九十三記_城下の戦い
…嘘だろ
景色が一変する。鮮やかで活気に満ちていた街から住民は消えた。あらゆるところが破壊され、刹那の間に灰色に染まった。まだそれは続いているのは硝煙のようなものが各地から上がっている。
…まだシャーロットさんたちは入っていないはず
「来るな‼︎」
体を捻って叫ぶ。ただ時すでに遅し。彼らは城下へと入り込んでいた。
「危ない‼︎」
シャーロットさんが俺の横を過ぎ去った瞬間、甲高い音がなった。振り返ると何者かと彼女が剣を交えている。剣にかかっているのは長く鋭い爪。手から伸びるそれを遡ると本体に行き着く。
…アレは!
人型のそれの顔にはバラが咲いていた。この世界に来る前の記憶が想起される。
…『黒バラの隷属者』
間違いない。筋骨隆々でもなければ、痩せ細ってもいない。ただ前に襲われたそれとは明らかに違う所があった。
…ボロ切れ…?
「新さま、楠木さん、早く町の外へ!私もすぐ後を追います」
シャーロットさんがこの場の誰よりも強いのは自明だった。それに出られさえすれば、俺が後で『眷属召喚』するという選択肢もある。
しかし、それは叶わなかった。城門に向かって走り込んだその時、何かにぶつかった。
…っっ‼︎
床を叩きつけて受け身をとる。目の前には何もなかった。恐る恐る手を伸ばし、城門と『ラビリンス』の境に接触する。手に伝わったのは冷たく固い感触だった。
「ダメだっ!シャーロット。外との間に障壁がある!」
俺の跳ね返されたのを見て先に調べていたのか、楠木が叫ぶ。
「なら、ここを突破します!新さま、手を貸してください!」
「はい!」
俺は体を切り返しながら、カードホルダーに手を入れる。そして引き抜き様にそれを宙に放った。
「来い!」
刹那、虚空から剣と盾が現れる。重力によって落ちるそれを両手で掴むと戦場に踏み入った。
「シャーロットさん、どいて!」
その声に応じて、彼女は隷属者の爪を剣で押し返しながら、斜め後ろに引く。俺は勢いのまま踏み込み、極度に前傾させて怪物を盾の淵でか殴った。それが腹に入り込んだ黒バラの眷属はわずかに後退して蹲る。
「新さま、次来ます!」
その声で視線を上げる。すると足が発達したもの、背骨が発達したもの、顎が発達したものなど三者三様な隷属者たちが次々と姿を現した。倒壊した建物の中からのそりのそりと出て来る。俺たちを視認すると形相を変えて各個の武器を携えてこちらに襲いかかってくる。
…イデア…!
目を瞑り、直後見開く。視界は敵の次の動きを提示する。それを踏まえた上で即座に自身の動きを構築する。
「楠木!俺とシャーロットさんの後ろへ。いつも通り、何か気づいたら報告頼む!」
「おう!っつてももうやってるけどな」
威勢のいい返事が返ってくる。俺と彼女は後ろに下り、城門を中心に弧を描くように陣取ると迎撃を始めた。近づく敵から優先的に捌く。攻撃は単調だ。イデアの予測のおかげで余裕もある。だが、数が多い。一体を行動不能にする間に二体、三体と加速度的に群がってくる。
『お兄ちゃん、どうかしたの…?』
その時、イブが『部屋』から話しかけてきた。紋章越しに異変を感じたのかもしれない。ただその声は甘ったるい。今まで寝ていたらしかった。
『イブ!出てくるな。今、兄ちゃん達戦ってる』
何とかそれだけ伝えると意識を戦場に戻した。
盾で殴り、剣を叩きつけ、切り返し…それを幾度も繰り返す。硬い体のせいで剣の鋭さを生かした攻撃ができない。力技の戦い方を強制され、体力をかなり消費する。
…焼き切るか
致し方ない。力を使い続けば、握力が急速に低下するのは明白。それにここを切り抜けるために更なる速さが必要だった。
『一縷の翳り、生まれ落ちる。紋章解放、焼き尽くせ——』
ただそれは中断された。遠方から聞こえた銃撃のような音によって。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!
銃声が断続的に響く。刹那、男の声が響いた。
「生きてる奴いたら、包囲抜けて左に走れ!」
信じるしかなかった。内側にいるということは町の人間で事情通のはずだ。
「新!」
「分かってる!」
楠木の声に叫び返しつつ、剣の柄を太ももに叩きつける。刹那、手元から剣が消え、別の剣が顕現する。柄に刻印していた『置換の紋章』が発動したのだ。対応する紋章を描くことによってワンアクションによる武器の切り替えが可能になる。
そうして手にしたのはあの『茫漠蛾』戦で彼とともに作った紋章剣。
『氷結の紋章よ、龍血を継ぐ奇跡の大樹よ、その力を持ってかの者を拘束せん‼︎』
詠唱と共に剣を床に叩きつける。そこから無数の氷の枝葉が現れ、眼前の敵に向かって絡み付く。
「「Ace of spades‼︎」」
『旋風の紋章よ、姿なき風の魔物のその力。我、刹那借り受けん!』
俺たちは限界突破の口上を楠木は靴底に宿る紋章を唱え、隙間を縫って包囲の外へと抜ける。その先には一人の男がいた。
「こっちだ。ついて来い!」
片手に持つ銃器らしきそれを隷属者達に乱射しながら、もう片方の手で俺たちに向かって仰ぐ。その手につけられたアクセサリが光を反射して煌めく。
その人は路地へと潜った。俺たちも後を追ってそこへ入る。ある程度を拘束したとはいえ、まだ隷属者達は俺たちをマークしていた。
…くそっ
このままじゃジリ貧だ。俺は『炎の紋章』の口上を三節まで唱えると身を翻す。そして炎を纏う剣を眼前で斜めに切り払った。そこを中心に炎の壁が作られ、路地一面を覆う。
俺は脳裏に鈍痛を感じながらも先行する彼らの跡を追った。




