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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
幕間_平凡な日々

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五十四記_裏返し

 翌日、俺たちは大和の支部長室を訪れた。俺たちがラビリンスの探索に出かけている間の預け先を紹介してもらうためだ。誰が来るかと内心ソワソワとしていたが、出てきた人物を見て安心した。

 岬武具店の香織さんだったのだ。

 イブのことを偉く気に入っているようで支部長に自ら名乗り出たらしい。確かに岬武具店は条件としても抜群だった。町外れに店を構えていて、通りの人は一日中少ない。それに客単価が高いから、頻繁に来客があるわけでもない。仮に万が一があったにしても傑さんも香織さんもスコア500。下層に踏み込むことのできる上級冒険者だ。荒事でも対応が効く。イブも香織さんを好いていたこともあってあっさりとことは済んだ。

 それが終わると、一層の歩夢宅に向かう。オルグから家に刻む『歪曲の紋章』と対応したそれを受け取ることになっていた。しかし、その時にイブの背中の紋章のことを聞いたところ、診断をすることになり、再び支部長室へ。機密性を担保するためだ。

 そこでイブの体に刻まれた紋章が『不死系の紋章』であることが判明した。そして、何度も黒バラの呪いに罹患していることも分かった。不死の紋章が刻まれているから生きているものの、本来なら十数回死んでいてもおかしくないほど、複数の黒バラの呪いに侵されているらしい。

 『…よく生きてんな。嬢ちゃん』

 と紋章を見たオルグ当人も困惑していた。帰りの際に『水の紋章』は予定通りに上がること、改装した家もその日から入居可能になるとのことを告げられた。


 「お兄ちゃん、かみ〜」

 「はい、ちょっと待ってね」

 帰った後、食事を終えいつものようにイブを入浴させていた。


 「お兄ちゃん、髪乾かしてー」

 「じゃあ、そこ座って」


 「お兄ちゃん、髪結いて〜」

 「今日、シャーロットさんに教えてもらっただろ」

 「う〜ん…やってー」

 「…分かったよ」

 …俺よりイブの方が上手かったと思うんだけど

 正直、俺よりイブの方が手先が器用だ。しかし、そこを指摘すると彼女は少し俯いてから駄々をこね始めた。仕方なしに四苦八苦しながら、ゆるくサイドに流れる三つ編みを作っていく。

 「…できたよ」

 「ありがと、お兄ちゃん」

 …ふう

 熱気が充満する脱衣所で一息つく。心なしか、疲れを感じた。

 風呂を上がったイブといえば、カーペットの上で横になってだらりとしていた。

 『お兄ちゃんも一緒に寝るの』

 イブに入眠を促すとこう言われたのだが、明日は三日ぶりの探索になる。朝から忙しなく動くので風呂には入っておきたかった。さっと風呂に入って添い寝をする事も考えたが、イブを一人にすると何か遭った時に対応ができない。

 『じゃあ、お姉ちゃん帰ってくるまで。私起きてる』

 イブは頑なに一人で寝るのを嫌がった。それでシャーロットさんの帰りを待っているのだ。

 俺は今、ソファに座って保管庫から借りてきた本の一冊『迷宮探索の指南書vol.7』を読み込んでいた。マイヤといえば、すでにベッドの方で丸くなっている。

「お姉ちゃん、まだかな…」

 うつらうつらしながら、イブは呟く。壁掛けの時計を見ると時刻は九時半。業務が立て込んでいなければ後三十分もすればシャーロットさんは帰ってくるはずだ。

「あと三十分」

「え〜」

 彼女は俺の返答に不服そうに声を滲ませる。その時、体が横からのドスンと振動を捉えた。

「お兄ちゃんは何してるの」

「勉強」

「ふ〜ん」

 本から目を上げる事なくイブに言葉を返す。それから数度の問答をした後、再び読書に戻る。すると体の左側が重くなった。顔をその方に向けるとイブが寝てしまったのが分かった。

