八十三記_帰還
「改めまして…初めまして山神新くん。君を待ってたんだよ」
腰に右手を据え、斜に構えた姿勢で左手を差し出してくる。それに応じて俺も左手を持ち上げ、握手する。
「これはあなたが?」
俺は手を離すと辺りに散乱する死体に視線を向けた。
「僕もあんまり殺したくはなかったんだけどね。数が数だ。減らさないとやってけないよ」
彼は両手を上げて「仕方なく」といった様子を演出しつつ、首を左右に振る。
…ごめん
俺は死体を可能な限り視界に入れ、それから目を瞑り胸中で首を垂れる。
「…それなら、何でシャーロットさんと戦闘を」
それを聞くと男は眼前で項垂れた。
「それはさー。聞いてくれよ、新くん。あの白騎士はね。僕は見るや否や一足で近づいてきてザシューってね。細剣突いてきたんだよ」
男は小芝居をしながら、状況を説明する。
その後、男は何度もシャーロットさんを静止させようと呼びかけたものの、『問答無用』といった様子で先ほどまで戦っていたらしかった。
シャーロットさんに視線を送る。しかし、彼女は俺と頑なに目を合わそうとしなかった。
「…シャーロットさん」
「あの…ですね、新さま。これは違いまして…私もなかなか動転していたというか何というか。一昨日戦ったロサの人にですね。過半数の兵がここに集まっていると聞きまして…」
「…それで一人立っていたこの人に剣を向けた、と」
曰く、俺たちがなかなか見つからないことに焦りを覚え、理性的な思考が乱れて剣を向けてしまったらしい。初めは戦いの中、問答しようと考えていたみたいだが、眼前の男は気を抜けば優位を取らねかねない相手だったのようですっかり戦い自体に集中してしまったらしかった。
「すみません」
彼女はそこまで話し終えると目の前の人物に謝罪の言葉を述べ、申し訳なさそうに礼をした。
「あ、いーの、いーの。気にしないで。今の彼女じゃ、どーせ僕には勝てないからさ」
その人は愉快な口調で流れるように口にする。当然のように「勝てない」と。あり得ないと否定したくなるが、その言葉には圧倒的なまでの自信が込められていた。
「僕も新くんと一緒でイデア持ちだからね。…とそんなことはいいんだ今日は君に渡さないといけないものがあってきたんだった」
男は腰元のカードホルダーに手をやって一枚のカードをこちらに差し出す。そこにはハートのスート、数字の9。そしてどこかで見たような紋章が薄く刻まれていた。
「これ、イブの家。あの子に聞けば分かると思うよ。中にはイブが許可した人しか入れないから」
驚愕する間もなく、アルバートは口を捲し立てる。それに手を伸ばすと彼は再び口を開いた。
「君に頼みがあるんだ。中層域の大都市『アガルタ』にイブを送り届けてほしい。さすがのロサもあそこは根城に出来なくってね。堅固な守りが売りの都市さ」
アルバートはこれまでと一転して神妙な面持ちでこちらに話を振る。
「それなら、君がそうすればいい。『お兄ちゃん』なんだろ。イブも寂しがってた」
それはすぐに口から零れた。カードに落としていた視線をアルバートに向ける。
「僕もそうしたいのは山々なんだけどね。悪いけど、本部から呼び出しがかかってる。今回の作戦でね。その後もそれなりにあっちで動くことがあるんだ」
彼は自身が置かれている状況を掻い摘んで話した。
自身がロサイズムの主派閥の人間で、『アンブロシア計画』という黒バラを利用した願望器作成計画を阻止するために元老院と呼ばれる組織に送り込まれたこと。
その過程でイブを逃したこと。
そして、自分は本部に戻り作戦の報告をしなければならないこと。またその中でイブが死んだという虚偽の書類の作成やそのための物証を整えなければならないこと。
「…だから僕は、今動くことができない。頼めないか」
アルバートは俺の手に両手で無理矢理カードを握らせるとそう懇願する。
…やるしかないか
シャーロットさんに視線を送ると頷きが返ってくる。
「アルバート、分かった。それは俺たちで引き受ける。…俺もイブにこれからを生きてほしいから」
本来なら経験しているはずの「普通」をこれから、これまでを覆えるくらいに識ってほしい。
それは心の底から思ったことだった。短い期間だが、すでに情が移ってしまったのかもしれない。そこでふと考える。
もしかしたら、何となく俺と似ているからかもしれない、と。親が事故で死んで、親類をタライ回されて…スキャンダルにしたくない政治家の叔母がそれを嗅ぎつけて、引き取るだけ引き取られて何も与えられなかった。いわゆる世間の「普通」を俺は知らなかった。
それをくれたのはネギちゃんと歩夢だった。一緒に遊んだり、礼儀や普通という感覚を教えてもらった。その境遇がイブの現在と重なったように思えた。
「どうかしたかい?新くん」
気づくとカードにじっと目を落としていた。それをカードホルダーに仕舞うとアルバートは手短に注意点を言った。
それは『都市内で転移をしないこと』という中々な制限だった。
冒険者組合を筆頭にした『アトラスの紋章』の使用時の検問が問題の発端だ。知らなかったのだが、あの転移広場に入る前に必ず看破系の紋章による所持紋章のチェックが行われているらしい。イブの宿す不死系紋章『アンブロシア』が仮に検出されれば、都市内に紛れているロサイズムに露呈するリスクがあるとのことだった。
『アンブロシア計画』は元老院主導のもので外部に仔細は漏れていないが、噂程度なら流布しているらしい。
「それと、体が動くようになったらなるべく早く大和を出てくれると嬉しいな。こうなるとラビリンスの中の方が安心だからね」
…確かに
俺はオルトロスとやり合った時に支部長から聞いたことを思い出していた。ロサイズムは大都市の中枢にまで入り込んでいる、彼はそう言っていた。なら、街中ももう安全とはいえない。アガルタにイブを送り届けるまではラビリンスの各地を転々とした方がいいのかもしれない。
「伝えることはこれくらい…かな」
アルバートは明後日の方を向き、一拍置いてから向き直る。
「それじゃ、またいつか。…イブを頼むよ、新くん」
彼は俺の肩に手を伸ばし、念を押す。身を翻して何処かへ行こうとする彼の背を目で追う。その時アルバートが「あっ!」と何か思い出したような素っ頓狂な声を発した。
「そうだ、新くん。…君、だいぶイデアが乱れてるよ。だから、毎日瞑想か何かで精神を整えた方がいい。ちゃんと向き合わないと逆に飲まれちゃうよ」
振り返った彼はそう言いながら、俺に向けて開いた手を閉じた。多分、「喰われる」というニュアンスのジェスチャーだ。
「それじゃ」
その言葉と共にアルバートの姿は暗闇と同化して消えていった。
「…悪いな。楠木。長話に付き合わせてしまって」
「…気にしてねえよ。さっさと帰んぞ」
それからシャーロットさんの持つ『アトラスの紋章』でグローリー支部近郊へと転移。今回は運が良かったようで都市から三キロほどしか離れていない場所まで移動することができた。
…やっと帰れる
そして、グローリーの転移広場を経由して大和支部へと戻った。すぐに組合内の看護室に通され、鎧を外すよう促されてからベッドの上に体を横たえる。途端に目がうつらうつらしてくる。視界が明滅を繰り返す。もしかしたら、帰ってきたことに安心したのかもしれない。
「しばらく眠っていて大丈夫ですよ。処置にはしばらくかかりますから」
俺の様子に気づいた看護師に柔らかい気遣いの言葉をかけられる。
それが九月八日最後の記憶だった。




