五十八記_赤の警告
「いや〜、ごちそうさまっス。冒険者の中じゃ珍しいっスよね。弁当派」
午前の鉱物採掘。その後に昼食を済ませ、俺たちは今、湿地に向かっている。午前でわかったのは楠木はかなり汎用性が高いということだ。知識面然り、魔物の解体や鉱石の採掘、分別。ルクス鉱石を用いた後方からの索敵、情報の発信。…今回が初の正式な発掘屋の依頼らしいが、俺がラビリンスで探索を始めた時と比べても異様なほどに勝手が分かっている。本人曰く『じいちゃんに鍛えられた』らしい。
長年、冒険者として生計を立ててきたシャーロットさんも「出来がいい」と褒めそやし、幾らか仕事を任せていたほどだ。
「…そろそろですね」
その時、前方のシャーロットさんが徐に壁に手をやった。俺にとっては一時間前と変わらず、黒々とした岩場のように思える。すると楠木が地図を広げてこちらに近づいてきた。
「今いるのがここっス」
彼に促されるままに地図の反対を持つと彼が空いた右手を用いて説明を始めた。
「このまま真っ直ぐ進むと、『双竜の滝』…湿地帯と岩窟地帯の間に差し掛かるっス。ここを壁に沿って一周すると…ここ。湿地帯の入り口っスね」
「ありがと、楠木」
「なんでもないっスよ。俺も爺ちゃんに教えてもらったっスから」
「行きますよ、おニ方」
話の終わり間際、シャーロットさんの呼び声が洞窟を反響した。こちらを急かす言葉に反して口調は和らいでいた。それに二人で返事をすると彼女との距離を詰め、再び周囲の警戒に当たった。
「相変わらず、でっかいっスね」
俺も眼前に飛び込んできた風景に息を呑んだ。空間は青白い光に覆われ、轟音に包まれている。その原因たる『双竜の滝』と呼ばれる水流が左右の岩壁から中央の大穴に向かって流れ落ちているのが目に入った。滝壺は大穴の底だと思うがかなり深いらしくここから見通すことはできない。
この場所が洞窟にも関わらず色彩を得ているのは天井に露出している巨大なルクス鉱石が原因だと本から得ていた。先ほど、楠木が反応していたのがそれだ。
「新くん、こっから縦穴に落ちると物理的に死ぬっスから」
眼前の絶景の観察もそこそこに反対に見える湿地の入り口に向かおうとした時、楠木から忠告が飛んできた。
「知ってるよ。一日壁を下ってもそこに行きつかなかったって話だろ」
「そうっス、そうっス。今日は魔物も寄り付いてないっスけど、ここの戦闘は注意っスよ」
こちらに振り返り右手の親指と人差し指で『少し』のジェスチャーを送ってくる楠木に左手を挙げて反応した。その時だった。視界が真っ赤に染まり『逃げろ』と本能が呼びかけてきた。
しかし、首を振って周囲を確認しても原因の反応もなければ、喫緊の未来も見えない。
…何が、起こってる⁉︎
ただこの感覚がただならぬものだということはすぐに分かった。
「楠木、シャーロットさん!湿地の入り口まで走って。視界が真っ赤だ!」
叫ぶようにして出た言葉。彼らは言葉足らずのそれを逡巡の間に咀嚼し、走り出す。俺も追いかけるように駆け出そうとした時、驚くべきことが起こった。左側の壁が連続的に破砕し、その中から複数の人が出てきたのだ。刹那、あの真っ赤な反応はある一人の男に集約。イデアが二手先の未来を示す。この男以外は陽動らしい。
…急速接近からの左腕による捕縛
背後から襲いかかる大男。掴みかかる左手を体の捻りだけで避けると俺はすぐさま抜剣。すれ違い様に下から切り上げ、立ち位置を逆転させる。しかし、相手は相当に切れ者なのか死角からの剣は空を切った。勢いそのままに着地姿勢を取り、足を滑らせてベクトルを減退させる。
…はぁ…はぁ
体を両足で安定させると前方を見やる。瓦礫に塗れた道の先に彼らの姿が小さく映った。シャーロットさんは細剣を用いてこの集団と戦闘。その後ろの楠木は退避していた。
状況を確認すると眼前の男に視線を戻す。
「ったく、すぐに反応されちゃ世話ねぇぜ。これだからイデア接続者は嫌なんだ」
男はウザったるそうに口を開くと手に握る鉈を無造作に振るう。
「分断に成功しただけでもよしとすっかね」
無頼の雰囲気を醸し出す大男は余裕そうにそう言った。




