七十七記_絶対なる決定
…俺の直感は当たりやすい
バルバロイは思案する。あまりの異常事態に視野が狭窄していたのかもしれない。今の彼の中に残されていたのは、彼自身にとって混沌な状況で答えを導き出し、眼前の青年を殺すことだけだった。
数瞬の間(現実時間)で決断を下したバルバロイは鉈を順手に握り直すとアルバートに向かって突貫する。
…速く。疾く。もっと捷く
…あいつの力の根源はなんだ。なぜ、この速さに紋章すら用いず対応できる。どうしてアウレアの凶撃を防ぐことができた…
猛攻の最中、バルバロイの中の瑣末な考えが削ぎ落とされていき、ただこの戦闘のみに注がれる。超集中。ここを死線と捉えた彼の内は急速に洗練されていく。
ただ無情にもバルバロイの攻撃は全て躱されていた。アルバートの動きは水面が揺らめくように穏やかだ。だが、不思議なことにバルバロイの数百にも渡る斬撃は全て彼の剣によって弾かれるか、僅かな姿勢の微動によって避けられていた。
そして彼は言い放つ。
「うん。すごく良い動きだ。今の君なら深層の魔物とも良い勝負をするかもしれない」
アルバートは話しながら、出鱈目に剣を振るう。まるでその動きに吸い込まれるようにバルバロイの斬撃がそこに収まる。
「でもね、無駄なんだ。もう決まっちゃってるんだよ」
アルバートは微笑を浮かべて当然のように斬撃を弾く。金属同士が火花を上げ、薄暗闇を照らす。
「それでね、今。もう一つ決めたんだ。君はどんな形であれ…ここで死ぬ」
…!
その言い回しがバルバロイに違和感を感じさせた。刹那、アルバートの放った言動を追憶する。
『良い攻撃だと思うよ、アウレア。…相手が僕じゃなかったら、ね。ま、君の手がなくなることは決まってなかったんだけど』
『僕が決めたのはこの場で僕とフランが無傷でいること』
『でもね、無駄なんだ。もう決まっちゃってるんだよ』
この口癖のように繰り返される『決まる』という言葉。軽薄な口調に、底の見えない立ち居振る舞い。アルバートはイデア接続者であり、アルバートという名前にはよく知られる派生がある。そして何より眼前に示される『強さ』が物語っていた。
「…『丙』のアルブレヒト」
考えが呟きとして漏れる。
サクッ…。
バルバロイの言葉を聞いたアルバートは気を取られたのか、動きを一瞬鈍らせた。彼の羽織るケープに鉈の切先が触れた。
その事実は『決まっている』のは、彼の体が無傷であることを示していた。
戦闘が硬直する。彼らの周りがしじまに包まれる。
「…驚いたな。元老院の使いっ走りの君がなんで僕のこと知ってるんだ」
アルバート改め、アルブレヒトは舌を巻いていた。
ただ、その反応。その事実はバルバロイにとっては絶望そのものだった。
…あいつがロサの幹部『丙』のアルブレヒト。…アルブレヒト・ノルマンディなら初めから俺に勝ち目はない。なかったんだ…
『絶対なる決定』。
それがアルブレヒトの持つとされる権能だった。一種のイデア接続者の到達点。未来のある地点における『結果』のみを確定させ、結果に結びつく過程を作り出し、それを現実のものにする。いわゆる逆因果律というべきものだった。
つまり、彼に『ここで死ぬ』と死を確定されたバルバロイにはここから先に未来は存在しない。それに端から『無傷』と決まっていたのなら、一矢報いることも不可能だ。
これまでの彼の命を賭した抗戦は全く無意味だったのだ。
それに気づいたバルバロイは半ば放心し、膝を屈した。項垂れるようにして朧げな目を地に向ける。
ザッ、ザッ、ザザ。
死の足音がする。それが戦意を喪失したバルバロイの前で止まった。
「冥土の土産だ。全てを詳らかにしてあげよう。…僕の正体を当てたっていうものあるしね」
