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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
第四幕_THE GIRL OF HOLY GRAIL

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七十一記_約束の日

 ——ニ〇ニ四年、九月六日、『ウォクス・ドラコニス/洞穴』

 楠木が条件を提示してから三日が経った。今日は四日目。つまりはここから出立する日だ。幸いなことに楠木の読みが今のところ当たっており、ロサイズムとは一度たりとも出(くわ)していない。

 …防具の綻びは…大丈夫。

 焚き火の灯りを頼りに装備の点検、探索の用意をする。

 盾は所々凹んでいたり、引っ掻き傷があったりするものの未だ十二分にその役割をこなしている。それを確認すると、今度は剣を鞘から抜いて抜き身にする。そこにはこれまで無かったものが描かれていた。楠木が彫った紋章だ。

 『捕食』『俊敏』『大鎌』『毒牙』、『擬声』『氷結』『剛力』。

 表四つ、裏三つの精緻に彫られたそれはどれも正確に作動する。全て戦闘を補助する紋章だ。

 彼曰く、上層域の紋章ならしっかりと効果を出せるとのこと。本来の発掘屋テリアの領分から逸脱しているようだが、これもおじいさんの影響らしい。俺たちと出会う数日前に正式に『初級彫刻師』の資格も取得したと言っていた。

 『発掘屋テリアはただの荷物運びじゃねぇ』

 彼の祖父がよく言っていた言葉だそうだ。幼い頃、祖父に預けられることが多かったらしく、その時に今のような万屋(ジェネラリスト)的素養を養ったという。

 俺は剣に異常がないか確認しながら、楠木がこの三日で語ってくれた事を呼び起こしていた。

 剣に重大な傷はなかった。最も鈍らになっていたり、剣身が大きく削れていたりしたところで替えがあるわけではないのだが。

 チンッ

 剣を鞘に収めると鍔と鞘の金具が小気味よい音を奏でる。

 「よし…っと。新、準備できたか」

 後方で今回の探索の用意をしていた楠木が立ち上がってこちらに来るのを目端で捉える。その背にはいつものパラシュートではなく、手製の大きな盾がある。

 それは乾燥した倒木から板を切り出して、六層の出会い頭で仕留めた顎つよムカデこと、『スコロペンドゥラ・ネブラニギリ』の装甲を継ぎ接ぎして作ったもの。防御力は折り紙つきで二日前に戦ったこっち(ラビリンス)のゴリラの掴み掛かりや突進を耐えてみせるほどだった。

 「丁度終わったところ」

 剣、盾、鎧を各『回収の紋章』に戻しながら、そう答える。それから拠点の片付けを始めた。トライポッドを折りたたんだり、ケトルの中身を確認していると…いつの間にか消えていた焚き火痕に気がついた。さっきまで俺が使っていた火だ。

 それは普通のことだった。ここは寒い。だから、人が管理を怠ると焚き火なんてすぐ消えてしまう。ただそれをみて思う。

 まるで今の俺たちみたいだ、と。

 ロサイズムに追われている俺たちは行動を制限され、頼りのシャーロットさんも不在。冒険者は、戦力は足りているものの経験値の浅い俺だけ。知識は完全に楠木に依存している。

 まるで綱渡りをしているようだ。そう考えると一歩一歩が恐ろしく感じる。

 自分がいる道の危うさを再認識する。

 「なぁ、大丈夫かよ」

 楠木の声に顔を上げる。視線を送ると自分の手元を指さされる。

 「震えてるぜ」

 「…武者震いだ」

 一拍おいて言葉を返す。ぎこちなく開く手に力を込めて握り、不安をかき消そうとする。

 そうしていると、楠木が呆れを滲ませた長い息を吐いた。

 「あのなあ、シャーロットとイブちゃんの話をしている時も思ったけどよ。あんまり我慢すんなよ。話すだけでも少しは楽になる。人は一人じゃ上手く立てない」

 俺が片付けそびれていた小さな椅子(スツール)に楠木は腰掛ける。

 「多分、新の場合『癖』だろ。そういうの。それで問題なく生きてこられたんなら、相当人間関係に恵まれてるぜ、お前」

 脳裏にはネギちゃんや業平、まどか、そして歩夢…それと誰かは知らない俺に笑いかける二人組が浮かんだ。確かに何か気にかけてくれたり、お節介を焼いてくれる人は多かったように思う。

 「ま、そんなことはいいんだ。今、怖えんだろ。なら、ちゃんと怖いって言え。俺はお前を支えてくれた人たちよりかは…なんだ。新と知り合ってから間もねえし、多分感情の機微も読み取れねえ。何ができるわけでもねぇけどよ」

