八十五記_天真爛漫
——ニ〇ニ四年、九月十二日、大和支部/冒険者組合
あれから四日が経った。
少し肌寒い。上はパーカー、下はスエット、足元はサンダルという非常にラフな格好で俺は冒険者組合の裏口にいた。
ふと右足が気になり、サンダルから足を外して宙をブラブラとさせる。
…違和感はあるけど
紋章の過剰使用からそれほど時が立たずに処置を受けたことが功を奏し、すでに歩けるようになっていた。ただ、探索復帰は未だ現実的ではない。戦いとなると小さな違和感が決定的な間になる。シャーロットさんとの稽古はリハビリになっているが、完全回復にはもう少しかかりそうだった。
間のいいことにロサイズムの動きが活発化したという話は聞かない。
支部長曰く、「今回の件は内部抗争です。あちら側も事後処理に追われているのでしょう。それに元老院の壊滅が『本部』と呼ばれる組織の力を示す良い見せしめとなっているのかもしれません」とのことだった。
何かしら動きがあったら、すぐに報告してもらえるようになっている。
そこで思考を切り上げて、長い息を吐く。
…まだかな
ポケットの中からスマートフォンを取り出す。
『12:17』
電源を入れるとディスプレイに正確な時刻が表示される。しかし、この世界には電波塔はない。仮にあったとしれても一層の上空に佇む電磁波、それによる磁場の影響で無線での通信は不可能らしい。だから、通信網は旧来のままだ。現代における必需品でもこちらでは懐中時計一つくらいの役割しかない。
…後十三分か
脳内でこの世界特有のウンチクを語り、時間を少しでも進めようとしたが一分にも満たなかった。大人しく携帯を戻して街の喧騒に耳を傾ける。
「お兄ちゃーん!」
そうして待つことにも慣れてきた頃、聞き慣れた声が耳をついた。すると次の瞬間、太ももを中心に強い衝撃を受ける。凄く痛い。服の下は切り傷と打撲に塗れている。治りかけてはいるもののその衝撃は体に響いた。
「久しぶり、イブ」
喉元まで込み上げる痛みを我慢して、平然を装って話しかけた。ただ、声色には少しばかり苦しさが滲んでおり、少し濁音が混ざる。
「元気してた?香織さん達の言うことちゃんと聞いてた?」
瞬間的な痛みは過ぎ去り、抱きつくイブにそう聞くと首を大きく振って頷く。それに「ホントかな〜」と揶揄うように言葉を返していると別の人影が現れる。
「いい子にしてたよ、イブちゃんは」
香織さんがそう答える。傑さんは少し後ろを歩いていた。
「イブちゃん、相当君に会いたかったみたいでね、見つけるや否や走ってちゃったんだよ」
「そうですか」
イブの頭を撫でながら、視線を上げる。
「無事でよかったわ、新くん。それでシャーロットはどうしたの?」
「買い出しです。近いうちにここを出ていくことになったので」
その先を道端でするのは憚られたため裏口から冒険者組合に入り、支部長室に移動した。事情を説明すると香織さんは難しそうな顔をした。
「…なるほどね。それにしても『アンブロシア計画』か。ロザもとんでもないこと考えるわね」
「まだー」
その時、俺の横で座ったまま終始落ち着きなさそうに足をぶらぶらとさせているイブが根を上げた。
「ちょっと待っててね」
とは言えそれも何回目かの「ちょっと待って」だった。流石にそろそろ我慢の限界だろうか。
「イブ様、新さまは香織さま達と大事なお話があるようです」
いつの間にか支部長は西洋調の執務机から立ち、こちらへとやってきていた。イブの横で肩膝立ちになると虚空から一枚のカードを出現させ、独特な指の動きと共にそれを一枚のコインへと変える。それはマジックだった。
イブの退屈そうな顔に興味が宿る。体ごと曲げて支部長の手を観察し始める。
「お爺ちゃん、すごいね…」
しばらくそうしてからイブは感心を込め、呟く。
「はい、他にも色々と用意がございます。イブ様、こちらで一緒に遊びませんか?」
裕作さんはイブに語りかけるようにそういうと彼女を執務机の方まで連れて行ってしまった。支部長の手際が良すぎたのかもしれない。しかし、こんな簡単に人にホイホイ付いて行ってしまって大丈夫だろうかと心配になる俺だった。




