八十六記_絵本のような素敵な冒険
話し合いは支部長にイブを預けてから円滑に進んだ。シャーロットさんに言われた通り、詳らかに全てを話した。
イブを中層にある都市『アガルタ』へと送り届けなければならないこと。
彼女に刻印された紋章の関係上、ほぼ歩きでそこへと向かわなければいけないこと。
そして、ロサイズムが動き出す前に街を離れなければならないこと。
「それとすみません。オルトロスの鎧もうダメみたいで」
「だと思ったよ。話聞いてりゃ、二週間メンテなしで探索した上に『茫漠蛾の巣窟』で女王ぶっ倒したんだろ。いくら中層の装備ったってガタが来るに決まってる」
横で話を聞くに徹していた傑さんが声を上げた。ただ、その声色に怒っている様子はない。
「とりあえず、後で店に来いよ。間に合わせの装備と…それから新しい鎧作ってやる。十一層の魔物の素材大分溜め込んでるだろ、素材も支払いもそっからでいい」
そう言いながら、彼は自分のウエストポーチを漁る。
「それと…これな。『下層』にあるウチの店の転移紋章だ。ロザが動き出せばもう一層は使えないだろ。俺たちが必要な時はシャーロットに『アトラスの紋章』借りて来い」
「…ありがとうございます」
礼を言って、それをカードホルダーにしまう。事情を話したのはたった今。まるで事前に分かっていたかのような対応の速さに唖然とする。
それが表情に出ていたのか、傑さんは一言付け加えた。
「まあ、なんだ。イブのことは俺たちもよく知ってるからな。新がロサとやり合ったって話をシャーロットから聞いた時から俺たちも後のことは予想はしてたわけよ」
香織さんが横で頷いている。すると話題は俺たちの出立に移った。
「それでいつここを立つの?」
「三日後です」
「存外、早いわね。どーりでシャーロットが来ないわけだ。傷は大丈夫なの?」
「はい。シャーロットさんともゆっくり進むという話になっているので」
「そう。それじゃ傑帰るよ」
言うや否や、香織さんはソファから立つ。
「早えな、姉ちゃん。もっと労ったりとか…」
「バカ、出るのが早いんだから。私らも準備するんだよ。あんたも新くんの装備見繕うんだろ。あ、そうだ、新くん、シャーロットから武器とか預かってない?」
「そういえば…」
カードホルダーの中からシャーロットさんから預かった装備を出す。その時に傑さんに自分の装備と十一層で手に入れた素材を「保存」したカードも纏めて渡した。
「…かなりあるな」
種類にして二十数種類の素材。それは楠木とともに紋章剣を作った時の残骸だった。それを受け取ると彼らは来た裏口へと再び向かい、冒険者組合を後にした。
程なくして支部長からイブを引き取り、俺たちも組合を後にする。冒険者組合の右側の出口から『岬武具店』に向かう途中、イブの支部長のマジックの話が一段落したところで、俺は彼女に話を切り出した。
「イブ、実はアルバートにあったんだ。出張中にね」
彼女には香織さんの計らいで六層転落から急な出張になったということになっていた。
「そーなんだ。でも、お兄ちゃん『しばらく会えない』ってゆってたよ」
少し食いついたり、残念がったりという反応をすると思ったのだが、割とケロッとしていた。
「うん、そう。お仕事が忙しいみたいでね、これだけ俺に渡すとすぐに帰っちゃったよ」
取り出したのはあの紋章だった。アルバートは「家」と言っていたのだが、実際はどうなのだろうか。恐る恐るとイブの前に差し出す。
「あ!私のお家!」
それを見た瞬間、俺からイブはそのカードを奪い取ると宙に掲げて嬉しそうにする。
「…大事なものなんだ」
「うん!この中にはイブのお部屋があるの。好きなものは全部ここに入れてあるの。あっそうだ!イブもマジック見せてあげる」
何か思いついたように声を上げると、イブは忽然と姿を消した。遅れて宙から彼女が持っていたはずのカードがゆらゆらと落ちてくる。
それを拾うと…
『マジック〜』
と大きな声が耳元で響いた。イブそれはマジックじゃなくて、『紋章化』だよと思いつつも喉元で堪える。辺りの様子が気になったが、時刻はちょうど昼頃。あたりは人でごった返して雑然としている。イブの紋章化が注目されることはなかった。
半ば勘。
耳元に向けて意思を飛ばす。
『あんまり外でやらないでね。みんな驚いちゃうから』
そう送ると聞こえているようで
『わかった〜』と返事が返ってきた。思った通りカードを経由して念話ができるらしい。
『それでさ、イブ。これから君も一緒に『アガルタ』っていう凄い遠い場所まで旅をしなきゃいけないんだけど』
とうとう本題を切り出した。嫌と言っても連れて行かなければならないのだが、俺は彼女に聞いた。正直、説得するのに骨が折れると思っていたのだがそれは思いの他すんなりといった。
『絵本見たいな冒険をするんでしょ。香織が本を読んでる時に言ってた。『近いうちにイブちゃんも旅に出る』って』
…絵本みたいな、か。流石にそこまで煌びやかなものではないと思うけど
冒険者業は命と隣り合わせだ。物語の英雄や旅人みたいにハッピーエンドを迎えられるとは限らない。現実はそうだ。正直、ここ三ヶ月の間で何度も死にかけている以上、幻想はとうに崩れ去っていた。だから、これは願いだ。これからの彼女がするはずの冒険への。
『…そうだね。そうなるといいね』
きっと彼女にとっての冒険がそうでありますように。