 彼は照れくさそうに後頭部を掻きながら、言葉を並べ立てる。そして、ふとそれをやめてこちらを見やった。

 「それでも知っとくことは出来る。分かち合える。詳しく知れば、なんかできるかもしれない。…それが冒険者と発掘屋テリアってもんだってじいちゃんが言ってた」

 常に前線に立ち続ける冒険者。そのプレッシャーは降れば降るほど、増すらしい。それは人の身の丈を超えた魔物が跋扈するようになるからだと。

 いくら目的があっても、眼前の恐怖が消えるわけではない。

 だから、それが僅かでも和らぐように話をしたり、盛り上げたりして冒険者の気を紛らわす。そうして探索に集中できる状態を作るのも発掘屋テリアの一つの仕事だと、彼の祖父は酒を飲みながら言っていたらしい。 

 「だからよ、なんかあったら素直に言えよ」

 彼はおざなりに俺の背中を二度叩くと椅子から立った。軽く叩かれただけの筈なのにそこに生じた感覚はじんわりと長い間居座った。

 その後、俺達は洞穴の入り口に張られた『あの布』を取り外して、旧拠点に置き忘れたものがないか、そして極力痕跡を消してから三日間お世話になった大穴を後にした。


 *  *  *


 ——同日、上層域十二層『ルーク湖』

 瑞々しい鮮やかな緑に囲まれた湖畔を駆ける。

 …後もう少しで直下の座標

 私は脳裏に地図を展開する。なるべく魔物の生息域を避けるルートを選別しながら、移動を続ける。数日前、中層域二層の捜索を終えた私は新と楠木さんの実力を鑑み、これより下にいると帰還が絶望的であると判断。より上の階層に絞って、ラビリンスを走り回っていた。

 おおよそ一層分の調べを終えるのに四日。すでに中層域は終え、三日前に上層域十二層に差し掛かった。しかし、未だ彼らと合流することは叶っていない。

 ただ全く手がかりがないということでもない。上層域に立ち入った時から今までで新との『縁』の結びつきをより強く感じるようになったのだ。上層域にいるのはほぼ間違いない。

 …これは僥倖

 苦しいのはこの重大な事実を冒険者組合に伝えられないことだった。…内部にもロサイズムの手が侵食している以上、無闇な報告は出来ない。

 ロサイズムも彼らを探している。私が彼らを追い始めてから三日を過ぎた頃、雑兵との交戦をするようになったことからも確定的だ。少数で散っていることから私と同じく居場所の特定には至っていないようだが、偶然というものもある。

 …よほど、イブさんを捕らえたいようですね

 確かに『不死系』の紋章は貴重だ。それに身体に紋章を刻んで拒絶されないことはさらに稀。彼女が狙われる理由も分かる。ただここまで執拗に動かれるとそれだけではないような気がしてくる。

 …絶対に手放してはいけないもの

 不死系の中でも上位とされる『アンブロシア』、『善悪の知識』、『イズンのリンゴ』、『黄泉戸喫(よもずへぐい)』、『変若水(へんじゃくすい)』有名なものはこの辺り。

 地を駆ける最中、思考は苛烈かれつせきを切ったように溢れ出る。

 …イブさんの痛々しく黒ずんだ背中。紋章による上書き。まるでボールペンを紙の上で無為に走らせたような——

 そこで可能性の一端に至る。しかし、それはあまりに人道に反し、人の欲に塗れたことだった。仮にそれが事実であるならば、イブさんは必要不可欠な『基幹』で脱走を許したロサイズムも血眼になるはずだ。

 …あの子はどれだけの痛みに耐えてきたのだろう

 その可能性を考えるだけでも胸を締め付けられる。それほどだった。

 おそらく、イブさん、イブ・フロストは孤児あるいは調整体だ。上位の不死紋章を宿らせるための。そして、彼女に宿った無尽蔵のエネルギーをロサペッカートゥムの『寿命に応じて願いを強制的に叶える力』にさらし、自分たちの願いをただひたすらに叶え続けるのだ。

 あまりにも暴虐的な妄想だ。ただ、残酷なことに全ての辻褄が合ってしまう。

 あの黒の城に上層域としては過剰防衛と言える番犬『ガーゴイル・オルトロス』を鎮座させていたこと。あれは外から拒むだけでなく、中からの逃亡を許さないためのものだったのだ。

 …ただひとまずは新たちの救出です

 イブさんは岬姉弟に預けている。おそらく下層にある彼らのセーフハウスのどこかにいる。なら、ひとまずは安全だ。ロサイズムが一層の痕跡を探ったとしても、岬武具店からど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私も電話線からの盗聴の可能性を前提に居場所をあえて聞かなかった。安全性は折り紙つき。

 なら、やはり優先順位は新たちの方が上だ。捕まってしまったらその先は容易に想像できる。

 他のことは後、今は彼らと合流し、近郊の大都市に保護してもらうのが目下の目標だ。

 現状の整理を脳裏で済ますと私は再び捜索に集中した。

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