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プロローグ
海の底に、花は咲くのだろうか。もしも咲くのであれば、一度でいいから見てみたい。
道の端に、花が咲いている。この花の名前はなんだろう。小さくて、白くて、どこにでも咲いているような花。香りは、よく分からない。
「家の前に綺麗な花が咲いてるんだ。毎年咲いてるけど、名前が気になったのは今年が初めてだよ。なんでだろうね」
声で語りかけても返事はない。
ゆっくり彼女の手を取り、同じ言葉を繰り返す。彼女は笑って、手で話す。
「不思議だね。私も、見てみたいな」
今でも彼女の手を見れば、彼女の声が聞こえてくる。頭の中で、響いている。
「今日は天気がいいから、一緒に散歩しようよ」
彼女は嬉しそうに頷いて立ち上がり、出かける準備をする。
今の生活に、不自由はない。好きな人と同じ屋根の下、同じご飯を食べ、テレビを見て、お風呂に入り、布団を並べて、眠りにつく。
毎日が幸せだ。
だけど、時々思ってしまう。もう一度、彼女の声を聞きたい。もう一度、声で話したい。