七十八記_部外者
…くそっ。数が多い
俺は『数の暴力』という言葉を今、憎たらしいほど実感していた。茫漠蛾の攻撃自体は単純だ。幼虫は大顎の噛みつき。成虫は飛行中の岩石投下と鱗粉による目眩し、それに幼虫と同様の大顎による攻撃だけ。足で掴んだ岩石を任意の位置に落下させられるのは厄介だが、イデアを介して一、二手先を読めば避けられる。それに鱗粉による目眩しは余程、同じ場所に止まらない限りはそう大きな問題にはならない。高度知能種と違って、動作も分かりやすい。
現状を反芻しながら、西方向の岩壁に鎮座する『女王』を見やる。
…遠い
眼前で蠢く幼虫や上から突っ込んでくる成虫を一太刀で屠りながら考える。後方から壁伝いに光を感じる。楠木がルクス鉱石を用いて成虫の陽動を行っているのだ。しかし、それも長くは持たない。彼自身もそう予期していた。そもそも発掘屋が重戦士の役割をこなすというのが無理な話なのだ。未だに堪えられていることが奇跡に等しい。
…早くしないと
気が焦る。長考する時間が欲しい。しかし、その思い空しく、茫漠蛾の成虫が俺に向かって突貫してくる。それを盾で受けながら引き込み、右手の剣で脳天を串刺しにする。すぐさま引き抜くと盾で頭を殴りつける。茫漠蛾の巨体が左頬すれすれを抜けて地面に激突。そのまま少し滑って止まる。
音だけでそれを確認した俺は次の攻撃に備えた。束の間もなく、幼虫と成虫が押し寄せてくる。再びそれらとの連戦に身を投じる。
…このままじゃジリ貧だ
時間が経てば経つほど、ここは俺たちによって不利な形へ変わる。俺たちが「侵入者」であり、「敵」であり、「異常」であるうちに作戦を遂行しなければ俺たちは…。
その先を想像して胃がキリリと痛む。
…戦いながら、頭を回せ。どんな手段でもいい。女王に辿りつけさえすれば俺たちの勝ちなんだ
その時、気づいた。いい兆しだった。数十分に渡る戦闘の中で体の動きが半ば自動化され始めていたのだ。辺りを見回す。巣窟に大きな変化はない。
一瞥してそれを確認すると迎撃のほぼを体に任せて、思考領域の大半を打開策の立案に割り当てる。
四方を幼虫と成虫に囲まれた状況では折角『俊敏の紋章』によって獲得した敏捷性も活かせない。しかし、これでもマシな方。楠木が肩代わりしてくれている分が多分にある。
…ん?
その時、脳裏で何かが引っかかった。その違和感の正体を探る。
蛾の特性は光に集まる。
それはごく当然のことだった。小学生でも知っている事実だ。無論、俺たちも知っている。だから、楠木を重戦士にし、俺が最速で女王と見えるという作戦を立てたのだ。
…そんなことはわかってる
思考の帰結に苛立ちを覚えたその時、右手が煌めいた。正確には蛾の体液を浴びた『炎の紋章』が後方から漏れる楠木のルクス鉱石の光を反射したのだ。
些細なことだった。だが、それが思考の潤滑油になったのか。それまでの苦心が嘘のように消え、瞬く間に脳内で作戦が組み立てられていく。
生み出されたそれの成功率は一縷の望みと言えるかどうかという代物だった。あまりにも荒唐無稽で、危険に満ち満ちている。
…それでもやるしかない
全くないよりはマシだった。楠木と事前に決めていた手筈というのも『摺り足でなるべく進み、最速で女王の元に辿り着く』という漠然としたものだ。中の状況、敵の個体数がわからないのだから、まともな作戦の立案など始めから不可能だった。
だから、楠木は俺に紋章を託した。茫漠蛾の特性から必要となる紋章を厳選して剣に刻んだ。
『捕食』『俊敏』『大鎌』『毒牙』、『擬声』『氷結』『剛力』。
脳内で自身の持つ手札を羅列する。そして、思考の海から浮上した。




