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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
幕間_平凡な日々

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五十二記_路地裏のボロネーゼ②

 「久しぶりですね、木月さん」

 前を歩くウェイトレスはこれまたゆっくりと首だけを彼女の方へと向け、瞥見すると前方に視線を戻す。

 「…シャーロット様でしたか。これは失礼しました」

 背筋に怖気が走った。その言葉が一層に不気味さを引き上げた。容姿も声色も変わり、かつ十年以上も親交がない相手を即時看破するのは常人の技ではない。

 「それほど警戒なさらないでください。…当店にやましいことはございません。少々、気味が悪いのは承知しておりますが…キシシッ」

 …後ろに目でもついているのか

 確かに不安になって、辺りを見回していた。それを見抜かれたのかもしれない。

 「少々お待ちください。食事を持って参ります」

 俺たちを席に案内すると奇妙なウェイトレスは厨房と思われる場所に入っていった。すぐにトレンチの上にコップを乗せて現れ、水を注ぎいれると再び姿を消した。

 「…シャーロットさん、本当にこの店大丈夫なんですか」

 机の上に身を乗り出して、最小限の声を発する。しかし、俺の心配とは裏腹に彼女は楽しそうに口角を上げていた。

 「ここ名店なんですよ。他支部含めたラビリンスの旅行ガイドに載っているくらいです」

 …なら、店の雰囲気とか。従業員どうにかした方がいいんじゃないのか

 ただ、一方で印象がマイナスに働いている中で料理だけでガイドブックに紹介されるというのは気になるところだった。

 「本当は中層進出した祝いでこようと思っていたのです。ただイブさんを空腹のままにするのも気が引けますからね。今日は特別です」

 彼女は味を思い出しているのか、表情がパッと明るくなった。

 「うぅ…お兄ちゃん」

 その時、横になって寝かせていたイブが起きた。

 「ここどこ?」

 「お店だよ。お昼ご飯食べに来たんだ」

 正直、店の薄暗さに彼女が怖気付くかと思っていたが、それは杞憂だった。曰く、秘密基地みたいでかっこいいとのこと。

 料理を待っている間、シャーロットさんは『裏路地界隈』の話をしてくれた。

 この界隈には三種類の店があるらしい。

 一つ、早ければ何でもいいというファスト嗜好の人を相手取る店。中央通りより衛生監査も入らないことから悪質な店も多いらしい。

 一つ、いつか中央通りに店を構えるという夢を持って日々励む店。ことによるとシャーロットさんの勤めていた居酒屋『三毛猫』も元はと言えば裏路地に店を構えていたらしい。

 「そして、あと一つはわたくしたちのような料理一本で勝負する賭博気質な店にございます」

 「中央通りなんてなぁ、とりあえず出店さえ出来りゃどうにでもなる。出てから質が落ちる店も多いってなぁ!出来たぜ、冷めねえうちに食べな!」

 「…シェフ、唾が飛びます。あまり声を荒げないでください」

 話を途中から聞いていたのだろう。颯爽と現れたウェイトレスとシェフは料理を置くとすぐさま消えた。

 …ボロネーゼか

 細長く、平べったい…確かタリアテッレと言うんだったか。見た感じ綺麗に盛り付けがなされているだけという印象だったが——。

 口に入れた瞬間にそれは覆った。

 「おいしー‼︎」

 一口頬張ったイブも咀嚼して飲み込むとそう言い放った。シャーロットさんは味を知っているからか、一人ほくそ笑んでいるように見えた。

 …これはやばい

 一口で中毒になりそうなほど美味しかった。使われている素材は普通のボロネーゼと何ら変わらない。ただ素材、調理法?それらが一般のそれとは違うのだろうか。噛めば噛むほどに口の中に広がる肉汁と野菜の旨み。ただそれは濃密ではあるが、しつこくはない。口からなくなると喪失感が生まれそうなほどの味わいだった。

 カツンッ

 乾いた音が響いた。いつの間にか皿から料理が消えていた。

 …ああ、もう終わってしまった

 「如何いかがでしか、当店のボロネーゼは?」

 食べ終わる時間まで計算されていたかのように彼らは厨房から姿を現した。

 「十年前より一層腕を上げられましたね、シェフ」

 「親父と比べてどうだよ」

 「もうあなたのボロネーゼです。比べる必要もないかと」

 シャーロットさんはナプキンで口元を拭いながら、そう口にする。

 「お久しぶりです、シャーロットさま。願わくば、歩夢様にももう一度召し上がっていただきたかったです。あの子がいなかったら、私たちはガイドに載っていませんから」

 どうやら、どこにいっても外見で怖がられていたその人を歩夢は怖がらなかったらしい。それどころか「優しいお兄さん」と口にしたそうだ。食後、彼女とウェイター、シェフ(先代)、見習い(現シェフ)が楽しそうに話しているところがたまたまガイドの調査員の目に留まり、掲載に至ったという経緯があるらしい。

 「なるべく彼女のことを覚えていて上げてください。もうあの子は記憶の中でしか生きられませんから」

 「はい、そうはもう。死ぬまでは覚えていますとも」

 「ご馳走様でした」

 店の入り口付近に招かれ、そこで会計を行う。

 「三名様ですので、12ラピスとなります」

 その時、イブが会計の手続きをする木月さんに元気いっぱいの声を送った。

 「木月さん、ほんとにたくさん、たくさん美味しかった!」

 彼は面を食らうように驚いた表情をしたが、すぐに穏やかな表情に戻して大らかに手を動かして少女に向かって礼をした。

 「それはそれは、光栄でございます。またの来店をお待ちしております」

 そうして、俺たちは彼に見送られながら店を去った。


 *  *  *


 …まさか歩夢さまと同じ言葉を贈られるとは

 あの時、驚いたのはそれだった。思い出したのだ。あの子に言われた賛辞を。

 幼い子に言われたのも大きいのかもしれない。彼らは素直な感情表現をするからだ。

 救われたのだ。報われたと思ったのだ。自分がこの外見でも接客を極め、お客さんのことを考え続ければいつか立派になれる。意固地になって、信じ続けたそれがあの瞬間、肯定された気がした。

 …ありがとう、イブさま。私はあなたのことも忘れないでしょう

 「木月〜食器片付けてくれ」

 店内から聞こえるシェフの声に応答する。

 「はい、ただいま」

 私は、彼らの姿が路地から無くなったことを確認すると片付けに向かった。


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