五十五記_暗躍
——ニ〇ニ四年、八月十二日、某所
「んだとっ!まだアルバートの奴の口が割れねぇだぁ」
ルクス光の薄明かりのみで照らされる小部屋。その中で部下の報告を聞いた男は声を荒げて一枚板の机を拳で叩く。部下の男は体をびくつかせていた。
「す、すいません。オルトロスを殺した山神新とシャーロット・ローレンスのことまではすんなり吐いたのですが、彼らとイブの所在について聞くとだんまりで…」
捕まる間際、アルバート自身が彼らの痕跡を抹消していたことにより捜査自体が難航していた。シャーロット・ローレンスと言って真っ先に浮かぶのはあのジョージの『白騎士』だが、確か『星々の大遠征』で失われている。なら、同名の冒険者が候補に上がるが、『シャーロット・ローレンス』なんて普遍的な名前では絞ることが難しい。少年の方はといえば、そもそもそんな人物が存在しない。オルトロスを倒すのだから、二人とも中層域で活動する冒険者だと思ったのだが、これまでそれらしい報告はこの男の元には上がっていなかった。
「ほんとにすみません、団長。おそらく日本人と西洋人のパーティだと思うのですが、一向に候補が絞れず…」
「調査を始めて、もう三日だ。そろそろやり方を変えねえとな」
一度、怒鳴ったために頭の方が冷えたのか、男は部下の報告を聞き流しながら徐に呟いた。
「やり方ですか」
「ああ、」
そこで団長と呼ばれたその人は椅子にしていた木箱から立ち上がると作戦を告げた。
「中層の捜索隊は半分に削って、上層に送れ。多分そっちにいるはずだ。下層は俺たちのホーム。なんかあったらすぐに情報は届く。それがないなら多分、上層だ」
自信満々に口角を上げる。定説からは外れる大胆な作戦、流石の部下も抗議した。
「あ、あの無礼を承知で申し上げますが、…それこそありえませんよ、団長。上層の人間にオルトロスを倒せるとは思いません」
その部下も馬鹿ではない。調べたのは中層域で活動する冒険者。当然、上層に拠点を構える中層域の冒険者についても調べをつけている。結果は全員、白。八月九日地点で怪しい動きをしている者はいなかった。
「それでもだ。『アンブロシア計画』を進めるジジイどもには俺から話を付けておく。お前も俺の勘の良さは知ってんだろ。…なんか臭えんだよ、上層が。アルバートみたいなイデア接続者がいたらどうだ。万に一くらいなら、オルトロスも倒せんだろ」
違うか。そういうように彼は部下に向かって眉根を上げて、持論を語る。他の人なら歯牙にもかけないような可能性。それでも彼は言い切ってみせた。
「かしこまりました。ではそのように」
部下は知っていた。何せ、ロサイズムに加入する以前からの旧知の仲だ。彼は元々イタリア領の旧市街で窃盗団のボスだった。彼をそう至らしめたのは僅かな可能性も考慮する視野の広さ、それに伴う作戦成功率の高さだ。その噂を聞きつけたロサの人間によって窃盗団ごと一部隊としてこの集団に雇われた。ただ、成り上がりの常か。己が力を誇示するために強者との戦闘に熱中してしまう時があり、それが玉に瑕なのだが。
「決まったなら、さっさと動け」
懐古していた部下に男は言い放つ。彼は早くも広々とした机の上に上層の地図を広げて、葉巻を口に咥えていた。より詳細な作戦の立案に入ったのだ。
「はっ!」
意気のいい声で男は答える。彼は新たな方針を打ち出した。なら、部下のこの男のやることはただ一つ。その作戦を各方面に伝え、実行することである。