 「ただいま戻りました」

 ページをめくる音、秒針が時を刻む音、そしてイブのゆっくりとした呼吸音。それだけが支配していた空間にシャーロットさんの声はよく響いた。その声にマイヤが反応して出迎えに行った。

 「ただいま帰りました、マイヤさん。…新さまはもうご就寝でしょうか」

 「起きてますよ、おかえりシャーロットさん」

 彼女の呟きに反応する。起きている日は玄関まで出迎えに行くからそう思ったのだろう。

 「どうかしたのですか、新さま」

 「実はイブが『一緒に寝る』と言って聞かなくて」

 「それで待っている間に寝てしまったという事ですか」

 俺にもたれるイブの様子を見ながら、シャーロットさんは状況を言葉にする。

 「おそらく不安の裏返しでしょう。あれやって、これやってと色々催促されませんでしたか」

 「そうですね…。今日は特に多かったような気がします」

 天井に視線を送りながら、夜のことを思い起こす。いなかったのにも関わらず、彼女は正確に射抜いているようだった。

 「イブさんの我儘わがままはしばらくは続くと思います。少々疲れるかもしれませんが、なるべく対応してあげてください。…今は一番、精神的に不安定。彼女の胸中は当惑しているでしょうから」

 「わかりました」

 今のイブは幸せな夢から覚めた直後のような状態だ。かはり知れないほどの喪失感を抱いていることだろう。けれど、紋章が表出した状態で今のような穏やかな生活が続けば次第に精神も落ち着いてくるはずだ。

 「とりあえず、俺が風呂から出るまでイブをお願いできますか。多分ベッドに一人寝かされてたら怒ると思うんで、ソファにそのままにしておいてください」

 本を紋章の中にしまいイブの体をソファに預けてから、そこを立つ。

 「わかりました」

 シャーロットさんの返答を受けてから脱衣所に向かった。

 風呂から出るとイブを抱えてベッドへ。寝息を立てる彼女を横たわらせ、自身も横になる。徐に彼女に視線を送ると首筋から紋章がチラリと見えた。昨日見た時よりはっきりと刻印されており、より痛々しさを感じる。

 …イブはロサイズムで何をされていたんだろう

 『不死系の紋章』を持つイブを用いて、『罹患者の願いを強制的に叶え、代わりに相応の寿命を奪う』能力を意のままに使おうとしたのは容易に想像できる。

 考え始めると疑問が沸々と湧いてくる。

 当人が願うという第一条件をどのようにして突破したのか。

 そもそもイブはなぜ今まで囚われ続けていたのか。

 何せ、彼女は囚われの身を嫌がっていた。背中の紋章も精神を汚染されるほどに嫌悪していた。

 なら、初めに叶えられる願いはそれ(・・)なのだ。しかし、そうはなっていない。

 イブの様子を見るに逃走が自身の願いだった可能性は低い。

 …そしたら考えられるのは

 恐ろしい可能性に気づき、思考が凍りついた。それが仮に真実であったのならこの子はどれだけの苦痛を齎されたのか、想像を絶する。

 …視野が狭窄きょうさくするほどの精神の圧迫とそれを是とする閉鎖空間

 この推論が正しいのなら、イブの中で起こったことは世間的常識との乖離かいりとロサイズムにとって都合のいい価値観の置換。仮定を重ねると、彼女は常識というものを心得ていなくとも不思議ではない。それでも最低限価値観を持ち得るのはアルバートの関与によるところかも知れない。

 ふと首元を人差し指でなぞるとくすぐったかったのか、イブの体が僅かに震えた。

 その時、ストンとベッドに何かが乗った。目をやるとマイヤがこちらに向かって歩を進めているのが分かった。猫さんはイブのところまでくると彼女の腹の窪みで丸くなる。

 …猫でもこの子の不安定さが分かるのかな

 そんなことが頭をよぎる。まあ、ただの気まぐれかも知れないが。

 その後も次々と浮かぶ考え事に気を窶してしたが、次第に頭が重くなりいつの間にか意識は暗闇の中に埋没していた。


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