六十四記_敗走の先
——ニ○ニ四年、八月二十三日、中層「第三層」スコットランド領『ミューズ支部』
『双竜の滝』でも戦闘の最中、新に逃がされた私は『ミューズ支部』近郊に自身を飛ばしこの街を訪れていた。運よく雨が降っていたためは傘を低く持ち、顔を覆っている。
今はこれでやり過ごせるが、あと少しもすれば『ロサイズム』内で情報が共有されて…看破系の紋章を用いた捜索が始まるだろう。そうなれば、街にはいられない。ただそれまでの僅かな時間を使って街でやるべきことがあった。
…公衆電話
街中にあるはずのそれを探しながら、歩を進める。これから逃亡しながらの新達の捜索を行うにしても岬姉弟に事を伝えなければならない。それに大和支部長にも応援を頼まなければ。
…あった
ちょうど建物の裏手、大通りから死角になっているそれを発見すると扉を開けて内に入る。中にあったのはダイヤル式。いわゆる黒電話だ。ラビリンスは中層から進出し、上下に発達した経緯から中層の公衆電話は案外、旧式が多い。
置かれた状況による煩わしさを抱えながら、受話器をとり素早くダイヤルを回していく。
複数回回すとプルルルと現在でも聴きなれた発信音が鳴り、相手が出る。
『こちら岬武具店です〜』
受話器越しに上擦った女性の声が聞こえる。出たのは香織のようだ。
「シャーロットです」
『どーしたの、シャーロット。電話なんて珍しい』
知人と分かった途端に声のトーンは落ち、いつもの軽口に戻る。
「率直に申します。イブさんの所在を巡って先ほどロサイズムと交戦しました」
『…オッケー。新くんとシャーロットはどうするの?』
「新さまは一緒ではありません。戦闘時に縦穴に落ち、下層に転落しました。私は彼を探します」
『…生きてるのね』
「間違いなく、遠くから縁を感じます」
私は感覚的に彼と繋がる契約の糸を感じ取り、そう言い切る。それに先ほど特異的な信号を体が捉えていた。…彼らはどこかで生きている。
『そ。なら、よかった。…イブちゃんは任せて』
すぐに電話を切ったようで耳元にはツーツーという音だけが残る。
…長居するのは危険ですね
私は受話器を元に戻し、その電話ボックスを後にする。しばらく歩いた後、二つ目の公衆電話を見つけ、大和支部長を呼び出す。そこで新の捜索の依頼。すると彼らしい気遣いでこんな言葉が返ってきた。
『三毛猫…あなた様の仕事先には私から使いを走らせます。どうぞ、存分に彼を捜索なさってください』
「ありがとうございます」
伝わるかは分からなかったが、その場で一礼し電話を切る。なるべく自然に電話ボックスから出ると人通りの少ない近くの路地裏へ。再び『アトラスの紋章』を起動し、街の郊外に出ると私は彼の捜索に乗り出した。