アルブレヒトはそう言って語り始めた。
「君たち元老院は『アンブロシア計画』。あれで数千という人命を生み出し、処した。黒バラの力を無尽蔵に使って自らの私欲を満たすために、ね。それが僕ら幹部の不評を買ったんだ。人造人間は別にどうでも良かったんだけどね、ペッカートゥムの力を支配下におこうとするなんて傲慢だってね。だから、僕が送り込まれた。じゃんけんで負けたんだ。しょうがないだろ。元老院自体がガードが硬くってね。それで末端の君たちの組織に紛れ込んだんだ。『冒険者スコア200の末端構成員アルバート』としてね」
ただ話すのに飽きたのかアルブレヒトは辺りを歩き始める。バルバロイから少し離れたところで屈み、落ちている小石を手にとるとそれを何処かに放った。
「いやあ、大変だったよ。実力は隠さなきゃいけないわ。君たちから最低限信用を勝ちとんなきゃいけないわ。そこそこ苦労したよ。牢に囚われてからの一週間近い絶食は死ぬかと思った。運よく亀裂から水が出てたからどうにかなったんだけどね。ま、どうにかなるのは決まってたんだけど」
アルブレヒトは自分で投げた小石が消えゆくのを見届けると再び立ち上がり、ポンと右手で左手を叩いた。
「そうそう。そういえば、元老院の連中。それとその下部組織は脱獄の時に大方叩き潰したよ。後は君たちだけだ。君のお仲間さんは今頃、フランに一人残らずやられてるはずだよ」
すると再びバルバロイの前まで来たアルブレヒトは彼を見下すように立つ。
「運がなかったね、バルバロイ。…何か言い残すことはあるかい?聞くだけ聞いてあげようか」
「………っっ。なんで、俺たちなんだ。俺たちは傭兵で…毎日、仲間と酒を酌み交わせりゃそれで良かったんだ!なんで、どうして俺たちなんだよ!」
僅かな沈黙の後に堰をきったようにバルバロイが号哭する。それは自らに降りかかる理不尽に対するものだった。イタリアの街で窃盗団やってた方がまだ良かったのか、ロサに金に釣られて入ったのが運の尽きだったのか。バルバロイの頭の中はもはや考えても栓のないことで覆い尽くされている。数多の剣戟のせいで数え切れないほど傷のついた鉈が彼の横に転がっている。
アルブレヒトはその悲痛な叫びに一切の感情を傾けずに右手に握った直剣を振りかぶり、左手を添えて上段に構える。
「さっき言っただろ、バルバロイ。君は…運が悪かったんだ」
その言葉と共に命の朽ちる重々しい音が響いた。
「こちらも片付きました、アルバート様」
フランは淡々と業務終了を主に報告する。
「僕も終わったよ。あいつをやった後、アウレアを始末しようとしたんだけどね。…死んでた。余程、自分の技量に自信があったんだろうね。放心しながら死んでたよ」
アルブレヒトは徐に視線を上げる。その先には立ったまま生気を失ったアウレアの姿があった。
「それで、どういたしますか。この量の死体」
「ほどほどに片付けようか、新くんたちに怖がられてもアレだし」
それから彼らは五十は下らない死体が二十程度になるまで「回収の紋章」に飲み込ませていった。その途中、何度か血の匂いを嗅ぎつけた肉食動物が彼らに襲いかかったが、それらはすれ違い様で肉塊と化す。まるで相手にならなかった。
事を終えたアルブレヒトは手頃なところにある清潔な岩に腰掛けると、大袈裟に息を吐く。そしてふと思いついたように斜め前に立つ彼女に声をかける。
「あ、そうだ。フラン。君は隠れといてね。新くんたちは僕のことは知ってるけど、君のこと知らないからさ」
「…承知しました」
無機質な声色で彼女はそういうとコッコッコッというブーツ特有の音ともに暗闇に消えた。
「…さて、どのくらいで来るかな」
アルブレヒトはそう呟くと『茫漠蛾の巣窟』に繋がる穴を見やった。




