八十七記_相棒
——ニ〇ニ四年、九月十五日、歩夢宅
「新さま、出立の準備はよろしいですか」
「はい」
ちょうど金属製の鎧を着終わった俺は返事をする。始めは手動で鎧を身につけていたはずだが、オルトロス以降『集散の紋章』(自動着脱)を使っていたことで早くも手でやることに面倒臭さを覚えていた。どうやら人間、堕落するのは一瞬らしい。
装備の装着一つで悟りめいたことが脳裏に浮かび、皮肉が笑みとなって零れる。
「どうかしましたか」
「なんでもないです」
シャーロットさんに直接言うとお小言を頂戴しそうなので口にするのを控える。とはいえ、面倒と言っても一週間の辛抱だった。それだけすれば新しいオーダーメイドが仕上がるからだ。
そんな瑣末なことを考えながら玄関まで移動する。
「では行きましょうか」
『いこー♪』
『ミャーオ』
耳元でイブとマイヤの声がする。おそらくシャーロットさんにもこの高揚した声は聞こえているはずだ。どうやらイブは紋章の中…部屋の中から俺に話しかける時、普通に喋っているらしく「それなら疎通系の紋章でどうにかなるのでは」という仮説を立て実行したところ、これが上手くいった。十一層で倒した大蝙蝠の聴覚器官を『紋章化』したものを相互に持つことで実質的な携帯電話のような形になっている。
そうして、リフォームをした割には余りにも住むことが出来なかった家を後にする。せっかくこの家を拠点として活用するために2000ラピス…二百万も掛けたのに使用期間は一ヶ月にも満たなかった。ただ、追われる身になった以上仕方のないことだ。
街道を歩くに連れて人が一人、また一人と減って行く。本来、冒険者が転移広場に詰めかける午前、俺たちは街の城門に向かっているのだから当然といえば当然だ。
なんだか寂しい気分を味わいながら門へと歩を進めていると、その近くで見覚えのある人影がウロウロと落ち着きなさそうに歩き回っているのが目に入った。
「どうしたんだよ、楠木。見送りか」
「いや、待ってたんだ。お前たちをな」
会話上では平然を装う。ただ正直、気まずかった。帰って来られたからいいものの自分の決断で人を殺し掛けているのだ。大和に戻ってきてからは一度も会っていなかった。
「いやな、俺もお前たちに着いて行こうと思ってな」
それは意外すぎる提案だった。
「いや、無理だ。だって俺は——」
全力で拒否するつもりだった。もう一度人殺しにはなりたくなかった。ただその言葉は楠木によってかき消された。
「どーせ、新のことだ。俺が死にかけたこと気にしてんだろ。けどな、そもそも冒険者と発掘屋はそういうもんだ。だから、新。一つだけ聞くぜ」
「俺と組んでみてどうだった」
「……」
よかったに決まってる。相性がいいのはもちろん、彼がいなければ十一層で間違いなく俺は死んでいた。ただそれを口には出来なかった。必要だと言って仕舞えば、また彼を死地に送り込むことになるかもしれない。
「お前、ホント嘘下手だよな。嘘つくときは即答すんだよ。じゃねえと答え言ってるようなもんだぜ」
楠木は俺に向かってそう吐き捨てる。
「本当によろしいのですか。楠木さん」
「俺も何も義理人情だけで来てる訳じゃねぇよ。ちゃんと考えた。俺は新に関わり過ぎた。確実にロサが動き出せば俺も狙われる。イブと新の行方を知るためにな。俺自身の是非はない。相手方がそう思うって話だ。そうなった時に俺にはそれを回避する手段がない。じいちゃんほど俺は優秀じゃない、少なくとも今はな。だから、支部長に全部聞いてから今日ここに来たんだ、シャーロット。全部、大穴に自分から飛び込んだ時から決まってたんだ」
「そうですか。なら、私からは何も」
「なぁ、シャーロット。イブと話させてもらえないか」
すると俺が固まる中、彼女は言われるまま『大耳の紋章』を彼に渡す。
『初めましてだよな、俺は楠木。楠木晴人』
『誰?』
『新の友達だ。仕事は新の後方支援…つっても分かんねぇよな。新の冒険のお手伝いさんみたいなもんだ。テント立てたり、片付けしたり、そういうことをする仕事だ』
『お手伝いさん?』
『そうだ。この間の出張の時も一緒に仕事してたんだぜ』
