」
朋美は私の手を振りほどき、亜香里の実を食べようとする。
「早く食べろ〜」
「早く実を食べろ〜」
他の実も叫ぶ。
「やめて!!!」
突然、葡萄の木の後ろから声がした。
そこには、人間の姿の亜香里が立っていた。
「その葡萄の実の顔は本物じゃないんだ、本物の人の顔じゃないんだ!」
ハッとする朋美。
「食べろ〜」
「実を食べろ〜」
叫び続ける葡萄の実たち。
「その葡萄の実を食べると、身体がドロドロに溶けてしまい、しまいには葡萄の肥やしになってしまうんだ」
「食べろ〜」
「実を食べろ〜」
私たちは、慌てて葡萄の木から離れた。
「食べろ〜」
「実を食べろ〜」
険しい表情に変わった葡萄の実たちが、叫び続ける。
亜香里は、私たちの手を引き門へと走って行った。
「食べろ〜」
「実を食べろ〜」
気がつくと、辺りには葡萄の木が増えており、みな叫び続けている。
「食べろ〜」
「実を食べろ〜」
「聞いちゃダメだよ」
「この声を聞くと、催眠術のように葡萄の実を食べてしまうんだ」
私たちは、耳を塞ぎながら走り続けた。
ハアハアハア、
急げ、急げ、
やっと、門の前までたどり着いた。
「ハアハアハア、助かった。しかし、何で亜香里はここにいたの?」
朋美が尋ねた。
「それはね、ここでお前たちを食べるためだよ〜〜〜」
ギャアアアアアアーーー
葡萄の実のように紫色をした亜香里が、私たちにかぶりつく、
ギャアアアアアアーーー
「やめてー」
私は慌てて、錆びたスマホを亜香里に投げつけた。
バシッ、ボッ、
突然、スマホのバッテリーが燃え出した。
ギャアアアアアアーーー
燃え出す亜香里、
ギャアアアアアアーーー
バタン、バタン、
苦しそうに悶えながら、のたうち回る亜香里。
ギャアアアアアアーーー
バタン、バタン、
その火は、どんどん燃え広がり葡萄園全部に燃え移った。
ゴオオオオーーー
激しい炎に包まれる葡萄園。
「早く、朋美」
私たちは命からがら、そこから逃げ出した。
ハア、ハア、ハア、
振り返る。
火は、いつまでも燃え続けていた……
結局、
あれは何だったんだろう?
あの葡萄の実は何だったんだろう。
亜香里は今だに行方不明だし、葡萄園も燃え尽きて跡形もない。
後で聞いた話だが、その葡萄園の近くで大きな飛行機事故があったそうだ。そこで亡くなった霊が、近くにあった葡萄の実に乗り移り、今だに成仏せず、現世を彷徨い続けているらしい。
もしかして何処かに、
まだ、あの葡萄の実が残っていて、
「食べろ〜」
「実を食べろ〜」
と、人を誘っているかもしれない……