八十四記_末端構成員アルバート
カッ、カッ、カッ…
ラビリンスに二つの足音が響く。
「主人様、一つよろしいですか」
装飾されたルクス鉱石を操るメイドが彼に話しかける。
「何、フラン」
「何故、イブ・アンブロシアを殺さなかったのですか。計画を完全に破綻させるなら、そうした方が良かったのではないですか」
メイドは半ば呆れながら、彼に聞く。フランは何となく見当はついていたもののアルバート元い『アルブレヒト』の口から理由を聞きたいと思っていた。
「関わり過ぎて情が移ったんだよ。しょうがないだろ、二年も潜入調査してたんだから」
前方を歩くアルブレヒトは最もそうな理由を並べる。
「嘘ですね。私の主はそこまで情に深くなかったと記憶しておりますが」
しかし、フランはそれを即座に切り捨てた。彼女は知っているアルブレヒトはそこまでお人よしな人間ではない。本当にそれが理由ならバルバロイ達を躊躇なく切れるだろうか。
後ろから彼の首筋に視線を合わせる。しばらくそうして沈黙が続くとアルブレヒトは気まずくなったのか一息ついた。
「はぁ…幼馴染ってこういう時嫌だよね。すぐ機微に気づくんだから。情が移ったのは本当だよ。昔の僕に似てたんだ。だから、自由を手にして欲しかった」
…だと思った
基本的にアルブレヒトは自分本位な人間だ。そんな人は人助けをするときは大抵、自分に重ねるというプロセスが存在する。
「知ってるだろ。僕が物心ついた時には親は『丙』の位に就いていた。物事の分別が付く頃にはロサイズムに入るしかなかったし、その中で有能であることを求められた。落ちこぼれることは存在の抹消を意味してた。一緒だよ、イブも。アンブロシアに適合する調整体として生まれて自我を持たずただそうあれ、とされてたんだ。僕と会うまで彼女はまるで自動機械のようだったよ」
アルブレヒトは当時を思い出しているのか、徐に虚空に視線を上げる。
「末端構成員『アルバート』は、たまたま調整体の世話係に任命されて彼、彼女らと触れ合うに連れて情が移っていったのさ。でも、数日のうちに死んでった。紋章との相性が悪い子からね。生き残ったのはイブだけだったよ。一人だけならどうにかならないか、暇さえあれば『未来』ばかり見ていたよ。それで一端の可能性に出会ったんだ。山神新という可能性にね。いつどこで何をどうして彼がイブを助けるのかは分からなかった。けど、その可能性に賭けた。僕には幸い、限定的に未来を確定させる力があった」
「それが理由ですか」
「…そ。くだらないだろ」
アルブレヒトはため息をつくようにいう。しかし、次の瞬間には「辛気臭いのはダメだ。しょうに合わない」といつものように軽薄な態度に戻っていた。
「それじゃ戻ろうか、フラン」
『アトラスの紋章よ、天と地を支えしかの巨人の力を持って我らを何処へ導きたまえ』
その詠唱と共に彼は十層から姿を消した。