『ふ〜ん。イブはいいよ。お兄ちゃんいつも帰ってくると疲れてる感じするから。お手伝いさんはいた方がいいと思う』
『サンキューな、イブ』
楠木は彼女から即座に了解を取ると紋章をシャーロットさんへと返す。
「だとよ。新、あとはお前だけだ」
怖い。また彼のあの姿、人が惨殺された光景を見たくはない。その恐れが瞬間的に肥大していく。しじまが流れる。その中で辟易する。結局は保身だ。自分の理想が、幻想が砕かれるのを嫌っているだけだ。なるべく多くを救いたいという理想。殺すなんて言語両断だった。
我儘だ。理性では分かっている。当人がいいと言った時点で事は全てを終えている。それにこれからの旅で人手が多い方がいい、それも道理だ。
だから、分かった上でそれでも聞かなければならなかった。自分で「同じ人をこの先二度も殺すかもしれない」という可能性を背負うために。
喉元に籠る閉塞をこじ開けて声を絞る。
「…楠木、君はこの先、死ぬことになるかもしれない」
「ああ、分かってる。覚悟の上だ」
真っ直ぐ俺を見据える楠木の視線に耐えられなくなり、顔を背ける。
「…君は…本当にいいのか」
「ああ、お前とだからいいんだ。発掘屋にも命を賭けられるお前だから。全部聞いた。お前あっちの人間なんだってな。だから、知らねえんだ。普通はあの状況だったら、発掘屋は見捨てられる。でも、お前は助けた。身を投げ撃ってでもな。これだけでもお前について行く理由になるぜ」
「…そっか」
どうにか出せたのはその一言だった。
街を出るために歩を進めるとすれ違いざまに肩に手を回される。
「これからよろしく頼むぜ、相棒」
その言葉に俺は微笑を浮かべた。
読者の皆様こんにちは、こんばんは。『創作』の世界観設定担当のKeiです。
いかがだったでしょうか、紋章都市ラビュリントスは。
少しでも面白いと感じて頂けたら幸いです。
好き勝手書いているだけですが、自身初の1000pv突破は非常に嬉しかったです。ありがとうございます。
実はこの紋章都市ラビュリントス。原型はKeiが小学五年生の時に書いた『ラビリンス』という小説が元ネタだったりします。朧げな記憶によれば国語ノート三冊分に渡って書き、未完だったかと思います。
「両親を失った少年が葬式から帰り、家の整理をしていると偶然にも隠された部屋に辿り着き、そこから繋がる地下世界を旅する。そして冒険の中で両親がその世界を旅していたことを知り——」
こんな感じのお話です。あの頃は三幕構成なんて知らないですから、とにかく書きたい物語を思いつきで書き殴っていたような記憶があります。確か書く直前で「パーシージャクソンとオリンポスの神々」の映画を見たんですよね。それでラビリンスが何とも知らず、そんな名称にしたような…?。冒険活劇にしたのは「ビースト・クエスト」という小説が大好きだったからですね。そこはなんとなく覚えています。
まあ、今日改変しまくり(もはや魔改造)の別物になってしまったわけですが。
裏話終わり。閑話休題。
さてさて、これにて第一巻にあたる『隠匿特異世界ラビリンス』は終わり、あれから一年半後のラビリンスを舞台にした第二巻『永世中立都市アガルタ』へと移ります。公開は今まで通り『夜十時頃』の予定です。
以下、あらすじ。
《あらすじ》
『永世中立都市アガルタ』
少女イブを宗教団体ロサイズムから遠ざけるべくそこを訪れる山神新率いる冒険者一行。
しかし、中立、公平、公正を謳い堅牢を言わしめるその都市で彼らを出迎えたのは立ち昇る黒煙と瓦礫の山となった市街、そして無数の人型の化け物だった。
こんな感じです。今、執筆は半分を終え、第三章に差し掛かっています。
自分で言うのもなんですが、一巻よりも面白くなるような予感がしております。(小声)
予感の通りになればいいなと長いつつ、あとがきを締めたいと思います。
最後に、ここまで94話、文庫本二冊分という膨大な文量を読んで下さった読者に感謝を。
書き始めてから四年という歳月が経っても苦言一つなく、僕に手を貸してくれる相棒に最大級の賛辞を。
これからも『紋章都市ラビュリントス』並びに僕ら『創作』をよろしくお願いします。
追記、2024年12月の改稿で第一巻は八十七話分となりました。




