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深海に咲く花  作者: 小柳晴
9/9

8話

「梅田さん!」

 気がつけば俺は梅田さんを追いかけていた。

「杉原くん、どうしたの?何かあった?」

 少し驚いた様子だった。走って追いかけられたら驚くのは当然か。

「いや、その、校門まで送ろうかと思って」

「えっと、部活は大丈夫なの?」

「大丈夫!ほら、すぐそこまでだし、女の子一人だと心配だし」

 苦しすぎる言い訳だということは自分でも分かっている。まだ昼間だし、女の子一人でも危ないということはほぼないだろう。

 彼女は、俺の気持ちを見透かしたかのように口元に手を当て笑った。

「そうだね、じゃあ送ってもらおうかな。校門まで」

 下駄箱から門まで数十メートル。今日ほどこの距離が長くなって欲しいと願ったことはない。

「自己紹介のとき、読書が趣味って言ってたよね。どういう本を読むの?」

「色々読むけど、一番は純文学かな」

「純文学かあ。俺、あまり普段は本読まないからよかったら面白い本教えてよ」

「私が紹介するものでよかったら」

 この短い間で大した話はできなかった。だが、仲良くなるきっかけぐらいにはなったはずだ。

「じゃあ、ここで。送ってくれてありがとう」

「うん、また明日。気をつけて帰ってね」

 手を振りながら見送った。後ろ姿を見て少し寂しくなった。

 欲を言ってしまえば、連絡先を交換したかった。

 しかし、今日初めて話したばかりなのに、連絡先を聞くことは失礼なのではないかと思って聞けなかった。

 気持ちを切り替えて部活に行こう。

 きっとまた話せる機会は来る。きっと、来る。そう信じるしかない。

 もう部活が始まって一時間ほど経っているか。委員会があったとはいえ、早く行かないとまた文句を言われてしまいそうだ。

「杉原くん!」

 後ろから梅田さんの声が聞こえた気がした。

 幻聴かと思った。だが、余りにも鮮明な幻聴だったため思わず振り返った。

 そこには、息を切らした梅原さんがいた。

「え、梅原さんどうしたの。忘れ物?」

「ううん、えっとね」

 梅原さんはカバンをゴソゴソと探り、携帯を出した。

「もし杉原くんが良かったら、私と連絡先交換してくれないかな」

 その言葉を聞いて脳が止まった。何が起こっているのか全く分からない。

 梅原さんと俺が連絡先を交換?夢か?

 まさかそれを言うためにわざわざ走ってきてくれたのか?

 ずっと俺の中はハテナで埋まっていた。

「杉原くん?」

 驚いて何も言葉を発する事ができなかったが、梅田さんの声でハッとした。

「あ、も、もちろん。交換しようか、連絡先」

「よかった、ありがとう」

 連絡先を交換している間も、自分の心臓の音がずっと聞こえていた。きっと顔も真っ赤だ。

「ごめんね、呼び止めてしまって。じゃあ、また明日」

「ああ、また明日」

 梅原さんが立ち去っても、しばらく動けなかった。

 まさか彼女の方から連絡先を聞いてくれるなんて、思ってもみなかったから。

 どういう理由で連絡先を聞いてきたのかは分からないが、これまでにない好機だ。

 ここから始まる。というか、ここから始める。

 頭が少し冴えてきた頃、部活のことを思い出した。急いで向かわなければ。

 どうせまた文句や嫌味を言われてしまうだろう。

 まあ、どれだけ文句や嫌味を言われようと今の俺には何も聞こえないが。

「遅れました。すみません」

「遅いぞ杉原。そんなに保健委員は大変な仕事があるのか」

「そんなこと言わないでくださいよ、先輩」

「早く着替えて練習入れ」

「了解です」

 同級生からの文句や嫌味には耐えられるが、先輩となると少し刺さる。

 バスケ部は基本的に先輩も後輩も別け隔てなく仲がいいが、部活を休んだり、遅刻したりする人にはどこか厳しい。

 練習着に着替えながら、今日は先輩の対応が厳しいことを覚悟した。


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