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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第四幕_THE GIRL OF HOLY GRAIL

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七十九記_限界の外側

 『捕食』『俊敏』『大鎌』『毒牙』、『擬声』『氷結』『剛力』。

 選択肢を脳裏で羅列し、再び戦闘行動に意識を向ける。辺りには先ほどより個体が増え、眼前は成虫と幼虫に覆われて——視界は黒と白に支配されかかっている。

 『擬声の紋章よ——』

 しかし手遅れではなかった。紋章の詠唱を開始する。剣を振い、盾を突き出しながら、僅かにある戦闘の間で一節一節唱えていく。

 『斬新を好み彩る声色を——』

 踏み込み、噛みつこうと大顎を広げる幼虫を斬り上げる。

 『我が意に従い、を鳴り響かせよ』

 刹那、剣身に宿る紋章の一つが濃い黄味の光を帯びた。鸚鵡おうむの声帯からなる紋章は剣を音源として高速で旗めく羽音、そして、カチカチと下顎を鳴らす音を耳を覆いたくなるほど大きな音量で再生する。

 蛾を捕食する食性をもつドロバチのそれである。今はダグラス大森林に居を構えるものの以前はここを蛾と奪い合っていた種。つまりは天敵だ。

 巣窟内に音が響き渡り、この場の支配者たる彼らに混沌をもたらす。茫漠蛾の成虫と幼虫は防衛本能を刺激され、興奮に至る。成虫同士の空中衝突が起こり、幼虫たちは混乱し、自身の大顎を仲間に突き立てる。ふと女王の方に目をやると成虫が集中し、そこだけが一層に黒くなっていた。

 外敵に集中していた攻撃が止む。

 …ここからだ

 虫たちの混乱によって生まれた僅かな隙間を駆け抜ける。走力をなるべく落とさず、細かい足の切り返しを駆使して女王の元を目指す。その最中、さらなる紋章を唱える。

 『俊敏の紋章よ、獰猛なる捕食者の疾くを我が身に宿せ』

 『剛力の紋章よ、他が為に振るわれるその力を我が手に』

 水色と薄紫の発光。同色の色彩が体を包み、深い青となった虎の力が体を覆う。人智を超えた速さと力、それが宿るのを感覚的に意識する。

 加速する。あまりの速さに視界に映る景色がぬるりとボヤけ始める。立ちはだかる敵を一刀でほふることを繰り返し、眼前に助走に十二分な程の空間が開けていることを認識する。

 極度の前傾姿勢を作り、最高速に至ると手近にあった蛾の幼虫を足ががりに俺は空中へと飛び上がった。

 その跳躍は瞬く間に女王が岩壁にしがみ付いている高度に到達する。それに気づいた彼女の騎士たちがこちらに向かって旗めく。

 『一縷の翳り生まれ落ちる。紋章解放、焼き尽くせ『炎の紋章』よ』

 『炎の紋章』の一節を唱える。すぐさま盾を前に剣を後ろに構えると、最も早い蛾の一体を見やった。

 ザシュッ!

 炎を纏った剣を頭上でくるりと回転、タイミングを合わせて両断する。半身となり、落下し始める成虫を足場に俺は再び宙に飛び出す。浮遊感に浮かされる最中、遅れて蛾の体液が焼かれ、苦く鼻のひん曲がるような匂いが立ち昇る。だが、そんなことを気にしている余裕はない。嫌悪感を意図的に排斥すると戦場を見やる。

 女王に迫る敵。

 手元に宿る激しくたける炎。

 茫漠蛾の近衛たちを刺激するには十分だった。我先にと巨大な蛾はとてつもない速度で俺に迫っていた。

 …イデア

 魂の根源たるそれに呼びかけながら、目を見開く。すると能力が拡張され、それまで近づいてくる敵に優先的に発動していた攻撃予測が一帯に存在する個体、その全てを捕捉する。

 …1、2、3、4、5、6……

 予測を頼りに足場を見繕う。次々と襲い来る敵を屠り、着々と女王に迫る。

 …っ。多いな

 当然、女王に近づけば近づくほど敵の数は莫大になっていく。何十かの屍を超える頃には視界は真っ赤に染まり、いわゆる『詰み』の状況に近づいていた。

 ただ、それはこのままの場合の話だった。俺は丁度飛び込んできた蛾を袈裟斬り。その屍体の上で数歩の踏み込みの末、天井近くまで飛び上がる。

 激しい気流を抜けるとすぐさま浮遊感が体を包む。蛾の集団は目下で激しく羽音を立てている。目論見通り、一時的に俺の姿を見失っているようで眼科では反転を繰り返す個体も見受けられた。

