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紋章都市ラビュリントス *第四巻構想中  作者: 創作
隠匿特異世界ラビリンス/第一幕_再開と導き
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五記_居着く少女

 ——自宅

 …もう来てるのか

 家に帰り、ポストを確認する。その裏に固定している合鍵がない。

 普通なら、警察沙汰だが俺の場合は少し違う。

 特に気にする事なく、階段を上ると自分の家の前に着くと鍵を開けた。

 …カシャン

 「あ、おかえりなさい〜。おにーさん」

 椅子にもたれかかり、こちらに顔だけを向ける少女が一人。肩まである艶やかな髪がさらりとなびく。それは見慣れた構図だった。

 「まどか、早くないか」

 俺は玄関で靴を脱ぎながら、声をかける。

 「中学生は高校生より授業少ないんですよ。それに私の方が学校から近いんです。おにーさん先輩だから言わなくても分かるじゃないですか」

 まどかは揶揄からかうような声音で滔々と言葉を並べる。実際、構ってもらいたいというのはあるのかもしれない。

 「大丈夫か、友達いるのか」

 帰宅部にしても友達はいるだろう。こう毎日家に来られると俺としても少し心配になってしまう。思い出すのは俺が小学二年の頃。歩夢に出会う前の事だ。

 両親と死別後、親戚をたらい回しにされた影響であの頃の俺は『自分が一番不幸だ』と本気で思っていた。そのせいか陰気を常に纏い、近づき難い存在となっていたのだ。

 そこまでではないが、まどかの家庭環境も似たり寄ったりだ。

 学校で問題の一つでも抱えていても不思議ではない。

 「ノープロブレムです、おにーさん。というか業平さんと私しかお友達がいないおにーさんに言われたくありません」

 「そうか。そうだね…。悪かったよ」

 直球で言われるとクるものがある。もう高校に入って二年目だ。

 ——これからの人生は『多くを救うために生きる』

 自分で選んだ道だが、『高校の友達』が誰も居ないという事実は心に影を落とす。

 決意があったとしても俺も人並みの人間なのだ。

 「そうです。私は友達それなりに居ますし、可愛いのでモテます。今月に入って三回も告られました。…ま、全部フりましたけど」

 語気を強めて返す彼女を見て、ふと思う。いつもより饒舌だ、と。普段もおしゃべりな彼女だが、心なしか言葉数が多いように感じる。

 その勘は的を射ていた。

 「そういえば、中間テスト学年トップでした」

 彼女は何気なく切り出したつもりのようだが、口元は緩んでいる。

 「…よかったな」

 俺はキッチンで手を洗い、背負ったままのリュックを下ろし、胡座をかく。すると対角から大きなため息が聞こえた。

 「…っはぁ。言わなきゃ分からないんですか?『褒めてください』って言ってるんですよ」

 まどかはずいっとローテーブルに手をつき、こちらに頭を突き出してくる。

 …あ、そういうこと

 「よく頑張りました」

 そう言いながら、頭をしばらく撫でると満足したように彼女は座り直した。

 「いつもありがとうございます、おにーさん」

 少し首を傾けてまどかは微笑を向けてくる。

 「それは君が頑張った結果だ。俺はちょっと力を貸しただけ…」

 まるで『俺のおかげ』のような言い方をするので、即座に訂正しようとするとまどかが割って入った。先の穏やかな表情からは一転。どうやら俺は相手の機嫌を損ねてしまったらしい。

 「だ・か・ら!それを『ありがとう』って言ってるんですよ。おにーさんが頑張ったノウハウがあるから、私の成績は上がったんです。…以前のように闇雲にやってるだけじゃここまで来られませんでした。…努力は方向を間違えてはいけないんです」

 勢いよく始まったの言葉は次第に出力を失い、しどろもどろになる。

 そのまどかの主張はよく知るところだった。

 俺も元はといえば、標準偏差にも達していなかった身だ。

 多くを救う薬学者になる。

 当時、そして今もなお抱き続ける目標を達成するために真っ先に思いついたのが勉強だった。

 とにかく時間をとって勉強し、試行錯誤の末少しずつ偏差値を向上させる。それを延々繰り返す。結果、県内随一の今現在通う高校に合格したのである。

 その時に知り得たこと、反省点などを元に俺はまどか相手に教鞭をとっていた。

 「まあ、教えた通りに出来るのも凄いことだからさ。俺は出来が悪くてそこまではできなかったから」

 「おにーさん、すぐ自分を卑下するのよくない癖ですよ。…おにーさんが凄くて優しい人なのは私が一番知ってるんだから」

 …?

 最後の方がよく聞き取れなかった。まどかが俯いてしまったからだ。

 「どうかした?」

 「どうもこうも無いですよっ。ところで、おにーさん。中間が終わったら、何が来るか知ってます?」

 当然。

 「期末が来るな」

 「そうです。なので分からないところがあったらまた教えてください」

 そうして会話は一区切りを迎えた。俺は本棚から参考書をいくつか取り出してノートと共にローテーブルに広げる。そして、いつものように俺たちは個々の勉強を始めた。

 カリカリという筆記音と壁掛け時計のカチカチという無機質な音だけが響く。

 まどかは「教えてください」というが俺流の独学の方法はすでに伝えている。そして何度かのテスト期間を通じて自分なりの方法に行き着いているのは明らかだ。

 …ここは、こうで。こっちは

 復習を機械的に行なっていると俺の脳裏にある時のことが思い出された。

 それはまどかと初めて話した時の記憶だった。

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― 新着の感想 ―
アユムが亡くなり、主人公の人生の方向性を決める過程が非常に残念でした。ヤマガミが幸せになる日が来るのでしょうか?これからも彼が苦労する姿が手に取るように感じられます。 文体と文章の流れが自然ですね…
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