 辺りは暗闇に包まれ、手元の焔だけが空間をぼんやりと照らしている。

 状況を確認すると俺は次の行程に移った。

 『一縷の翳り生まれ落ちる。翳りは渦となり立ち込める——』

 後一節というところで詠唱を一時保持(ストック)。体を宙で回転させ別の詠唱を開始する。

 『Ace of spades』

 刹那、心臓が飛び上がるような衝撃に襲われた。だが、それに構わず、周囲に生まれた激しい気流を足場に女王の元に突貫する。

 勿論、周りは他の蛾に囲まれている。そのある種、敵の防衛線というべき領域と接する直前を見計らい、俺は剣を突き出しながら『炎の紋章』。その最終節を唱えた。

『——渦は豪炎となり、万物を混沌へと誘う』

 「紋章解放(エンブレム・オープン)!焼き尽くせ、『炎の紋章』よ!」

 渾身の突きを中心に炎が生まれ拡大する。それは辺りの百近い蛾を燃料に燃え盛る。その時、頭に金槌で殴られたような鈍痛が後頭部を打つ。

 …まだ…まだだ!

 おそらくイデア紋章の反動だろう。ただ倒れるわけにはいかない。まだ目的に達していない。俺は目を見開き、奥歯を噛み締めて気合いを入れると剣に宿る紋章を唱える。

 『大鎌の紋章よ…数多の命を刈り取り、なぶるその力を我が手に』

 瞬間、ハナカマキリの力が発現した剣が重たくなる。俺はそこにあるはずの柄を左手で握り、全身を使って大きく振りかぶった。大鎌と化したつるぎが肥大する爆炎を切り裂き、その先に佇む女王への道を開く。

 『剛力の紋章よ、他が為に振るわれるその力を我が手に』

 その言葉と共に体の流れに生じた力の奔流を右足に集中させる。

 ダンッ!

 焦げ落ちていく死体を足ががりに急速に女王へと迫り、さらなる紋章を口にする。

 『氷結の紋章よ、龍血を継ぐ奇跡の大樹よ、その力を持ってかの者を拘束せん』

 擬似的な重さが消えた剣の先端から無数の氷の枝葉が発現し、女王を壁にはりつけにする。

 俺は勢いそのままに女王へと剣を突き刺した。粘度のある体液が吹き出し、女王の巨体がのた打つ。

 『毒牙の紋章よ、渦巻く狩人の猛毒を今、ここに発現せん』

 女王の巨体の上で振り落とされないようにより深く剣を体に沈ませながら、トドメの紋章を唱える。すると段々と体全体を揺さぶる振動は落ち着き停止した。


 …やっとだ、楠木。やっと

 ふらつきを覚えながらも氷の蔓が入り乱れた足場に降り立ち、それをよじ登りながら女王の頭上に向かう。

 …はぁ、はぁ、はぁ

 そこに辿り着くと右手にだらりとぶら下がった剣を女王の頭に突きつける。

 『捕食の紋章よ…。あらゆるを喰らい…。血肉とするその力を持って…。奪い取れ』

 剣の柄の辺りから四つめの化け物の上顎と下顎が現れ、爬虫類の頭のような形をとる。そのあぎとは目に獰猛さを宿すと眼前の女王を獲物と見てとったのか、独りでに動き始めた。刹那、肥大。茫漠蛾の女王、その体の半分が消し飛んだ。そして剣の柄に吸い込まれるように怪物の頭蓋はその姿を消した。あまりの勢いに右腕が後ろに向かって弾かれる。

 瞬間、足がふらつき俺は氷の足場を踏み外した。。目的達成により微睡を覚えていた意識がハッとする。空中で姿勢を制御しようと試みるが、…体がいうことを聞かなかった。理由は明白。紋章術の過剰使用、精神の緊迫、さらには根気。これまでの戦闘で疲労が蓄積していたのだ。

 …まぁ、死にはしないだろ

 落ちる中、諦観めいた台詞を浮かべる。体から薄紫の発光が漏れて出ていた。それは『剛力の紋章』の効果が持続していることを示していた。効力は『力の増強』。さらには下には焼き殺した蛾の遺骸が山ほど積み重なっている。痛いのは痛いだろうが、それがクッションとして機能するはずだと間隙かんげきで考える。

 その時、背中に強い衝撃を受けた。

 …っっ!

 何度か強く弾かれるとそれも緩やかになり、次第に転がるようになる。ようやく止まった体の状態を確認する。

 …手は…足は

 手や足の指を曲げたり伸ばしたりする。全身の痛みこそあるが特段動かない(・・・・)であったり、感覚が途絶しているということはなかった。つまりは強い打撲の範疇だ。

 右手には剣、左手には円盾が握られている。どうやらあの落下でも離さないように無意識に力を入れていたらしかった。

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